大惨事の人類史 Niall Ferguson 2022.7.
2022.7.. 大惨事の人類史
DOOM 2021
著者 Niall Ferguson 世界でもっとも著名な歴史家の1人。『憎悪の世紀』、『マネーの進化史』、『文明』、『劣化国家』、『大英帝国の歴史』、『キッシンジャー』、『スクエア・アンド・タワー』など、16点の著書がある。スタンフォード大学フーヴァー研究所のミルバンク・ファミリー・シニア・フェローであり、グリーンマントル社のマネージング・ディレクター。「ブルームバーグ・オピニオン」にも定期的にコラムを寄稿している。国際エミー賞のベスト・ドキュメンタリー部門(2009年)や、ベンジャミン・フランクリン賞の公共サービス部門(2010年)、外交問題評議会が主催するアーサー・ロス書籍賞(2016年)など、多数の受賞歴がある。
訳者 柴田裕之(やすし) 翻訳家。早稲田大学、Earlham College卒業。訳書に、ケイヴ『ケンブリッジ大学・人気哲学者の「不死」の講義』、エストライク『あなたが消された未来』、ケーガン『「死」とは何か』、ベジャン『流れといのち』、オーウェン『生存する意識』、ハラリ『サピエンス全史』、『ホモ・デウス』、『21 Lessons』、カシオポ/パトリック『孤独の科学』、ドゥ・ヴァール『ママ、最後の抱擁』、ヴァン・デア・コーク『身体はトラウマを記録する』、リドレー『進化は万能である』(共訳)、ファンク『地球を「売り物」にする人たち』、リフキン『限界費用ゼロ社会』、ファーガソン『スクエア・アンド・タワー』ほか多数。
カバー裏
「いま、最も優れた知性」と目される歴史学者が、ネットワーク化し、複雑化した世界の危機と回復力(レジリエンス)を読み解く
日本語版刊行に寄せて
歴史を予測するのは何とも難しい。未来を占うことを可能にするすっきりした歴史の「周期」などない。それはほとんどの惨事が思いがけない所から突然やって来るから
惨事は必ず起こる。だが、その避けがたい運命にどれだけ翻弄されるかは、私たち次第
序
本書で扱うのは、カタストロフィ(大惨事)の一般史
私たちが今直面している惨事を適切な視点から眺めるには、こうする以外に、一体どのような方法があるというのか?
l あるスーパースプレッダーの告白
2020年初め、新型コロナウィルスによるパンデミックの可能性が広まっていることに気付いた人はほとんどいない
著者の専門は金融史だったが、30年前に1892年のハンブルクのコレラ流行を調べて以来、歴史における病気の役割に強烈な関心を持った――ハンブルクの人の命を奪ったのは、細菌と並んで階級構造でもあり、不動産所有者たちの権力が確立されていたために、老朽化した上下水道の改善が阻害されたからで、貧しい人の死亡率は豊かな人の13倍に上る
1918年のドイツ軍崩壊の原因は、スペイン風邪のパンデミック
ヨーロッパ人による新世界への植民については、病気が果たした役割を抜きにしては語ることができない
新型コロナウィルスに対しても、思い切ったソーシャルディスタンシングとロックダウンを行なう必要があり、こうした「非薬理科学的介入」は2008~09年の金融危機より遥かに大きな打撃を世界経済に見舞って来たし、大恐慌の打撃にも匹敵する可能性がある
本書は、カタストロフィの歴史が、経済、社会、文化、政治の歴史から切り離して研究することはできないという事実を出発点としている
惨事が外的要因にだけ起因することは稀で、社会的ネットワークと関係する――惨事はそれが見舞う社会や国家の正体を暴き出す
l ドゥーム(破滅)の魅力
DOOMとは、最後の審判、世の終わり、破滅、悲運のこと
私たちが恐れなければならないのは、この世の終わりではなく、ほとんどの人が生き延びる大惨事
l カタストロフィの不確実性
17世紀にさえ、創成期の大衆紙が人々の心に混乱の種を蒔く。インターネットが出現したせいで、誤情報や偽情報が広がる可能性が高まり、2020年には生きたウィルスと同じ様に感染力の強い偽情報が流行したと言える
パンデミックの影響の大きさを決める要因としては、病原体そのものに劣らず、病原体が遭遇する社会的ネットワークの性質や国家の能力も重要
l パンデミックが明らかにした現代世界の脆弱性
ユーラシアを横断する交易路があったからこそ、ペストは14世紀にあれほど多くのヨーロッパ人の命を奪い、その1世紀後に始まったヨーロッパの海外進出が、所謂「コロンブス交換」に繋がる――ヨーロッパ人の持ち込んだ病原体によってアメリカ大陸の先住民は大打撃を受け、その後ヨーロッパ人は新世界から梅毒を持ち帰り、奴隷にしたアフリカ人を米州に送ることでマラリアと黄熱を持ち込む
人類にとって最も明白で差し迫った危険は、新しい病原体と、それが引き起こし得るパンデミック
1党独裁国家の中国による、新型コロナ感染拡大への対応は、やはり1党独裁国家のソ連による1986年のチェルノブイリ原発事故への対応と同じで、嘘を重ねるというもの
どの事例でも、この惨事によって病原体の毒性だけでなく、関与している政体の欠陥も明らかになる
l イ―ロン・マスクの予言
カタストロフィの歴史研究から得られる一般的教訓とは
① 大惨事は予測不能
② 大惨事は多くの形をとるので、型通りのリスク緩和の取組みでは対処できない
③ 感染を止めるために、ネットワークの接続性を減じる遮断装置が必要
④ 公衆衛生の官僚機構の深刻な機能不全が暴露
マスクは2020年に、新型コロナがもたらす脅威をあっさり退けたが、地球上の文明化した種としての私たちの将来には悲観的な面も見せ、20年後に世界が直面する最大の問題は人口の急減だと警告
私たちにできるのは、歴史から以下の方法を学ぶくらい――少なくともレジリエンスのある、うまくすれば反脆弱な社会構造と政治構造の作り方や、惨事に圧倒された社会の特徴となりがちな自虐的なカオスに陥るのを避ける方法、私たちの不運な種と脆弱な世界を守るためには全体主義的な支配や世界政府が必要だという声に抗う方法を
第1章 人生の終わりと世界の終わり
世界のあらゆる宗教うと、多くの非宗教的イデオロギーが、世の終わりを実際以上に差し迫ったものに見せようとしてきたが、私たちが恐れるべきなのは、世界滅亡の日ではなく惨事だ。これまで人類の歴史における大惨事のうち最大のものは、パンデミックと戦争
l 誰もが死からは逃れられない
これまで生を受けた人は1070億人
l 世の終わり(エスカトン)の予言
毎年世界で59百万人が亡くなる。内6割は65歳以上
世界の終末の光景の内でも際立ったものを示しているのは『ヨハネの黙示録』
l 人類滅亡へのカウントダウン
l カタストロフィの規模と統計
推定世界人口の1%を超える犠牲者が出た主要なパンデミックは、有史時代を通じて7回あり、うち4回は犠牲者が3%を上回り、ペストや黒死病では3割を超えた
戦争により世界人口の0.1%以上の命を奪った例は7件。死亡者が10百万を超えたのは2つの大戦のみで、病原体の方が大幅に致死的
統計調査が広く行われる近代以降にあってさえ、惨事は思ったより数量化するのが難しい
第2章 惨事は予測可能か?
カタストロフィは本質的に予測不能
ほとんどの人は不確実性に直面すると結局、自分個人がカタストロフィの犠牲者になるという可能性をあっさり無視することにするものだ
l 歴史の周期を解明する試み
l クリオダイナミクス(歴史動力学)が考える歴史の周期
クリオメトリックス(数量経済史)とクリオダイナミクスの支持者は、周期的な取り組みを復活させようとしてきた
l ジャレド・ダイアモンドが示す崩壊の原因と危機への対策
人災としての気候変動について、一種の崩壊回避のチェックリストのようなものを提示
l 予言者カッサンドラのかけられた呪い
l 認知バイアス
私たちは計算可能なリスクにさえ手を焼いている。それは多くの認知バイアスのせい
「不変性の失敗」――望ましい見通しがある場合にはリスク回避を、望ましくない見通しにはリスクを追求する傾向がある。1000円もらえる可能性が50%の場合と500円もらえる可能性が100%の場合は、リスクをとらない人が84%に対し、持っている1000円を失う可能性が50%の場合と500円失う可能性が100%の場合には50%に賭ける人が69%
「利用可能性バイアス」――本当に必要としているデータではなく、記憶の中で簡単に利用できる情報に基づいて決定を下させる
「後知恵バイアス」――出来事が起こる前に付与したよりも高い確率を、起こった後にその出来事に付与させる
「帰納法の問題」――不十分な情報に基づいて一般的な規則を導き出させる
「合接の誤謬/選言の誤謬」――90%の確率の7つの出来事がすべて起こる確率を過大評価する一方で、10%の確率の7つの出来事の少なくとも1つが起こる確率を過小評価する傾向がある
「確証バイアス」――初期仮説の誤りを立証する証拠よりも、確証する証拠を探し求めさせる傾向がある
「認知的不協和」――不協和を減じようとすることに加えて、その不協和を増しそうな状況や情報を積極的に避ける。人前での言動と内々での言動の食い違いから成ることが多く、共産主義体制下での生活の基盤だったが、資本主義社会でも気候変動の危機についての会議に自家用ジェットで出かけたりするなど簡単にやってのけられる
「カテゴリー錯誤」――野球グラウンドの9人の選手はそれぞれのポジションにいるのであって、特にチーム・スピリットという要素に貢献する人が決まっているわけではない
l 死と隣り合わせの日常
17世紀後半には人類は迷信の境界を乗り越えて科学へと進んだが、まだ議論の的となっている領域で、新しいパラダイムはほんの少しづつしか古いパラダイムを打ち負かせない
しかも科学的方法を濫用すれば偽りの相関関係をいくらでも生み出すことが可能であり、同時に、科学の進歩が呪術的思考の衰退ばかりでなく宗教的な信念や儀式の衰退にも繋がったので、人々の心の中に新しい形態の呪術的思考の入り込む余地を生み出すという意図せざる結果が伴った
様々に残るバイアスを克服しようとしたのが「超予測」という方法
戦争の時も疫病の時と同様、私たち人間は、自分個人は生き延びると信じる奇妙な傾向を持っている
突然の死と背中合わせの時には、絶望的な状況で発する、所謂「死刑台のユーモア」が適切な応答なのだろう
第3章 惨事はどのように起こるのか?
惨事はしばしば予見されるが、それにもかかわらず、予測された惨事の中にさえ、襲ってきたときに全く意外に思えるものもある
l 灰色のサイとブラック・スワンとドラゴン・キング
戦争とパンデミックには、超過死亡という事実以外にも共通点が多い
悲惨な出来事は、一旦過ぎてしまうと、その出来事によって人生が破綻した人には、当時認識できなかった形をとる――原爆の被害や核爆発事故が好例
本質的に異なる戦争とパンデミックだが両者に共通する特性は、起こる前に同時代人に長年にわたり繰り返し予測されていたこと
「灰色のサイ」 ⇒ 危険で、明らかで、非常に起こりそうなこと。際立って予測可能
「ブラック・スワン」 ⇒ 限られた経験に基づいている私たちには、ありえないように見える出来事。大いに意外
林野火災の統計的分布は正常なベルカーブにはならず「冪乗則」に従うことが多い――典型的なものや平均的なものはなく、規模と発生頻度に基づいて対数グラフに記入すると直線になる。草食動物の摂食パターンのほか、地球を周回している隕石や破片、月面のクレーター、太陽フレア、火山噴火の大きさの分布でも、かなり普遍的にみられる原則だし、人間界でも、株式市場の収益率、興行収入、ほとんどの言語での単語の使用頻度、苗字の頻度、停電の規模、犯罪者1人当たりの告訴件数、各人の年間医療費、なりすまし犯罪の被害額など、多種多様な冪乗則の例に出くわす。1820~1945年まで126年間の争いによる死亡者数と死亡者数の単位当たりの争いの数もポアソン分布だが酷似
大きな出来事が正規分布の場合よりも頻繁に起こることだけは間違いない
「ドラゴン・キング」 ⇒ 冪乗則の分布の外にあるほど極端な出来事。途方もなく大きい
「灰色のサイ」から「ブラック・スワン」への変化は認知的混乱の問題を例証するが、さらに「ドラゴン・キング」へと出来事が変化するのは統計的に説明するのは難しい
自然現象や人為的現象の多くが冪乗則の分布やポアソン分布を見せるなら、歴史の周期性などありえない
l バタフライ効果
ブラジルでチョウが羽ばたくと、テキサスで竜巻が起こるという、僅かな変動でさえ非線形関係に支配されている複雑系に途方もない影響を与えることをバタフライ効果という
経済も複雑系で、見たところ平衡状態を保ちつつ、実際には常に適応しながらうまく活動し得るが、系が限界状態に達する時が到来すると、ごく小さなきっかけで、平衡状態から別の状態への「相転移」を引き起こし得る
l 大地を揺るがす自然災害
大型の地球外物質に直撃されずに来たのは幸運――南アのフレデフォート・クレーターは20億年前のこと
63万年前のイエローストーンの火山の「破局噴火」は、アメリカ合衆国本土の半分の地域を灰で覆ったが、人類を絶滅の際まで追い詰めていたかもしれない
l 大地震が起こりうる都市
地震も冪乗則に従うので時期と大きさを予測することは難しいが、火山に比べて地理的な影響範囲が狭い
史上最多の犠牲者を出した地震は、1556年中国陝西省渭河(ウェイホー)流域を襲ったもの。マグニチュードは7.9~8.0、推定死亡者数80万。多くの洞窟生活者に被害
予測の試みがなされているが何れも不首尾に終わっている――予測できるのは場所だけで、規模も時期もわからない
1500年以降の大地震の場所を見ると、断層線の上や近くに最大級の都市を多く建設している。これは惨事の希少性と人間の記憶の短さの致命的な相互作用の例証
l 火災と洪水
中国史上最大の都市火災は、1938年の長沙(チャンシャー)の火災――意図的な焦土作戦の可能性もあるが、死者3万以上、建物の9割以上が焼失
1871年の北米の夏は記録的な乾燥で、山林火災が頻発。最大級はウィスコンシン北部とミシガンのアッパー半島で起きたペシュティーゴ火災。1152人死亡、4900㎢を焼く
19世紀は大洪水の時代――人口が増え、森林を伐採したことがさらなる洪水の増加に繋がる
ハリケーンがアメリカに与える影響を見ると、防災準備を達成・維持するのがいかに難しいかがわかる――南アジアのサイクロンはその比ではない上、最大級のサイクロンは時間的な間隔があまりに大きいので、生きている人は思い出せず、危険を十分認識できない
l 惨事の規模を決めるもの
北斎の「大波=神奈川沖浪裏」を知らない者はいない――津波ではなく「暴れ波」を描いたもの
災害を天災と人災に分けるのは誤解を招く――天災であっても、断層の上に都市を築いた為に惨事を誘引するのは人災といえるし、戦争でも自然の出来事に起源をもちうる場合がある
現実には惨事の大半は局地的で、規模も比較的小さい。巨大な惨事は分布の遥か外れにある出来事=ドラゴン・キングで、惨事の最も重要な特徴は感染があるかどうかであり、最初の打撃を生命の生物学的ネットワークあるいは人類の社会的ネットワークを通して伝播する方法があるかどうかが問――ネットワーク科学がある程度わかっていない限り、惨事は理解できない
第4章 ネットワーク化した世界
惨事の規模の主要な決定要因は、感染があるかどうかなので、社会的ネットワーク構造は、病原体やその他何でも急速に広まり得るものの本質的な特質と同じくらい重要
ネットワーク構造を修正して、緊密さを減らすことが要となるが、そうした修正は、自然発生的な行動適応の場合もありうるが、たいていは階層制を通して義務付ける必要がある
l 対岸の火事
エジプトのファラオ達は紀元前14世紀に、既に社会的ネットワークを持っていた
シルクロードは、ローマ帝国と中国の帝国を結んでいた
キリスト教と、後にはイスラム教も、それが生じたユダヤ人やアラブ人の社会の遥か外まで伸びる、巨大で耐久性のある社会的ネットワークを構築した
ルネサンス期のフィレンツェの権力構造は、家族のネットワークに基づいていた
西ヨーロッパの相争う王国が、西は大西洋の向こうへ、南は喜望峰を回って、商業活動を拡げる中、しばしば知識を分かち合う航海者や探検家やコンキスタドールのネットワークもあった
宗教改革は多くの点で、ネットワーク化された革命であり、北西ヨーロッパ全土の宗教改革者の相互接続した諸グループが実現させたのだが、彼らが自らのプロテスタントのメッセージを広める能力は、15世紀後期に印刷機が普及したお陰で、はっきりと増大していた
l ネットワークとは何か
自然界は、「最適化され、空間を埋める、分岐したネットワーク」からできており、当惑するほどそれが徹底している
新皮質が発達した私たちの大きな脳は、およそ150人という比較的大きな社会集団で機能できるように進化したそうだ
本当なら「ホモ・ディクティアス(ネットワーク人)」と呼ばれるべき――民族誌学では「分散認知」と言われ、生まれながらにしてネットワークを形成するようにできていた
であれば、社会的ネットワークは、人間が自然に形成する構造であり、知識そのものやそれを伝えるために使うさまざまな表現形式と共に、また、私たち全員が必然的に所属している家系とともに始まった
1人1人の人間は、ネットワークの中のノード(節点)として考えられる
類は友を呼ぶ――自分に似た人に引かれる同類性があるので、社会的ネットワークは、似た者同士が引きつけ合うという観点からも理解できる
ネットワークがどれほどしっかり結びついているか、他のクラスターとどれだけ繋がっているかも大切――弱い靭帯の方が、クラスターの広がりという意味では強い
どれほど急速に広がる(感染する)かは構造で決まる――再生産数が1を超えると病気は急速に広まり、1を下回ると終息する傾向にある。アイディアやイデオロギーの拡散も同様で、階層制のトップダウンのネットワークではアイディアが発展する見込みが最も薄い
肝心なのは、拡散の速さと程度を決める要因として、ネットワークの構造がアイディアそのものと同じくらい重要になり得る点
ネットワークが時間の中で凍りついていることは滅多にない。大規模なネットワークは複雑系であり、創発的な特性を持っていて、予測可能には程遠い相転移を起して、斬新な構造やパターンや性質を見せる傾向がある
ネットワーク間で相互作用が起こると、イノベーションや発明に繋がり得る。それぞれのネットワークがどれだけ適応性とレジリエンスを備えているか、破壊的な感染に対してどれだけ脆弱かが問われる
l 感染症とネットワーク
新石器革命あるいは農業革命から大規模な感染症が始まったのは、人類が自然によって元々置かれた状態から逸脱した結果、病気の豊富な源泉が生まれたから
病気の歴史は、進化する病原体と、病原体を保有する昆虫や動物と、人間の社会的ネットワークとの、長期にわたる相互作用
病原体はどれほど巧妙に進化しても、人間への感染に関しては、動物と共有しているネットワークも含め、人間のネットワークに許される範囲でしか成功できない
l 古代の疫病とその帰結
パンデミックの歴史は、病原体の進化であると同時に社会的ネットワークの歴史でもある
20世紀後半に医学の飛躍的前進が起こる前は、伝染病に直面したときには、社会的ネットワークを修正して拡散を制限する以外に、私たちにできることはわずかだが、人間は交流のパターンを十分に修正できないらしく、パンデミックになると社会的ネットワークや政治構造までも解消する羽目になることの方が、集団行動を意識的で効果的に採用することよりも多かった
現存する最古の疫病の記録は、BC430年のペロポネソス戦争2年目のアテナイ城内での伝染病で、エチオピアに始まり、エジプト、ピレウスを経てアテナイに来て、住民1/4が死去。腺ペストか腸チフスとみられている
ローマでは、165~166年に天然痘が流行
l 黒死病(腺ペスト)の流行
14世紀半ばの黒死病が政治的に分断されたヨーロッパで拡散したのは、急激な人口増加とともに、多くの町が出来て、どの町もネットワークの中のクラスターになり、クラスター間の「弱い紐帯」は交易と戦争が提供したという社会環境が背景にある
1340年の第1波、’61年の第2波、’69年の第3波、’75年の第4波と続き、人口の1/3~3/5が亡くなる
その後も18世紀前半にかけて、繰り返し腺ペストがヨーロッパを襲い、生物学的パンデミックと情報のパンデミックという二重のパンデミック現象を起こす
歴史の記録からは、人々が病気の真の性質を適切に理解する遥か以前のルネサンスの時代以来、隔離やソーシャルディスタンシングなどの、現在では「非薬理学的介入」と呼ばれる措置の有効性を突き止めていた――未知で思いもよらない病原体の拡散を遅らせるには、どれほど不完全であっても、当時の世界や国家や地域レベルでの社会的ネットワークを途絶させるだけで十分だった
第5章 科学の進歩と過信
19世紀は大きな進歩が続いた時代、特に細菌学ではそれが顕著
帝国は感染症研究を急がせはしたが、同時に世界経済のグローバル化も急き立て、様々な病気が拡散する新たな機会を生み出しもした。1918年のインフルエンザは科学の限界を暴いた。リスクの理解における飛躍的前進は、ネットワークの統合や増進や脆弱性の増大によって帳消しになりかねない
l 科学と人間の行動とのいたちごっこ
20世紀の初めには、熱帯で昆虫が媒介する3大疾病であるマラリア・黄熱・睡眠病は完全に制御下にあると宣言され、「帝国主義の将来は顕微鏡と共にある」と書かれた
人類は意図的ではないにしても、絶えずネットワークと行動を最適化し、感染性の病原体の伝播を早めて、科学の進歩で2歩前進すれば、少なくとも1歩は後戻りすることを立証している――医学の歴史の終わりを誇らしげに告げる物語は繰り返し偽りが明らかに
l 感染症と帝国の拡大
15世紀のヨーロッパの海外進出はある意味どの国も大陸を支配できなかった結果――主な王国が資源と軍事技術の点でほぼ肩を並べていたからばかりでなく、勝利寸前までいった軍隊が発疹チフスに繰り返し打ち負かされた
大西洋横断に成功したヨーロッパ人は、「コロンブス交換」により、知識に加えて彼らが全く無知だった病原体も新世界に持ち込む――アメリカ先住民の壊滅的結果をもたらしたのは天然痘や発疹チフス、ジフテリア、出血熱の病原菌で、1576年には1年以上続いた大量死と悪疫がインディオを圧倒し新スペインが無人になったとまで記録されている
逆に、ヨーロッパに戻った探検家や征服者によって梅毒が持ち帰られた
さらに、アフリカ人を奴隷として南北アメリカに送ったことにより、3者交換に発展
問題は、帝国が、それを統治した人の医学的知識よりもずっと速く発展した点にある
ヴィクトリア朝の輸送ネットワークは、病気の伝播手段としても過去最速のものでもあったし、産業世界では港と製造拠点が急速に発展し、衛生状態の劣悪な密集した居住環境は病気の繁殖にはうってつけ
l 似非科学からの脱却
14世紀の流行以降、腺ペストの原因解明は20世紀初頭まで進まず、瘴気説など非科学的な言説が支配
l 病原体の発見と予防
1880~1920年代に集中していた医学の飛躍的進歩がみられたのは、帝国主義的進出によってヨーロッパ人が熱帯病に晒されることで圧力が生じたためで、欧米人の命を守り、それによって植民地事業を存続させるうえで不可欠
平均寿命の持続的な改善の始まりとなる「健康転換」の始まりは、西ヨーロッパでは1770~1890年代にかけてデンマークが先頭を切りスペインが最後尾に続く。アジアでは1890~1950年代に訪れ、アフリカでも1920~50年代に起こる
l 公衆衛生の改善
公衆衛生は、住宅の改善により大きな恩恵を受ける
湿地帯から水を抜いたり、集合会場の換気をしたり、消毒薬や殺虫剤を使ったりすることで病原体やその保有者に晒されることが大幅に減少
下水の浄水技術の発達が死亡者を急減させるとともに、食生活の改善も貢献
l スペイン風邪のパンデミック
インフルエンザの感染拡大が初めて記録されたのは16世紀のヨーロッパ。最初期は1173年に遡る。重大なパンデミックは1729年、’81~82年、1830~33年、1898~1900年に起こり、死亡者数は40~120万(世界の推定人口の0.06~0.08%)
第1次大戦も、人命損失による影響の点では、1918年に勃発したパンデミックの方が上回る。カンザス州のフォート・ライリー軍事基地にあるキャンプ・ファンストンに端を発したといわれるA型インフルエンザウィルスH1N1の新型株は瞬く間にアメリカ全土に、続いてすし詰めの兵員輸送船に乗ってヨーロッパへと伝播
数カ月後、より致死的な第2波がフランスとシェラレオネ、ボストンに発生。さらに翌年前半には第3波、’20年には第4波と続く
交戦国はパンデミックのニュースを抑え込もうとしたため、中立国スペインの報道が正確に報じたことからスペイン風邪と呼ばれ、死亡者は4000~5000万
経済的惨事である以上に公衆衛生の惨事――経済的損失はそれほど大きくはなく、アメリカでは’19年には経済活動が比較的活発
パンデミックの時に母親の胎内にいた人は、その直前や直後に胎児として成長した人と比べて、人生を通じて学歴が低く、身体障碍がある割合が高く、収入が少なかった
l ウィルスとイデオロギー
インドでは第1次大戦の影響は大きくなかったが、パンデミックは戦死した兵士の240倍、18百万もの死者を出す
世界の政治エリートや知的エリートの命も奪う――南ア連邦初代首相、ボリシェヴィキのリーダーの1人スヴェルドロフ、ドイツの社会学者マックス・ヴェーバー、オーストリアの画家クリムトとエゴン・シーレなど。トランプの父方の祖父も犠牲者の1人だがエリートには程遠い
第1次大戦の終わり方には、避けようのない二重性がある。ウィルスの感染が世界中に広がるのに足並みを揃えるようにして、イデオロギーのパンデミックも全世界を呑み込んだ――ボリシェヴィキの思想が世界各地に飛び火しそうに見えると同時に、ウィルソンの民族自決主義がエジプトから朝鮮まで、植民地支配を切り崩しそうな雲行きだった
ヒトラーは自分をコッホになぞらえ、「ユダヤ人がありとあらゆる社会的腐敗を引き起こす病原菌であり、発酵剤であることを発見した」と断言。優生学と人種衛生学も「確立された科学」としてほぼ普遍的に受け入れられていたことを忘れてはならない
第6章 政治的無能の心理学
政治的惨事が起こると、私たちは責任のあまりに多くを無能な指導者に負わせがち
民主主義が飢饉の最善の解決法であるという説は、1840~1990年代の深刻な飢饉には当てはまるが、戦争にも当てはめていいのではないか――帝国から概ね民主的な国民国家への移行には非常に多くの死と破壊が伴ったのは逆説的な話
l 歴史を動かすのは偉人か、群衆か?
カタストロフィはどこまで1個人に帰することができるのか?
l 政治が引き起こした飢饉
天災は本当はどこまで自然のものなのか?
飢饉は天災だというのは広く受け入れられてきた味方だが、低所得者層には手が届かないところまで食糧価格が上昇した時に起こるもので、公共事業計画などを通じて賃金を押し上げたり、買いだめなどを禁止すれで防ぐことができるとする説もある
1845~50年のアイルランドのジャガイモ飢饉の直接の原因は北米からの病原菌で、国全体の食糧の6割をジャガイモに依存していたため、875万の人口の内死者数100万、国外移住100万に達した
ヴィクトリア朝の人々の古典的自由主義とボリシェヴィキの血なまぐさいマルクス主義ほど互いにかけ離れたイデオロギーは他にないと思われるかもしれないが、両者はそれぞれ違った形で大規模な飢饉を正当化できた――ソ連の歴史では深刻な飢饉が2回発生。1921~23年と、’32~33年で、旱魃と不作ではなく、穀物の挑発と輸出が真の原因
l 民主主義が防げなかった戦争
第1次大戦でイギリスが介入したのは、ベルギーの独立を定めた条約をドイツが反故にしたために法的義務が生じたからだというが、戦略上の中心的な問題は、ドイツがフランスを攻撃したなら介入すると約束しておきながら、イギリスの政権与党が一貫して徴兵に反対してきたことにあり、もし徴兵を行っていれば大規模な常備軍をおいてドイツを躊躇させることができたかもしれず、であればイギリスの介入は民主政治の直接の帰結であり、それが民意でもあった。大陸に対する責務と確かな軍事力の不在という組合わせは最悪
l ソンムの戦いと消耗戦
イギリス史上屈指の惨事となったソンムの戦い(1916年)では、4カ月の消耗戦で英軍の死傷者はドイツ軍の10倍にも達したが、翌月公開された公式ドキュメンタリー映画は大ヒット。司令官のヘイグ将軍が部下を大量死させた酷薄な将軍と見做されるようになったのは後のこと
l 繰り返されたイギリスの過ち
1910年代に犯した過ちが、'20年代にも’30年代にも繰り返された――ドイツに加えて、イタリアや日本という潜在的な侵略者を思い止まらせるだけの軍事力を維持するための真剣な努力が一切なされなかった
最も屈辱的だったのはシンガポールで、民主主義は国家にとって飢饉に対する保険になるかもしれないが、軍事的惨事に対して何の保険にもならないことは明らか
「平和を欲するなら、戦争に備えよ」とは古来からの戒め
l 帝国の突然の崩壊
帝国は人間が構築したあらゆる政治的単位のうちでもっとも複雑なものだが、その特性ゆえに見た目の安定性が、まったく唐突に無秩序に取って代わられる傾向も含まれる
帝国の衰退と崩壊の最も有名な例がローマ帝国であり、明帝国、仏ブルボン朝、ソ連など
帝国崩壊は、帝国主義者にとってだけ悲劇だといわれるが、瓦解するときには暴力がかつてない水準に達することが多く解放されるはずの人々の不利益になる。帝国の断末魔の苦しみほど理解するのが難しいものはないが、それは最も複雑なカタストロフィだから
第7章 アジア風邪からエボラまで
1957年のアジア風邪への理想的な対応は、自然な集団免疫の獲得の追求と選択的なワクチン接種との組み合わせのように見えた。アメリカでアイゼンハワーの対応が成功したのは、当時の連邦政府が機敏だったばかりでなく、冷戦を背景にして公衆衛生の問題で国際協力が大幅に改善していたからでもある
1950年代、60年代、70年代の成功は人目を欺くもの――エイズが国家機関と国際機関の両方の弱点を暴いた。SARSやMERS、エボラ出血熱もそれぞれ違った形で同様のことをした
l 静観されたパンデミック
1957年のアメリカだ史上18番目のパンデミック発生――アジア風邪
アイゼンハワー大統領にとっては、陸軍戦車部隊の指揮者として遭遇したスペイン風邪に次ぐ2度目のパンデミックで、新型コロナとは正反対に、全く何も対策をせず、国家非常事態宣言もロックダウンもなく、わずかに公衆衛生局に追加の支援を行っただけ
大統領の支持率は下落したが、誰もそれをパンデミックのせいにすることはなかった
l ネットワークが拡げたティーンエイジャーの感染
アジア風邪のウィルスは、A型インフルエンザ新株H2N2で、中国から香港経由世界に拡散
新型コロナの想定死亡率は、スペイン風邪(2.2~2.8%)よりアジア風邪(0.26%)に近く、基準となる予定死亡率と比較した超過死亡率では世界中で最も多くの犠牲者を出した年齢層は15~24歳で、平均死亡率より34%も高く、その次が5~14歳だった
アメリカの若者が罹りやすかったのは、’57年が多くの意味でティーンエイジャーの夜明けだったから
l モーリス・ヒルマンによるワクチン開発
アイゼンハワーは、スペイン風邪当時、医者の助言を聞き入れてソーシャル・ディスタンシングを導入し危機を乗り切った経験から、アジア風邪に対しても、専門家の意見を入れて、移動制限やマスク着用などを導入せず、合併症のない患者は家庭での看護を奨励、病院への入院は重症患者に限定し、薬理学的介入政策に転換しワクチン開発への緊急努力がなされた
米陸軍医療センターでワクチン開発に当たっていたヒルマンは、香港の患者の写真を見てパンデミックを予想し、メルクなどと共同で開発が進み、3カ月後には米国内のWHOの機関で試験接種が開始され、忽ち効果を発揮したが、供給量が全人口の17%分しかなく、ワクチンの有効性も53~60%にとどまった
ヒルマンは、メルク社に入って、現在のワクチン接種計画で決まって推奨される14のワクチンのうち8つまでを開発
l 冷戦下の生化学の進歩
‘57年の米景気後退はパンデミックの前から始まっており、9カ月で終わる軽いものだったので、FRBの論評でも景気下降の潜在的原因としてパンデミックには触れもせず
前年にソ連が人工衛星スプートニクの打ち上げに成功して冷戦下の競争を煽ったことがワクチン開発の後押しにもなり、第1次大戦以降に構築された公衆衛生の国際的ネットワークにも助けられた
「戦争が貧困や不安定な状態、飢餓、失業に深く根差す継続的な過程と見做され、これらの諸悪が一掃されない世界では、ヒトラーのような人物が絶え間なく現れ、戦争が繰り返し起こる」という論理が、切れ目なく冷戦時代にも引き継がれた
アメリカは、冷戦下の競争に、世界で最も進んだ医薬品産業という並外れた強みを持ち込んだ。ノーベル賞受賞者は少なかったが、新薬の開発と販売に関しては群を抜いていた
米ソの科学者の共同作業の成功例が2つのワクチンの開発――ポリオ用の経口生ワクチンを開発、天然痘の撲滅に繋げる
l 過去のパンデミックとの比較
‘57年当時と現在の際立った違いは、リスクへの許容度が格段に低下しているうえに、肥大化した政府の能力が衰えたように見える点
当時のアメリカではポリオの拡散が恐れられていて、不活性ワクチンに掛けたが失敗。’76年にも集団予防接種が行われたが一部にギラン・バレー症候群を発症
l エイズのパンデミック
イギリスのバンド・クイーンの派手でバイセクシュアルのリードシンガー、フレディ・マーキュリーは、’87年41歳のときHIV(ヒト免疫不全ウィルス)に感染、4年後に死亡
‘57~’20年にかけて、世界は歴史的に重大なパンデミックには1つしか直面せず――HIVとそれが引き起こし得るエイズ(後天性免疫不全症候群)がもたらしたパンデミックで、政策対応は情けないものだったし、医学の対応も鈍く、治療法の発見に15年を要し、世界で32百万の命を奪い、ピーク時の’05~’06年には年間200万人が亡くなった
l マーティン・リースとスティーヴン・ピンカーの賭け
‘02年にケンブリッジ大の天体物理学者リースは、「'20年までに、バイオテロやバイオエラーの単一事象で100万人の犠牲者が出る」と公に掛け、ハーヴァード大の心理学者ピンカーは、物理的「進歩のおかげで、人類は自然の脅威にも人間が原因の脅威にも前よりレジリエンスを持つようになったから、病気の感染拡大が起こってもパンデミックにはならない」と主張、’17年にこの賭けを受けて立った
ピンカーの主張は「疫学転換」と呼ばれるもので、生活水準と公衆衛生の向上によって感染症が概ね征服され、癌や心疾患といった慢性疾患が寿命の延伸の主な妨げとして残ったという考え方
リースは賭けにかったが掛け金はわずか400ドル
ワクチンの先駆者であるヒルマンの世代の楽観主義は、エイズのみならず結核やマラリアによっても打ち砕かれ、いまだに有効なワクチンは見つかっていない
既に征服したと思っていた感染症、ジフテリアとペストとコレラが復活。さらに猩紅熱と産褥熱の致命的なパンデミックを引き起こした化膿性レンサ球菌が再び現れ、サル痘など新たに出現する感染症の3/5以上が人獣共通感染症病原体によって引き起こされることが知られている。それらの病原体の7割が家畜ではなく野生動物が起源
グローバルな人流の急激な増加が、医学の進歩を上回って進行したり、気候変動が一地域特有の病気を世界に拡散させたりした
第8章 惨事に共通する構造
あらゆる事故に共通する特徴は、作業員や運転員の過失と管理者の過失の組み合わせ
惨事で失敗が起こる箇所は、上層部でも現場でもなく、中間管理層の中にあることが多い
l 即発的エラーと潜在的エラー
惨事にはフラクタル幾何学がある――帝国の崩壊のような巨大な出来事の内部には、多数のもっと小さくはあるが類似した惨事が収まっていて、そのそれぞれがそれぞれの規模で全体の縮図になっている、惨事の規模の大小にかかわらず根本的に似通っている
即発的エラーは、「人間とシステムのインターフェースに直接関与している」人が犯すもので、ヒューマンエラーと呼ばれ、誤りを犯す人は「前線sharp end」にいる。スキル(技能)ベースのものと、ルール(規則)ベースのものと、ナレッジ(知識)ベースのものの3つの行動の部類に細分できる
潜在的エラーは、「資源の再割り当てや、責務の範囲の変更、人員配置の調整といった、専門的な行動と決定や組織の行動の決定の後々現れてきた結果であり、こうしたエラーを犯す人は「後方blunt end」にいる」
どちらの誤りも大勢の犠牲に繋がる
l タイタニック号の沈没とヒンデンブルク号の炎上
1912年のタイタニック号沈没の際、スミス艦長は7か月前に姉妹船の指揮を執り英海軍軍艦と衝突事件を起こしていた。無線通信士も氷山接近の警告受信を軽視したり、操舵士の「取舵一杯」の指示も間違った対応ではなかったが結果的に右舷を氷山に晒し続けるという意図せざる結果をもたらした――これらが即発的エラー
他方、潜在的エラーが予想以上の短時間の沈没と乗客2/3以上の命を奪った――15の区画に隔てられた水密隔壁があって、船が浸水しても自動で損傷した区画に水を閉じ込めることができる構造になっていたところから「事実上不沈」とされていたが、隔壁は喫水線から数メ-トルの高さまでしかなく、船が傾けば役に立たなかった。また救命艇も、船の総トン数に比例して設けるという法規の不備もあって乗客の半分しか収容できなかった
にも拘らず、女性と子供が男性乗客より生存率が著しく高かった点は異例であり稀有の例
1937年、ヒンデンブルク号がニュージャージーで炎上した事故の死者は乗客乗員97名のみ。向かい風で大西洋横断が遅れたため、到着地では稲妻が光る悪天候で、地上60mまで降下した時に静電気の火花が発生し、後部ガス袋の1つから漏れていた水素に引火して致命的な火災となり、わずか34秒で全体に火の手が回る。予定より遅れていたために高高度からの着陸を急がせた会社の運営部長と船長の判断ミスが原因だった可能性が高い
l 飛行機衝突事故の原因
史上最悪の飛行機事故は’77年スペインのテネリフェ島でのKLMとPANAMの衝突事故で、583人が死亡、61人が生存――到着地に爆弾が仕掛けられたための緊急着陸で空港は大混乱していたなかで、オランダへの帰りを急ぐKLM機が離陸態勢に入り、まだ滑走路にいたPANAM機に衝突した事故
即発的なエラーは、航空管制官たちの能力の欠如であり、指示の曖昧さと、KLM機機長が帰国を急いでいたことだが、別個に2つの制度上の問題も暴かれた――副操縦士が疑義を唱えていたにもかかわらず機長が強行したことと、疲労した操縦士が致命的な誤りを犯すのを防ぐことを意図した規定が、逆に乗務員の行動に足枷をはめる結果になったこと
l スペースシャトル・チャレンジャー号の爆発と中間管理職の問題
1986年のチャレンジャー号の事故は、メディアが女性高校教師の宇宙飛行士に強い関心を抱いていたので米国民の多くに強い衝撃を残している
固体ロケットブースターの製造契約を勝ち取ったモートン・サイオコール社の当初の設計にあった欠陥が惨事の直接の原因だが、その欠陥は実験段階で指摘されていながら、NASAの管理職段階で技術者の言い分に耳を貸さないまま、リスクに関する警告を軽視して計画を型通りに進めることに拘り、警告する技術者を恫喝までした
l チェルノブイリ原子力発電所事故と問題の隠蔽
嘘の代価は、嘘ばかり聞かせれていると真実が全く分からなくなってしまうこと
1986年、チェルノブイリの事故はソ連のような権威主義の1党独裁国家でしか起こりえないと考えるのは間違い
住民の避難が始まったのは事故後36時間後であり、政府が公表したのはさらに1日半たってからであり、避難区域も事故の6日後に何の根拠もなく半径30㎞と決められた
事故の直接の原因は、運転員の単純な誤りで、停電のシミュレーション試験の手順を間違えた結果水蒸気爆発と炉心発火による火災で放射性同位体を含む煙が流出したことだが、後の調査では原子炉の設計と建設にも瑕疵があったことが判明
チャレンジャーでもチェルノブイリでも、コストに関する懸念が重要な役割を演じており、偽りの経済性に端を発していたといえる
l スリーマイル島原子力発電所事故と権力の分散
1979年のアメリカの事故は死亡者もいなければ外部への放射能漏れも最小限だったが、米当局の結論は批判的で、設備の不調と設計関連の諸問題と従業員の誤りが組み合わさってメルトダウンに繋がったとした
直接的な原因は冷水系の目詰まり補修の際の不手際に設計上の欠陥が重なったことだが、原子力産業への打撃は甚大で、計画中の129カ所の新設のうち半数以上が中止に
ソ連では中央政府に権力があり過ぎ、アメリカでは権限が連邦、州、地方に分散し過ぎていた上にお互いの連携が全く取れていなかった
ほとんどの惨事は、たいてい何らかの小さな不具合や混乱の結果として、複雑系が限界に達した時に起こる。外的要因による衝撃が惨事を引き起こす度合いは、通常、ストレスに晒される社会的ネットワークの構造で決まる。失敗が起こる箇所は、仮にそれが突き止められるならば、組織図の上層部よりも中間層にある可能性の方が高いが、失敗が起こると、社会全体と、様々な利益団体が、将来のリスクについて、到底妥当とは言えないほどまで推論を行うため、少数の事故から原子力は慢性的に危険だという結論が広まる
第9章 コロナパンデミック
新型コロナは、過去の多くのパンデミックと同様、中国に由来するが、世界各国に与えた影響は様々だったので、予想外の展開となった
SARSやMERSの教訓をしっかり学んでいたのが台湾と韓国
公衆衛生の官僚機構が機能不全に陥り、インターネットが新型コロナについてのフェイクニュースを拡散させ、それが大衆の行動における杜撰な適応や時には紛れもなく有害な適応に繋がった
l 見逃されたリスク
アンスロポーズとは、新型コロナウィルスのパンデミックのせいで人間の現代的な活動や移動が減少したこと
新型コロナウィルスがどのように拡散したかを説明するためには、ネットワーク科学の見識が必要。各国とも初期対応に失敗したが、それは制度的機能不全でもあった
l 武漢から世界への感染拡大
‘19年末に発生していながら、中国政府の対応は緩慢で、年初には世界各地へと拡散、なぜかWHOの動きも鈍かった
l 新型コロナの正体とその危険性
新型コロナウィルスの遺伝暗号は、蝙蝠のコロナウィルスRaTG13の遺伝暗号に極めて近い。感染性は高いが致死性は低く、微粒子エアロゾルで広がり、混雑した場所では必ずマスクを着用すべきであることが決定的となった
効果的な治療法がなかなか見つからず、ワクチンも開発途上、当面は非薬理学的介入に頼るしかない
l ネットワーク化されたパンデミック
新型コロナパンデミックの危機は、歴史とネットワーク科学のレンズを通してのみ理解することが可能――歴史からは、潜在的な規模とありそうな帰結が、ある程度まで想像できたし、ネットワーク科学によって、一部の場所や人口集団では他の場所や人口集団でよりも、ウィルスがあれほど広範に、あれほど速く拡散した理由の説明がついた
新型コロナについてのフェークニュースがソーシャルメディアを通じて急速に広まり、あれほど多くの人に、一貫しないしばしば逆効果を生む行動をとることを促した理由も明白になった
l イギリスとアメリカが失敗した理由
米英の対応が杜撰だったのは、ジョンソンとトランプという2人のポピュリスト指導者のせいだった
イギリスでは緊急時科学諮問グループが対応を検討、緩和(ソーシャルディスタンシング)と抑制(ロックダウン)の二正面作戦となったが、機能不全が上層部だけでなく公衆衛生の専門家レベルでも起こっていたのが問題
アメリカではトランプが危機の深刻さを読み違えたが、同時にパンデミックへの備えが十分できていながら、現実の対応については担当部署や責任者が明確でなかった
l フェイクニュース・ネットワークと陰謀論
インターネットのネットワーク・プラットフォームを管理する法律や規制の有意義な改革を達成できなかったので、アメリカだけでなく世界全体が、新しいウィルスの存在が確認されてからの数週間のうちに、そのウィルスについてのフェイクニュースで溢れかえることになった
名高い新聞すらフェイクニュースの源泉になった
武漢に流行をもたらしたのはアメリカ陸軍だとする陰謀論が中国メディアに流れて拡散
陰謀論を増幅する上で重要な役割を果たしたのがボットという自動発信プログラム
第10章 パンデミックと世界経済
2020年のコロナでは、多くの国では経済に大打撃を与えるようなロックダウンが実施されたが、正しい解決策ではなかった?
これほど簡単に予測できなかったのが、人種差別を巡る、革命寸前の政治的爆発で、過去のパンデミックが急に引き起こした大衆運動によく似ている
l 経済や金融への大打撃
当初アメリカの公衆衛生面での無様な対応や、ロックダウンによる経済への大打撃、政府借入金と中央銀行の貨幣創出の先例のない拡大に基づいて、世界経済におけるドルの支配的立場の終焉が間近に迫っていると推測
金融市場の変動性は、'08~'09年の世界金融危機以来の急激な高まりを見せ、株価は34%もの下落。世界恐慌の再現だったが、当時1年かかったことが今回は1カ月で起こった
‘20年3月にFRBが金利引き下げと債券買い入れの緊急緩和策を発表した時は、投資家を安心させるどころか、債券市場での債務不履行懸念からリュ同姓パニックに陥り、短期的にドルが不足したが、ジャンク債さえ買い入れるという「越えてはならない一線を越えた」政策により市場は落ち着きを取り戻すとともに、新たな景気刺激策が発表された
l 人命の価値と社会的・経済的コスト
疫学者は、非薬理学的介入のコストを考えないが、米連邦政府の監督機関は1人の命の統計的価値を10百万ドルと推定、ロックダウンの1カ月当たりのコストを5000億ドルと見做して、政策の是非を判断している
l 日常生活の愚かな再開
政府のロックダウンの措置の厳格さと感染症が封じ込められた程度との間には、何の関係もないことが調査結果から明らかに
統計的に有為の関係が見られたのは、措置の厳格さと、経済の崩壊の程度との間だけ
感染封じ込めの成果は、あらゆる形のソーシャルディスタンシングに応じて決まる
広く採用されるべきだった措置は、高齢者などの脆弱な人口集団を隔離することと、スーパースプレッダーを隔離し、スーパースプレッダー・イベントを禁止すること
l 分裂するアメリカ
アメリカでは新型コロナも二大政党間の争点となった
熱狂的なトランプ支持の共和党支持者以外は、7月には考えを改めていて、予測市場とともに11月のバイデン勝利を示していた
惨事は人を結びつけ、利他的な行動を増やすことがあり得る。アメリカでは新型コロナが襲ったのはひどく不平等な社会であり、その結果は至る所で見られるようになった通り、不平等を加速させた。ロックダウンは圧力鍋のようなもので、犯罪は減ったが家庭内暴力は増え、皺寄せはどこかに来るもので、白人警官による黒人殺害がBLM=Black Lives Matterの抗議活動を拡散させ、一部は暴徒化した
l 予測不能の世界
アメリカでも遅まきながらヨーロッパ諸国に倣ってロックダウンとソーシャルディスタンシングを採用、感染者数を抑え医療崩壊を回避したが、経済への打撃は甚大で、十分な対策を施さないまま仕事を再開したため、深刻な第2波が避けられなくなった
第11章 中国とアメリカの覇権争い
アメリカも中国もEUも、それぞれ異なる形でコロナ・パンデミックへの対応を大きく誤ったが、アメリカは力の持続性を示し、アメリカ破滅の噂はまたしても誇張されている。その誇張のせいかもしれないが、冷戦ばかりでなく武力による熱戦のリスクまでもが高まっている
l 新たな冷戦
2018年初めにアメリカの貿易赤字と中国の知的財産権侵害に関する両国の議論が続く中での関税を巡る報復の応酬という貿易戦争として新たな冷戦が始まり、年末には第5世代移動通信システムにおける中国企業ファーウェイの世界的優位を巡るテクノロジー戦争と、新疆ウィグル自治区の少数民族や香港の民主化を巡る抗議活動家に対する中国共産党の対処法へのイデオロギー上の対立と、台湾や南シナ海を巡る昔からの摩擦の拡大とに姿を変えた
新型コロナパンデミックは第2次冷戦を激化したに過ぎず、同時に、冷戦の存在を顕在化させた
経済的隔離に向かう動きは’20年春に始まった――中国内部からは冷戦に反対する声も上がったが、政治の方向は明白で、アメリカでも国民感情がタカ派に傾いている
l 政権の失策は誰の責任か?
どの政権も、最も備えが手薄で、最も見舞われるのが当然の惨事に襲われる。それはいずれにしても、冷戦終結以来のアメリカ史についての1つの考え方
1992年の大統領選で国民はクリントンを選んだが、冷戦が終わって、最早第2次大戦の勇士だったブッシュを必要としなかったからで、クリントンはオックスフォード大のローズ奨学生の時ヴェトナム反戦運動に参加、帰国後州兵や空軍への入隊が果たせず、代わりに予備役将校訓練プログラムに入ったのはヴェトナム送りを避けるため。そんなクリントンは在任中世界の紛争に何一つ手を貸さず、ようやく重い腰を上げた時は手遅れだった
アメリカの歴代大統領のやってきたことへの批判は、トルストイが言う「ナポレオンの誤謬」の様々なバージョンであり、アメリカの大統領を、数十年にわたって惨事の管理が確実に杜撰になってきたように思われる官僚制の階層構造の頂点に位置を占める一個人としてではなく、全能の行政官として思い描き、政治的惨事の複雑さを蔑ろにしている
l 同盟ら非同盟へ
パンデミックは、世界の舞台における大物役者全員の弱さを露呈――大国ほど感染抑制は困難
l 弱肉強食の法則
現時点での問題の核心は、世界各国がどれだけ中国を脅威と感じているか、あるいは感じるように説得されうるか――第2次冷戦を仕掛けたのはトランプ大統領だとヨーロッパの人々が信じている限り、非同盟の立場をとろうとする彼らの衝動は持続するだろうが、その考え方は、’16年以降のアメリカの外交政策の変化を重視し過ぎる一方で、習近平の外交政策の変化を軽視し過ぎる
結論 未来の世界の取りうる姿
次の惨事は知りようがないが、私たちのささやかな目標は、社会と政治制度を今より回復力(レジリエンス)のあるものにする――理想的には反脆弱にする――ことであるべき
そのためには、ネットワーク構造と官僚制の機能不全についての理解を深めることが求められる
公衆衛生の名の下に至る所で監視を行う新しい全体主義に黙従する人は、最悪の部類の惨事のいくつかが全体主義政権によって引き起こされたことを真に理解し損なっている
l パンデミック後の世界
現在までに新型コロナはアジア風邪に近いことが分かってきた
今回の疫病は、多くの人が予測していた灰色のサイとして始まり、なぜか完全に予期せぬブラック・スワンとして襲い掛かってきた。それがドラゴン・キングになることがあり得るのか。3つの推測をしてみる
① 新型コロナは、エイズが性生活に与えたような影響を社会生活に与えるだろう。私たちは行動を変化させるが、その変化の程度は早すぎる死を回避するには不十分。多くの人は、ロックダウン解除後はまた群れ集まりたいという誘惑に負けてしまうだろう
② 大都市が壊滅してなくなってしまうことはない
③ 新型コロナは高齢者の超過死亡をもたらしているが、世代間の不均衡を正すほど大きくはならないだろう
パンデミックは、歴史を大規模に中断すると同時に、隠れていたものが明らかになる時でもある。カタストロフィは私たち全員を3分する――早過ぎる死を迎える者と、幸運にも生き延びる者と、恒久的に傷ついたりトラウマを負ったりする者
カタストロフィは、脆弱な者と、レジリエンスのある者や反脆弱な者とを区別する――反脆弱とは、ストレスの下で力を増すものを説明
進歩が起こっていれば、疫病はそれを止めない――今回の疫病は、停滞が始まっている箇所に、最も大きな破壊的衝撃を与える可能性が高い。従来からのやり方を真っ先に刷新するべきなのは、このパンデミックの危機への対応が杜撰そのものだった米英を含む一部の国の官僚機構で、次が人間の過去と科学から有益な形で学べる事柄をすべて教える事よりも、社会正義への覚醒というイデオロギーを広めることに熱を上げていた大学であるべき
一部の報道機関に改善を強制してしかるべき――パンデミックがすべて少数の邪悪な指導者のせいであるかのような幼稚な報道をすることにこだわり続けた機関には猛省を促す
l 人類滅亡のシナリオ
次の惨事は何か
イナゴの大軍による潜在的な栄養危機や地球温暖化による気候変動、人類が考案したテクノロジーが私たちを滅ぼす可能性も
最も恐ろしシナリオは、世界滅亡の日に対する過度の心配が世界政府樹立の理論的根拠となり、思いがけない世界規模のカタストロフィへの道を拓くというもので、そのカタストロフィとは全体主義。人類への脅威に対して結束するよう呼びかける者は、統合自体の方が大きな脅威である可能性を考えるべき
l SF作家が描くディストピア的世界
SF作品はインスピレーションの源であり続けてきた
l 忘却される惨事
歴史は私たちに、予測不能な順序で惨事という大きな句読点が打たれることを予期するように命じる。「征服」「戦争」「飢餓」「青白い馬に乗る死」という『ヨハネの黙示録』の四騎士は、ランダムに現れ、どれほどテクノロジーのイノベーションが起ころうと、人類は脆弱ではなくなり得ないことを思い出させる
四騎士に不意を突かれるたびに人類全滅の筋書きを予想するが、大抵の場合は幸運な多くの人間にとっては、惨事の後も人生は続く。死に直面するような体験をしても、驚異的な速さでそれを忘れ、自分ほど幸運ではなかった人々のことは頭から抜け落ち、待ち受ける次の惨事のことなど無頓着に、呑気に暮らし続ける
戦争・ウイルス・自然災害・経済危機…… この世界の次なる「破滅」とは? ネットワーク理論やカオス理論で迫る文明の脆弱性。
伝染病のパンデミックや飢餓、戦争は天災か、人災か? 大惨事(カタストロフィ)の責任を負うべきは一握りのリーダーか、あるいは組織の管理職たちか?
大地震や火山の噴火、2つの世界大戦、中国の大躍進政策による飢餓、チェルノブイリ原発事故、スペースシャトル「チャレンジャー」の爆発事故など、人類が被ってきた大惨事や事故に共通する構造を、ネットワーク理論やカオス理論などの最先端の知見をもって明らかにし、この世界や組織が抱える脆弱性と回復力(レジリエンス)に、今、最も注目される「世界の知性」が迫る。
ニーアル・ファーガソンは、コロナ・パンデミックを幅広い歴史的なパースペクティブに置き、今回の危機は人類が初めて挑戦した大惨事ではないことを思い起こさせる。グローバルな歴史を深い知識とともに描きつつ、人類が直面した脅威を列挙し、人類がどのようにそれに対処してきたかを機知に富んだ方法で示してみせる。――フランシス・フクヤマ(『歴史の終わり』著者)
本書でニーアル・ファーガソンは、人類が経験してきた大惨事の広大な景色を、注目すべき批判的な視線で見つめる。そして、次のパンデミックや厄災を理解し、より良い未来を創造するのに役立つであろう、過去から得られる深い洞察を提示する。――マーク・ベニオフ(セールスフォース・ドットコム会長、共同CEO兼創業者)
「大惨事の人類史」書評 繰り返して何を学び、喪ったか
評者: 保阪正康 / 朝⽇新聞掲載:2022年07月02日
大惨事の人類史著者:ニーアル・ファーガソン
発売⽇: 2022/05/20
戦争・ウイルス・自然災害・経済危機…。この世界の次なる「破滅」とは? 「いま、もっともすぐれた知性」と目される歴史学者が、ネットワーク化し、複雑化した世界の危機と回復力を…
「大惨事の人類史」 [著]ニーアル・ファーガソン
人類の歴史は、多くの大惨事を体験しながら編まれてきた。この大惨事には戦争、大事故、各種の感染症などが含まれるのだが、これらを通して人類は何を学び、何を喪ったのか。
大惨事は予測できない。せいぜい歴史から「反脆弱な社会構造と政治構造の作り方」を学び、全体主義的な支配に抗う方法を知ること、と著者は説く。
むろん執筆の動機は、新型コロナウイルス後の世界史を読み解く点にある。著者によると、推定世界人口の1%を超える犠牲者が出たパンデミックは、有史以来おそらく7回あったという。1340年代の黒死病などだ。戦争で世界人口の0.1%を超える人々が死んだのも7回と推測される。20世紀の二つの世界大戦の死者数は群を抜いている。それでも全体としてみると、戦争より病原体のほうが致死率が高い。
このパンデミックは「大戦争と同じぐらいの頻度で起こる出来事」であり、4千万人の死者が出ると予想する疫学モデルもあったという。コロナの死者数は国・地域によって極端に異なる。イギリス、アメリカの第1波への対応失敗について詳述している。この点に関連し、フェイクニュースなどに触れている部分が現代的視点である。
「惨事に共通する構造」は何かとの分析では、タイタニック号沈没からチェルノブイリ原発事故まで、いくつもの例を取り上げる。チェルノブイリ事故には即発的原因と潜在的原因の両方があり、「ソ連特有の性質」もあったと指摘し、詳細に分析している。福島の原発事故には触れていないが、著者の論点を整理すると、日本社会の特性が浮かび上がるように思う。
文化大革命時に天体物理学者が、三つの太陽を持つ惑星の「三体人」と接触し、地球壊滅を図る。それを中国人2人が阻止するSF小説が『三体』だが、これは米中対立の寓話ではと著者は見る。新冷戦時代に入るのかが著者の懸念である。
◇
Niall Ferguson 歴史家。著書に『憎悪の世紀』『劣化国家』『大英帝国の歴史』『キッシンジャー』など。
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