女性のいない民主主義  前田健太郎  2019.12.10.


2019.12.10.  女性のいない民主主義

著者 前田健太郎 1980年東京都生まれ。03年東大文卒。11年東大大学院法学政治学研究科博士課程修了。博士(法学)。首都大学東京大学院社会科学研究科准教授を経て、現在東大大学院法学政治学研究科准教授。専攻は行政学・政治学。『市民を雇わない国家――日本が公務員の少ない国へと至った道』で、15年に第37回サントリー学芸賞(政治・経済部門)を受賞

発行日           2019.9.20. 第1刷発行
発行所           岩波書店 (岩波新書 新赤版)

日本では男性に政治権力が集中している。何が女性を政治から締め出してきたのか。そもそも女性が極端に少ない日本の政治は、民主主義と呼べるのか。客観性や中立性をうたってきた政治学は、実は男性にとって重要な問題を扱う「男性の政治学」に過ぎなかったのではないか。気鋭の政治学者が、男性支配からの脱却を模索する

はじめに
古代ギリシャに由来する民主主義という言葉は、元々「人民の支配」という意味を持っていたが、日本ではいわば「女性のいない民主主義」
男性支配が行われているにもかかわらず、日本が民主主義の国とされるのはなぜか
日本の政治体制を民主主義と呼ぶのは、政治家やジャーナリストだけではなく、政治について考えることを生業とする政治学者も同じ認識を共有
政治学という学問の性格に関わる問題で、男女の地位が著しく不平等な政治体制を指す言葉として使われていても、あまり気にならなくなってしまっている
本書は、このような問題関心に基づく政治学の入門書
政治学の入門書で紹介される学説の多くは、望ましい政治の在り方を考えることではなく、政治の現状を分析することを目的とする ⇒ ポリティカル・サイエンスと呼ばれ、その目的は政治学から価値判断を排除することで、可能な限り研究者の主観を取り除き、客観的な知識を蓄積すること
男女の不平等に関する学説は省略されてきたのは、政治学者の大部分が男性だったから
近年の政治学の教科書では、「ジェンダー」というフェミニズムの用語を紹介するが、「環境」「人権」「民族」などといった項目と並んで政治的な争点の一種として扱われることが多いが、ジェンダーとは女性を指す概念ではなく、むしろ女性と男性の関係を指す概念であって、「ジェンダーと政治」という研究領域が発展しており、様々な形でジェンダーの概念を用いながら、あらゆる政治現象に切り込んでいる
政治学が何らかの意味での客観性を持つ学問を目指すのであれば、それは男性と女性の双方に開かれていなければならないと考える
本書ではジェンダーを、女性に関わる政治争点の一種としてではなく、いかなる政治現象を説明する上でも用いることのできる視点として位置付け、ジェンダーの視点に基づく議論を、これまでの政治学における標準的な学説と対話させることで、政治の世界がどのように見直されるのかを探る ⇒ 常に男女の不平等に注意を払いながら政治について考えるということを意味する
本書で議論の対象とする政治学は、「主流派」の政治学であり、その中でも特に有名な学説を紹介しながら、ジェンダーの視点に基づく批判を提示する。その狙いは、このような批判が政治学のあらゆるテーマに及んでいることを示すことにある

第1章        「政治」とは何か
1.    話し合いとしての政治
【政治の概念――政治とは、公共の利益を目的とする活動。私的な利益を追求するのではなく、政治共同体の構成員にとっての共通の利益を目指すところに、政治という活動が持つ特徴がある】
【話し合いとしての政治――政治の基礎となるのは、政治共同体の構成員による話し合いである。公共の利益は、誰か1人がその内容を決めるものではなく、多様な視点を持つ人々による、言語を介したコミュニケーションを通じて明らかになる】
話し合いを重ねていけば、各人の私的な欲望を超えた、公共の利益が浮かび上がる。だとすれば、誰かが一方的に意思決定を行うのではなく、参加者が時間をかけて話し合い、納得することを通じて、共同体の問題を解決するのが望ましい
日本では、古来言論の自由が男女間で等しく行使されていないように見える
従来の学説も、男性支配という現象を説明していない

2.    政治における権力
【権力現象としての政治――政治とは社会に対する諸価値の権威的配分を行う活動であり、構成員に自らの意思に反する行動を強制するという意味で権力を伴う。権力は、今日の世界では国家という巨大な組織を通じて行使される】
国家権力をどのように行使するかを決める際には、話し合いとは異なる方法が用いられ、投票と交渉の2つに分かれる ⇒ 投票に基づいて行使される場合、憲法など法制度によって定められた政治制度によって仕組みが決められるので、政治的な権力構造は国ごとに大きく異なる
【日本政治の特徴――戦後中選挙区制の下、自民党1党優位政党制が成立、首相の座を巡って与党内の派閥が争う構図が定着した結果、権力が極度に分散、有効な意思決定が困難となったため、90年代には選挙制度改革や行政改革により、首相への権力集中が進む】
政治的エリートの圧倒的多数を男性が占めるのが最大の特徴 ⇒ 先進国では珍しい現象
男性の権力の源泉は、社会の中に目に見えないルール(=ジェンダー規範)が存在することに由来 ⇒ 男性は男性らしく、女性は女性らしくなければいけない
ジェンダー規範は、本来的な生物学的違い(=本質主義)からくるものというより、何らかの形で社会的に作られたもの(=構築主義)と考えられ、性別役割分業を規定し、それを組織の規範が裏付け、無意識のバイアスの働きによって男女で異なる基準を当てはめてしまう
政治や官僚制といった組織の活動を規定する政治制度も、このようなバイアスと無縁ではなく、一見ジェンダー中立的な規則や慣行も、ジェンダー規範をベースに評価される
政治家を目指す女性は、常にダブル・バインドという2つの矛盾する要求で板挟みになるため、ジェンダー規範からの逸脱に対する制裁が繰り返され、政治の世界から退場せざるを得なくなる

3.    マンスプレイニングの罠
マンスプレイニングとは、man+explainingを組み合わせた造語で、女性が求めていないにもかかわらず、男性が女性の話を遮って延々と説明を始める現象
マンタラプションとは、man+interruputionの造語で、女性の発言を男性が遮る現象の中でも、政治を男性の役割とするジェンダー規範に基づいて女性の発言を封じる点に特徴
ブロプロプリエイションとは、brother+appropriation(盗用)の造語で、女性が発言を自分の意見として認めてもらえないことを意味する。周囲が男性の発言を女性の発言より重視することによって生じる部分も大きい
組織の男女比とクリティカル・マス(臨界質量:その値を上回れば女性が本来の力を発揮できるようになるような、議員の女性比率) ⇒ 国際機関や各国政府機関では30%を重視し、日本でも03年の男女共同参画推進本部が30%を掲げた

4.    政治の争点
意思決定の対象となる問題を「争点(アジェンダ)」と呼ぶ
【重要な政治争点――多くの国では、経済政策と安全保障政策が政治争点。前者では経済的な平等と福祉国家に基づく「大きな政府」の立場と、経済的な自由を重視し、市場競争に基づく「小さな政府」の立場が対立。後者では軍縮派と国防体制充実派とが対立】
政治が「社会に対する諸価値の権威的配分」を行う活動だとすると、範囲は限りなく広がるが、男女の地位の不平等は争いの種、即ち政治の中心的な問題と思われてこなかった
【脱物質主義的価値観と新しい政治争点――70年代以降、脱物質主義的価値観が広まり、伝統的な左右対立には収まらない新たな争点が噴出。環境問題やジェンダーの問題、移民増加に伴う多文化主義の問題がある】
新たな争点は、社会問題の深刻化に対応する形で発生するが、ジェンダー問題は別
男女の賃金格差の推移を見ても、男女の家事労働時間の差異を見ても、日本は他の国々に比べ極端な男女不平等にあることが歴然としており、長く男女の不平等が争点化してこなかった ⇒ 問題の深刻さが争点を生むわけではないとすれば、争点はどこから来るのか
何らかの社会問題に取り組む際、まずは賛成反対で何らかの話し合いが行われ、決裂すると争点が生まれる。ジェンダーの問題についても、19世紀半ばから20世紀前半にかけて第1波フェミニズムが隆盛し女性たちが声を上げ始め、60年代には第2波フェミニズムが登場して女性運動が新たな広がりを見せ、その成果としてジェンダーが新たな争点化として浮上。90年代には第3波が、近年では第4波の時代が到来
最後に行き着くところは、話し合いではなく、国会などの意思決定の場での投票

5.    多数決と争点
【権力の3つの次元――権力には3つの次元があり、多数決の行方を左右するなど、明示的な行動の変化をもたらす権力は表面的な「1次元的権力」に過ぎない。むしろ多くの問題は、そもそも政治の争点になること自体を妨げられ、現状の変更が阻止されている。このような問題の争点化を防ぐ権力は「2次元的権力」と呼ばれる。さらに争点が完全に隠蔽されると、当事者すら問題の所在に気付かなくなる。このような現状に対する不満を抑制し、紛争事態を消滅させる権力を「3次元的権力」と呼ぶ】
政治学の教科書では2次元、3次元的権力の働きなど説明されることはないが、フェミニズム運動による男性支配の告発は、2次元、3次元権力に対する抵抗の試みといえる
投票の仕組みは、単純に見えて奥が深く、とりわけ多数決は以下の問題を抱える
【投票のパラドックス――それぞれの個人にとっての優先順位が決まっていても、社会全体としての優先順位は決めることができない(コンドルセのパラドックス)
投票のパラドックスを防ぐために、予め争点の範囲を絞り込んでパラドックスの発生を防ぐ方法を考え、政治に秩序をもたらすことになるが、それは現状の政治秩序に対して肯定的な立場からの発想であり、フェミニズムの運動のように、男性支配に対する異議申し立てを行い現状を覆すことを目的とする立場からは、争点の範囲を限定する政治制度は、男性支配を維持する役割を果たしている
【マスメディアと世論――マスメディアの世論に対する影響には2つの側面。有権者への影響を少なく見る限定効果論と、効果大と見る強力効果論】
社会問題が争点化する際に重要な役割を果たす主体にはマスメディアが挙げられる。ジェンダー問題についても、マスメディアがアジェンダ設定を行ってこなかった。90年代のインターネットの登場がジェンダーの争点化を後押ししたのは間違いな
(#MeToo運動)

第2章        「民主主義」の定義を考え直す
1.    女性のいない民主主義
1917年第1次大戦でウィルソン米大統領が米議会に対独宣戦布告を提案した際、「世界は、民主主義にとって安全にならなければならない」といったが、その「民主主義」には女性が含まれていない ⇒ 当時、米ではまだ連邦レベルの女性参政権は導入されておらず、全米女性党が猛反発、これを契機に女性参政権導入が進み、戦後の20年正式に導入
【民主主義の最小定義――政治指導者がどのように選抜されるかを定める政治制度を政治体制と呼ぶ。民主主義とは、政治指導者が競争的な選挙を通じて選ばれる政治体制を指すのに対し、競争的な選挙が行われない国を権威主義体制/独裁体制と呼ぶ】
民主主義として必要最小限の条件を示したシュンペーターのこの定義は、代議制民主主義と呼ばれ、選挙を通じた「エリートの競争」だった
【ポリアーキーPolyarchy――民主主義とは、市民の意見が平等に政策に反映される政治体制を指す。今日の世界における様々な政治体制の中で、相対的に民主主義体制に近いものをポリアーキーと呼ぶ。ポリアーキーは、普通選挙権を付与する「参加」と、複数政党による競争的な選挙を認める「異議申し立て」という2つの要素から構成。異議申し立ての機会はあっても幅広い参加を認めない体制を競争的寡頭制と呼び、逆に参加を認めても異議申し立ての機会を欠く政治体制を包括的抑圧体制と呼ぶ】ロバート・ダール(1971)
ポリアーキーは「複数の支配」を意味する造語であり、民主主義とは区別される概念
競争的寡頭制の下で選挙権が拡大される「包括化」の道を歩んだのがイギリス・アメリカ
包括的抑圧体制下で政党間競争が許容される「自由化」の道を歩んだのが冷戦下の共産主義圏や軍事独裁下のラテンアメリカ諸国など
日本は、包括化と自由化が同時に進行し、軍国主義体制で終焉した後、敗戦を機にポリアーキーとなった
ダールの政治体制の分類は、女性参政権をポリアーキーの最低条件とする点で、シュンペーターの分類に比べて相対的にジェンダーの視点を有している。ポリアーキーが民主主義そのものでないとすれば、1917年のアメリカのような女性参政権を欠く体制は、ポリアーキーにすら達していない以上、なおさら民主主義と呼ぶに値しない
シュンペーターとダールが共有する特徴は、権力の暴走を抑制する機能として政治指導者の失政の責任を問える「答責性accountabirity」を重視したことだが、いずれの説も政治家が有権者を何らかの意味で代表represenntationするという発想に欠けている

2.    代表とは何か
有権者の間の意見の分布が国会議員の間の意見の分布と重なっている政治体制の特徴を実質的代表substantive representationという
議会の構成が、階級、ジェンダー、民族などの要素に照らして、社会の人口構成がきちんと反映されている代表を描写的代表descriptive representationと呼ぶ
ジェンダー問題に関しては、描写的代表なくして、実質的代表を確保することができない
政治学において、男性支配は長らく当たり前のこととして受け止められてきた
ポリアーキーの下でも政治の男性支配は続き、選挙権の獲得は男女平等な民主主義のための必要条件ではあっても十分条件ではなかった
冷戦終結に伴う政治体制の自由化とともに、共産圏諸国では女性議員の数が劇的に減少
男性優位のジェンダー規範が働く環境下では、政党間の自由競争は、事実上男性間の競争となり、独裁体制に比べれば民主的かもしれないが、市民の間の平等を旨とする民主主義の理想からは程遠い
ジェンダーの視点から政治体制を見直すことは、これまで民主主義と呼ばれてきた政治体制の評価を大きく変え、政治体制の歴史や民主主義の歴史を見直すきっかけを提供

3.    民主化の歴史を振り返る
【民主化の3つの波――第1の波は19世紀に広がり第1次大戦で後退。第2の波は第2次大戦に始まり60年代に後退。第3の波は70年代半ばに始まり世界中に広がる。90年代の旧共産圏の崩壊と、11年のアラブの春による中東の権威主義体制の動揺を経て、現在その揺り戻しが訪れつつあるのかどうかについては今も議論が行われている】ハンティントン(1991)
この学説では民主化の起源を、大部分の州で白人男性の普通選挙権が確立した1828年のアメリカでの「ジャクソニアン・デモクラシー」に置く ⇒ 白人男性の民主主義の歴史に過ぎない
女性参政権の歴史からは、最初に国政における女性の選挙権を認めたのは1893年のニュージーランド、被選挙権の最初は1906年のフィンランド。欧米列強で最初に女性参政権を導入したのは第1次大戦中に帝政が崩壊したロシア。イギリスで男性と同じ水準で女性参政権が認められたのは、1918年に女性参政権が導入されてから10年後。フランスで女性参政権が導入されたのは1944年、スイスでは1971
女性議員の割合が10%を超える国の数は1950年代から増え続け、今日では未達が30カ国程度だが、ポリアーキーの下で30%を超えるのは1983年のフィンランドが最初で、本格的に増え始めるのは21世紀の現象。その意味で現在こそが民主化の第1波の途上

4.    民主化の理論と女性
【近代化論――社会経済的な構造が近代化するに伴って、中産階級が拡大し、貧困層が縮小することで、経済的な対立が穏健化する。その結果、政治的な紛争が抑制され、政権交代を伴う政治体制としての民主主義が成立しやすくなる】
政治体制が経済的な条件に左右されるという考え方そのものについては広く合意があるが、男女の意見が平等に反映される体制という意味での民主主義をもたらすメカニズムは、近代化論からは導くことができない
【階級間の妥協としての民主主義――権威主義体制の下では、選挙権が財産に基づいて制限され、富裕層に有利な政策が選択される。貧困層の組織力が増大し、階級闘争が激化する時、富裕層と貧困層の妥協が成立すれば、普通選挙が導入される。妥協が成立しなければ、富裕層は貧困層を抑圧する】
この学説も、参政権拡大の論理は説明するが、あくまで男性の参政権であって、女性参政権の導入を説明するものではない。女性排除の論理はジェンダー規範に基づくものであって、階級に基づくものではない
女性参政権拡大の過程で、ジェンダー規範の転換が見られる
    戦争への協力度合いに応じて女性参政権を正当化する規範 ⇒ 国を守る人には参政権を認めるという規範で、総力戦となった第2次大戦では女性も国を守る役割を果たし、その結果として参政権を得る資格を持つようになる
    国際社会の普遍的な潮流の一環として女性参政権の導入を正当化する規範 ⇒ 国民国家は女性参政権を認めなければならないという規範で、女性運動の国際的な連携を通じて広がる
    自国の倫理的優位を示すために女性参政権の導入を正当化する規範 ⇒ 文明国は女性参政権を導入しなければならないという規範で、ソ連を中心とした共産圏における女性参政権の導入過程にみられ、社会主義国の資本主義国に対する文明的優位を示す

第3章        「政策」は誰のためのものか
福祉国家は男女間の不平等を是正するものなのか。政府の政策がどのように作られ、誰の利益を実現するためのものかを検討
1.    男性のための福祉国家
2次大戦中の43年、チャーチルが国民に戦後のビジョンを示した中の有名な言葉「ゆりかごから墓場まで」は、戦後労働党の福祉政策を表す言葉として記憶されることになるが、こうして誕生したイギリスの福祉国家は誰のための国家だったのだろうか
【福祉国家の概念――19世紀の国家は市場経済に介入しない夜警国家だったが、資本主義経済の下では労働者が商品として扱われ、失業などによって仕事を失う深刻なリスクに直面するため、20世紀になると市場経済のリスクから労働者を守るべく、失業保険や生活保護など、労働派を「脱商品化」するための社会保障制度が発達。こうした制度へのアクセスを社会権として保障する国家を福祉国家と呼ぶ】
福祉国家は、経済的な不平等を是正する国家だが、実現される平等とは誰と誰の平等なのか。市場経済の下で労働者として所得を得ている人々を脱商品化するのが福祉国家で、元々労働市場に参加していない人は福祉国家の公共政策の受益者ではない。ジェンダーの視点からいっても、ジェンダー規範が共有される社会では労働市場に参加するのは大半が男性であることを考えると、男性のための福祉国家に過ぎない
欧米先進国が安定的な経済成長を享受していた1970年代までは、豊かな産業社会を実現し、その下で福祉国家へ収斂すると考えられていたが、今日では各国の社会的条件に応じて様々なタイプの福祉国家が作られると考えられ、以下3つに類型化されるとする学説が有力
【福祉レジーム論――欧米の福祉国家は3種類の「福祉レジーム」に分類。独伊などの保守主義的福祉レジームでは職業集団別に作られた社会保障制度に基づいて労働者に福祉が供給され、家族も福祉の供給源として大きな役割を担う。アメリカのような自由主義的福祉レジームでは市場が福祉の供給源であり、働くことができない人には例外的に生活保護が与えられる。スウェーデンなどの社会民主主義的福祉レジームでは福祉の提供を受けることが市民権として認められており、単一の制度の下で手厚い年金制度や失業給付と充実した社会福祉サービスが供給される】イエスタ・エスピン=アンデルセン(1990)
ジェンダーの視点から見ると3類型とも男女の性別役割分業が行われている社会では、男性が労働市場における経済的なリスクに直面するのに対し、女性は家庭内に閉じ込められ男性に生活の糧を依存することに伴うリスクに直面しているため、女性が経済的に男性に依存する仕組みを改めなければ女性のリスクは軽減されない ⇒ フェミニスト福祉国家論が誕生、男女等しく受益者となる福祉国家を提唱
【日本の福祉国家――社会保障制度に加えて、福祉国家を機能的に代替する様々な政策が存在。公共事業や農業補助金などで都市から農村へと富を再配分したり、終身雇用制を始めとする強固な雇用保護の仕組みによって企業労働者の生活を保障したりしていることも社会保障制度の代替と見做されている。全体として、特徴はその特殊主義にある】
北欧のような普遍主義に基づきすべての市民に平等に便益を分配するのではなく、様々な社会集団に対して別々の形で便役を分配し、生活を保障する国家であり、階級格差の小さな社会を作り上げることに成功しているということになるが、ジェンダーの視点から見ると、平等であるはずの日本で著しい男女の不平等が存在していることは読み取れない
夫が経済的に家族を養うという家族形態を前提とする制度が深く埋め込まれている
終身雇用も男性の雇用を守る仕組みとしての色彩が濃く、70年代以降億の女性従業者がパート労働者として労働市場に参入したが、雇用の調整弁として用いられ、企業は市場の変動への対応と、正規労働者の雇用の安定を両立してきた
福祉の供給主体として家族の役割を重視するという特殊な性格の福祉国家が作られてきた政治的な力学について考える

2.    政策は誰の利益を反映するのか
代議制民主主義の下では、市民が政治共同体の意思決定に関わろうとすると、利益集団を組織し、政策変更を求めて政治家や官僚に陳情する必要がある
【エリート主義と多元主義――資本家のような一部特権的な階級が影響力を独占しているという見方をエリート主義というのに対し、社会における様々な集団が自由に活動し、政策に影響を与えているという見方を多元主義と呼ぶ。多元主義の方が民主的と言えるが、あらゆる意見を反映するものではなく、ただ乗りを防ごうとすれば自分たちの特殊利益のために政策への影響力の行使が可能となるが、結果として公共の利益は損なわれる】
日本の多元主義では、様々な利益集団がそれぞれの所轄官庁や、族議員と結びついて「鉄の三角形」を構成 ⇒ 「仕切られた多元主義」と呼ばれ、過大な公共事業を始めとする利益のバラマキを生み、財政状況を悪化させてきたいという批判の対象にもなってきた
ジェンダー視点から見ると、日本の利益集団政治とは、男性の政治家や官僚に対して、男性の利益集団が圧力活動を行う過程だと言える。日本の福祉国家が男性稼ぎ主モデルであることの原因を考える上で、この利益集団の男性バイアスを見逃すべきではない
【多元主義とコーポラティズム――多元主義の下では、利益集団が自由に政治家や官僚にアクセスし、政策への影響力をめぐって競争するのに対し、少数の頂上団体を予め国家が指定し、それらの団体と政府の間の合意を通じて政策決定を行う仕組みをコーポラティズムと呼び、少数の利益集団の指導部に権力を集中し、上からの利害の調整を行う仕組み】
70年代の石油ショック当時、労使が協調して賃金の抑制と雇用の確保で合意することを可能にする仕組みとしてコープラティズムの研究が進み平等性が評価されてきたが、ここでもジェンダーの視点は等閑にされている
フェミニズム運動の中で、ナショナル・マシーナリーという、各国におけるジェンダーに関わる政策を統一的な観点から調整することを任務とする行政組織が中心となって、あらゆる政策領域においてジェンダーに基づく不平等に注意しながら政策形成を行う「ジェンダー主流化」が進められている(ナショナル・マシーナリーの設置は、1975年第1回国連世界女性会議で初めて各国に勧告された)
日本の女性の利害関心が男性に比べて多様であることは、女性の組織化を妨げ、男性稼ぎ主モデルの福祉国家からの離脱を困難にしているが、逆に、女性の利害関心の多様性は、男性稼ぎ主モデルの帰結だともいえる。男女不平等を是正しない福祉国家は男性の交渉力を強めることを通じて、家庭における女性の負担を一層強化する働きを持つ

3.    福祉国家が変わりにくいのはなぜか
一度作られた政策は、なかなか変わらない。それは、政策が利益集団の政治的な力関係を反映して造られるだけでなく、その力関係自体が、政策によって補強されることにある。こうした「政策が政治を作る」メカニズムは、特に福祉国家において強力に現れる
【福祉国家の経路依存性――福祉国家は一度拡大すると縮小しにくい。それは福祉国家の受益者が給付の切り下げに反対するため。過去に作られた福祉国家の形態も政治状況や財政状況が変化しても存続する。ある時点で選択された福祉政策が後の時代の選択肢の幅を狭めることを、福祉国家の経路依存性と呼ぶ】
80年代以降、福祉国家改革が争点として浮上する一方、グローバル化の進展に伴って国際競争が激化し、脱工業化が進んだことで労働者の組織力が弱まる中、「小さな政府」を目指して社会保障給付の削減を主張する新自由主義的な改革論が各国で流行したが、実際の給付水準が大幅に切り下げられた国は少ない
福祉国家の経路依存性も、ジェンダーの視点で見ると、男性稼ぎ主モデルの福祉国家が、そのモデルを支える男性と女性を生み出してきたからこそ、このモデルが持続してきたと説明できる
経路依存性を持つ制度は、当初必ずしも長期的な帰結が明確でなく、意図せざる帰結をもたらし、それを通じて男性優位の社会が出来上がる

4.    政策の変化はどのようにして生じるか
既存の福祉国家モデルの再編を考えるには、政策変化のメカニズムを検討する必要がる
政策変化に対する制約は、立法過程における制度的な手続きによって生まれる
【拒否権プレイヤー――政策決定に対する拒否権を行使できる主体=拒否権プレイヤーの数が多いほど政策変更は難しくなる。連立政権を構成する政党のような党派的プレイヤーと、2院制のような制度的なプレイヤーに2分され、プレイヤーの数が増えると、政策に反対する側が有利になり、現状が変化しにくくなる】
日本の立法過程にも多数の拒否権プレイヤーがいるが、ジェンダーの視点から見ると、日本の立法過程の問題は、拒否権プレイヤーの数ではなく男性に偏っていることにある
90年代以降日本で生じてきた様々な政策変化の中には、男女の不平等を是正しようとするものも少なくないが、そのような変化は首相によるリーダーシップとは異なるメカニズムで生じてきた ⇒ 外圧と国際的な規範の伝播
【政策の窓――政策決定の対象となる争点、即ちアジェンダが設定される過程では、3つの別個の「流れ」が合流する必要がある。政策的な対応を必要とする問題が浮上する「問題の流れ」、政治情勢の変化が生じる「政治の流れ」、政策案が作られる「政策の流れ」の3つ。政策が必要とされる新たな社会的機会を「政策の窓」と呼ぶ】
新たな利害関係者が登場し、問題が提起されることで、埋もれていた政策案が立法過程で浮上する
ジェンダーの視点から日本政治を分析する場合、政策の窓モデルが大きな役割を果たすが、その理由は、女性の利益に関わる政策の多くがそもそも政策争点となってこなかったから
90年代以降に進展した女性の利益にかかわる政策の中には、議員立法を通じて実現したものも多く、政策過程で政党間の明確な対立軸となることなく争点化し導入され、首相のリーダーシップは大きな役割を果たさない
2001年成立の小泉政権では、女性の社会進出を「聖域なき構造改革」の一環として議論したが、雇用の規制緩和を進める中で男性稼ぎ主の雇用に依存した家族形態では経済的なリスクが高まるという観点から夫婦共働きの家族形態への移行を促すというのが基本的な流れだったため、男女共同参画などに地方自治体が批判するなどのバックラッシュに見舞われ、安倍もバックラッシュを主導した政治家の1
12年の安倍政権でも男女共同参画に代わって「女性活用」や「女性活躍」が提唱されたが、経済成長を目標とする成長戦略の手段として位置づけられており、男女平等志向とは程遠い

第4章        誰が、どのように「政治家」になるのか
1.    日本政治の2つの見方
1986年の「死んだふり解散」による衆参同時選挙で自民党に惨敗した社会党に、日本の議会政党では初の女性党首が登場、89年参院選では大量の女性候補者を擁立して自民党を破り、「マドンナ・ブーム」を引き起こす ⇒ 代議制民主主義の下で男女平等に代表されるには、選挙の候補者も男女同じように擁立しなければならないという教訓
【政党と政党システム――民主国家では政党による政治が行われる。政党とは選挙への参加を通じて政権の獲得や政策の実現を目指す集団。多党間での競争の相互作用のパターンを政党システムと呼ぶ。日本は1党優位政党制と呼ばれる】
政党システムは政治体制の安定を左右すると考えられていたが、近年では統治の質に与える影響に基づいて政党システムを比較することも多い ⇒ 2大政党制の下では単独政権が成立しやすいため、責任の所在が明確となり、政権交代を通じて指導者の答責性を確保しやすいとする説がある一方、多党制の下では様々な政党が政権に参画するため、多くの有権者の意見を政策に反映するのに向いているという説もある
日本の政治では、自民党による1党優位と同時に、首相も閣僚の大半も男性という側面を見落としてはならない

2.    有権者は誰に票を投じるか
【投票参加――合理的な有権者は自らの利益を実現するのに最適な手段を選択する。有権者が投票に参加するのは、投票から得られる利益がコストを上回る場合。投票コストを下げる要因の中でも、社会経済的地位は重要な役割を果たし、一般に年齢が高く、教育水準や所得などの資源に恵まれた有権者の方が、そうでない有権者に比べて時間的余裕や政治的情報に恵まれ、投票参加に積極的】アンソニー・ダウンズ(1957)
同じような格差は男女間でも生じる可能性があるが、実際の選挙を見ると、投票参加の男女格差は選挙結果を左右する要因ではない
【期待投票と業績評価投票――合理的な有権者は、政策によって自らが得る利益に基づいて投票先を選ぶ。その方法は2つ。1つは候補者の公約を比較して、自らの政策に近い候補者に投票する「期待投票」で、有権者が政策的な意見を持ち、候補者の公約を知る必要がある。もう1つが現職の候補者の業績を評価した上で、現職の再選を支持するかどうかを決める「業績評価投票」で、現職の任期中の実績を知っている必要がある。後者の方が必要とされる情報が少ないため、比較的容易に行うことができる】
選挙の機能は2つ。1つは有権者の意見を政策に反映すること(=応答性)と、もう1つは失敗した指導者の責任を問うこと(=答責性)。期待投票は応答性を確保し、業績評価投票は答責性を確保
ジェンダーの視点からは、議会の男性支配は、有権者の合理的選択とは異なるメカニズムを通じて生じている可能性が高い
【非合理的な有権者――現実の有権者は、期待投票や業績評価投票を行う能力なはい。政党への親近感など、政策に無関係の要素に基づいて投票する傾向があり、また、政権の業績を全体的に判断する能力もなく、直近の景気動向等を見て投票先を決める】
ジェンダー視点から見ると、日本の女性議員が少ないのは、日本の有権者が他の国に比べて男性優位のジェンダー規範を強く内面化しているからかもしれない
有権者の視点から見た場合、女性の政治家が誕生しない理由は、そもそも女性の候補者が少ないことにある ⇒ 社会化を通じてジェンダー規範が植えつけられるメカニズムが作用しているが、有権者のジェンダー・バイアスや立候補する意欲の男女差とは別に、政党が女性候補者をリクルートしてこなかったのが大きい

3.    政党と政治家の行動原理
【社会的亀裂の理論――各国の政党システムは、それぞれの国の最も重要な社会的亀裂を反映したものとなる。社会的亀裂とは、階級、人種、宗教、言語など、社会集団の間の対立軸を指す。宗教紛争が生じている国では宗教政党が世俗政党と対立する】
ジェンダーの視点から見た場合、政党を作ることができるのはあくまで自らの要求を広く争点化することに成功した集団に限られるので、集団が組織化されないと政党は生まれず、第1波フェミニズムでも参政権の獲得には成功したが、国政政党は生み出さなかった
政党が女性の候補者を締め出すゲートキーパー(門番)としての役割を果たしてきた
【政党組織論――政党は、政治家が効率的に選挙活動や立法活動を行うのを助ける機能がある。①選挙活動のサポートをする、②党議拘束により政治家の意見の集約を容易にする、③年功序列など昇進の仕組みを整備して政治家の安定したキャリアパスを提供する、などの理由から政治家にとっては政党に所属することの便益が大きい】
日本の自民党では、年功序列の慣行を通じて政党内部で地位が上昇する傾向があり、長く1つの政党に所属する誘因を政治家に与えることを通じて、有力な人材を政党に集め、党の凝集性を維持する働きを持つが、ジェンダーの視点から見れば、これらのメカニズムは女性政治家の昇進を妨げ、「ガラスの天井」を作り出すもの
【政党間競争の作用――政党はより多くの有権者の支持を得るため、極端な政策を掲げるのを避ける。特に2大政党制下では、2つの政党は似たような政策を掲げるインセンティブが働き、結果として政党の政策は有権者の多くが支持する方向へと収斂する】
ジェンダー視点から見た場合、政党間競争には、女性議員を増加させる機能もある
党勢を拡大する新機軸として女性候補者を開拓する圧力は、通常与党よりも野党のほうに強く働く ⇒ サッチャーもメルケルも政権奪回のために女性を党首に選出する作戦が成功した例であり、日本で女性議員が少ない責任は野党が女性議員を増やさなかったことにあったが、1989年のマドンナ旋風で潮目が変わった

4.    選挙制度の影響
【多数決型と合意型――民主主義の2つの型。多数決型民主主義は、競争的な選挙と政権交代を通じて多数派の手に権力を集中するモデルであり、支配者の答責性確保を重視する。合意型民主主義は、政党間の協力を通じて権力を分散させるモデルで、様々な意見を広く代表させるのに向いている】アンドレ・レイプハルト(1999)の学説
選挙制度が有権者と政治家の行動に大きな影響を与え、最終的には代議制民主主義の質を左右する
イギリスなどの多数決型民主主義の国では、小選挙区制を通じて2大政党制が形成され、選挙のたびに多数党による単独政権が組織される
オランダなどの合意型民主主義の国では、比例代表制を通じて多党制が形成され、連立政権による統治が常態化
日本では1996年以降小選挙区比例代表並立制が導入され、混合型となっている
ジェンダーの視点から見ると、合意型民主主義の国のほうが女性議員の比率が高いという知見が示されているところから、「弱者にやさしい民主主義」と結論付けている
【政党中心の制度と候補者中心の制度――有権者が候補者個人に投票するのか、政党に投票するのかで、政党指導部の影響力が変わる】
選挙制度の内容によって、候補者が行う選挙運動の戦略や候補者と政党指導部の力関係も大きな影響を受ける
ジェエンダーの視点から見た場合、拘束名簿式の比例代表制の下では、政党指導部が女性の擁立に積極的になりさえすればよく、また候補者個人の選挙運動に依存する部分が少ないだけ女性候補者に有利となり、女性議員の割合が高くなりやすい
ジェンダー・クオータ性の導入 ⇒ 候補者や議席の一定割合を女性と男性に割り当てる仕組み
    リザーブ議席 ⇒ 南アジアやアフリカ、中近東で採用。議席の一定割合に関して候補者を女性に限定し、残りを男女双方の候補者に割り当てる。起源は英領インドで現地エリートの団結防止の手段として導入された制度。女性を男性から隔離する制度であって、政党における男女の不平等を是正する制度ではない
    政党クオータ ⇒ 政党が自発的に候補者の一定割合を女性と男性に割り当てる仕組み。ヨーロッパでは1970年代から比例代表制の候補者名簿作成の際広く用いられるようになった。混合選挙制のドイツでも比例代表名簿にクオータを導入
    候補者クオータ ⇒ 全ての政党に候補者の一定割合を女性とすることを法的に義務付ける。90年代以降ラテンアメリカを中心に拡大。2000年にはフランスがパリテ法により世界で初めて候補者を男女同数とした結果、17年選挙では女性議員が40%
100カ国以上の議会下院で、何らかの形のジェンダー・クオータが導入されている
国名
議会下院の女性比率
クオータ立法の種類
政党クオータの有無
選挙制度
ルワンダ
61.3%
リザーブ議席(30%)
拘束名簿式比例
ボリビア
53.1%
候補者クオータ(50%)
混合選挙制
スウェーデン
47.3%
拘束名簿式比例
南アフリカ
42.7%
拘束名簿式比例
日本でも2018年候補者男女均等法(日本版パリテ法)が成立したが、強制力はない

おわりに
2014年ゲーマーゲート事件 ⇒ 任天堂のスーパーマリオブラザーズを含めジェンダー・バイアスを含むゲームを批判し始めたところ、ゲーム愛好家の男性からの攻撃で炎上、殺害予告にまで発展
政治学に対するフェミニズムの批判についても同じことが言える。ジェンダー視点に基づいて標準的な政治学の学説を見直す試みは、時に社会の主流派である男性に対して不快感を与え兼ねないが、批判は政治学という学問に対する憎しみに基づいて行われるのではなく、政治学をもっと豊かな学問にしたいという願いから行われてきたもの
想像もしない角度から自分の世界観を覆されることは、反省を迫られる体験であると同時に、刺激に満ちた体験でもある
一度、ジェンダーの視点をあらゆることに適用できることが分かると、世界の見え方が違ってきて、どのような政治現象を見ても、女性はどこにいて何をしていたのかと問いかける習慣が身につく
社会の主流派とは異なる視点を政治学に導入することは、政治の捉え方を大きく変える。それによって、従来は問われてこなかった様々な問題が浮上し、それを解くための様々な解答が提示される。その過程で、政治学は学問としてより豊かになるだろう
本書は、視点の多様性に開かれた政治学のための1つの試み



(書評)『女性のいない民主主義』 前田健太郎〈著〉
2019.11.10. 朝日
 ■政治の見え方を痛快に転換
 読んでいて何度か、くくっと笑ってしまった。あまりにも痛快だったからだ。凝っているツボをきゅーっと押してもらえているような。息の詰まるもやをがーっと吹き飛ばしてくれるような。
 本書は、政治学の代表的な学説をひとつひとつ紹介しながら、それらにジェンダーの視点が欠如していたことを指摘し、その視点をさしこむことで政治にかかわる物事がまったく違った見え方になることを示してゆく。
 ▼政治とは話し合いだ――そこに女性は参加できているのか?
 ▼政治とは権力の行使だ――日本では権力が男性に集中しているのはなぜだ?
 ▼政治の重要な争点は経済と安全保障だ――男女の不平等という争点は、気付かれにくいほどに隠蔽されているのではないのか?
 ▼選挙で代表を選ぶのが民主主義だ――女性の代表が少なすぎる現状は民主主義と言えるのか?
 ▼利益集団の活動が政策に影響する――特に日本では、主な利益集団は大半が男性によって構成されてきたのではないのか?
 ▼合理的な有権者は、自らの利益が実現されるように投票する――実際の投票行動は、ジェンダー規範を含むバイアスによって左右される面もあるのではないか?
 ▼政治は政党を通じて行われ、政党は政治家の活動を助ける――日本を長期にわたり支配してきた自民党は高齢の男性政治家が大半を占めているではないか!当選回数の多さが重視される年功序列的な政党組織は、女性をむしろ不利にしているのではないのか?
 ことほどさように、現実世界の民主主義にも、それを研究する政治学にも、「女性がいない」ことになりがちだ。加えて、本書から改めて強く印象付けられるのは、日本てすごく変、ということだ。
 たとえば「男性の方が女性よりも政治指導者に向いている」ことに同意する度合いが日本では他の先進諸国より強い。女性議員はあきれるほど少ない。男性稼ぎ主モデルが強いことから、家族構成などに応じて、女性間の有償労働時間と家事労働時間のばらつきはきわめて大きく、女性の利害関心がまとまりにくい。そしていっそう少子化が進んでゆく。
 暗澹(あんたん)とする。だが、候補者や議席の一定割合を女性に割り当てることによる女性議員の増加や、家庭内のケアを社会化する「脱家族化」政策など、方法はある。多くの社会ももがきながら「女性のいる民主主義」への道をたどり続けている。日本でもできないはずがない。必要なのは、それを実現するという強い意志だ。高齢の男性保守政治家たちと男ばかりの利益集団に、すべてが食いつぶされてしまう前に。
 評・本田由紀(東京大学教授・教育社会学)
     *
 『女性のいない民主主義』 前田健太郎〈著〉 岩波新書 902円
     *
 まえだ・けんたろう 80年生まれ。首都大学東京准教授を経て、東京大准教授(行政学・政治学)。『市民を雇わない国家 日本が公務員の少ない国へと至った道』で、15年にサントリー学芸賞を受賞。


春秋

日本経済新聞 朝刊 
日本のはるか先を行っている――。そんな声が上がっているのも納得ではある。フィンランドの首相に10日、サンナ・マリン氏が就任した。1985年生まれの34歳で、1児の母。現在の時点で世界を見渡せば最年少の首相だと、欧州のメディアは大々的に伝えている。
ヘルシンキ首都圏をのぞくとフィンランドで最大の都市であり、ムーミン谷博物館があることでも知られるタンペレの出身。幼いころ両親が離婚し、母親とその同性パートナーに育てられたという。7年前に市議会議員に選ばれ、翌年に市議会議長に就いた。4年前に国政に進出し、ことし6月からは閣僚をつとめてきた。
その来歴に劣らず印象的なのは新首相を支える連立与党の顔ぶれである。首相が属する第1党・社会民主党以外の4党のトップは、そろって女性。さすが1906年に世界で初めて女性の被選挙権を認めた国、といえようか。政治学者の前田健太郎氏が「女性のいない民主主義」と評した国の一員としては、ため息が出る。
フィンランドでも排外主義的な勢力が台頭している。ことし4月の総選挙では社会民主党が第1党の座を確保したとはいえ、欧州連合(EU)に懐疑的で強硬な移民政策を掲げて第2党に躍進した「フィン人党」との差は、わずかだった。現在フィンランドはEU理事会の議長国で、若き首相はさっそく手腕をためされる。




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