街とその不確かな壁  村上春樹  2023.8.16.

 2023.8.16. 街とその不確かな壁

The City and It’s Uncertain Walls

 

著者 村上春樹

 

発行日           2023.4.10. 発行

発行所           新潮社

 

その街に行かなくてはならない。なにがあろうと

深く静かに魂を揺さぶる村上春樹の「秘密の場所」へ――季節は夏だった。・・・・川面を風が静かに吹き抜けていく。彼女の細い指は、私の指に何かをこっそり語りかける。何か大事な、言葉にはできないことを――

長編小説、1200!

 

参考文献

ガブリエル・ガルシア=マルケス著 木村榮一訳 『コレラの時代の愛』

 

第1部        126

17歳の僕と1つ下の君は甘い草の匂いを嗅ぎながら上流へと川を遡る

僕は海に近い郊外住宅地に住み、彼女は電車で1時間半ほど離れた都市の中心部に住み、時々お互いの街で会っては話をして唇を重ねる程度で、それ以上には進まない

高校生のエッセイ・コンクールの表彰式で知り合って文通を始めたが、お互いの家のことはほとんどはなさないまま、2人だけの特別な秘密の世界を立ち上げ分かち合うようになった――高い壁に囲まれた不思議な街を

その街は、僕たちが会ってから何十年も経っていて、僕は8mもの高い壁に囲まれた街の古い夢を所蔵する図書館で働く君を追って、そこでの「夢読み」の仕事に就くために、街の門をガードする守衛に自分の影を剥がされて街に入るが、君は僕のことなど覚えていない

 

第2部        2762

「現実の世界」に戻って、東京の大学に入り、書籍販売の会社に20年ほど勤め突然退社、後輩に頼んで地方の図書館での仕事を探してもらい、会津からローカル線に乗ったある町の図書館長に就く。町営だったが、財政難から閉鎖しようとしたところ、町の有力者の後援で、有力者から土地建物を譲り受け有力者が館長となり私設図書館として存続

有力者は酒屋の長男だったが、東京で出会った佳人と結婚するが子どもが事故で死亡、精神異常を来した佳人も自殺、本人も去年心臓麻痺で死亡、影を持たない亡霊が後任を募集

僕は、若き日に彼女と作り上げた壁に囲まれた街の図書館を想像してここに来たが、余りにも前館長と経歴が似ていることに驚くとともに、前館長が採用に当たって、僕がかつて一度影をなくしたために館長を引継ぐ資格があると言ったことにもびっくり

P.386 45 サヴァン症候群の少年が「真剣な顔つきで本に読み耽っていた」

前館長の墓の前で、昔の想像上の街と図書館の話をしていたのを、毎日図書館に来るサヴァン症候群の少年が聞いて街の地図を描いてきて、自分がその街に行きたいという

ある日突然少年は、神隠しにあったように自分の家から姿を消す

いくら探しても見つからないまま、ある日夢に少年の抜け殻のような人形が出てきて耳たぶを噛まれ、起きたあともその傷跡が疼く

 

第3部        6370

17歳の少年時代に戻って、図書館に向かう途中、橋の向こうに不思議な少年の姿を見かける。耳たぶの疼きが収まらず、夢読みの仕事も捗らない

夢に少年が現れ、金縛りにあう中、一体になって夢読みの仕事をしたいと言われ、反対側の耳たぶを噛めば一体化できるという。言われた通り受け入れると、翌朝はすっきり、仕事も捗るようになったが、そのうち体内に違和感を感じると、少年が別れる時が来たと言い、この街から出て、以前逃がした自分の影とまた一緒になるのだと告げる

 

 

あとがき

この小説の核となったのは、1980年に文芸誌『文學界』に発表した『街と、その不確かな壁』という中編小説(あるいは少し長めの短篇小説)で、150枚少しくらいのもの。生煮えのまま世に出したと感じ、書籍化はしなかったが、自分にとって何かしらとても重要な要素が含まれていると、最初から感じ続けていた。小説家としてそれだけの筆力が備わっていなかった。いつかじっくり手を入れて書き直そうと思って仕舞い込んでいた

書いた当時、東京でジャズの店を経営していたので執筆に集中できなかったが、小説をいくつか書いているうちに筆一本でいく思いが強くなり、店を畳んで専業作家になった

最初の本格的な長編小説が『羊をめぐる冒険』(1982)で、その次に『街と、その不確かな壁』を書き直そうと思い、そのストーリーだけで長篇小説は無理だったので、まったく色合いの違うストーリーを加えて「2本立て」の物語にしようと思いつき、並行して交互に進行させ、最後に1つに合体するというのが大雑把な心づもりだったが、書き進めながらどうなるのか見当もつかなかった。楽観的姿勢だけは失わず最後は何とか1つに結び付いた

僕にとって、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』(1985,谷崎潤一郎賞)を書く作業はきわめてスリリングだったし、また愉しくもあった。この小説を書き上げて単行本として出版したのは36歳の時。いろんなことがどんどん勝手に前に進んでいく時代だった

作家としての経験を積むにつれ、『街と、その不確かな壁』という未完の作品にしかるべき決着(ケリ)がつけられたとは思えなくなってきた。『世界の終り、、、』は1つの対応ではあったが、それとは異なる形の対応があってもいいのではないかと考えるようになった

2020年になって漸くもう一度根っこから書き直せるかもしれないと感じるようになった。40年経っても、「小説を書く」という行為に対するナチュラルな愛に関して言えば、それほど大きな違いはないはず。また、コロナ・ウィルスが猛威を振るい始めた3月初めにこの作品を書き始め、3年かけて完成させた。かなり異様な、それなりの緊張を強いられる環境下で、こつこつと書き続けていた。そのことは何かを意味するはずだ

最初に第1部を完成させ、目指していた仕事は完了したと思っていたが、半年余り寝かせているうちに物足りなさを感じ、第23部に取り掛かる

喉に刺さった小骨のように気にかかる存在であり続けたが、大切な意味を持つ小骨だった

ホルヘ・ルイス・ボルヘスが言ったように、1人の作家が一生のうちに真摯に語ることができる物語は、基本的に数が限られている。我々はその限られた数のモチーフを、手を変え品を変え、様々な形に書き換えていくだけなのだ――と言ってしまってもいいかもしれない。要するに、真実というのは1つの定まった静止の中にではなく、不断の移行=移動する相の中にある。それが物語というものの神髄ではあるまいか。僕はそのように考えているのだが

 

 

 

 

 

 

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