炎と怒り  Michael Wolff  2019.6.24.


2019.6.24. 炎と怒り トランプ政権の内幕
Fire and Fury ~ Inside The Trump White House 2018

著者 Michael Wolff ジャーナリスト。USA Today紙やガーディアン紙に寄稿するほか、メディア王マードックの評伝The Man Who Owns the Newsなどの著作で知られる。02年、04年には全米雑誌賞受賞

訳者
関根光宏、藤田美菜子他 翻訳家

発行日           2018.2.20. 初版印刷          2.25. 初版発行
発行所           早川書房

トランプ政権の知られざる内情を、1年半にわたる200金城の関係者取材を下に赤い4083週間で全部で170万部を突破した大家好としたら、緊急出版!

はじめに
本書執筆の理由は明白。17120日トランプ大統領就任とともに、アメリカ政界はウォーターゲート依頼となる桁違いの大嵐のど真ん中に放り込まれた。同時代を生きるものの臨場感を持ってこの物語を語る
就任後200日以上もの間様々な出来事が続き政権第一章の幕が降りたのは7月の終わり体液海兵隊対象のケリーが出席補佐官に任命されその3週間後に出席戦略間のバロンが退任した時。
最初のインタビューは165月末ビバリーヒルズのトランプの自宅で行われまだ政権誕生など夢想だにしなかったころの事
情報源の1部はディープバックグラウンドで話をしてくれたこれは最近の政治関連の本ではお決まりの手法、匿名の証言者からの情報として詳細を動かして描写すると言うやり方
トランプ政権の取材にはジャーナリズムの観点から特有の難しさが多数1つはトランプ政権の取材にはジャーナリズムの観点から特有の難しさが多数あったがその原因はいずれも政権内に正式な手続きと呼ばれるものが存在していなかったり、責任者が経験不足だったりすることにあった――

プロローグ――FOXニュースのCEOエイルズとバノン
エイルズ(FOXを追われた後に風呂場で転倒、昏睡状態となって死去)は、30年にわたり共和党きっての政治コンサルタント陣の1人として活躍、保守政治に唯一絶対的な影響力を誇っていたが、トランプにはブライトバートニュースを持つバロンが現れた
政治プロのエイルズにとってトランプは単に理由なき反抗者に映ったため、エイルズがマードックによってFOXニュースを追われてすぐに、トランプはこの古い友人に選挙運動の助力を頼んだが、人の助言に耳を傾けるはずがないと思ったエイルズは断る。その直後にバロンがその仕事を引き受けた
エイルズこそフォックスニュースを通じて人々が抱く怒りの潮流を解き放ちトランプのような人物を褒めたたえる右派メディアを立ち上げてきた張本人であり、実際にもトランプがしょっちゅう電話をかけていた友人や助言者の1人で、パームビーチの新居はマー・ア・ラゴの別荘とすぐ近くで頻繁に行き来していた

1.    大統領選当日
共和党全国委員会の日和見で敗戦を予期していたトランプ陣営がFBIのコミーがヒラリーのメール問題の調査再会を宣言しヒラリーを崖っぷちに追いやったことにより形成がおかしくなる
トランプは直前になっても自分のブランド価値はますます高まり無限のチャンスが広がっているだろうと信じていた。負けたとしても実質的には勝ったようなもので、負けたときのスピーチまで用意していた。こんなのは不正だと。トランプとその周辺は炎と怒りを持って敗北する準備を進めていた
トランプ陣営の特徴は参加者全員が負け組であることで、ヒラリーとは好対照
選挙戦の終盤クルーズの支持者だった右派の億万長者ボブ・マーサーが500万ドルの寄付金と共にそれまで付き合いのほとんどなかったトランプ支持に鞍替えしたのが序章
投票日まで持ちこたえるには9月以降さらに5,000万ドル必要とされたがトランプ自身最後にようやくしぶしぶ出したのが1,000万ドル
NBCの司会者ビリーブッシュに対してマイクをオンにしたままセクハラ発言をしたことが露見して大統領の目は完全に消えたはず
不動産業界出身は政治家でさえほとんどいない。それは不動産市場の規制が緩く怪しい金の換金マネーロンダリングに活用されてきたから。自らの事はもちろん周囲の連中の身辺調査をさせなかったのもその理由による

2.    トランプタワー
億万長者コミュニティーの中でトランプのことを邪険に扱ってきたのはマードックばかりではない。マードックはむしろクシュナーに目をかけていたが、今ではトランプ自身がマードックに取り入ろうとしている
トランプを大統領にふさわしいと見るものは1人もいなかったが、彼からのオファーを受け入れたものもいる。マティスやティラーソン
PayPalのピーター・ティールはシリコンバレーで唯一トランプを支持
陣営に加わろうとしていた専門家たちのほとんどは、トランプが何も知らないらしいと気づき始める。ほんの1時間前に聞かされた、それもいい加減なにわか仕込みの知識ばかり
ただ野生の感が備わっていると思わせるところがあり、それこそがトランプの強み。人間力とも言って良い。トランプは他人を信じ込ませることができた。
アウトローにとって勝利の鉄則は、勝ちさえすれば手段は問われない。良心のやましさと言う感覚がない。反逆者であり破壊者であり無法の世界からルールというルールに軽視の眼差しを向ける
ロシア疑惑にしても、選挙での不正を働いたわけでは無いにしてもプーチンのご機嫌を取ろうとしたのは事実
首席補佐官の選任でまずつまずく。若い頃から一緒に遊んでいた仲間で伝説的不動産投資家トム・バラックを起用しようとしたが断られ、次いでクシュナーにしようとしたら親子では利益相反が厄介だとしてしぶしぶ翻意。バロンも反対されて最後に出てきたのが共和党の集票組織で働いていたプリーバス

3.    就任1日目
就任式に当たって自分にふさわしい祝福と歓待をワシントンから受けられなかったことにがっかりしながらも、就任演説はバロンが用意したスピーチで戦いの喜びを主義主張とし、国家を国民の手に取り戻そうとあえて国民に凄みを聞かせるところからスタート
トランプが真っ先にやったのはCIAに対して愛想良く振る舞うことで、職員を前に最初のスピーチをしたが、奇天烈な内容のスピーチで職員の間に歓喜と恐怖を同時に呼び起こす

4.    バノン
選対本部長としてトランプを大統領にしたバノンの次の目標は、政権の陣営を整えることでありホワイトハウスの実権を握ること。そのために1人で策略を巡らして周囲を疑惑に包む。バノンの考える政府の戦略は衝撃と畏怖で、重要なのは交渉よりも威圧
大統領令の力を利用して、オバマの政策を無効にし、最初の100日間に200件を超える大統領令を発令。最初が移民問題。メキシコ移民がどの州でも多数を占め、アメリカ人労働者が割を食っていた。合衆国の移民政策を根底から覆すような入国禁止令が、連邦政府のほとんどの人の目を通さずに存在すら知らされないまま発せられ即刻発効。リベラル系メディアは嫌悪感と怒りを爆発させ移民コミュニティーには恐怖が広がる

5.    ジャーヴァンカ(ジャレットとイヴァンカのクシュナー夫妻をひとまとめにした嘲笑的な呼び名)
ほとんどの人間がホワイトハウスの仕事を引き受けるべきではないとジャレッドに助言したが、2人はホワイトハウスの中でファーストファミリーが持つ不可侵の特権を笠に着て、徐々に野心を持って初の女性大統領を目指すようになった

6.    アットホーム
歴代大統領は突然の環境変化に圧倒され戸惑いを覚えそのことに意識せずにいられないが、トランプにとってはたいした環境の変化とは映らず、大統領らしく振る舞うどころか、自らの新たな地位を意識したり行動を控えたりする気配すら一切ない
大統領のために新たに設置された経済評議会の1つ「戦略政策フォーラム」は、ブラックストーンの会長シュワルツマンが議長。それまでトランプ支持を公言する大手企業のCEOはごくわずかしかいなかったのに、クリントンに比べてトランプの大仰で巧みなお世辞に良い気分にさせられトランプに好印象を抱きだした。ただリベラル傾向の強いメディアやテクノロジー企業の人材ではなく、昔アメリカが偉大だった頃の保守的な企業、GMIBM GE、ボーイング、ペプシコなどで、ウーバーやテスラ、ディズニーなどは欠席
ニューヨーク・タイムズ紙は新大統領を「異常」と呼んではばからず、これまでのホワイトハウス叩きに加えて新たなタイプの記事を掲載しだす。滑稽で哀れで時にあまりに人間臭い大統領の姿を報じ、トランプを嘲りの対象に変えた
バロンもホワイトハウスのほとんど全員について、彼らの偽りと愚かさ、さらに職務に対する絶望的なまでの熱意のなさに関してコメントを出し続けたが、それを上回るように大統領自身がホワイトハウスにおける不平不満を外部に向かって電話で垂れ流し続けた

7.    ロシア
トランプといわゆる職業官僚との間には根本的に深い溝があった。トランプには彼ら官僚の気質や行動原理は全く理解不能
オバマ贔屓が残る司法省から出てきたロシア疑惑が境界線となり、それを挟んで両サイドがフェイクニュースとして相手を非難
オバマ時代に国防情報局長官を解任されトランプの国家安全保障担当補佐官となったフリンの解任へとつながる

8.    組織図
選挙期間中全国的な組織を持たなかったために共和党全国委員会の支援に頼らざるをえなかったトランプ陣営は、プリーバス、バノン、クシュナーの一致団結で選挙戦を勝利に導いたが、ホワイトハウスに入った途端に団結はもろくも崩れ組織もできず指揮系統も明確にされないままに、それぞれが自己主張を始め政権を混乱に陥れていく
トランプは何かを読むということがない。読解力が限られているのも確か。読む必要がないというのは彼の重要な特質の1つで、彼はポスト文字メディア的な存在であり完全なテレビ人間。読まないだけでなく聞くこともしない。常に自分が語る側になることを好む。たとえ注意を払うに足る価値があると思う相手に対しても、集中力の持続時間が極めて短い
たいした知識もないのに自分自身の直感とコロコロ変わる反射的な意見に絶対の自信を持つ男。そんなトランプを信じることを正当化するためには何らかの理由付けが必要。これまで専門知識が過大評価され政策決定ではしばしば癌になってきた。物事の真髄に迫る上では直感のほうがずっと有効なのではないかと言う理論で、トランプには、彼自身の苛烈さや奇行や知識不足を補って余りある根本的な信頼があった

9.    CPAP(保守政治行動会議)
中道右派の中の右派の集まりで、毎年保守運動の活動家が集まる大会を開催。これまでトランプをいかがわしい保守派とみなし関係はあまり良くなかったが、今年はトランプ一派に乗っ取られるものと注目されていた
公民権運動以来大物政治家の中でトランプやバノンほど特定の人種を重視する政治観を容認しようとするものはいなかった。イラク戦争を非難しブッシュ家を攻撃したのも保守派がこれまで考えもしなかったことをトランプがやりのけた

10. ゴールドマンサックス
トランプにはユダヤ人やイスラエルと奇妙な縁がある。父親は反ユダヤ主義を声高に主張。トランプ家は明確に少数派の非ユダヤ人派だが、トランプは明確なユダヤ人タフガイを尊敬し取り込む。イヴァンカがユダヤ教に改宗しホワイトハウス住人としては初のユダヤ教徒。にもかかわらずトランプ陣営はユダヤ人について調子外れのメッセージを頻繁に発信。ヨーロッパのポピュリズムとの交流もあり現地の反ユダヤ主義団体とともにヨーロッパに台頭する右翼に味方して不穏な空気やマイナスの感情を煽った
イスラエルは、右派かどうかを試す一種のリトマス試験紙。バロンはラスベガスのカジノ王アデルソンと手を組む。アデルソンは右派の大口献金者で、トランプによればユダヤ人タフガイの中でも最高の金持ちで、クシュナーの判断の動機や能力を繰り返し批判。ネタニヤフはクシュナー家と古くから付き合いがある。クシュナーは正統派ユダヤ教徒として育ったが自分が反ユダヤ主義の標的になっているのではないかと恐れ、ゴールドマンサックスのユダヤ人を引き込むことを画策、最初にコモディティーの社長だったゲイリー・コーンを国家経済会議委員長及び経済担当大統領補佐官に推挙。ホワイトハウスの唯一の組織人としてバノンの有力対抗馬となり、徐々にバノンの勢いを削いでいった

11.    盗聴
トランプ・タワーが選挙期間中に盗聴されていたというニュースが流れ、オバマ政権の残党による不正だとして騒ぐが一笑に付される

12.    撤廃と代替
ブライトバート・ニュースがトランプを支持する核になっていたのは、反ポール・ライアン下院議長キャンペーンだった
ライアンは、12年の大統領選でロムニーの副大統領候補として闘い、予算委員長などを歴任した筋金入りの財政専門家という顔と、共和党的な清廉さという昔ながらの確固たるイメージをあわせ持った人物で、共和党が公に認める最後の、そして最良の希望であり、トランプ旋風に対してもほとんど殉教者のように毅然と抵抗していた
共和党のエスタブリッシュメントがライアンを成熟と思慮深さを兼ね備えた人物と持ち上げたのに対し、バノンは嘲りの対称と見做し、トランプもこれまでこき下ろされてきた仕返しを狙っていた
ライアンは、16年春の時点では自らが声を上げれば党大会で十分勝てると思っていたが、指名をトランプにとらせれば歴史的な敗北となって一派は一掃され、その後は自分が党を主導していけると考えたが、結果は逆目に出る
オバマケアの撤廃という共和党最大の目標に、トランプは無関心だったが、バノンは撤廃の約束を守るべきと主張
オバマケアの単なる撤廃ではなく、撤廃と代替を唱えて問題を曖昧にし、トランプを丸め込んだのがライアンだったが、ライアンは先を見越すことのできない男
トランプはロシア疑惑をフェイクの寄せ集めくらいに高をくくっていたが、3月になってFBIのコミー長官が、ロシアの選挙介入に関し捜査していることを認め、ホワイトハウスに対する正式な追及に格上げしたことから、政権を揺るがすスキャンダルに発展
政権内部の権力闘争から、次席補佐官のケイティ・ウォルシュも辞任

13.    闘士バノン
10週間もしないうちにバノンはトランプに対するコントロールを失っていた ⇒ 自らの理想に従って政権を動かそうとすればするほどトランプからの信頼を失っていく
バノンは、アメリカが分断されていると信じ、アメリカ人労働者の美徳と気質と力によって築かれた5565年頃のアメリカこそが、バノンが守ろうとしている理想であり、復興させようとしている国の姿だったが、ホワイトハウスの大半はバノンの幻想にすぎないと一蹴 ⇒ 医療制度の大失敗を利用してエスタブリッシュメントが敵であることを証明しようとしたバノンの目論見は完全に裏目に出て孤立を深め、当初重用していたトランプもバノンを蔑み、受け入れていた事実そのものを否定することで自分を正当化しようとした
トランプ政権の矛盾は、他の何よりもイデオロギーに突き動かされた政権であると同時に、ほとんどイデオロギーのない政権でもあるということで、リベラルな価値観に対してはその構造的問題を攻撃するが、いとも簡単にカントリー・クラブの共和党政権にもウォールストリートの民主党にも靡く可能性があるということは政権発足当初から明白
いよいよバノン追い落としの段になると、バノンの後ろ盾だったマーサー家が介入。やむなくバノン解任を思いとどまった代わりに、クシュナー夫妻の権限の強化を図る ⇒ 連邦政府の官僚組織削減のために米国革新局を新設し、クシュナーを責任者とし、イヴァンカを大統領補佐官とした

14.    危機管理室
4月シリア政府が反乱軍を化学兵器で攻撃。国外の事件がトランプ政権に影響を及ぼした初のケース ⇒ トランプ政権の真っ当さを示す試金石
気概のある職員はまだ少なからずいた ⇒ 大統領に忠誠を誓ってホワイトハウス入りをしたというより、その人たちに雇われて自らの知見を役立てるための専門家としてきた人を分ける必要がある、後者の中の1人がゴールドマンサックスから政権入りしたディナ・パウエル国家安全保障担当次席補佐官。イヴァンカの相談役としてホワイトハウス入りし、元同僚のコ-ンとともに政権の最高ポストを狙う位置にいた
トランプは絶対的指導者を自認しながらも、基本的には宥和主義者で、機嫌を損ねれば迷惑をかけてきそうなやつらは出来るだけ好きにさせておけばいい、ロシアに逆らって何になるという考えで、シリア問題も国家安全保障チームは道義的に受け入れられないとの声明を出そうとしたが、大統領がただ1人軍事的対応に反対したバノンの意見を入れてスルーしようとしたため、まずはバノンを安全保障会議のメンバーから外し、力を誇示する通常の対応をとろうとした ⇒ トランプは、国を絶望的な戦争へと引きずり込んだ体制側の言い訳や、ありきたりな外交政策に心底抵抗を覚えていたはずだったが、シリアで口から泡を吹く子供たちの写真を見た途端、他人の言いなりになってごく普通の考え方を受け入れ、シリア攻撃を命じた
習近平歓迎のマー・ア・ラゴの別荘に設けられた危機管理室から作戦完了を発表

15.    メディア
20年に亘ってFOXは、リベラルがアメリカを乗っ取り破壊しようとしているというポピュリスト的な主張を洗練させてきたが、若い共和党支持者にとって同性婚反対、中絶反対、移民反対という局の社会的メッセージは古すぎた ⇒ ブライトバートが登場して、若い右派層をたきつけ、彼らをネット上のアクティビストの大軍に変えた
右派メディアがトランプは伝統的な保守精神には反するかもしれないと言い訳しながらも、猛烈な勢いで彼と一体化した一方、主流メディアなそれに引けを取らないほど激しく彼に抵抗する存在になった ⇒ アメリカがメディアによっても分断された
トランプは、保守系メディアの本質について大きく誤解していたところがあり、保守系メディアが持ち上げたものは必然的にリベラルなメディアがこき下ろすことを理解していなかったため、バノンにけしかけられて保守系メディアを喜ばせていたトランプは、リベラル系メディアを激怒させ続けた ⇒ 支持者に愛されるほど、敵対者には嫌われる
トランプは、どのメディアからも愛されたいと思っていたが、政治的な利益と個人的な欲求を救い難いほど区別できておらず、物事を戦略的ではなく、感情的に考えていた
トランプの考えでは、大統領の価値は世界一の有名人になれることであり、名声とはメディアによって常に尊敬され崇められるものだったが、トランプが大統領になれたのは、意識的にせよ反射的にせよメディアを遠ざけるという独特の才能に負うところが大きい
政権発足後100日目のホワイトハウス記者クラブ主催の夕食会は、11年オバマによって笑いものにされたトランプが大統領選出馬を決めたと言われたり、ブッシュが苦手として対応に大いに苦しんだりしており、新任の大統領や政権スタッフの力量を試す場だった
トランプは自らの力を誇示する絶好の機会ととらえていたが、周囲はとげのある対応にトランプがまともに対応できないことを懸念、結局ほかに遊説先を見つけて出席を取り止め、周囲はホッとしたが、本人は夕食会の席上どんなジョークが飛ばされているのかを何度も報告させたがったという

16.    コミー
大富豪を中心に組成されたトランプの私設顧問団が、司法省とFBIの問題への強い懸念を口にして大統領を宥めようとしたが、逆に火に油を注いでしまう
クリスティやジュリアーニは、司法省やFBIに関し自称エキスパートで、司法省が本腰を入れてくると警告したがトランプは聞く耳を持たなかった
司法省がコミー解任手続きを進める一方で、大統領自ら個人的な問題として、強大な権力を持つ執念深い大統領、自分を追及する人々からありとあらゆる苦悩と屈辱を受けた大統領が、家族を守る決意をし、家族もまた大統領に守ってもらう決意をして、突如一方的な即時解任通知をコミーに届ける
歴代大統領は、フーバーシンドロームからFBI長官を解任したことはなかったが、トランプは自らの力を誇示したことを周囲に誇った
政府内では、コミーを不名誉な形で追放したことにより、トランプが官僚制を愚弄したとして官僚の間に反感が生まれる ⇒ 元FBI長官のモラーを特別検察官に指名、捜査の継続を宣言、トランプにとっての命取りのネタは存続

17.    国の内外で
大統領が右派にとっての頼みの綱となっているのは確か。トランプは究極の反リベラルだが、その一方、権威主義者でありながら権威への抵抗の権化のようでもある。右派が左派に対して抱いている、傲慢でウブで道徳家を気取るといったイメージとは正反対。それでもやはりトランプはトランプであり、軽率で、気まぐれで、不誠実で、何をもってしてもコントロール不能
トランプにとって、国内の細かい問題には興味なく、最初に手掛けたのが中東問題
トランプの基本となる考え方は、敵の敵は味方であり、悪玉はイランという考えを吹き込まれたため、イランと対立する国はみな善玉
94歳のキッシンジャーは、ニューヨークの社交界を通じて長年トランプと親交があったが、いまはクシュナーの後ろ盾となって首尾よく政界に復帰し、独自の現実政治観の下、中東やロシアとの会談をアレンジ
サウジには新しいタイプの指導者であるムハンマド皇太子(通称MBS)が登場、トランプ一族との間には妙にしっくりくるものがあった ⇒ お互いモノを知らない同士、不思議とウマが合った
トランプ政権の中東構想は、プレイヤーはイスラエルとエジプト、サウジ、イランの4カ国のみ。最初の3カ国が団結しイランと対立。次にエジプトとサウジに対して、イランに関してそれぞれが求めるものを与えれば、パレスチナに対して取引に応じるよう圧力をかけてくれるだろう、これで一件落着というもので、バノンの孤立主義とフリンの反イラン主義、更にはキッシンジャーに義理立てしたクシュナーの無定見さを混ぜ合わせたひどい構想 ⇒ 根本にあるのは、先の3つの政権が中東政策を誤ったこと。大失敗に終わった旧来の発想を馬鹿にして、その行動、慢心、発想、更には経歴やそれまでに受けた教育、出身社会階層といったすべてに原因があり、自らの政策は今までと違いさえすればいいというシンプルなものとしたということ
効果的なトランプ・ドクトリンとして打ち出したのが、世界の3分法で、アメリカが協調できる政権、協調できない政権、弱小ゆえに無視したり犠牲にできる政権に3分するというもの。冷戦時代と同じだが、当時こそアメリカに最大の国際的優位をもたらした
トランプ・ドクトリンの推進者はクシュナー。中国、メキシコ、カナダ、サウジの4か国を選んでトランプをハッピーにさせる機会を与えた ⇒ メキシコは壁の建設費用負担でチャンスを失い、カナダは親密な態度を示して受け入れられ、習近平もすぐにマー・ア・ラゴを訪問し、トランプを喜ばせればトランプもまた自分たちを喜ばせてくれることに気付いた。サウジについては、アメリカの外交エリートたちは長年にわたりもう一人の皇太子MBNとの緊密な関係を築き上げてきたが、ここにきてクシュナーが独走、すぐにMBSが訪米してトランプと意気投合、すぐにトランプもサウジを異例の長期訪問。ちょうどコミーとミラーの一件の直後であり格好の逃げ道となった
トランプを喜ばせるためにサウジは50カ国ものアラブ及びイスラム諸国を招集、大歓待をした結果トランプは、中東問題がいかに楽勝かと吹聴
MBSはアメリカを味方につけてMBNを軟禁して皇太子の称号を放棄させたが、トランプは自分とクシュナーが仕組んだ皇太子交代劇だと触れ回る
トランプの欠点の1つに、因果関係をきっちり把握できないということがある。何か問題を起こしても、必ず新たな出来事でそれを塗り替えてきた
トランプの周囲で、トランプ自身に問題があると声を上げるようになると、バノンはトランプを助けるのが自分の役目だと気づき、トランプの運が下向きになり、バノンの運が上向きに転じる ⇒ コミー問題が政権の脅威となると判断し、クリントンが逃げ切ったような外部専門家チームによる対応策を講じ、トランプからこの問題の切り離しにかかったが、上位9つの法律事務所はすべて辞退し、3流以下のチームしか組成できず

18.    帰ってきたバノン
オフレコで流す情報を武器に、バノンはジャーヴァンカらの反対陣営を執拗に攻撃
両者の対立の根本原因は、クシュナーとロシアとのやり取りに関する報道の多くにバノンが関与していたとジャーヴァンカ側が確信していた点にあり、まさに地位を賭けた死闘
6月パリ協定からの離脱を発表したのは、バノンが殊勝ぶったリベラルの横っ面に起死回生の爽快な平手打ちを見舞ったもので、イーロン・マスクなどはトランプの経済諮問委員会を即座に脱退
6月上院情報委員会でコミーの証人喚問開催。メディアが礼儀正しいこの時代、連邦議会でこれほど真正面から異議を唱えられ、疑惑を向けられた大統領はいない。コミーの証言から浮き彫りになったのは、大統領がFBI長官を自分の直轄だと、また自分のお陰でいまの仕事があるのだと考え、見返りを求めたということで、司法妨害そのもの

19.    ミカって、誰?
トランプの価値を掘り起こしたのはメディアだが、メディア界の人物でもジョー・スカボローとミカ・ブレジンスキーほど、それを直後に、また個人的に行って見せた人は他にあまりいない。2人が司会を務めるMSNBCの朝の報道番組《モーニング・ジョー》は、両者の関係の変質を筋書きとしたドラマそのもの。ジョーは元下院議員は、トランプに引けを取らないくらい自らが大統領にふさわしいと自負、似たような政治観を持っていたところから絆を深め、選挙戦中から番組が存在感を放っていたのが一転して、いまや両者の関係の綻びがニュースの種になる
同番組は、トランプに対するメディアの過熱ぶりを示す最初の例として注目に値する
メディアに対するトランプの見方には、自分はいつも他人から不当に利用されているという、生涯にわたって抱いてきた感覚をメディアに対して持っていた、という根強い特徴があった ⇒ 金持の息子という本人の過剰な自意識や、取引には必ず損得が関係するということがわかっていたから
番組の2人が自分との関係を利用してたっぷり金儲けをしておきながら、自分にはびた一文払っていないと、トランプは怒りまくっていたので、「彼の前でジョーやミカの話はするな」というのがホワイトハウスにおける無期限の不文律
トランプは常に相手に100%の支持を求め、他人から利用されているという猜疑心に取り憑れている
トランプの言動の特徴の1つは、オフレコの発言と公式発言の区別がない
トランプのツイートはその場の思い付きに見えるが、実は一貫性がある ⇒ コメディのような挑発に始まり、激しい非難へとエスカレート、最後には癇癪を起して決別が宣言される。続いて起きるのがリベラル派による一斉非難
大半の世論調査では、トランプが何をしてもトランプを支持すると考えられる堅固なトランプ支持者が、常に全体の35%ほどいるという結果が出ている
ミカについてのツイートの騒動で、大統領の粗野な言葉の暴力で彼自身に自制心と判断力がどれ程欠如しているかが露見し、世界中から非難を浴びるという騒ぎとなったが、10日後には別の暴言で物議を醸したため、ミカについて質問しても「それ、誰?」としか返ってこない
肥大し硬直した行政機関では、最も小さな仕事ですら達成するには亀の歩みのように時間がかかる。ホワイトハウスでも実情は同じ。この国は混乱し、ばらばらで、余裕が無くなっている。変革者であり人々を鼓舞する有能なコミュニケーターだったオバマでさえ、あまり国民の関心を集められなかったというのは、信じ難い悲劇だし、ニュースメディアも政治についての報道が最も重要だという古めかしい信念に拘るあまり、大衆向けではなくなってしまったことも大きな悲劇。残念なことに、政治自体もますます一般の人から乖離したものになった。このように、閉鎖的で排他的、かつ初めから存在する利害関係で成り立つ泥沼こそが真の泥沼(スワンプ)
大多数の中道派にとって、政治はもはや最大の関心事ではなくなったのに、トランプは文化やメディアに関するどんな論理にも矛盾する形で、誰もが追わずにはいられない驚くべきネタを毎日のように提供している。大統領就任後の半年間に、最高裁判事の指名以外実質的に何も達成できていないにもかかわらず、世界の大半の地域で彼が話題をほぼ独占。誰もが注目せざるを得ない――これこそがトランプ政権とこれまでの政権の根本的な差異
トランプの息子たち、39歳のドン・ジュニアと33歳のエリックは父親から見下され、言われたことを淡々とこなす実務家を演じていたが、選挙の勝利が近づくにつれ歯車が狂い始める。選対本部長のルワンドフスキは、ジャレッドも含め息子たちを徹底的に軽蔑したため、子どもたちは団結して追い出した上、ロシアの工作員とみられる怪しげな人物からヒラリーに不利となる情報の提供を持ち掛けられ、後のロシア疑惑に繋がっていく

20.    マクマスターとスカラムーチ
トランプはせっかちだが、少なくとも自分が何かを分析せざるを得ないような問題については決断を下したがらなかった。就任当時からつきまとっていたのはアフガニスタンをどうするかという決断で、彼自身が分析的に考えるのを拒んでいただけでなく、現状打破と維持を巡っての確執を惹起 ⇒ 打破側には意外にもバノンがつき、維持のみならず理想的には増派を主張したのがマクマスター。オバマ政権下でCIA長官を務めたペトレイアスの子分で、アフガンを含む中東での既定路線推進の代表者だったマクマスターは、フリンの後任として国家安全保障担当補佐官となり、たびたび増派計画を出すがトランプは毛嫌い。それをバノンが利用して、マクマスター排除を画策。効果的な戦略を出してこない国家安全保障会議に激怒したトランプは、マクマスターを更迭する
1年以上前にトランプが候補者としての指名を確実にした時からFOXニュースでトランプ支持の代弁者となっていたヘッジファンド創業者のスカラムーチがホワイトハウスに仕事を求めてうろつくと、ジャーヴァンカ陣営は自分たちのロシア疑惑に適切な対応をとらなかったスパイサー報道官をやり玉に挙げ、代わりにスカラムーチを政権内部に採用することを企図。尊大な出しゃばりで勝ち馬に乗ることの上手い人物、かつてはオバマとヒラリーを支持、熱心なアンチ・トランプだったが、クシュナーが救った

21.    バノンとスカラムーチ
ホワイトハウス入りしたスカラムーチだったが、バノンからの攻撃と権力闘争に疲れ、更に離婚騒動に巻き込まれ、自分の処理能力の限界を超えるような数々の出来事に神経過敏になっていたこともあり、ニューヨーカー誌の記者に電話をかけて洗いざらいぶちまけた
その会話を基に書かれた記事は、都店現実とは思えないような苦悩と怒りに満ちた内容で、敵対するホワイトハウスの人間をこき下ろしていた ⇒ その振る舞いがあまりに奇矯だったため、誰が最後に生き残るのかは全く分からなかった
プリーバスも対象となっており、政権発足当時から解任の瀬戸際にたたされていたが、辞任のタイミングをトランプと話し合った際トランプに慰留されたと思ったら、直後に携帯が鳴り、大統領がツイッターで新たな首席補佐官に国土安全保障省長官のケリーを迎え、プリーバスを解任するとあった ⇒ ケリーは事前の相談を受けていなかった
ケリーは就任宣誓の直後にスカラムーチを解任、ジャーヴァンカは意気消沈

22.    ケリー将軍
バノンは、ケリーを政権に引き込んだのは自分の手柄だと主張していたが、新任の首席補佐官に対してどういう立ち位置をとるか決め兼ねていた
ケリーはおおむね中道右派、前長官時代は厳しい移民政策を率先実行してきたもののトランプほど右寄りではなく、バノンもケリーのことを筋金入りではないと評価
ケリーが緊急に対処しなければならない課題は、大統領の家族とバノン
更には、トランプをどう管理するか、あるいは管理せずにどう共生していくか
まずジャーヴァンカについて、トランプ自身がどう考えているかを聞き出し、2人の働きぶりにすべての面で満足していることを読み取るが、それでもジャーヴァンカが大きな組織的規律の一部でなければならないと主張し、それを大統領にも認めさせ、大統領と娘夫婦の食事の席にも職務として割って入った
一方のバノンは、政権に残りたいが、ジャーヴァンカと一緒にいることが耐えられなくなっていた
8月の記者会見で、突然北朝鮮に言及されたトランプは、「これ以上アメリカを威嚇するのは止めた方がいい。さもないと世界がこれまでに見たことがないような炎と怒り、剥き出しの力を目の当たりにするだろう」と、ブライトバートでも繰り返し使っているような言葉を、国際危機の崖っぷちに向かって危険を承知でぶつける
その最中に、トランプ支持者のネオナチのリーダー・スペンサーが「右派よ、団結せよ」と名付けられた集会を召集、トランプ政治と白人至上主義を結びつけるのが目的で、ヴァージニア大学には250人の若い男が集まり棍棒や拳銃、自動小銃迄持ち出して、バリケードを築いた攻撃的な左派と衝突
大統領は、「様々な立場による憎悪や偏見、暴力」を非難したが、すぐに差別主義者(レイシスト)を自任する者たちとそれに対抗する者を区別することを拒んだとして非難の声が浴びせられた。大統領が支持するものは支離滅裂で、自称ネオナチさえ含む白人至上主義者を非難する方が妥当で楽にも拘らず、彼は本能的にそうすることを拒んだ
ホワイトハウスが公式声明を出してトランプの立場を明確にしたのは翌朝になってから。「大統領は昨日の発言で、あらゆる形態の暴力、偏見、憎悪を強く非難した。もちろんそこには白人至上主義者やKKK、ネオナチを始めとするあらゆる過激派集団が含まれる。大統領は国の結束と、すべてのアメリカ人が1つになることを呼び掛けた」
実際には、トランプは白人至上主義者やKKKやネオナチを非難しなかったし、その後も頑なにそうすることを拒否
過去と現在のトランプ陣営の上級スタッフと閣僚の全員が、冒険、挑戦、不満、闘争、自己正当化、そして疑念の段階をそれぞれ経て、最後に必然的に行き当たることになったのは、自分たちの大統領には職務を適切に果たすだけの能力がないのではないかという思い
いまや崖っぷちに立つ順番がケリーに巡ってきた
バノンにとってトランピズムの要は中国で、中国との全面的な戦争を戦う必要を認識していたが、その時点でケリーに辞任を申し出ていた

エピローグ――バノンとトランプ
アラバマ州の上院議員補欠選挙で、トランプは、バノンが推すナショナリスト・ポピュリスト運動の候補者ではなく、最初から劣勢が予想されたエスタブリッシュメントの候補を応援 ⇒ 予備選で旗幟鮮明にする必要などないばかりか、応援している候補のことなどほとんど知らないにもかかわらず、子供じみた好き嫌いの理屈で不可解な行動をとる
トランプ政権のスタッフは全員、基本的に「これはうまくいく。我々が手を貸せばきっとできる」という意識を共有しているはずだったが、まだ任期1年目の3/4しか過ぎていないところで、いまだこの言葉を確信している者など1人もいない
ティラーソンも、大統領を"能無しと呼んで退けられたが、トランプの知的能力を嘲笑するのはタブーにも拘らず、政権内でそのタブーを犯していない者などいない
ティラーソンと足並みを揃えていたのがマティス、マクマスター、ケリーの3人の将軍で、自らを成熟、安定、自制の象徴と考えていたが、それだけにトランプに煙たがられ、それゆえにトランプの不機嫌と癪の種になる
去就が注目されたのはヘイリー国連大使。政権内で生き残ったごくわずかな日和見主義者で、彼女はイヴァンカの機嫌を取って家族の仲間入りし、トランプ政権が1期で終わるとみて、服従を捧げることで後継者の座に収まることができるかもしれないと考えた
バノンは、政権外からトランプ現象を乗っ取ろうとしてティラーソンの後任にポンペオCIA長官を推す動きに出る
幹部が去った後を埋めるに足る人材が見つかりにくくなり、週を追うごとに小物に代わっていく ⇒ 選対本部時代のインターンが今や広報戦略の司令塔や首席戦略官になった
トランプの今後についてバノンの予想では、モラー特別検察官の捜査が弾劾に繋がる恐れが1/3、憲法修正25(職務能力を失った大統領を閣僚が排除する)による辞任の可能性が1/3、任期を全うする可能性が1/3で、いずれにしても2期目はないし、2期目を目指す試みすらない
トランプは、18年の中間選挙の候補者選びで、予備選で政敵たちの対立候補を応援すると脅しをかけているが、共和党内を恐怖に陥れるのはバノンで、バノン自身共和党は15ポイントほど遅れをとるが、右翼候補が過激になるほど、民主党は右翼のおかしな候補よりもさらに当選の可能性が低いおかしな左翼候補を立てる可能性が高くなると考え、混乱の幕が切って落とされた
トランプ革命はずっと、2大政党が抱える弱点と結びついた動きで、今後も真のアウトサイダーたちにチャンスを提供するきっかけとなるだろう



(書評)『炎と怒り トランプ政権の内幕』 マイケル・ウォルフ〈著〉
2018340500分 朝日
 ■生々しい内情に潜む真の危うさ
 為政者にとって、メディアに自画像をどう描かせるかは死活的な問題だ。とりわけ、トランプ米大統領は異形の存在である。政策よりも、見栄えが政治そのものだからだ。そのせいか、メディアへの敵視と偏愛が奇妙に同居している。
 寝室で3台のテレビを見つめる日々を送り、バスローブ姿で歩き回るとの報道に激高する。「フェイク」と報道機関をけなす一方、マードック氏らメディア界の大物を敬う。
 本書は、そんなトランプ氏の人間像と政権の混沌を衝撃のディテールで描いた話題作である。
 横紙破りの大統領令や、FBI長官の解任。折々の決断の裏に、家族、側近バノン氏、共和党の3陣営による確執があったのは有名な話だが、本書の凄みは関係者の会話や言葉の生々しさにある。虚実ない交ぜのドラマ風の筆致も加わり、ホワイトハウスという統治の象徴が安っぽいリアリティー番組の舞台に成り果てたことに驚愕する。
 ただ、本書は労作ではあるが、政権全体を捉えたわけではない。ケリー首席補佐官、ティラーソン国務長官、マティス国防長官ら、実質的に政策を操るプロ集団の姿は見えてこない。
 思えば、トランプ現象とは既成政治の破壊であると同時に、政治ニュースの大衆化でもあった。畏怖すべき権力の中枢に棲み始めた珍獣を見るような目線を、この著者を含む多くのメディアは共有している。
 その期待に応える過激な言動で、トランプ氏は常に衆目を集めることに成功している。話題の清濁を問わず、「視聴率こそ政治力」と信じるナルシスト政治家としては上出来だろう。
 その陰で、語られなくなった米外交の歪みや世界秩序の変動がいかに大きく、危ういことか。大国の堕ちた偶像といえども、いまだに核のボタンを預かる最高司令官に変わりはない。
 メディアが見据えるべき本質は何か。それを改めて考えさせる書でもある。
 評・立野純二(本社論説主幹代理)
     *
 『炎と怒り トランプ政権の内幕』 マイケル・ウォルフ〈著〉 関根光宏・藤田美菜子ほか訳 早川書房 1944
     *
 Michael Wolff 米国のジャーナリスト。USAトゥデー紙や英ガーディアン紙などに寄稿。


更新日:201847 / 新聞掲載日:201846日(第3234号)

予想外の「暴君誕生」をめぐる傑作の「小ネタ集」が映し出すアメリカ政治の闇

トランプ政権の暴露本として、世界的に読まれている例のあの本だ。
仕事柄、すぐに読む必要があったため、原著が刊行された今年1月にキンドル版をダウンロードし、一気に読んだ。熟練のジャーナリストのマイケル・ウォルフ氏は自称「ホワイトハウスを飛び交う“ハエ”」のように、トランプ政権のすべてをその場にいるかのように眺める。そして、その動きをゴシップ記事のようにまとめあげる。
その話題の本の達意の翻訳が完成した。原著の著者の息遣いも翻訳でも確実に伝わってくる。読ませる技術が満載の原書と全く変わらない翻訳者グループの高い能力を褒めたい。
アメリカ政治を知っているものなら、内容は圧倒的に面白いはずだ。
告白しよう。私自身もわくわくしながら読んでしまった。内容はいま起きている現在進行形なものばかりであり、過去の政権の暴露本に比べて極めて衝撃的だ。
ウォルフの取材対象の範囲も大きく、すでに退任した人物を含めて、当選前後から政権1年目までのトランプ陣営・政権の「選手名鑑」でもある。娘・イヴァンカをはじめ、みんな負けると思っていた中での当選から始まり、暗殺を恐れて毒を入れられる機会がないファストフードを好んだり、髪の毛の薄さを気にする大統領の些細なこだわり。メラニア夫人との冷えた関係。壮大な世界地図が頭にあり、大言壮語するが、極めてわがままなバノン元首席補佐官。資金源のマーサー、FOXNEWSを率いたエイルズ、メディア王・マードックなどの保守派のわき役たちもトランプをめぐって腹の探り合いが続く。
政権のかなめになるはずのプリーバス、ケリーの新旧の首席補佐官とトランプ氏とのこじれた関係からも政権運営の混乱がはっきりうかがえる。かつてはトランプ氏もひいきだったMSNBC「モーニング・ジョー」の司会の2人とトランプ氏との愛憎関係といえる確執まで、本の最後まで読ませる内容が続く。
いずれのこじれた問題も、最終的には、安定しないトランプ氏の精神状態にベクトルが行きつく。
トランプ氏含め、当選しなければ皆がハッピーだったはずだ。これが現実でないと仮定して引いてみれば、これは超一流の喜劇である。喜劇は笑わせるだけでは完成しない。かならず悲劇の要素がある。思惑が外れて当選してしまった「暴君」の誕生をめぐる悲喜劇を著者のウォルフは余すところなく展開させていく。
どれも真実かどうか本当はわからない。しかし、いかにもそれぞれの人物が言いそうな発言がじつに生き生きと語られる。かつて筆者がワシントンの政策関係者からうかがった話も数多い。ただ、その内容よりも、その一歩先の情報が満載である。
実に面白い――。
しかし、である。しょせんは“小ネタ集”である。それ以上のものではない。
カバーを折り返した「そで」の部分にあるウォルフ氏の「この暴露本で政権が終わる」というコメントはかなりの誇張だ。原著発売後3カ月たったが、そんな様子はどうもみえない。もちろん、トランプ氏の精神状態は安定しないし、ロシア疑惑の捜査の展開次第ではトランプ氏が政権を投げ出してしまう可能性はある。しかし、少なくともこの本の直接の影響ではない。アメリカ政治そのものもそんなに劇的な変化はない。
これだけの内容の暴露本にしてはなぜ、なのか。
端的に言えば、それだけアメリカ政治が劣化してしまっているためだろう。劣化とはトランプ政権以前から長年進んできた政治的分極化が現在、極まってしまったことに他ならない。共和党・民主党という党派で国民が大きく分かれてしまい、共和党支持者のトランプ大統領支持の割合は8割、一方、民主党支持者の大統領支持派は1割も満たない。この本についても世論は分かれており、民主党支持者はウォルフ氏と同じように「この本で政権崩壊だ」と叫ぶ。共和党支持者の方は「嘘だらけのフェイクブック」とみている。そもそもこの本を手に取ったりしないだろう。
誤解を恐れずに断言したい。この本が正しくても正しくなくても、アメリカ政治全体にとっては「どうでもいい」のである。なぜなら、そもそもの「真実」も共和党支持者のものと民主党支持者のもので2つある。
アメリカ政治の研究者としてこんな状況はむなしくてたまらない。民主主義の根本にある妥協が極めてしにくくなっているためだ。
ただ、少なくともその異次元に行ってしまったのがアメリカ政治の現状の闇を感じさせてくれる意味でこの本の意義は極めて大きい。
この闇の向こう側にあるのは、何か。トランプ氏だけの問題では終わりそうにない。(関根光宏・藤田美菜子他訳)


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