壁の向こうの住人たち  Arlie Russell Hochschild  2026.5.8.

 2026.5.8. 壁の向こうの住人たち アメリカの右派を覆う怒りと嘆き

Strangers in Their Own Land: Anger and Mourning on the American Right 2016

 

著者 Arlie Russell Hochschild 米国ボストン生まれの社会学者.カリフォルニア大学バークレー校名誉教授.フェミニスト社会学の第一人者として,過去30年にわたり,ジェンダー,家庭生活,ケア労働をめぐる諸問題にさまざまな角度から光をあてて,多くの研究者に影響を与えてきた.早くから感情の社会性に着目し,1983年には本国で著書『管理する心』(世界思想社)を発表,感情社会学という新しい研究分野を切り開いた.その後も『セカンド・シフト』(朝日新聞社),『タイム・バインド』(明石書店)などを出版.単著として9冊目にあたる本書では,南部ルイジアナ州に暮らす共和党支持派の白人中間層の心情に向き合い,米国を分断する共感の壁を越える手がかりを探った.本書は広く反響を呼び,2016年度全米図書賞ノンフィクション部門にノミネートされた.

訳者 布施由紀子 翻訳家.大阪外国語大学英語学科卒業.訳書に,『天国の扉をたたくとき――穏やかな最期のためにわたしたちができること』(ケイティ・バトラー著,亜紀書房),『1493――世界を変えた大陸間の「交換」』(チャールズ・C・マン著,紀伊國屋書店),『ブッチャーズ・クロッシング』(ジョン・ウィリアムズ著,作品社),『核は暴走する――アメリカ核開発と安全性をめぐる闘い』(エリック・シュローサー著,河出書房新社)など.

 

発行日           2018.10.25. 第1刷発行

発行所           岩波書店

 

同著者の、『26- 盗まれた誇り』参照

 

 

表紙カバー袖

アメリカは自分の国なのに、社会が急速に変わってしまい、まるで「自国に暮らす異邦人」の気分だ――

南部ルイジアナ州に暮らす共和党支持派の白人中間層の心情に向き合い、アメリカを分断する共感の壁を超える手掛かりを探ったノンフィクションの傑作

 

 

まえがき

5年前にこの調査に着手した頃、米国の2つの政治陣営が溝を深め合っていた

左派の多くの人は、右派の共和党とFOXニュースが連邦政府の介入を大幅に制限しようと目論んでいると考えていた。貧困層支援の打ち切りを画策し、権力と富を握る所得上位1%層の力と財産を増やそうとしていると感じていた

一方右派の人々の多くは、政府自体が権力と富を蓄積したエリート集団であるとみていた

そこに2016年、トランプが表舞台に躍り出て、アメリカ人の政治生活をひっかきまわしてきた。右派には何が起きているのだろう。それを探るために、彼らの中に入って彼らの身になって想像してみようとする過程で、彼らのディープストーリー、彼らが心で感じた物語に遭遇した

ルイジアナ州の殺風景な工場地帯で医療保険のセールスをする白人のシングルマザーに同行し工場を訪ねて回る。まるで見知らぬ国に来ているような気がしたが、自分の国だった

 

第1部 大きなパラドックス

第1章      心に向かう旅

ルイジアナのサトウキビのプランテーションで、農園内外から仕事を受ける鉛管工の家を訪ねる。バンダーヴィルの小さな集落が解体されたのは1970年代で、黒人3/4、白人1/4が緊密にして不平等な調和の中で暮らす。息子のマイクは石油時代に成人期を過ごす。当時は緊密なコミュニティがあったが、それを壊したのは「大きな政府」だという

この辺の住民の大半はケイジャン(カナダのアケイディア植民地から移住してきた仏系住民の子孫」で、カトリックで、保守派で、ティーパーティーの支持者

ティーパーティー: 2009年頃からオバマ政権の医療保険改革や経済政策に反対して発生した、草の根の保守派・ポピュリズム運動

州議事堂前の環境集会で演説していたのは、広大な沼地が陥没して自宅もコミュニティも失ったマイク・シェフ。この災害は、しっかりした規制を受けていない掘削会社が引き起こしたものなのに、マイクはティーパーティーの支持者として、ありとあらゆる規制の撤廃を訴え、政府の財政支出を大幅に削減すべきだと主張。私はなぜ、家を失った人が、軍事と災害対策以上のことに政府が関わらない世界を求めるのか、首を捻り、この人と自分の間には壁があると感じた

l  共感を阻む壁

私が関心を持ったのは、共感を阻む壁。他者への深い理解を妨げるだけでなく、異なる意見を持つ人々や、異なる環境で育った人々に対する無関心や、敵意さえも誘発し得る

政治的混乱期には、手っ取り早く確信を得ようとしがちで、新しい情報を従来の思考回路に無理やり押し込み、反対勢力については、外から表面的に理解できれば良しとする

だが、自分の意見を変えずに、他社の内面を知ることはできないだろうか

共感を隔てる壁を越えることができると信じて、相手の懐に飛び込む

鉛管工の父はドイツ人でおふくろはケイジャン、7人の子を育てた。マイクは言う、「うちが貧乏だとは知らなかった。人工妊娠中絶の合法化にも銃規制にも反対。他人を傷つけない限りは自分の人生を好きなように生きる自由が欲しい。大きな政府には反対」

昔の農園みたいな地域のコミュニティに戻るべきで、その方が間違いなく暮らし向きがよくなる。こうした問題については、2大政党の見解の隔たりがさらに広がっただけでなく、政治的感情もまた以前より底が深くなっている

1960年の調査では、子供が対立する政党のメンバーと結婚したら不快感を覚えるかとの質問に対し、イエスと答えた人の比率はどちらの政党でも5%でしかなかったが、2010年には民主党支持者で33%、共和党支持者で40%に急増。今では人種より愛党心の方が対立につながる偏見を生みやすくなっている

以前のアメリカ人は、より良い仕事や安い住宅、穏やかな気候を求めて引っ越しをしたが、今では同じ考えを持つ人の側で暮らしたくて引っ越すケースが増えている。人々は、感情を共有する小集団に別れようとしている。同じ気持ちを持つ集団に閉じこもろうとすればするほど、考えは極端なものになっていく

共和党でも民主党でも、政治活動に熱心な支持者ほど、対立政党が誤っていると考え、「深刻な心得違いをしていて国民の幸福を脅かす」恐れがあると思っている。どちらも自分の側のテレビ局(右派はFOXニュース、左派はMSNBC)のニュースを見る傾向が強まっているという。だから分断が広がる

積極的にティーパーティーの活動をしているのは35万だが、世論調査ではアメリカ人の約20%=45百万人の支持者があるという。分断が起きている問題は驚くほど多岐にわたる。人間の活動が気候変動に影響すると考える人の割合は、民主党員では90%、共和党穏健派では59%、共和党保守派では38%だが、ティーパーティーの主導者では29

このような隔たりは、右派がより右へ移動したから。フォードまでの共和党大統領は、男女平等憲法修正案を支持、労使間の「団体交渉の自由」を容認、最低賃金を多くの労働者に広げ、失業保険の強化と給付の拡大を目指すと明言したが、極右勢力は今、あらゆる省庁の縮小を求めている

1930年代の大不況の時には、国民は景気回復に向けた支援を連邦政府に求めたが、2008年の大規模景気後退時には、大多数の国民が政府にそっぽを向いた。政治的分断が広がり、政治的見解が硬化するにつれ危機は増大。主義主張の異なる相手と「壁を越えて」対話す機会をあまり持たなくなった。最終的に力を合わせて問題を解決できさえすれば健全な民主主義が機能するが、そこへ到達するには、急速に変容を遂げて力をつけようとしている右派の現状を見極めなければならない

l  多きなパラドックス

2004年には、左右両派の間に1つのパラドックスがあった。それ以来両者の亀裂は広がり、大きな隔たりになった。赤い州(共和党支持者が多い州)”では、低所得者や10代の母親の数が多く、離婚や肥満が多く、就学率が低い。平均寿命は青い州より5年も短い。さらには産業公害にも苦しめられている

パラドックス(逆説)とは、一見正しそうに見える前提と妥当な論理から、納得しがたい、あるいは矛盾した結論が導き出される事態

ルイジアナ州ではこのパラドックスが極端な形で表れている。人間開発指数(自分の可能性を発揮できる環境がどれだけ整っているかを測る指数)で、ルイジアナは全米50州中49位、健康全般に関しては最下位。さらに、地盤沈下が進み、猛烈なハリケーンにも絶えず脅かされてきたが、世界のトップ科学者がこの2つはいずれも気候変動に起因すると指摘

ルイジアナには連邦政府の支援が行われ、予算の44%は連邦政府が負担しているが、マイク・シャフは連邦政府の補助金をよしとせず、気候変動の科学にも懐疑的

ティーパーティーの支持者には中小企業の従業員や経営者が多いが、彼らが支持する政治家たちは大企業に肩入れしている。法人税は少ない方がいいだろうが、自分を飲み込みかねない独占企業に有利な政策を支持するとはどういうことか、理解に苦しむ

'08年の金融危機では、無軌道なウォール街の投資家のせいで多くの人が財産や希望を失ったが、その数年後には小さな町で増え始めた右派の多くが「自由市場」の旗印の下、政府の過剰規制からウォール街を守ろうとした。いったい何が起きているのか

メディケイドやフードスタンプを必要とする赤い州の住民たちはこれらの仕組みを歓迎するが投票には行かないが、少し上の階層にあたる白人保守派はこうした制度を必要とせず、必ず選挙に行き、貧困層のために公的資金を使うことに対し反対票を投じる

ティーパーティーの支持者のほぼ全員が、自分または肉親が政府の主要なサービスの恩恵を受けた経験がある。公的サービスに賛成しない人も、恥だと思いながらそのサービスを利用している

最も顕著な差が出るのが環境汚染。近年右派の台頭が著しい地域はほとんどメイソン=ディクソン線以南に位置。米国の人口の1/3を占め、過去20年で人口が14%増。国全体で見ても白人は右派に転向。右派を理解したければ、南部の白人を知る必要がある

メイソン=ディクソン線: ペンシルベニア州デラウェア州と、メリーランド州ウェストバージニア州との間の州境の一部を定める境界線である1763年から1767年にかけてこの線の測量を行った2人にちなんで名付けられた。一般に、アメリカ合衆国の北部南部とを隔てる境界

2011年の世論調査では、ルイジアナの半数がティーパーティーの支持者

2010年最高裁が、企業は匿名であれば無制限の選挙献金ができるとの判決が出て、'16年の大統領選では、巨額の匿名資金が献金された

人工妊娠中絶の禁止や銃所持の権利を求める活動をすれば、それを通じて自分たちの利益を損なう大企業の独占を受け入れることになる

私たちが所属する小集団には、しばしば、政治と地理を結び付ける特殊な統治文化が反映される。中西部や南部の辺鄙な土地の人は右寄りの傾向、大都市やニューイングランド地方や東西海岸に暮らす人々は左寄り、ニューイングランド地方の住民はよい政府は公共の利益を最優先する政府だといい、アパラチア山脈地方とテキサスでは政府の関りは最小限が理想と感じる。南部諸州の白人は地元の限定的な統治を好み連邦政府の力に抵抗を覚える。極右勢力が最も強い存在感を示している地域は南部だが、メンバーの大半は全国に散らばっていて、特定のグループ(年配の白人、既婚のキリスト教徒、低~中程度の所得)を構成しているに過ぎない

政治における感情への理解に誰も気づいていない。人々が何を感じたがっているのか、何を感じるべきで何を感じてはならないと思っているのか。様々な問題についてどう感じているのかを知りたかった。右派でも左派でも感情のルールが働いている。リベラルでは、ゲイカップルの結婚は祝福すべきであり、税金は喜んで払うべきと感じ、右派はそうした認識から解放されたがっている

‘16年の大統領選では、億万長者のトランプが右派の感情の核に訴えかけることができる

その人にとって真実と感じられる物語(“ディープストーリーと呼ぶ)を聞いていくうちに、この核に近づけると実感した。誰もがディープストーリーを持っている

l  訪問と追加調査

最初の調査地はルイジアナ州レイクチャールズ市。人口7.4万人、半数が白人、黒人の多くはケイジャンの血を引く。世帯収入の中間値は3.6万ドル。マルディグラと3軒のカジノが観光客を惹きつけ、急速に拡大する石油化学産業が労働者を惹きつける

様々な階層の人々の日々の生活に付き合って、カリフォルニアのバークレーとは違うのだと思い知らされる。ニューヨークタイムズはなく、スーパーにオーガニック食品はない。外国映画は上映されず、小型車もほとんど見かけない。犬もピットブルやブルドッグが多く、自転車レーンやリサイクル用回収箱、屋根の上の太陽光パネルは探すだけ無駄。カフェのメニューはすべて揚げ物。主菜がグルテンフリーかどうか誰も尋ねない

ティーパーティーは、単に公認された政治集団ではなく、1つの文化だと気付く。それは、1つの町とその住民たちについての考え方や感じ方だった

人種の溝を感じさせるものがいたるところで見られた。墓地でも1本の道路が白人地区と黒人地区を分けていた。物理的環境ではあらゆるところで人種差別を目にするが、自然な会話の中ではまず話題に上らない

l  Key Hole(鍵穴)

もっと近づくために、1つの問題に的を絞り、1つの土地の1つのグループをよく知ろうとした。皆クリーンな政府を望んでいたのに、深刻な公害に苦しむ人々が、その公害を撒き散らす張本人を規制することに猛反対していた。鍵穴を覗くようにして、極右派の人々の心の中を覗き、本音を聞き出せれば、政治が私たちの中でどのように感情面で機能するかということについて何か分かるかもしれない

規制の緩い産油州のルイジアナでは、長年目を覆うばかりの環境破壊に苦しんできた。産業対象の投資としては史上最大の840億ドルもの計画投資の結果、アメリカの石油化学製品の製造拠点となった

青い州の冷やかしや間違ったイメージがいかに赤い州を傷つけているかということに気づく。多くの善良な人々がなぜ政府の貧困支援に反対するのだろう。気まぐれな気象に最も翻弄されているルイジアナ州が、なぜ声高に気候変動の影響を否定するのだろう

 

第2章      「いいことがひとつ」

地元の老白人リー・シャーマンは元アメフトのプロ、PPGに就職、環境保護主義者になったが、今ではティーパーティーの常連で、環境庁廃止を訴える政治家を支持。1960年代のPPGは毒性の強い化学物質を扱っていながら、最低限度の安全対策しかとらず、その環境下で危険物を扱う仕事に従事。有毒産業廃棄物を湿原に廃棄する内密の作業もさせられた

l 

廃棄物処理の現場で煙に巻かれた鳥が撃ち落されたように沼に落ちたのを見て救い上げたことがあり、自分が間違ったことをしていることは知っていたが、遂に自分も化学物質に暴露して長期欠勤となり解雇

l  魚の大量死と決定的対決

湿原に魚の大量死が発生、1987年州は漸く河川の有毒物質による汚染を公表し警告

1970年には環境保護庁設置、草の根の環境保護団体も多く起ち上げ

州政府の警告に漁業関係者の怒りが爆発し、抗議集会で壇上にリーが飛び入りで立ち、自分が産廃を投棄したと告白。漁業関係者はPPGを相手に民事訴訟を起こし、1人当たりわずか1.2万ドルの賠償金で和解

l  別の領域、別の立証

時とともにリーは左派から右派に転向、’09年にはティーパーティーのメンバーとなる

産業界に裏切られたのに、今では連邦政府に裏切られたと感じている。労働省の職業安全衛生局は、リーのような労働者の生活を大きく向上させ、リーもそれは評価しているが、その使命はほぼ終わったと感じていた。リーの人生の中に、支援を必要としているのに、それを拒否する、パラドックスの両面を見た。環境保護主義者だという彼が、なぜ、反環境保護主義のティーパーティーと運命を共にしようとしているのか

ティーパーティーの支持者が連邦政府嫌いになるルートは3つ。①信仰(政府が教会を縮小したと信じている)、②税金への嫌悪感(高過ぎるし累進的過ぎると思っている)、③名誉を失ったショック。リーの場合は②で、税金が昼間のらくらしている人に使われている生活保護受給者と楽な仕事をしている公務員に流れているとの不満を抱く

 

第3章      忘れない人々

リーが不法投棄をした湿原の下流の岸辺に住んでいたアレノ夫妻が教えてくれたのは、かつてはヌマスギの大木の密集した森林湿原が今ではほとんど木がなくなっていること

アレノ家では3代にわたって漁をし、狩りをし、広大な自宅の敷地の一部で野菜を育てて暮らしてきた、フランス系カトリック教徒のアカディア人(のちにケイジャン)の子孫

石油化学工場などの進出以後、川の水の汚染で生活が一変

l  紙ナプキンの地図

友人がアレノ夫妻のところに行く道と一帯の地図を紙ナプキンに書いてくれた。夫妻は共和党支持者。'12年の大統領選ではロムニーに投票。実業界の大物で、大企業の支持者だとは知っているが、自分たちは聖書を尊重する候補者に投票するという

共和党がこの土地で起きている問題を解決して自分たちを助けてやろうなんて気持ちは微塵もないことを知りつつ、一方で共和党員は神と家庭を大切に考える。苦難に立ち向かう勇気を神が与えてくれたと感じ、神に感謝している。政治は助けてくれなかったが、聖書は確かに救いを与えてくれた

右派の人々を強く動かす関心事は、税金、信仰、名誉の3

リーもアレノも、自分は恐るべき喪失を経験した犠牲者だと感じ、文化の故郷と、この世界での居場所と、名誉を失った、あるいは盗まれた?のだから

l  忘れない人々

アレノ一家は自宅に踏みとどまったが、環境が一変

絶滅した森林湿原のヌマスギは、現在州内の国家遺産地域で米国森林局の銘板を幹につけて記念されている。「ルイジアナパーチェスツリー」と呼ぶのは、1803年に米国がフランスからルイジアナを買収した当時に生きていた木という意味

忘れない人々の考え方は、町の人々とは広く共有されていない。新しいビジネスが町にやってくると、経済成長への期待が高まり、ノスタルジアは邪魔になる

石油化学工場で働く人々の多くは和党保守派を支持。故郷の素晴らしい大自然を愛し、敬意も寄せていたが、彼らはその自然を汚染する企業で働いていた。環境と仕事のどちらを取るかということが話題になっていた。2000年代からは水圧破砕法のブーム到来で、破砕した岩盤に化学物質を注入して天然ガスを採取して処理する技術を持った多くの新しい産業が続々とやってくる。そのため、皮肉にも、また体裁の悪いことに、南部の誇るべき自然環境の記憶の一部は、北部の環境保護活動家の手に委ねられる

l  弱いものいじめ

アレノ一家は、「州はいつも弱い者に厳しい」と指摘する。一般人のモーターボートが油漏れを起こすと直ぐ罰せられるのに、大企業が何トンもの石油を流出させて川の生き物を皆殺しにしても見て見ぬふりをする

アレノ一家ら汚染された川の流域で暮らす住民など合わせて63人の原告が、22の企業を訴えた。企業側は、あらゆる手段を使って訴訟を長引かせ、原告が死ぬのを待つ

アレノ一家は、「もし魂の救いが得られれば天国へ行ける。そうなれば環境のことを悩まなくてもよくなる。それが一番大切なことだ。私は長い目で見ようと思っている」という

 

第4章      候補者たち

人口減で代表議員の数が減り、同じ共和党同士で争う選挙戦となったが、政治家はこの土地をどう扱うのか。そもそも彼らはこの土地で何が起きたかを覚えているのだろうか。アメリカで最悪の環境問題を抱えた貧しい州が、なぜ予算の44%を給付している連邦政府に非難がましい視線を向けることができるのだろう

私は、人が覚えていることや関心を示すことではなく、忘れたことや口にしないことに焦点をおいて、人の意識の中に仕舞い込まれたディープストーリーに迫ろうとした

環境問題以上に重要な関心事があることに気づく。「高卒でも地元の石油企業で働けばいい生活が出来る、自分の生活に政府がくちばしを入れるのにうんざり、生活に困ったときに頼ったのは教会であり自分のコミュニティで、政府の支援に頼ったことはない」

両候補者とも、ルイジアナが全米49位の貧しい州で、連邦政府が巨額の支援をしているというパラドックスには口を塞ぐ。それでいてそのパラドックスを生んだ文化については語り賞賛する。泡沫候補に至るまで環境問題に口をつぐむ傾向が広まる

特に年齢の高い白人や民間セクターの男性の多い職場での会話は、報われてしかるべき納税者と、報われるべきではない税金泥棒との間の亀裂に話題が移り、この亀裂が感情の引火点であることに気づかされる

l  中将と心理操作と「仕事の話ばかり」

ルイジアナ州知事選に立候補したのは、ハリケーン・カトリーナの救援活動部隊を率いて名を挙げたオノレ陸軍中将。ニューオリンズ出身で黒人の血を引くクレオール

将軍にインタビューすると、「ルイジアナの人たちが耳にするのは仕事の話ばかり。何らかの心理操作に取り込まれ、それがすべてだと思い込んでいる」といい、汚染された地域を案内しながら、埋蔵されている石油をうまく使いこなせていないと指摘

l  「事故が起きたことは悲しいけれど、停止措置には腹が立つ」

環境破壊として目につく事故は2011年ルイジアナ沖のメキシコ湾でBP社の海底油田で爆発が起き、大量の原油が噴出、87日間も流出し続けた。オバマ大統領は、新たな安全対策が決まるまで、深海掘削を6か月間停止するとし、BPも従ったが破壊的な被害に見舞われた沿岸部住民へのアンケートでは、停止措置に半数が反対、環境問題に対する考え方が変わったかとの問いには7割が「いいえ」と回答。連邦政府の「過剰な規制」には我慢ならなかった。過剰規制を事故のせいにした人までいた

掘削禁止に反対した住民たちは、石油産業と民間セクターに忠誠心を示そうとして、連邦政府に反対するという伝統的な行動パターンをとっているのではないかと私は思った

最初の印象では、極右派の裕福な人々の目には、貧困や教育・医療のレベルの低さは自分たちに直結していないので、大した問題とは映らないと思っていた

l  誰への、誰からの、誰のための自由化

ルイジアナ州政府の政策は、規制するという考え方そのものにあからさまに反対しているように見える。アルコールに関しても最も寛容な州の1つで、密閉していない容器に入った酒を車内に持ち込んで運転することが法律で禁止されたのは漸く2004年になってからだし、拳銃以外の銃なら何挺でも買うことができ登録も不要、正当防衛法もある

だが、よく見ると白人男性の好むもの(酒、銃など)については規制がかなり緩く、女性や黒人男性に対する規制は厳しい。人工妊娠中絶も手術をする医療機関に厳しい制限がある

収監は究極の規制手段だが、米国は人口に占める収監者の比率がアフリカ東部のセーシェルに次いで高く、ルイジアナは州人口に占める収監者の比率が最も高い。特に黒人が多い

中絶クリニックや刑務所のこと以上に住民にとって腹立たしいのは、政府が買えと言っているもののこと。たとえば蛍光電球やLED、強制的にファーストフード店のメニューに加えられたサラダなどのほか、キャンピングカーの2台保有禁止や、子どもの安全を守るための措置を義務付ける法律にもいらだちを露わにする

l  自主規制

工場の周辺住民は、個人的に監視して、異常があれば工場に確認する。工場の周辺では汚染は個人の問題と化している

2013年のアクシオ―ル社(PPG)では1年余りの間に2度の爆発事故。SNSなどで黒煙の映像が流され、高速を走っていたトラックのドライバーが呼吸困難になって高速は一時閉鎖されたが、州政府は有害物質は「未検出」とし、事故は「見なかった」と主張

政治集会でよく耳にする自由とは、携帯電話をしながら運転する自由とか、装填した銃を携行する自由であって、環境汚染からの自由は全く話題に上らない

石油は雇用を生み出し、住民にアメリカンドリームのかけらをもたらしてくれる。石油=仕事で、仕事こそ第一だとはっきり叫んでいる。政府による規制が彼等を苦しめていた

住民は、心理操作によって、自由ではないのに自由だと思わされていて、仕事か、きれいな水や大気か、どちらか1つを選ぶ苦渋の道しかないのだと思わせる効果があったという。本当に二者択一しかないのか、私の目には見えない難しい選択があるのかもしれない

 

第5章 「抵抗する可能性が最も低い住民特性」

元ルイジアナ州環境基準局長で在任中に環境汚染を半減させたテンプレットに会って、仕事と環境の兼ね合いについて質問する

住民が支持する州の政治家たちのロジックは、石油(会社)が増えれば仕事が増える。仕事が増えれば景気が良くなり、政府の支援に頼らなくて済む。頼らなくて済めば人々の暮らし向きやよくなるだろう。だから石油関連の仕事を増やすために、州は優遇策を用意して石油会社の誘致に努めるべき。優遇策に関わるお金は州の予算から支出せざるを得ず、公共セクターの従業員が失業するかもしれないが、そうすれば政府への依存が減り、減税にも繋がる。これこそ赤い州のロジックで、多くの問題を抱える貧しい州につきもののパラドックスでもある

実際は、石油関係の雇用は10%程度に過ぎず、プラント建設には多勢人が要るが、完成してしまえば自動化が進んでいるのでほとんど人が要らない

石油会社は巨額の選挙資金を提供し、州知事は優遇策として法人税を下げたほか、石油にかかる鉱産税も引き下げ、新規企業には10年免除の特典を付与したため、誘致のコストばかり上がって石油産業から上がる州の収入は減少の一途を辿り、州には830億ドルもの債務が累積。大半は公的年金債務の積み立て不足

過去25年の経済成長と規制の厳格さとを突き合わせてみると、規制の厳しい経済圏ほど、多くの就職口があることが判明。世界の主要な経済大国を対象にした2016年の調査でも、厳しい環境政策は、国際市場における競争力を強めることがわかっている

だが、ルイジアナでは、恐らく石油業界の肥大化と、これみよがしの企業優遇策によって企業が州から搾り取っている。企業は善意の印として公共施設などに寄付をすると、人々は仕事だけでなく贈り物までもらっていると感謝している

l  汚染の赤と青

赤い州の方が高レベルの公害に苦しんでいる

19922008年の5回の大統領選挙で共和党が勝利した22の州では、一般に政府は経済活動に対する規制を緩和すべきだと考えられていること、住民がより汚染の進んだ環境で生活していることが判明。一方民主党候補が勝った22の州では、一般により厳しい規制が好まれ、住民はより良好な環境で暮らしていることが判明

さらに、汚染が深刻な郡に暮らす人ほど、アメリカ人は環境汚染を「心配しすぎている」と考え、国は「十分すぎるほどの」対策をとっていると信じる傾向が顕著で、共和党支持者が多かった

l  抵抗する可能性が最も低い住民特性

貧しい州ほど規制が緩やかな傾向にある
「住民にとって望ましくない土地利用」にあまり抵抗を示さない地域を見つけ出すよう調査を依頼。結果は、南部か中西部の小さな町に古くから暮らしている、学歴は高卒まで、カトリック、社会問題に関心がなく直接行動に訴える文化を持たない、農耕など天然資源を利用する職業に従事、保守的、共和党を支持、自由市場を援護などの特性を描き出す

私が会った住民のほとんどが、長期にわたって1つの地域で暮らし、学歴は高卒、保守派で共和党支持者

 

第2部 社会的地勢

第6章 産業――「米国エネルギーベルトのバックル」

ウェストレイク市に南アの石油化学大手サソール社が石油コンビナートを建設、向こう5年で関連企業などを含めた総投資額は840億ドルで、町の様相は一変

天然ガスを目指す驚異的な新しいゴールドラッシュの中心地となったが、町自体は前市長の代からの財政赤字で破産。サソール社からは何の支払いもない

教会が次々と買収されて取り壊され、5000人規模の建設労働者のためのマンキャンプが建てられる

1901年、綿花やコメ、サトウキビの肥沃な沖積平野である農民が水田の中で石油を発見、外縁大陸棚まで原油掘削が進められ、さらにフラッキングブームがほとんどの人にお金とプライドをもたらした。南部の停滞していた最貧州が産業復活の中心地となった。国のエネルギーベルトの新しいバックルになろうとしている

l  ブームがもたらすもの

ルイジアナは、201418年の成長率が4.7%で最も成長著しい州の1つになるだろうとの予測が出る。仕事の恩恵以外にも、原油輸出国としてのアメリカの外交的立場を強化すると期待。市はサソール社に公共用水使用の権利を与え、温室効果ガスの排出権も供与する一方で、排水の汚染についての規制はなかった。それなのに一般市民に対してはオゾン汚染対策プログラムを発足させ、様々な規制をかけた

l  繁栄に至る2つの道――ヒューイ・ロングとボビー・ジンダル

ロングは、大恐慌時代に起きた石油ブームの最中の州知事。キングフィッシュ(詐欺師の代名詞)と呼ばれた進歩的扇動政治家。石油会社に課税し、その金で「すべての鍋にチキンを」入れ教科書の無償配布を実現、インフラを整備。のちにオイルマネーの誘惑に屈したが、それまでは貧しい人を救い、公共の利益のために尽くす積極行動主義の政府を理想とした

ジンダルは、200715年に16億ドルもの予算を学校や病院から剥ぎ取り、優遇策としてそれを企業に与えた。ロングが今生きていたとしても、誰も彼に票を投じないだろう

ここの市長は中道派の共和党員。「自分を憐れむ人たちにはうんざり」と語り、アファーマティブアクションにも賛成しない。フィリップ66の工場に入って出世し、アメリカンドリームを実現させてくれた産業こそ自分に成長するきっかけを与えてくれたと感じている

政府主導の再配分には断固反対。それより企業を擁護する立場を貫いてもらった方がいい

汚染については過去の問題だとし、今では環境保護庁の規制があり、がんも遺伝性の疾患

l  立派な学校や公園は必要か

サソール社が地域への影響を調査した報告書は、公共投資が十分でなければ、家族ごと採用するのは難しいとの結論を書く。サソールは、自らの支出を最小限に抑えながら企業活動のための州予算の支出要求をエスカレートさせ、州財政を益々逼迫へ追い込む

l  奇妙な出来事

米国史上最大規模の化学物質漏出事故はこの地域で起こったが大半の人の記憶から消えていた。1994年、サソールが買収した地元企業の敷設したパイプラインは40年前に埋設されたもので、有毒物質の貯蔵にも使われ、そこから地中に漏出した物質がルイジアナ南部の数民70万人に飲料水を提供する唯一の水がめを汚染。発覚後除去作業が行われたが、防護服もつけずに作業員の多くが体調不良に陥り、訴訟事件となるも、サソール社による買収で立ち消えに

市長自身はサソール社の恩恵を最大限に受けていたが、家族の多くの者が立ち去っている

 

第7章 州――地下1200メートルの市場を支配する

このコミュニティは、かつて   Crawfish Stew Streetとして茹でたザリガニシチューが有名で、ほぼ全員がケイジャン、カトリック、保守派、ティーパーティーに入党、住民同士仲が良く、出来る限り政府の税金や規制から遠い所で、ほぼ完全にプライベートな世界に生きていることを実感したがっていた

2012年、バイユコーンの陥没穴問題発生。バイユーの下の地面が裂け始め、地表の低木や松を次々に吸い込み始める。太古から息づいてきた沼沢地の森が油まみれのヘドロと入れ替わる。そこかしこから天然ガスが噴出し、陥没穴はフットボール場の大きさに広がる

l  原因と責任の所在

自己の責任はヒューストンの掘削会社テキサス・ブライン社の岩塩掘削。州政府が法律の規制を無視して許可したものだが、地下の岩塩ドームでは石油化学会社が保有する地盤の貸し借りが行われていた

ティーパーティーのメンバーは、連邦政府を恐れ、蔑み、縮小したがっていたが、こうした深刻な事故の防止策を政府に講じてもらうべきではないのか

l  最小限の政府による最小限の対応

事故の周辺地域が犠牲ゾーンに指定されたが、ジンダル州知事が現地を訪れたのは7か月もたってから。救済に全力を尽くすと語ったが、お座なりなのがありあり

l  手を貸し合って堤防修理

ガス漏れ検知器の値が高くなり、州知事は周辺住民全員に避難指示を出したが、住民の多くはコミュニティに留まる。空き巣対策以上に、他の人たちと繋がっていたいという

洪水の時はお互いに手を貸し合って堤防を修理すると言う。暖かく助け合いの精神に溢れた集団の中にいるという感覚があったといい、それを政府に取り上げらえたと感じていた

多くの住民の家が失われ、州知事の所有地にもサソール社が食い込んだが、住民との違いは、自宅は損害受けておらず、立ち去った家族も十分な立ち退き料を貰っていた

l  噂、パニック、非難

陥没穴の犯人探しが始まる。責任転嫁の争いの中で、住民は次々に避難を強いられる

l  倫理にもとる仕事

州天然資源局は地下空洞の壁が弱くなっているのを知りながら掘削許可を与えていたことが判明。過去にも似たような事故が何度か起きていたが誰もがそれを忘れていた

ルイジアナの環境保護局は連邦政府の政策をほとんど実行して来なかったどころか、基準値を恣意的に変更していた

住民の政府嫌いには行く先々で遭遇。連邦政府は我々を差し置いて、労働者から搾り取った金を怠け者に与えている、という点は共通。公的扶助は、東西海岸に暮らすリベラリストが自分たちの感情ルールを、より古い考え方をする南部や中西部の白人キリスト教徒に押し付けようとしているにすぎないという

 

第8章 説教壇とメディア――「その話題は出てこない」

出会った人のほぼ全員が教会に通う。人口当たりの教会の数がバークレーの倍はある

l  感情的世界としての教会

人々の生活は教会を中心に営まれ、メガチャーチでは生活困窮者のための食糧配布も行う

どの宗派でも、精神面以上のニーズに応え、それも公的なものと結び付けて感じる屈辱感を与えない形をとる。遊戯施設やキャンプなど。信徒には収入の10%を納める十一献金が求められ、多くの人にとって大金だが、税金は支払うものだが、献金は捧げるもの(名誉)

l  倫理的世界としての教会

ゴスペル歌手で成功した女性は、「環境保護活動家は、絶滅危惧種のカメを守るために、アメリカンドリームを止めたがっている」と規制を嫌う。神の手助けにより、誰もが自分と同じように高みに上ることができると信じている

米国福音派教会は、アメリカの有権者の1/4を占めるキリスト教徒3000万人の声を代表、政治的な主張を持った宗教右派の主導組織。クリスチャン連合も含め、支持する議員の半数は、自然保護のための有権者行動連盟の議員採点表で100点満点中10点以下

説教壇で語られるのは、個人の忍耐力に重きを置き、忍耐を強いる環境を変える意思の方はさほど重視していない。多くの人も、環境汚染や貧困、健康障碍など、耐えなければならないものを変えるのは、教会の役目ではないと考えている。説教壇から語られる言葉は、人々の関心を、ルイジアナの社会問題である貧困や教育水準の低さ、公害病からも、政府の支援からも、大きなパラドックスからもそらしているように見える

l  不安を作り出すメディア

ここで知り合った人々の考え方に強い影響力を持つ存在がFOXニュース。独自の政治文化を支えるもう1本の柱として機能。ほぼ全員が一日中でも視聴

FOXの大半のリスナーである白人中間層と白人労働者層の向け、オバマが銃乱射事件を主導したなど、言いがかりをつけて人々の恐怖を煽ったり、連邦政府を愚弄し続けてきた

l  秘密のニュース

地元の人々は深刻な環境汚染に耐えている。企業も政治家も州政府高官も沈黙しているが、ほとんど誰もがそのことを知っている。公然と告発することは自分の人生に区切りをつけることになる。なぜ騒ぐ? 大問題とは何だ? もっと重要なことがほかにもあるだろう

失業保険で遊びまわる若い娘をイメージして、連邦政府のすべてを激しく嫌うというのは短絡過ぎる。そんな感情の飛躍を探るため、彼らのディープストーリーを探る

 

第3部 ディープストーリーを生きる

第9章 ディープストーリー

ディープストーリーとは、あたかもそのように感じられる物語のこと。シンボルという言葉を使って、感情が語るストーリーで、良識に基づく判断や事実は取り除かれる

ここで主題とするティーパーティーのディープストーリーは、米国内の社会的集団間の関係に根差している

l  列に並ぶ

巡礼の途上のように山へと続く長い行列に辛抱強く並んでいる。その列のちょうど真ん中にいて、前後に並んでいるのもあなたと同じような人たち。年配の白人でクリスチャン、ほとんどが男性、大卒もいればそうでない人もいる。山頂を越えたところにアメリカンドリームがあり、それを達成するために列に並んでいる。アメリカンドリームは進歩の夢

悪いニュースは聞き流し、家族や教会に尽くし感謝されたいと思っているが、列はなかなか動かない。誇るべきものについて考える。キリスト教徒としての徳性その1

l  列に割り込む人々

連邦政府の推進する差別撤廃措置を通じて、列に割り込む人がいる。黒人も女性も混じっている。自分より楽な仕事をしながら分不相応な給料をもらう公務員も割り込む。移民や難民はもとより、褐色ペリカンまでが州の保護で前に並ぶ

l  裏切り

割り込むやつに手を貸しているのがオバマ大統領夫妻で、彼等自身もまた割り込んできた

大統領は自分たちの味方とは言えない。大統領を通してアメリカ合衆国に誇りを持てなくなったとしたら、何か新しい方法で自分はアメリカ人と感じる必要がある。例えばあなたと同じように、自国にいながら異邦人のような気分を味わっている人々と結束することで

l  行き詰まり

こうしたディープストーリーは、現実の締め付けに対する反応

山の頂上には国の理念にして約束であるアメリカンドリーム=進歩が掲げられているが、実際には進歩は難しく、少数のエリートにしか望めないものになる。その境目は1950

アメリカンドリームの行き詰まりは、とりわけ痛手を被り易い5070年代の右派の人々を直撃。リストラの対象となり、再就職は難しい。こうした苦しい状況にある中間層・労働者層の白人男性、率先して物事に取り組む人々、給料以上の成果を出してきた男たち、右寄りの南部地方文化圏の福音派教会の信徒たち、彼らと同じ境遇にあるか、彼らに頼っている女性たちの多くは右へ右へと傾いていった

l  声をあげたい

「頭のいかれた貧乏白人crazy redneck」「白いゴミ野郎white trash」「南部の聖書バカ」などの侮蔑や嘲笑は1960年代の文化が作り出した

自分に落ち度があるわけではないが、何か目に見えないものによってどんどん列の後ろへと追いやられる。尊厳を取り戻そうと職場に目を向けるが、賃金は横ばいで雇用は不安定。白人であることは加点の理由にならない。住む地域も、そこが故郷だと言えば馬鹿にされる。教会も多くの人が見下している。アメリカでは若者に注目が集まっている。あなたのような人は1つのグループとしても尊厳が失われつつある。今まで他の人たちが「かわいそうな自分」と言った時には批判してきたが、今や「私だって社会的少数派だ!」と叫びたい

あなたと同じディープストーリーを共有する人々の政治運動こそがティーパーティーだ

l  友人たちのディープストーリー

他州のティーパーティーでも列に割り込む人への不快感を口にする人がいる

多くが同情疲れを口にする。リベラルは、弱者や貧者に同情しろという。ある程度はその気もあるし、ホームレスに食事を提供するのに寄付もするが、あくまで受け取る人が自助努力をしているという前提であり、リベラルはその要件を課し忘れていると心配する

l  ディープストーリーの裏側――人種

誰もがアメリカンドリームを希求するが、いろいろな理由で足を引っ張られているような気がすると、右派の人々は不満や怒りを感じ、政府に裏切られたと思う。ポイントは人種

ここの右派の人々は、メキシコ人やイスラム教徒には言及するが、黒人のことは話さない。彼らの中にある黒人とは同僚や隣人ではなく、セレブなので問題にならない。黒人は犯罪者の比率が高く、福祉給付金を当てにして暮らしているというイメージを持つ

リベラル派が人種差別主義という言葉を使うときには、個人の態度だけでなく、黒人が生まれながらにして最下位に置かれるヒエラルヒーを肯定する構造的な配置にも表れる

l  ディープストーリーの裏側――ジェンダー

ディープストーリーが引き起こす混乱と恐怖と怒りの裏には、男女差の問題も潜む

この土地の女性は皆働いているが、しっかり稼ぐ夫の妻として、主婦でいられる贅沢を楽しみたいと思っている。保守派グループの中でさえ、女性の方が男性よりも政府の役割を評価。政府の介入を減らせば、女性は男性よりも失うものが多いと感じている

グループ内ではこうした男女差がありながら、投票になるとジェンダーの問題よりも人種や階級に目を向ける

l  ディープストーリーの裏側――盟友としての階級、連邦政府、自由市場

別の集団が列に割り込んでくる経験は、階級闘争の表れと見ることができる

産業革命のときに労働者が立ち上がったことに始まり、近年では貧富の格差が問題化したが、今日の右派にとっての主たる戦場は、やる気のない怠け者に政府が給付金を支給しているというモラルの問題。左派の怒りの発火点は、社会階層の上部にあるが、右派の場合はもっと下の、中間層と貧困層の間にあり、左派の怒りの矛先は民間セクターだが、右派の場合は公共セクター。皮肉にも、双方とも、まじめに働いた分の報酬をきちんともらいたいと訴える。この地の右派は、政府と市場を2つの別の国のように考えている節があり、自由市場はアメリカンドリームに通じる列に並んでいる善良な市民の揺るぎない同盟国であり、連邦政府は不当に「割り込んでくる」連中に加勢する敵国だった。近年大企業がますます力をつけて、労働者や政府を軽視するようになったが、右派はその弊害に目をつぶる

 

10章 チームプレイヤー ――忠誠第一

アレノ一家の姪ジャーニースは61歳の独身、地元企業の会計士で鉄板の共和党員。大家族に育ち、働きづめの人生の中で、強い意志で困難を切り抜けること、耐えることを学ぶ。忍耐は単なる道徳的な価値ではなく、実践であり、感情的な作業

l  勤勉、産業、党

小学生のころから教会で奉仕の仕事をし、高卒後は働いて大学に通い、父も自分も1銭たりとも政府から受け取ったことがないのが自慢。誰もが彼女のように懸命に働くのが、より良い社会なのだと思っている。勤勉は自尊感情をもたらしてくれる。それは清く正しい生き方を貫いて教会に通っていれば自ずと具わるもの

l  列に並んだ顔ぶれ

ジャーニースの家の1ブロック先には産業廃棄物集積所があるが、メーカーは生活必需品を作っている。チームの1員であるからには、どんな問題も耐え忍ばなければならない

l  ゴムに覆われた馬

1950年代、ジャーニースの甥の愛馬が川に落ちてトラクターで引き上げると、全身がゴムのような膜で覆われ、獣医もお手上げで2日後には死ぬ。ファイアストーン社のポリマー工場の廃液が原因だった。いまだに甥は悲しみを引きずるが、ジャーニースは、あの頃は沢山のことを辛抱したが、今では産業は州の認可を受けているので何ら問題ないという

ジャーニースは16ヘクタールの土地に隠居邸宅を建て、姉妹一族を収容できるよう着々と準備している。地域の持つ負の側面に目をつぶり、プラス面だけを見ている。彼女は自分のチーム(支持政党とそれが象徴する産業)は、生涯で得た最大の財産だと思っている

 

11章 信奉者――黙ってあきらめる

建築請負業で成功した家庭の専業主婦ジャッキーは、アメリカンドリームの体現者

l  「何もないところから来た」

ジャッキーは、愛情も含め、「何もないところから来た」という。彼女もまた、自由市場の負の側面と自分のやり方で折り合いをつけてきた。私が環境汚染の問題を持ち出すと公害の存在を認めただけですぐはぐらかすのに、自分の子供たちが湖で泳ぐことの危険性は認識し、家族の健康のためによそに引っ越したいとも考えている。家出してさ迷い歩いている時に神の啓示を受け自分が変わったという

l  断念と引き換えに得たもの

年とともに住む家のレベルが上がっていったが、何かをあまりに強く望むのは賢明ではないことを知った。断念したために、しばらくするとハリケーンの被害で次々に仕事が舞い込み、より大きな家に住むことが叶った。若い頃はどんな仕事についても必ず最後はリーダーになったが、教会に入り、結婚を機に夫の助けに徹することで、別の願いを叶えた

ジャッキーは信奉者で、信仰に篤い生き方と、意義ある断念をする能力を身に着けた

石油産業ときれいな湖の両方を持つことはできない、どちらか選べと言われたら石油を選ぶしかない。資本主義のために環境汚染という犠牲を払ったという

 

12章 カウボーイ――平然と受けとめる

ペンテコステ派教会の長老の家に10人ほど仲間が集まり議論をする。テーブルの真中にヴィデーリア・タマネギ(ジョージアの特産)があり、「礼儀正しくやろう」というジョーク

1994年のパイプラインからの漏出事故(第6章)を巡る討論が始まる

l  I-10ブリッジ

漏出した有害物質がI-10の橋の基盤を侵食していると言われ、企業に責任を追求しようという主張に対し、何でもかんでも企業の責任にする考えはよくないと反論

カウボーイスタイルの男は、「俺たちは強い、母なる自然は強い、俺たちは危険を受け入れられる」と主張し、企業でも、社内の安全検査員は嫌われる

オバマの2万人のシリア難民受け入れに対しては、1人を除いて全員が「ノー」と言い、大統領に選ぶのはとの問いかけに、カウボーイは「ドナルド・トランプ」と即答、1人は「とんでもない」と応じる。崩落の恐れのあるI-10ブリッジを渡ることについては、「子供を乗せていなければ猛スピードで渡る」と答える

 

13章 反乱――主張しはじめたチームプレイヤー

バトンルージュの州議会議事堂前の広場で住民集会。環境保護へ向けた運動が始まる

企業寄りの立法に反対するよう議員に働き掛けるほか、オノレ将軍(4)に声をかけると駆けつけてきて、様々な形の環境保護運動を統括するグリーンアーミー創設に繋がる

運動の中心にいるのがマイク・シャフ、仲間の99%はリベラル。環境問題をティーパーティーの課題に加えたいが、説得することどれほど難しいことなのか確かめたいと思う

l  シンクホール以前の大惨事

1980年、現在のシンクホールの西160㎞の湖で岩塩ドームを突き破る事故が起きいていたが、誰の記憶にも残らず、2012年の陥没事故が勃発、さらにその8か月後には、岩塩ドームを利用した有毒廃棄物貯留のための井戸の掘削を州政府が許可していた

海洋大気庁(商務省の機関)が、ルイジアナ州沿岸部の地名を住所地一覧表から削除。主要な漁業集落など31ものコミュニティが水没して消滅、住民は米国発の「気候難民」となり連邦政府の支援で乾燥地に移住

ハリケーン・カトリーナのあと州議会は洪水対策委員会を発足させ、運河を埋め立てて海岸を修復しようとした。それは石油企業が契約書の中で自分たちがすると同意しながら怠ってきた仕事だったため、委員会は石油企業相手に提訴したが、ジンダル州知事が委員会を潰しにかかり、議会に提訴を無効にするとともに、環境修復の費用は州の納税者負担とする法案を可決させた。これも前代未聞

 

第4部 ありのままに

14章 歴史の試練――1860年代と1960年代

アメリカの政治文化においては風土的とも言うべき大衆の衝動が高揚し表現される現象が何度も周期的に生まれてきたが、ティーパーティー運動はその1つ。ティーパーティーほど強力に進歩的改革への反対、連邦政府の排除という2つの目標を掲げた運動(ディープストーリーを反映した活動)はない。その背景となるのが南部にとって特別な意味のある1860年代と、全国の右派に影響を及ぼしている1960年代

今日のアメリカで見られる右傾化は、主に南部で進んだ現象。ティーパーティーで中心的な役割を果たしてきたのは南部の白人。大半が小規模農場の農民であった祖先の人生を通して、彼等の心には感情に刻まれた溝のような刻印が残されている

l  1860年代

南部のプランテーション制度は、裕福な白人農園主と黒人奴隷に大きな影響を与えたが、それ以外にも中間層の白人の貧しい分益小作人と小規模農場主にも深い刻印を残した

19世紀の貧しい白人たちは、アメリカンドリームを待つ列のかなり後方に立ち、再分配という考え方そのものが禁忌であり、政府が支援する公的な組織はないに等しく、余剰労働力となって片隅に追いやられ、ボー・バクラなどの蔑称で呼ばれた

そこへ南北戦争が勃発、畑は荒れ地と化し、北部から搾取の手が伸びる

1960年代になると、フリーダムライダーズ(北部の公民権活動家らが南部を訪れて人種隔離策に抗議)などが乗り込んできて、ジム・クロウ法を禁じた新しい連邦法遵守を迫り出す

l  異なる衣裳

かつてバトンルージュからニューオリンズまでの両岸には広大なサトウキビ農園が連なり、びっしりと家々が立ち並ぶ。100㎞の区間におよそ400軒ほどの美しい屋敷が建っていた

やがて石油が棉花にとって代わり、プランテーション文化を残したまま、南部の経済圏を支配。石油は、失われた名誉の回復を示唆する。たとえ国民がプランテーション制度を南部の恥と見做していたとしても、石油がプライドを持たせてくれた。一方で新たなプランテーションは奴隷小屋のないビッグハウスをもたらす。また、棉花農園が自作農を押しのけて拡大したように、石油産業もまた水産業と観光業をいくらか閉め出す

l  1960年代と1970年代の影響

196070年代には全国で多くの社会運動が起こり、「列に並ぶ」人の順番がある程度入れ替わり、右派の人々に憤怒の火種が撒かれた。これがティーパーティー運動として燃え上がるのは何年も後のこと

社会制度と法律制度に的を絞っていた運動が、個人のアイデンティティに焦点を当てた活動へと変化。世間の同情を引くには、ネイティブ・アメリカンか女性かゲイでありさえすればよくなり、右派、左派双方の多くが忍耐力を試された

1960年代の決定的瞬間が訪れた場所は、米国内で最も保守的な地域とされた南部

1964年のミシシッピでの公民権運動”Freedom Summer”以降の大きな変化に対し、最も備えの出来ていなかった地域でもある

一般的には、南北戦争後の連邦債権時代Reconstructionに南部の白人に生き方を変えろと指図してきたように、また北部が南部にやってきたと捉えられ、歴史は公民権運動に味方して、国民はその指導者たちを賞賛。南部の白人は再び面汚しの烙印を捺される羽目に

かつては人種隔離政策を進めた連邦政府が、今度は人種間の平等の為に力を尽くしていた

公民権運動のあとにはフェミニスト運動が続く。’70年代にはゲイの権利擁護運動も展開され、アイデンティティ・ポリティックスの誕生に繋がる

l  名誉の回復を求めて

1860年代と1960年代を概観すると、南部の白人男性が、列の後ろの方へと押しやられてきた長いディープストーリーが見えてくる。彼らが頼みとしてきた自由市場が、逆に彼らを失望させた。白人の賃金は横ばいのままで、社会福祉費は増加

l  プライドの根拠

年配の白人男性たちは、自分たちも犠牲者なのだと感じ始めていたが、列の割り込みに反対している以上、おおっぴらに自分も列に割り込みたいとは言えない。名誉を回復しようとしても、仕事は不安定な雇用で誇れず、地域に誇りを持とうとしても南部の地位の低さに気づき、伝統的な家族という道徳規範を維持しようとしても、身内からなし崩しに崩れていく。教会で学んだ教義にしても、イブがアダムの肋骨から生まれたとか、教育程度の低さの証拠とされるものがある。多くの犠牲をしてきたことを誇りとする人もある

l  シリア難民

2015年、シリア難民が戦火を逃れてアメリカに来た。南部の人たちは、また新たな集団が列に割り込もうとしているように感じて、自分たちの故国を取り戻したいと願い、ティーパーティーの公約はそれを叶えようと約束してくれた

ティーパーティーの熱烈な支持者は、富める者と貧しい者の分離を求めている。北部と南部は統合はされるが、新たに大きな溝ができる。富裕層が貧困層と縁を切る。1970年代にはニクソンが「南部戦略」として、南部白人層の支持獲得のために州の権限強化を公約とし、暗に人種差別政策の肯定を示唆して、黒人台頭に脅えた白人層の心を捉え、民主党支持者の白人の多くが共和党支持に転じた。しかし21世紀には、北部の保守派が南部の保守派に続く形で、「北部戦略」が展開、富裕層と彼等に共鳴する人々が、恵まれない人々を支援する負担を取り除こうと運動を始めた

 

15章 もはや異邦人ではない――約束の力

共和党大統領候補者の集会では、トランプ登場のための舞台装置が整っていた

私が話を聞いた人のほぼ全員が、1980年以来経済基盤が不安定になっているのを感じ、「再分配」という考え方が出てくるのを覚悟していた。また、彼らは文化的に疎外されていることも感じていた。人工妊娠中絶や同性婚、ジェンダーの役割、人種、銃など自分たちの考え方がどれもこれも全国メディアで時代遅れと嘲笑されていた。さらに、白人のキリスト教徒という集団の規模が縮小し、包囲された少数派のように感じられた。その上、彼らは自分の社会階層を「上」とみて、大農園主や石油王と同一視し、自分より下の階層とは全く格が違うと考えたがる。これらすべての要素がディープストーリーの形成に関わる

州予備選の前日、トランプが集会に登場。ほぼ全員が白人。KKKやブラック・ライヴズ・マターの組織のメンバーは、”USA”の歓声とともにつまみ出された

翌日の予備選でトランプは41%の支持を得て対立候補を破る

トランプは感情に訴える候補者。ファンの感情を引き起こしそれを賞賛することをこれほどまでに重視した大統領候補者はいない。優越感を煽り、虚勢や明快な物言いをよしとし、米国民のプライドを呼び覚まして、個人の向上を促す。感情を刺激して変化を起こさせ、その変化を言葉にする。トランプの言葉の魔法に引き上げられたかのように、彼等はもう自国に暮らす異邦人ではない。仲間と共に感じる感情的興奮を集合的沸騰という

連帯感を感じる人々のハイな気分を強めるためには、外部集団のメンバーを罵倒して追い払うのも1つの方法だし、トランプが「政治的な正しさなど忘れよう」と呼びかけたことで、政治的に正しい表現や考え方を強いられる窮屈さからの解放感が生まれ、集会の高揚感に拍車がかかった

極右派の人々は、ディープストーリーが真実だということを感じ、その物語に政治的に正しい隠蔽工作が行われていると感じる。「黒人や移民やシリア難民に同情しないと、心根の悪い人間だと思われてしまう」と言って憤慨する。隠蔽工作のせいで自分の本当の気持ちや感情そのものまでをある程度取り繕う必要が生じてしまったという。そういう事情だからこそ、政治的正しさなど全く意に介さず、奇跡のように何物にも縛られないトランプの話を聞いて多くの人が喜びの混じった安堵を感じた

リベラル派が経済的利益に的を絞る傾向があるのに対し、彼らの解放感や高揚感は感情的利益の問題であり、経済的利益を遥かに上回る重要なものだった

白人男性静にとってトランプは、アイデンティティ・ポリティックスを提唱する候補者

21世紀初頭、多くの国々で右派が活発な動きを見せ、強力な中央支配や少数派や反対派への不寛容に重点を置く右派的統治形態が広がりを見せている。ディープストーリーの考え方は世界的な潮流になったようだ

 

16章 「美しい木があるという」

ジンダル州知事(在任'08'16)は公約通り減税をし公共セクターを縮小したが、州財政は16億ドルの赤字を計上、破滅の1歩手前に追い込まれ、今では州予算の44%はあれほど嫌っていた連邦政府の援助に依存し、「前に割り込んで」いる「かわいそうな私」に転落している。知事は民主党に代わり、人々はジンダルのことも、一向に解消しない大きなパラドックスのことも語ろうとせず、ディープストーリーだけが彼らのことを捉えていた

左右両派とも互いに相手を必要としている。東西両海岸の青い州や内陸部の都市は、赤い州で生産されるエネルギーと豊かなコミュニティを必要としているし、中西部や南部の地域は、多種多様な広い世界に繋がる国際的なネットワークを必要としている。共感の壁の複雑さと高さはあっても、人間としてはこの壁を簡単に乗り越えられることも教えられた

歴史的に見ると過去80年間では12の指標のうち11の指標で、民主党の大統領の政権下の方が経済的にうまくいっている。その他の面では両党間の違いは不鮮明

l  別れのとき

2014年、アレノ一家が他の仲間とともにPPGを訴えた集団訴訟は18年経って、汚染と人体に害を及ぼそうとした意図とを関連付ける証拠がないとして棄却されたが、翌年遂に浄化作業チームが動き出す。一方で新たな企業の進出も決まる

 

調査方法について

本書は社会学者が「探索型」「仮説生成型」と呼ぶ調査に基づいている。その目標は、その事柄が現実にはどのようなものかを明らかにすること。その事柄とは、右派の人々の心を掴んでいる実態であり、その為に、目の前の対象に自分を合わせていく方法をとる

合計60人と話をした。うち40人がティーパーティーの根本方針に賛同。男女比はほぼ半々で全員が白人、年齢は4085歳。1/3が何らかの関係で石油に関わる職に就く

調査を進める上で私を楽にしてくれたのは、人々の温かさと有名な南部のおもてなしの心

 

政治と環境汚染――TOXMAPから分かったこと

ルイジアナでは、顕著な環境汚染が見られるのに、環境規制の強化に反対するどころか、規制全般に反対。一般的にも汚染の深刻な州ほど共和党に投票する確率が高いことが判明

環境汚染の側に暮らす人々は規制を望むが投票する気になれず、環境の良好な地域で暮らす裕福な共和党支持者は何も問題ないと思っているので、公害を撒き散らす産業の規制に反対する。もっと理解に苦しむのは、環境汚染への曝露量が高い地域ほど、個々の住民がそのことに不安を感じておらず、「強力に共和党を支持する」と答える傾向が強いこと

赤い州の方が青い州より汚染が深刻で、投票するしないに関わらず、保守派で共和党支持者は環境など問題ではないと一蹴し、その影響に苦しみながら、高レベルの汚染に晒されて暮らす傾向にある。全国で見られるこの政治と環境を巡るパラドックスが、ルイジアナでは極端な形で表れていた

 

右派の共通認識を検証する

   「政府は福祉(=生活保護費)にお金をたくさん使っている」――2014年度の福祉給付金は予算全体の8

   「福祉給付金の受給者が増えている。受給者は働いていない」――貧困家族一時扶助は'13年以降急減、メディケアも’16年には20年前の水準にまで減少。受給者の大半は高齢者か子供。メディケイドの受給者の61%は就労。逆に下層労働者の多くが低賃金ゆえに福祉給付金に頼る

   「福祉給付金の受給者は、われわれ納税者の金に全面的に頼って生活している」――米国民の20%に相当する最貧層の所得内訳で、政府からの給付金は37%、残りは給与所得

   「貧しい人はみんな給付金を貰っている」――貧困家庭の26%が受給資格のある給付金制度に参加していない。ルイジアナでは貧困家族一時扶助受給者がわずか4%。一方で各種税制優遇措置により免除された税金の半分は米国人口の20%を占める最富裕層の手にわたっている

   「黒人女性は白人女性よりもたくさんの子を産む」――黒人は1.88人、白人は1.75人で、出生率はほぼ等しい

   「多くの人(40%くらい)が連邦政府や州政府で働いている」――非農業部門の労働者1.43億人の内、連邦政府の雇用では軍事も含め2.5%、州と地方自治体合わせて13.3

   「公務員は給料をもらい過ぎている」――属性ごとに比較すると民間の方が12%高い

   「環境規制が厳しいほど、雇用は減少する」――規制が厳しいほど企業はそのコスト回収のため商品の値を上げ、売り上げが落ちて雇用が減少するというが、政府の介入や規制によるレイオフや、環境と安全に関係したレイオフはいずれもコンマ以下しかない

   「経済的優遇措置を準備し、規制を緩めないと、ガス産業はどこかよその地域に拠点を移してしまう」――企業は、増税をしてでも公共財や公共サービスにお金をかける地方自治体を好む傾向にある

   「州が産業に助成金を出すことは、雇用拡大に役立つ」――ルイジアナでは州から企業に支払われる助成金は、州の経済成長を上回るスピードで増え続けている

   「石油がほかの分野の経済を刺激する」――地元の企業は利益を州外に漏出させない傾向にあるが、州外に活動拠点や本社を持つ多国籍企業は漏出させる傾向にある

   「共和党大統領政権下の方が絶対に経済は良好だ」――1949'09年では民主党政権下の方が失業率が低く、GDPが高かった。共和党時代には格差が拡大し、債務残高の対GDP比も増加したが、必ずしも大統領の政治手腕と連動しているとは限らない

 

 

訳者あとがき

本書は20169月に刊行され、大統領選が終わると、ニューヨークタイムズ紙に「トランプ勝利を理解するための6冊」のうちの1冊として紹介された

 

 

 

 

 

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青い州から「壁」を越え,右派の心へ向かう旅に出た著名学者が赤い州の人々のディープストーリーを描き出す.

もはやアメリカはユナイテッド・ステイツではない.なぜ分断はこれほど深いのか.カリフォルニア大学バークレー校の著名学者が共感を遮る「壁」を越え,右派の心へ向かう旅に出た.全米最貧州の一つ南部ルイジアナでの5年間,ティーパーティー運動を支える人々から聞き取ったディープストーリーを丹念に描く.

 

 

新聞掲載:20190112

ホワイト・トラッシュ アメリカ低層白人の四百年史 [著]ナンシー・アイゼンバーグ/壁の向こうの住人たち アメリカの右派を覆う怒りと嘆き [著]A・R・ホックシールド

 米国は、格差社会である。ティーパーティー運動やウォール街のオキュパイ運動のように、「持たざる者」による抗議も少なくない。それなのにトランプの当選後、白人貧困層の苦境が新たな発見のように注目されたのはなぜか。それは、米国は平等な国だとの認識ゆえに、社会階級による分断が見逃されているからではないか。
 目をさます時だと歴史家アイゼンバーグはいう。米国では、身分の高い「貴顕」から年季奉公人や奴隷まで、階層秩序が当然視されてきた。英国から渡った貧者や無用者は底辺に止まる一方、ジェファーソンら郷紳(ジェントリー)は、人間も動物と同様、優れた血統を涵養すべきだと考えていたのである。
 人種主義や優生学が階層秩序を補強した。白人貧困層は、奇妙な肌の色をした無知で退化した種族と見られた。1927年には、「無価値な階級」の増加を抑制するために断種を勧める最高裁判決が出されている。その間、侮蔑の言葉も多く生まれた。山出し(ヒルビリー)、赤頸(レッドネック)、泥食らい(クレイイーター……。著者は文化から政治まで、脈々と流れる差別意識を暴いていく。
 説得的だが戸惑いも強い。一体、ここまで激しく侮蔑される人々とどう向き合えば良いのだろう。彼らとの対話は可能だろうか。
 この問いに挑戦したのが社会学者ホックシールドだ。彼女が調査に赴いたのは、石油化学工業の膝下でティーパーティーの強いルイジアナ州南西部。環境汚染がひどく、無謀な掘削で家が陥没する被害が出ている場所である。連邦政府による規制や支援を最も必要とする人々がなぜ、政府の介入を嫌うのか。進歩派の著者と彼らとの間にある「共感を阻む壁」を越えることはできるのだろうか。
 丹念な調査を通じて著者が気づくのは「ディープストーリー」、つまり「心で感じる」物語の存在だ。それによると、人々は山頂には米国の夢(アメリカンドリーム)があると信じ、長い行列に辛抱強く並んでいる。長時間労働に耐え、健康を害しながらも教会や家族で助け合う。ところが前に割り込む者がいる。それは、連邦政府が優遇する黒人や女性、移民だ。人々は反発し、優遇政策をとる政府を敵視する。たまらないのは、抗議する自分たちが差別主義者と蔑まれることだ。
 共感しながらも、著者は左派にもディープストーリーがあると語る。それは富裕層を構成する1%によって、自分が大切に思う福祉政策や、学校や図書館などの公共空間が破壊されるという物語だ。もしかすると、グローバル資本主義に翻弄されている点では、右派と左派との間には思いのほか共通点があるのかもしれない。共感を阻む壁を越えようとする著者の芯の通った楽観主義が光る本だ。
    
Nancy Isenberg
 ルイジアナ州立大教授(歴史学)。著書に『堕(お)ちた創始者:アーロン・バーの生涯』A.R.Hochschild カリフォルニア大バークリー校名誉教授(社会学)。著書に『管理される心』。

 

西崎文子(ニシザキフミコ)同志社大学教授(アメリカ政治外交史)

 1959年生まれ。著書に『アメリカ冷戦政策と国連 1945-1950』『アメリカ外交とは何か』など。

 

 

 

(インタビュー)トランプ氏の「感情の捕獲」 米社会学者、アーリー・ホックシールドさん

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 トランプ米大統領の「誇りを取り戻そう」という呼びかけが、2期目は「誇りは盗まれた」となり、支持者たちが抱える「恥」を「怒り」に転換している――8年ぶりにインタビューした社会学者アーリー・ホックシールドさんはそう語った。保守的な土地に通い、人々の感情を解読することで、何が見えたのか。

 ――前回2018年夏のインタビュー後、ケンタッキー州に通ったのですね。

 「新著『盗まれた誇り』は、ケンタッキー州にある全米で2番目に貧しく、白人の割合が最も高い選挙区が舞台ですが、トランプ氏の最も熱烈な支持層、非大卒の白人層の物語です」

 「要点は二つ。彼らがどう感じたいと望んでいたかという『感情の素地』。そしてトランプ氏がその感情をどうつかんだかという『感情の捕獲』です」

 ――まず、感情の素地とは。

 「喪失の物語です。人間は『新しいものを手に入れるため』よりも、『一度持っていたものを失った後にそれを取り戻すため』に倍の代償を払おうとする。人々がカリスマ的な政治指導者にひかれる傾向を考えるとき、まずこの喪失に目を向けなければなりません」

 「それは仕事の喪失、機会の喪失、居場所の喪失、何より『誇り』の喪失でした。彼らは非常に誇り高く、『私たちは貧しい』とは言わない。彼らの文化で貧困は恥だからです。その代わり『どれだけ工夫して乗り切ったか』を語りました。しかし外部からは貧困層としか見られませんでした」

 「グローバル化は勝者と敗者を生みました。非大卒の白人たちは、都市部の大卒白人や、自分たちより貧しかった黒人が上昇していく中で、敗者となった。この喪失感がトランプ氏を受け入れる素地となりました」

 ――では「感情の捕獲」は。

 「民主党の前大統領バイデン氏は『あなたのために作ったインフレ抑制法を見てほしい』と実績を語る。一方、カリスマ指導者は『私が何をするかではなく、私自身を見ろ。私があなたの代弁者であり、あなたを救い上げる』と語りかけます」

 「トランプ氏は、民主党と(従来の)共和党が提供しなかったものを彼らに与えた。『感情の捕獲』の3要素です。第一に『承認』。『私は誇り高かったあなたが、今はどれほど見下されているかを知っている』と語りかける。私は薬物依存の回復施設で元炭鉱労働者の男性に会いました。彼は『炭鉱を復活させる』と叫ぶトランプ氏を見て、うそとわかっていたが、自分のことを理解していると感じた、と語りました」

 「第二に、トランプ氏が厳格な父の元で『恥をかかされた男』ということ。没落階級が抱える『構造的な恥』の鉱脈を掘り当てる天才です。『あなたの誇りは消えたのではなく、盗まれたのだ。私が泥棒に報復する』という物語で、『恥』を『非難』へと変換する。鬱々(うつうつ)とした『消極性』を『積極行動』へと反転させる」

 「第三に『恥の撃退儀式』を提供する。(1)彼が異常な発言をする。(2)メディアが非難し恥をかかせる。(3)彼が『見下されている私を見ろ。あいつらは私を通してあなたを攻撃している。私が恥を引き受ける』と主張し、身代わりの被害者となる。(4)『あなたたちのために報復する』と語る――というように」

 「米国の半分、民主党支持層は、(1)(2)を聞いている。しかし、共和党側やグローバル化の敗者は(3)(4)を見ている。つまり、米国人は感情の面で同じ大統領すら見ていないのです」

          

 ――とはいえ、「失われた」が「盗まれた」に変わるには飛躍があります。

 「それがトランプ氏のやってのけた手品です。人々は他人を責めたがっていた。恥という感情を抱え続けるのは苦痛で、生き延びるには何らかの誇りが必要です。そこで彼は『(喪失について)自分を責めるな。盗んだのはあいつらだ』と語りかけた。あいつらとは誰か? それは教育を受けた人々、民主党員、移民、最終的には『あなたと似ていない誰か』。どんどん拡大しました」

 「物語は今、『あいつら』を罰してやるという『報復』に移っています。1期目は『誇りを取り戻せ』という多幸感が中心だったのが、今は『敵を探し出して激怒しろ』という段階に来ている。私たちがどこへ向かっているのか恐ろしくなります」

 「第1次世界大戦で敗れて賠償金を課せられ、国全体が喪失感と屈辱にまみれていたドイツで、ヒトラーも人々の『恥』を巧みに利用したのです」

 「ただ、イラン戦争や物価高に直面し、『戦争に巻き込まない』『エプスタイン文書を公開する』といった約束を彼が破るさまを見て、共和党から無党派層へと離れる人々も一部で出てきています。『感情の捕獲』の魔法が、少しずつ解け始めている感覚もあります」

 ――人々は、「誇り」を得ることを政治に求めるようになったのでしょうか。グローバル化やデジタル化の時代に誇りを感じることが難しくなり、その埋め合わせを欲している?

 「現在の米国では相反する現象が衝突しています。一つは、経済の硬直化。先進国で、米国は今や階層間の移動の可能性が最も低い国です。一方、若者の6割が『億万長者になりたい』と答えている。機会が極端に減ったのに野心は高い」

 「人工知能(AI)革命前夜の今、今後56年でエントリーレベルの仕事の60%が消滅すると予測されている。ホワイトカラーの業務でも半分以上でAIの性能が人を上回る。私が炭鉱離職者らに見いだした『喪失』と『恥』、そこから右翼政治に絡め取られるということが、世界中のホワイトカラー層にも起きる危険があるのです」

          

 ――経済を「プライド経済」「物的経済」に分類していますね。

 「物的経済とは収入や家の価値といった数字です。プライド経済とは『自分は高い地位/低い地位にいる』という感覚です。私たちは両方に生きている。プライド経済の重要性について過小評価していると、見落としてしまうことがあります」

 「例えば、ジェンダー。トランプ氏は、カールした長い髪の『スーパーウーマン』を最前列に置き、人々を再ジェンダー化している。そこに新たな『誇り』を結びつけています」

 「経済的に落ち込んだ地域に向けては、『あなたは米国生まれの白人で、異性愛者の男性だ』と言い、価値が高いことだ、と語りかける。(現代社会では)そうした肌の色や性別に特別な価値は認められませんが、彼はその値札を付け替えているのです」

 「彼は『生得的地位』、生まれつきの属性の価値をプライド経済の中で上げようとしている。ある種の『偽りの階層移動』です」

 「物質的な豊かさや数字ばかりに目を向けていると、人々の感情面で起きている変化を、私たちは見落としてしまいます」

 ――バイデン前政権は「物的経済」では仕事をしたが、「プライド経済」への配慮が足りなかったと?

 「その通り。政権の幹部から電話がありました。『巨額の予算を保守的な州に用意したが、私の声が届かない』と言っていた。トランプ氏による『感情の捕獲』に阻まれているのです」

 ――「プライド経済」の論理も理解できる「バイリンガル」になることは、民主党が勝つための戦略だということですね。

 「そうです。相手の感情の論理を解読するバイリンガルにならなければなりません。分断を終わらせるためには、社会の感情を解読する必要があります」

 ――トランプ現象は米社会で定着したのでしょうか?

 「そうは思いません。今は激しい流動期です。多くの人々が幻滅もし、混乱もしているので、それが完全に固まって、ニューノーマルとして定着したとは思いません」

 「私は、地域レベルの活動に希望を抱いています。調査した地域で、トランプ支持者と反対派が会って話したいと集まりました。『全ての意見に賛同する必要はない』というスタンスで。希望がないようにも見えた地域で『共感の橋』が築けることに私は希望を見つけました」

 ――民主党やリベラル層はどうすべきでしょうか?

 「ある研究によると、自分と意見が違う相手との会話を自分から打ち切ってしまう割合は、保守派よりもリベラル派の方がはるかに高い。皮肉な矛盾です。左派は自分たちを多様性に開かれていると誇る。また複雑な世界だから他の言語を学びたいという傾向が強いのに、実際には違う考えの人々に耐えられない。警戒システムの電源を切って他者の声を聞く訓練が必要です」(聞き手・金成隆一)

     *

 Arlie Hochschild 1940年生まれ。カリフォルニア大学バークリー校の名誉教授。近著に「盗まれた誇り――喪失と恥と右派の躍進」。「壁の向こうの住人たち」など。

 

 

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