21 Lessons 21世紀の人類のための21の思考 Yuval Noah Harari 2021.1.23.
2021.1.23. 21 Lessons 21世紀の人類のための21の思考
21 Lessons for the 21st Century 2018
著者 Yuval Noah Harari 歴史学者、哲学者。1976年イスラエル、ハイファ生まれ。英オックスフォード大で中世史、軍事史を専攻して02年博士号取得。エルサレムのヘブライ大教授(歴史学)。18年ダボス会議での基調講演など世界中の聴衆に向けて講義や講演も行う。世界的なベストセラー作家
訳者 柴田裕之(やすし) 翻訳家。早大、Earlham College卒。訳書にハラリ『サピエンス全史』『ホモ・デウス』ほか
発行日 2019.11.20. 初版印刷 11.30. 初版発行
発行所 河出書房新社
『サピエンス全史』で人類の「過去」を、『ホモ・デウス』で人類の「未来」を描き、世界中の読者に衝撃を与えたハラリ。本書では、ついに人類の「現在」に焦点を当てる――
テクノロジーや政治を巡る難題から、この世界における真実、そして人生の意味まで、われわれが直面している21の重要テーマを取り上げ、正解の見えない今の時代に、どのように思考し行動するべきかを問う
今や全世界からその発言が注目されている、新たなる知の巨人は、一人のサピエンスとして何を考え、何を訴えるのか。すべての現代人必読の21章
はじめに
的外れな
情報で溢れかえる世界にあっては、明確さは力
人類の将来についての議論にだれでも参加は出来るが、日々の差し迫った課題に追われている人を抜きにして人類の将来が決まったとしても、その決定がもたらす結果を免れることはできない。これは何とも不公平だが、そもそも歴史は公平なものではない
著者は歴史学者として、それなりの明確さを提供するように努め、それによって世の中を公平にする手助けは出来る。それに力を得て、人間という種の将来を巡る議論に加わる人が僅かでも増えたなら、私は自分の責務を果たせたことになる
『サピエンス全史――文明の構造と人類の幸福』では、人間の過去を見渡し、ヒトというとるに足りない霊長類が地球という惑星の支配者となる過程を詳しく考察した
『ホモ・デウス――テクノロジーとサピエンスの未来』では、生命の遠い将来を探求し、人間がいずれ神となる可能性や、知能と意識が最終的にどのような運命を辿るかについて考察
本書では、「今、ここ」にズームインしたい。遠い過去や遠い未来についての見識は、現在の問題や、人間社会が抱える差し迫ったジレンマを理解する上でどう役に立つのか? 現時点で何が起こっているのか? 今日の重大な課題や選択は何か? 私たちは何に注意を向けるべきか? 子供たちに何を教えるべきか?
グローバルな視点に立って本書を書いた。世界各地の社会のあり方を決めている主要な力や、地球全体の将来を左右しそうな大きな力に注目し、一連の考察を加え、さらなる思考を促すのが目的
個人のレベルも重視。時代の大きな革命の数々と個人の内面世界との繋がりを強調したい
グローバルな世界は、個人の振る舞いと道徳性に前代未聞の圧力をかける。1人1人がすべてを網羅する無数の「クモの巣」に搦め捕られており、そうしたクモの巣は私たちの動きを制限する一方、どんな小さな動きでさえも遥か彼方まで伝える
人間の手に負えなくなっている世界で、確固とした倫理的基盤をどうして見つけられるだろう?
本書ではまず、目下の政治とテクノロジーにまつわる苦境を概観 ⇒ ファシズムと共産主義が崩壊した後、今度は自由主義が窮地に陥っている。次はどこに向かうのか?
本書では、新しいテクノロジーの影響を網羅しようとは思わない。むしろ主に脅威と危険を際立たせ、物事がとんでもない方向に進みうる可能性に警鐘を鳴らしたい
第2部では、考え得る多様な対応を詳しく考察
第3部では、難題を解決し、首尾よく恐れを抑え込み、自分たちの見方についてもう少し謙虚になれば、人類はこの難局に対処できることを明らかにしたい
第4部では、”post truth”という概念に取り組み、グローバルな情勢をどれほど理解できるか、悪行と正義をどこまで区別できるかを問う
最終章では、様々な意図を撚り合わせ、混迷の時代における人生を、更に全般的に眺める。私たちは何者なのか? 人生において何をなすべきなのか? どのような技能を必要とするのか? 科学や神、政治、宗教について知っていること、知らないことの一切を踏まえれば、今日人生の意味について何が言えるのか?
生命を設計し直し、作り変える力を、AIとバイオテクノロジーが人間に与えつつある。ほどなく誰かが、この力をどう使うかを決めざるを得ななくなる。市場の見えざる手が見境のない答えを押し付けてくる前に、一体生命とは何かについて、明確な考えを持つ必要がある
本書の大半で自由主義の世界観と民主主義制度の欠点について論じているが、それは新たな課題を考察するに際し、自由民主主義の限界を理解し、その現状をどのように適応させたり改善したりできるかを探求する必要があるからであって、現代社会の課題に取り組むためにこれまで人間が開発した政治モデルのうちで最も出来が良く、融通が利くものと考えることには変わりがない
I テクノロジー面の難題
人類は、ここ数十年にわたってグローバルな政治を支配してきた自由主義への信頼を失いつつある――。人類がこれまで出会ったうちでも最大級の課題の数々を、バイオテクノロジーと情報テクノロジーの融合によって突き付けられているまさにその時に
1. 幻滅――先送りにされた「歴史の終わり」
人間は、事実や数値や方程式ではなく物語の形で物事を考え、それが単純であるほど良い
20世紀には、グローバルなエリート層がファシズム、共産主義、自由主義という3つの物語を考え出し、前2者が破綻、自由主義が人間の過去への主要なガイド兼世界の将来への不可欠の手引きとして残された
問題の克服には、より多くの自由を人々に与えればよく、政治制度と経済制度を自由主義化・グローバル化し続けさえすれば万人のために平和と繁栄を生み出せると言われてきたが、2008年のグローバルな金融危機により、自由主義への幻滅が芽生え、壁やファイアウォールの人気が回復。ブレグジットやトランプの登場はその現れで、人間の文明の終焉の予兆とさえ恐れられている
工業化時代に作られた自由主義の政治制度は、テクノロジーの分野で進む革命(=技術的破壊)に対処できずに手を焼いている
双子(ITとバイオ)のテクノロジーは、人間の体や心まで再構成し得る
テクノロジー革命は、技術者と起業家と科学者によって進められるが、彼等は自分の決定が持つ政治的意味合いをほとんど自覚していないし、誰の代表でもない
20世紀の主要な運動はみな、人間という種全体を視野に入れたビジョンを持っていたのに対し、トランプは真逆で世界の将来は視野に入っていない
現在の自由主義の展開を理解するのが難しいのは、自由主義は決して単一のものではないからで、経済や政治、個人の分野で、そして国家的なレベルと国際的なレベルの両方で多種多様な行動を推奨する。それらの行動の全ての間に強い本質的な結びつきがあって、他の行動抜きではどの分野の進歩もあり得ない
自由主義の崩壊によって残された空白が、過去の局地的な黄金時代にまつわるノスタルジックな夢想によってとりあえず埋め合わされている ⇒ トランプが目指す偉大なアメリカもその1例だし、プーチンが目指すのもかつての帝政ロシアの栄光
自由主義は、現在直面する最大の問題である生態系の崩壊と技術的破壊に対して、明確な答えを持っていない。自由主義は伝統的に経済成長に頼ることで、難しい社会的争いや政治的抗争を魔法のように解決してきた。パイが常に大きくなっていればそれも可能
人類の苦境を解消し得る方法を探る前に、テクノロジーがもたらす難題をよく把握する必要がある ⇒ まず雇用市場に目を向ける。大量失業が現実味を帯びてくる
2. 雇用――あなたが大人になった時には、仕事がないかもしれない
機械学習とロボット工学によって、ほぼすべての種類の仕事が変化することは想像に難くない。人間には身体的能力と認知的能力という2種類の能力があり、これまでは認知的能力の面で圧倒的な優位を維持してきた
AI革命とは、単にコンピュータの速度が速く賢くなるだけの現象ではなく、生命科学と社会科学における飛躍的な発展によっても勢いづけられ、人間の意思決定に取って代わる
2017年、チェスで人間に勝ったコンピュータ・プログラムのストックフィッシュ8が、同じコンピュータ・プログラムのアルファゼロに負けた ⇒ アルファゼロは僅か4時間で最新の機械学習原理を使い自分自身との対戦だけで独学でチェスを習得、100回対戦して28勝72分け。人間から何一つ学ばずに、創造的な手を打った
解決策の候補は以下の3つ
① 仕事がなくなるのを防ぐために何をするべきか?
② 十分な数の新しい仕事を創出するには何をするべきか?
③ 最善の努力にもかかわらず、なくなる仕事のほうが創出される仕事よりもずっと多くなったら、何をするべきか?
注目を集めているモデルに「最低所得保障」と呼ばれる発想がある ⇒ アルゴリズムとロボットを制御している億万長者と企業に政府が課税し、その税収によってすべての人に一定額を定期的に支給し、基本的な必要を満たしてもらう。貧者は失業や経済的混乱から守られ、裕福な人はポピュリズムの激しい怒りから守られる
普遍的な最低支援とは、人間の基本的な必要を満たすことを意味するが、その定義は確立していないし、ホモ・サピエンスは満足するようにはできていない。人間の幸せは客観的な境遇よりも期待にかかっていて、期待は境遇に適応しがちだし、境遇には他の人々の境遇も含まれる
最低保障が本当に目標を達成するためには、スポーツから宗教まで、何かしらの有意義な営みで補わなければならないだろう
普遍的な経済的セーフティネットを居力なコミュニティや有意義な営みと首尾よく結び付けられればアルゴリズムに仕事を奪われることはないだろうが、自分の人生を思い通りにできなくなることの方が遥かに恐ろしい。大量失業以上に憂慮すべきは人間からアルゴリズムへの権限の移行であり、それは、自由主義の物語にまだ残っている信頼を根こそぎにし、デジタル独裁制の台頭への道を開き兼ねない
3. 自由――ビッグデータがあなたを見守っている
自由主義は、人間の自由を最も価値のあるものとして大切にする。あらゆる権限は最終的には個々の人間の自由意志から生じ、自由意志は各自の感情や欲望や選択の中に現れるとする
もし民主主義が合理的な意思決定に尽きるのなら、すべての人に同じ投票権を与える理由は断じてない。判断に必要とされる政治学や経済学の予備知識もないままに国民投票や選挙で平等に投票権が与えられるのは、人間の合理性にまつわるものではなく、感情にまつわるものだからだ。選挙は、私たちがどう考えるかを問うものではなく、どう感じるかを問うもので、人間の感情こそ自由意志の反映であり、自由意志が権限の究極の源泉で、知能の高さは千差万別でもあらゆる人間は等しく自由であるという前提に民主主義は立脚
過去何千年にもわたって、人間の自由意志より神の言葉を神聖視するべきと信じてきたので、個人の感情と自由選択を柱とする自由主義は古いものではない
間もなくテクノロジー革命によってアルゴリズムに取って代わられるかもしれない
私たちの感情がじつは計算である ⇒ 計算の迅速な過程は自覚できない次元で起こっているので自由意志の結果と誤って信じているだけ
生物学的知識と演算能力とデータの積は、人間をハッキングする能力に等しい
医療ではこの公式が現実化しており、アルゴリズムが人間の健康状態をモニターし病気の最初期の段階で検知するので、最高の医療を享受できるが、同時にそのせいで四六時中病気になる
他の分野でもバイオメトリックセンサーの発明により、個々の人間の体内にセンサーを埋め込めば、その人の欲望や意思決定や意見の全てをハッキングできる。怪しげな自己申告に頼るより、アルゴリズムがリアルタイムでデータを集めるのを許せば、的確な答えが得られる
チャーチルが、「民主主義はこの世で最悪の政治制度だ――ただし、他の全ての政治制度を除けば」と言っているが、人々はビッグデータアルゴリズムについて同じ結論に達するかもしれない
AIが意識を獲得して人類を奴隷にしたり一掃したりすることは今のところあり得ない。知能と意識は全く別物で、知能とは問題を解決する能力を指し、意識は痛みや喜び、愛、怒りといったものを感じる能力のこと。人間など哺乳動物では、知識と知能が切っても切れない関係にあって、哺乳動物はものを感じることによってほとんどの問題を解決するが、コンピュータの問題解決う方法は全く異なる
自由主義の秩序は、自由と並んで平等の価値も重視している。社会的セーフティネットと多少の経済的平等がなければ、自由主義は意味がないからだが、ビッグデータアルゴリズムは自由を消し去りかねないばかりか、かつてないほど不平等な社会も生み出しかねない。あらゆる富と権力が一握りのエリートに集中する一方で、ほとんどの人が搾取よりさらに悪い存在意義の喪失に苦しむことになりかねない
4. 平等――データを制するものが未来を制する
グローバル化と新しいテクノロジーのお陰で早く平等に行き着くと言われてきたが、現実には階級間の亀裂を拡げ、人間という種を異なる生物学的カーストに分けてしまい兼ねない。石器時代に始まった不平等は長く財産が前提にあり、農業革命による財産の増加とともに不平等が増大したが、近代後期にはほぼすべての人間社会で平等が理想になった
生物工学とAIの普及という2つの過程の相乗効果で、人類は一握りの超人と、膨大な数の無用の人間からなる下層階級とに二分された
一握りのエリートに富と権力が集中するのを防ぐためには、データの所有権を統制することが肝心。古代では土地の所有権であり、近代では必要不可欠な生産手段の支配だったが、21世紀の最も重要な資産はデータ
既に巨大なデータ企業が「注意商人attention merchant」というビジネスモデルで、無料の情報やサービスや娯楽を提供することで人々の注意を惹き、その注意を広告主に転売するが、それ以上に重要なのは人々に関する膨大なデータを蓄積し、根本的に異なるビジネスモデルへの道を拓くこと
新しいモデルは、物を選んで買う権限も含め、様々な権限を人間からアルゴリズムへと移すことに基づいている
巨大データ企業は十分なデータと演算能力を併せ持つことで、生命の最も深遠な秘密をハッキングし、有機生命体を根本から作り直したり、非有機生命体を創り出したりできるようになり得る
II 政治面の難題
情報テクノロジーとバイオテクノロジーの融合は、現代の価値観の核となる自由と平等を脅かす。テクノロジー上の難題の解決策ならどのようなものであろうと、グローバルな協力が欠かせない。だが、ナショナリズムや宗教や文化のせいで人類は敵対する陣営に分かれてしまい、グローバルはレベルでの協力が非常に難しくなる
5. コミュニティ――人間には身体がある
2016年の選挙の政治的な激震は、シリコンバレーに猛烈な衝撃を与え、Facebookのザッカーバーグは翌年早々に新たなコミュニティの構築の手助けを社の使命として引き受ける旨の大胆な声明を発表。あらゆる種類の団体の所属者数が過去数十年で1/4も減少したのが社会的政治的混乱の最大の原因だとして、10億人が有意義なコミュニティに参加すれば世界はより緊密になるとしたが、直後の情報漏洩とその情報が世界中で選挙の操作に使われたことが暴露されたため、ザッカーバーグの高尚な約束は台無しとなった
しかし、人間同士を再び結びつけるというビジョンは時宜を得ている。人類は何百万年にもわたって、数百人未満の小さな生活集団で暮しに適応してきた。ほとんどの人は150人以上を本当によく知ることは出来ずにいるし、親密な集団がなければ、寂しさや疎外感を覚える。この2世紀の間、親密なコミュニティは崩壊し続けており、社会的政治的混乱の多くは人間関係のこの低迷状態に元を辿ることができる
オンラインとオフラインの溝は厄介。オンラインはオフラインの犠牲の上に成り立っていて両者には根本的な違いがある。現実のコミュニティにはバーチャルには及びもつかない深さがある。人間には身体があるが、テクノロジーは私達を自分の体から遠ざけてきた。遠隔の友人と話すのは簡単になったが、食卓で配偶者と話すのは難しくなった
Facebookでは、自分の経験を他者とシェアする名目で、自分に起こったことが他人にどう見えるかという観点から理解することを促されるが、他人の反応によって自分がどう感じるかが決まるようになってきている
6. 文明――世界にはたった1つの文明しかない
ザッカーバーグがオンラインによる人類の統一を夢見る一方で、オフラインで起こっている最近の出来事は、「文明の衝突」という見方に新しい命を吹き込んでいるように見える
相容れない世界観のせいで文明間の争いは避けられず、自然界で起こる冷酷な自然選択の法則に従った生存競争が繰り広げられるのと同じように、文明は歴史を通して衝突を繰り返し、適者のみが生き延びたとよく言われているが、文明といっても一義的に決まるものではなく、また歴史と生物学の類似性を想定するのも間違いのもと
21世紀初頭の世界は、異なる集団を結びつけるばかりか、世界中の人々が互いに連絡を取り合うだけでなく、同一の信念や慣行を次第に共有するようになっている
将来どんな変化が来ようと、それは異質の文明同士の衝突というよりはむしろ、単一の文明内の兄弟喧嘩を伴う可能性が高い。21世紀の大きな難題はみな、本質的にグローバルで、人類は円満なコミュニティを築き上げるには程遠いが、みな単一の混乱したやかましいグローバル文明の成員であることには変わりない。世界の各地で見られる伝統的なナショナリズムへの回帰は、絶望的なグロ-バル危機の解決策となるのか?
7. ナショナリズム――グローバルな問題はグローバルな答えを必要とする
人間の共感の輪を拡げることに利点があるのは間違いなく、穏やかな愛国心は、人間が生み出したもののうちでも、とりわけ慈善の心に富んでいる
問題は、有益な愛国心が狂信的排外主義の超国家主義に変容した時に始まり、核兵器の発明による人類共通の実存的脅威の発生が、グローバルなコミュニティの発展を促した
1964年の米大統領選挙のリンドン・ジョンソンの「ヒナギク」の広告は、歴史上有数の成功を収めたプロパガンダ。女の子がヒナゲシの花びらを1から10枚まで数えると、無感情な男性の声が逆にカウントダウンを始めゼロまで来たとき核爆発の閃光が閃き、ジョンソンは「愛し合うか、死ぬかのどちらかしかない」と国民に告げた。「戦争をしないで愛し合おう」というスローガンは、既にこの時から現実的な政治家たちの間でも常識だった
核戦争が現実の脅威だった時代は、一旦は去ったようにも見えるが、核戦争を防ぎグローバルな平和を守る国際主義の政治体制を構築するのは極めて難しい
それに加えて、今後数十年間には生態系の崩壊の脅威にも直面する。最大の脅威は気候変動の見通しで、完新世の標準から少しでも逸脱すれば桁外れの難題に直面する
さらには、技術的崩壊への脅威も加わり、デジタル独裁国家からグローバルな無用者階級の創出まで、多種多様な破滅への筋書きが待っている
どの脅威に対しても、国民国家の枠組みでは解決が難しく、ホモ・サピエンス自体消えてしまう可能性が高い
1つの難題に立ち向かうのに必要な善意が、別の方面の問題によって損なわれてしまうかもしれない
人類共通の脅威に対抗する道筋が、EUの憲法草案に概説されている。曰く、「ヨーロッパの諸民族は、各自の国家のアイデンティティと歴史に誇りを持ち続けながらも、かつての分断を超越し、これまで以上に緊密に団結して共通の運命を作り上げる決意だ」
8. 宗教――今や神は国家に仕える
人類の将来について実行可能なビジョンは、人間の宗教伝統の中に見出せるという考えに対して、非宗教的な人は嘲りを見せやすいが、世界で非宗教的な人は少数派。依然として何十億もの人が進化論より聖典を信じる。宗教運動が国の政治を左右し、宗教的な敵意が対立を煽る
21世紀の世界で伝統的な宗教が果たす役割を理解するためには、問題を区別する必要がある ⇒ 技術や環境問題等の政策について宗教は概ね無関係。アイデンティティの問題には大いに関係があるが、解決策の候補というより、問題の大きな要因となっている
刻々と変化する人類というものの上に確固たる境界線を引くために、宗教は様々な儀式を使う ⇒ それぞれの宗派が異なる宗教伝統を持ち、特定の人々を団結させる一方で、隣人たちから区別する。些細な違いが大きな役割を果たし得る
近代以降の世界で伝統宗教が力を持ち、重要であることを示す最適の例は日本かもしれない ⇒ アイデンティティの土台とするため神道を徹底的に作り直し国家神道として活用
人類の力が集団の協力を拠り所としている限り、集団の協力が共有された虚構を信じることを拠り所としている限り、宗教や儀式は重要であり続ける
そのせいで、伝統的な宗教は人類の問題の一部となってしまい、その解決策の一部にはなり得ない。宗教は国家としてのアイデンティティを強固なものとし、しばしば宗教は現代のナショナリズムの手先として使われている
9. 移民――文化にも善し悪しがあるかもしれない
グローバル化のお陰で、世界中の文化の差が大幅に縮小したものの、同時に、外国人と出会ってその違いに度を失うことも多くなった
文化的な違いを乗り越えるという名目のもとで築かれたEUが、移民との文化的違いをうまく消化しきれないために崩壊の瀬戸際にある。次第に大きな波となって押し寄せてくる難民や移民に対するヨーロッパ人の反応は複雑で、ヨーロッパのアイデンティティと将来について、激しい議論が巻き起こっている
移民を3つの基本的な条件を伴う取り決めとみなす考え方もある
① 受け容れ国は移民を入国させる
② 移民はその見返りとして、自分の伝統的な規範や価値観の一部を捨てることになっても、受け容れ国の少なくとも基本的規範と価値観だけは採用する
③ 移民は十分同化したら、やがて受け容れ国の、対等で歴(れっき)とした成員となる
ただ、それぞれの厳密な意味に関して様々な議論がある
1世紀前、ヨーロッパ人は一部の人種が、分けても白色人種は、他の人種よりも本質的に優れていると、当り前のように思っていた。生命科学者や遺伝学者は、人種間の生物学的差異は取るに足りないことを示す強力な証拠を提示したが、その一方で人類学者や社会学者、歴史学者、行動経済学者、脳科学者までも、人間の文化間には重大な差異が存在するという豊富なデータを蓄積してきた。なぜ取るに足りない違いの研究に資源を注ぎ込むのか? とはいえ、人間の文化の間には少なくともいくつかは重大な差異がることをほとんどの人が認める。それならば、こうした差異はどう扱うべきなのか?
様々な文化が外国人や移民や難民とどうかかわるかを考えて欲しい
移民を巡る議論は、善と悪の間の明確な戦いではなく、2つの正当な見方の間の議論であり、通常の民主的な手順を踏んで決着をつけることが可能だし、そうするべき
留意すべきは、第1に、地元の人々が不賛成なら、どんな政府も大規模な移民の受け容れを強制するのは間違いになるということで、地元の支援と協力は不可欠、唯一の例外はどの国も死を免れるために隣国から逃げてくる難民には国境を開く義務がある。第2に、国民は移民に反対する権利を持つとはいえ、グローバルな世界に生きている以上外国人に対する義務も依然として負っていることに気付くべき
ヨーロッパと世界全体をもっとうまく統合し、国境も心も開いておくために1つできるのは、テロに対してヒステリックにならないこと。テロに対する過度の恐れから自由と寛容という自由主義の価値観を蔑ろにすれば、逆にテロリストの目標が達成されるばかりでなく、彼等に人類の将来についての大きな発言権を与えることになる
III 絶望と希望
直面している難題は前例のないものだし、意見の相違は甚だしいが、人類は恐れに己を見失わず、また、もう少し謙虚な見方ができれば、うまく対処できるだろう
10. テロ――パニックを起こすな
テロリストはマインドコントロールの達人
テロは、恐れを広めることで政治情勢が変わるのを期待する軍事戦略。深刻な物的損害を与える力のない非常に弱い集団が採用する
国家がテロリストの挑発に乗らないでいるのが難しいのは、現代国家の正当性が、公共の領域には政治的暴力を寄せつけないという約束に基づいているから
核テロは防がなくてはならないが、それは人類の課題リストの最優先事項ではありえない。核テロという理論上の脅威を、ありふれたテロに対する過剰な反応を正当化するために使うべきではない
11. 戦争――人間の愚かさを決して過小評価してはならない
過去数十年間は人間の歴史上もっとも平和な時代だったが、戦争挑発が再び流行し、軍事支出が急増している
21世紀に主要国が行った侵略で唯一成功したのは、2014年のロシアによるクリミア征服だが、それは並外れた巡り合わせに恵まれたからで、再現は難しいし、カフカスとウクライナにおけるロシアの戦争を総合して考えれば、威信の高揚と引き換えに不信と敵意を募らせただけで決して大成功とは言えない
戦争はもはや損な企てであり、平和の絶対的な保証にはならない
人間の愚かさは、歴史を動かす極めて重要な要因だが、過小評価されがち
世界が複雑化し、人間の合理性では本当に理解できないところから、合理的な指導者でさえ、甚だ愚かなことを頻繁にしでかす
だが、戦争が不可能だ、壊滅的な結果をもたらすとわかっていても、人間の愚かさから私たちを守ってくれる神もいなければ、自然の法則もない
人間の愚かさの治療薬となり得るものの1つが謙虚さ。そのためには何をすべきか
12. 謙虚さ――あなたは世界の中心ではない
ほとんどの人は、自分が世界の中心で、自分の文化が人類史の要だと信じがちだが、すべては歴史に目をつぶり、人種差別の気持ちを少なからず抱いている結果に過ぎない
あらゆる形の謙虚さのうちで最も重要なのは、神の前で謙虚であることかもしれない
13. 神――神の名をみだりに唱えてはならない
人は、森羅万象の最も深遠な謎を説明するために、この不可思議な神を持ち出す。その神の最も根本的な特徴は、私達にはそれについて具体的なことは何1つ言えないこと
聖書の十戒の3番目には、神の名前を決して濫用しないように人間に命じている
道徳的な生活を送るためには、神の名を持ち出す必要はない。必要な価値観はすべて、世俗主義に提供してもらうことができる
14. 世俗主義――自らの陰の面を認めよ
世俗主義は時折、宗教の否定と定義され、世俗主義的な人々は、どんな神も信じないと特徴付けられるが、世俗主義者から言わせれば、あらゆる叡智と善の独占を主張しないのが特徴の1つ。道徳と叡智は全人類が自然に受け継いできたものと考える
最も重要な世俗主義的責務は、真実に対するもので、観察と証拠に基づく真実を神聖視し、信念と混同しないよう努力する。次いで思いやり、平等、自由、勇気、責任など
どの宗教やイデオロギーや信条にも陰の面があり、どの信条に従おうと、自分の陰の面を認め、自分が道を誤るようなことはないという甘い考えを抱いて安心するのは避けるべき
無謬性を主張する人よりも無知を認める人を信頼したい
IV 真実
もしあなたが、全世界が直面している苦境に圧倒されて戸惑っているのなら、あなたは正しい方向に向かっている。グローバルなプロセスはみな、あまりに複雑になり過ぎてたので、誰であれ、1人の人間には理解できない。それならば、どうしたら世界についての真実を知り、プロパガンダや偽情報の餌食になることを避けられるだろうか?
15. 無知――あなたは自分で思っているほど多くを知らない
過去数世紀の間に、自由主義の思想は、合理的な個人というものに絶大な信頼を置くようになり、独立した行動主体として人間を描き出し、この神話上の生き物を現代社会の基盤に仕立て上げたが、合理的な個人をそこまで信頼するのは誤りだと分かってきた
個々の人間は、この世界について情けないほど僅かしか知らないし、歴史の進行とともに、個人の知識はますます乏しくなっていった
集団思考に頼っているからこそ世界の主人になれたので、他者の知識を信頼するという方法は、ホモ・サピエンスにとって極めて有効だったが、ひどく独断的に見えるときでさえその束縛を振りほどけないという欠陥がある
集団思考と個人の無知につきまとわれているのは、一般の人々だけでなく指導者も同様で、世の中を支配しているときには真実を発見するのは極端なまでに難しい
権力とは、現実をありのままに見ることではなく、それを変えることであり、巨大な権力は周囲の空間そのものを歪めるブラックホールのような働きをする
真実を知ることが一層少なくなる世の中で取り得る最善の行動は、ソクラテスがのべたとおり、私たち1人1人が自らの無知を認めること
16. 正義――私たちの正義感は時代後れかもしれない
正義感も、太古に遡る進化的な起源を持っている。人間の道徳性は何百万年にも及ぶ進化の過程で形作られ、狩猟採集民の小さな生活集団で起こる社会的ジレンマや倫理的ジレンマに対処できるように適応した
現代の人々は価値観はたっぷり持っているが、そうした価値観を複雑なグローバル世界で実行に移すのは難しい
正義には、一連の抽象的な価値観だけではなく、具体的な因果関係の理解も必要だが、グローバルな世界は因果関係が細かく分岐していて複雑ゆえに、何が正義かの判断が難しい
真実を理解して正義を見つけようという人間の探求は失敗に終わったかのように見える
17. ポスト・トゥルース――いつまでも消えないフェイクニュースもある
プロパガンダや偽情報は決して新しいものではなく、ある国家や国民の存在をまるごと否定したり、似非国家を創り出したりする習慣でさえ、遥か昔まで遡る
人間は常にポスト・トゥルースの時代に生きてきた。ホモ・サピエンスはポスト・トゥルースの種であり、その力は虚構を創り出しそれを信じることにかかっている
キリスト教世界でユダヤ人追放のために都合のいい理屈が流布され信じられてきたのも事実に基づくものではなく、ナチスやソ連のプロパガンダ機関も真実を自由自在に操っていたのは公知の事実。ヒトラーは自著で、「どれほど見事なプロパガンダのテクニックをもってしても、ある根本原則を絶えず念頭に置いておかない限り成功は覚束ない。即ち、要点を絞り込み、それをひたすら繰り返すのだ」と書く。ソ連共産党の機関紙は『プラウダ』だが、ロシア語では「真実」を意味する
宗教やイデオロギーに加えて、営利企業も虚構とフェイクニュースに頼る。ブランド戦略はその好例
真実が、ホモ・サピエンスの課題リストの上位に入ったことは一度もなかった、というのが真実。実際には、人間が協力してどれだけ力を発揮できるかは、真実と虚構の間の微妙なバランスにかかっている
人間には、知っていると同時に知らないでいるという、驚くべき才能がある。正確に言えば、人間は何かについて本当に考えた時には、それを知ることができるものの、ほとんどの時間はそれについて考えていないので、それを知らないでいられる。本当に考えれば虚構と気付くが、たいていは究極の真実を求めようとしない。真実より力を好む。世界を理解しようとするより、支配しようとすることに遥かに多くの時間と努力を投入する
18. SF――未来は映画で目にするものとは違う
人間が世界を支配しているのは、他のどんな動物よりもうまく協力できるからであり、人間がこれほどうまく協力できるのは、虚構を信じているから
21世紀初頭におけるもっとも重要な芸術のジャンルはSFかもしれない
V レジリエンス
昔ながらの物語が崩れ去り、その代わりとなる新しい物語がまだ現れていない当惑の時代を、どう生きればいいのか?
19. 教育――変化だけが唯一不変
人類は、前代未聞の革命に直面している。史上空前の変化と根源的な不確実性を伴う世界に対してどう備えるべきか? 今生まれた子は22世紀にも生きるが、その子に何を教えるべきか? その子は22世紀を生き抜くためにどんな技能を必要とするのか
現在、情報を詰め込むことに重点を置いている学校が多過ぎる。過去にはそれが道理に適っていたが、今では情報の内容も、価値も、すべて変わってしまった
多くの教育の専門家が言うのは、4つのC ⇒ Critical thinking、Communication、Collaboration、Creativityで、専門的な技能に重点を置かず、汎用性のある生活技能を重視すべきで、中でも重要なのは、変化に対処し、新しいことを学び、馴染みのない状況下でも心の安定を保つ能力
「人間であること」の意味そのものさえもが変化しそうであり、人生の基本構造は一変し、不連続性がその最も目立つ特徴となるだろう
20. 意味――人生は物語ではない
私は何者か? 人生で何をするべきか? 人生の意味とは? 太古からこうした問いを投げかけ続けてきた。どの世代も新しい答えを必要とする
人は物語を語ってもらうことを期待する。これまで最も人気の高かった物語によれば、私たちはみな生きとし生けるものを網羅して結び付けられる永遠のサイクルの一部だという。どの生き物にも、このサイクルの中で果たすべき特有の機能があり、人生の意味を理解するとは、自分ならではの機能を理解することであり、良い人生を送るとは、その機能を果たすことだという
物語は、アイデンティティを提供し、自分の人生には意味があると感じさせることができるが、物語である以上、虚構であり、真実ではない
この世界や人生の意味や自分自身のアイデンティティについての真実を知りたければ、先ず苦しみに注意を向け、それが何かを調べるのに限る。その答えは物語ではない
21. 瞑想――ひたすら観察せよ
周囲が虚構で積み上げられていることに気付くだけの分別は持ち合わせていたが、どうすれば真実を見つけ出せるか悶々と悩んでいた時勧められたのが瞑想
息に注意をすべて向け、瞬間の現実をひたすら観察する。次いで、圧さ、圧力、痛みなど体中の平凡な感覚も観察する
心と脳は全く違う。脳はニューロンとシナプスという生化学物質の物質的なネットワークだが、心は主観的な経験の流れ
テクノロジーの進歩により、2つのことが起こった。1つは燧石(すいせき)で作ったナイフが徐々に核ミサイルに進化し、社会秩序の攪乱が前より容易で危険になったこと、もう1つは洞窟壁画がテレビ放送に進化し、人々を騙すのが簡単になった。近い将来、アルゴリズムがこの過程の仕上げをし、人々が自分自身についての現実を観察するのをほぼ不可能にするかもしれない
今ならまだ選択の余地が残されている。努力すれば、私たちは自分が本当に何者なのかをじっくり吟味できる。いまするしかない
2020.2.15. 朝日
(書評)『21 Lessons 21世紀の人類のための21の思考』 ユヴァル・ノア・ハラリ〈著〉
■鬼才が説く現代社会の倫理基盤
本書は『サピエンス全史』『ホモ・デウス』で世界的な話題を呼んだイスラエルの歴史家(というより、いまや文明史家と呼ぶべきか?)ユヴァル・ノア・ハラリの近著である。認知革命を軸に人類史を巨視的に展望するかと思えば、AIによって大多数の人間が無用者階級に転落するデジタル専制への警鐘を鳴らすなど、過去と未来を大胆に読み解いてきた鬼才は現代社会をどう分析するのか。気になる一冊である。
コンピューターのアルゴリズムが、個人のキャリアや人間関係について、本人より「優れた」判断をできるとすれば、人間性や人生の意味は変わらざるをえない。しかしながら、それが現実になりつつあるとすれば、「自律的な個人による正しい選択」という近代の「物語」もまた崩れる。ならば、これに依拠する人権、民主主義、市場の原理はどうなるのか。神やイデオロギーを「物語」として退ける著者は、あくまで「世俗主義」の立場から人間の倫理的基盤を立て直そうとする。
雇用やコミュニティ、ナショナリズムや移民、テロ問題などを縦横に論じる本書は、意外なことに「瞑想」の章で締めくくられる。「そちらに行くか!」との印象を否定できないが、著者は本気である。あなたは世界の中心ではない。だから謙虚になれ。人間の道徳は長い進化の結果であり、自己を絶対化する愚を避けるべきである。道徳的になるとは、神の命令に従うことではなく、苦しみを減らすことである。そのためには苦しみについての理解を深めなければならない。
自らの信念を真理と取りちがえるな。世界が悲惨さに満ちているなら、その解決策を考えよ。人間は思っているほど自分のことを知らない以上、自分自身をよく観察すべきだと説く著者は、ストイックな哲学者の風貌を見せる。AIや人間の認知について、先端的研究を踏まえた著者だからこその真摯な思考であろう。
評・宇野重規(東京大学教授・政治思想史)
*
『21 Lessons(トゥエンティワン・レッスンズ) 21世紀の人類のための21の思考』 ユヴァル・ノア・ハラリ〈著〉 柴田裕之訳 河出書房新社 2640円
*
Yuval Noah Harari 76年、イスラエル生まれ。ヘブライ大教授。英オックスフォード大で博士号取得。
コメント
コメントを投稿