壁の向こうの住人たち  Arlie Russell Hochschild  2019.2.18.


2019.2.18. 壁の向こうの住人たち アメリカの右派を覆う怒りと嘆き
Strangers in their Own LandAnger and Mourning on the American Right 2016

著者 Arlie Russell Hochschild ボストン生まれの社会学者。カリフォルニア大バークレー校名誉教授。フェミニスト社会学の第一人者として、過去30年に亘り、ジェンダー、家庭生活、ケア労働をめぐる諸問題に様々な角度から光を当て、多くの研究者に影響を与えてきた。早くから感情の社会性に着目し、1983年には本国で著書『管理する心』を発表、感情社会学という新しい研究分野を切り開く。単著として9冊目の本書では、南部ルイジアナ州に暮らす共和党支持派の白人中間層の心情に向き合い、アメリカを分断する共感の壁を越える手掛かりを探った

訳者 布施由紀子 翻訳家。大阪外大英語学科卒

発行日           2018.10.25. 第1刷発行
発行所           岩波書店

アメリカは自分の国なのに、社会が急速に変わってしまい、まるで「自国に暮らす異邦人」の気分だ――南部ルイジアナ州に暮らす共和党支持派の白人中間層の心情に向き合い、アメリカを分断する共感の壁を越える手掛かりを探ったノンフィクションの傑作(2016年度全米図書賞ノンフィクション部門ノミネート作)

まえがき
5年前にこの調査に着手した頃、アメリカでは2つの政治陣営が互いに溝を深め合っていく様を見て、驚きを感じ始めた
左派の多くは、右派の共和党とFOXニュースが連邦政府の介入を大幅に排除しようと目論んでいると考えていた。貧困層支援の打ち切りを画策し、権力と富を握る所得上位1%層の力と財産を増やそうとしていると感じていた
右派の多くは、政府自体が権力と富を蓄積したエリート集団であるとみていた。支配を強化するためまやかしの大義名分をでっちあげ、安易にカネをばらまいて忠実な民主党支持者の票を集めようとしていると感じていた
社会学者としては、右派の人々が人生をどのように感じているのかということに強く興味を惹かれた
1960年代後半には、アメリカの文化に分断が生じていることを感じていた
英語には、よその世界の人と繋がりたいという感情や、そのような関心を歓迎する気持ちを表す言葉があまりないが、それに近い、気持ちのやり取りを表現する語は造られている
感謝、畏敬、賞賛――英語圏の文化のハーモニーに欠けている音を取り戻すべき。米国が2極化し、私たちが単にお互いを知らないだけという実態が進んでいけば、嫌悪や軽蔑といった感情がやすやすと受け入れられるようになってしまう

第1部        大きなパラドックス
第1章        心に向かう旅
右派はFOXニュース、左派はMSNBCのニュース番組を見る傾向が次第に強まっているという。だから分断が広がる
ティーパーティーの支持者はアメリカ人の約20%、およそ45百万人 ⇒ 人間の活動が何らかの形で気候変動に影響していると考える人の割合は民主党員では90%以上だが、共和党穏健派は59%、共和党保守派は38%、ティーパーティーでは29%
隔たりが広がったのは、右派がさらに右へ移動したから




第2章        「いいことがひとつ」
第3章        忘れない人々
第4章        候補者たち
第5章        「抵抗する可能性が最も低い住民特性」


第2部        社会的地勢
第6章        産業――「米国エネルギーベルトのバックル」
第7章        州――地下1200mの市場を支配する
第8章        説教壇とメディア――「その話題は出てこない」


第3部        ディープストーリーを生きる
第9章        ディープストーリー
第10章     チームプレイヤー――忠誠第一
第11章     信奉者――黙って諦める
第12章     カウボーイ――平然と受け止める
第13章     反乱――主張し始めたチームプレイヤー


第4部        ありのままに
第14章     歴史の試練――1860年代と1960年代
第15章     もはや異邦人ではない――約束の力
第16章     「美しい木があるという」












(書評)『ホワイト・トラッシュ』『壁の向こうの住人たち』
2019.1.12. 朝日
メモする
 共感阻む「分断と格差」を越えて
 米国は、格差社会である。ティーパーティー運動やウォール街のオキュパイ運動のように、「持たざる者」による抗議も少なくない。それなのにトランプの当選後、白人貧困層の苦境が新たな発見のように注目されたのはなぜか。それは、米国は平等な国だとの認識ゆえに、社会階級による分断が見逃されているからではないか。
 目をさます時だと歴史家アイゼンバーグはいう。米国では、身分の高い「貴顕」から年季奉公人や奴隷まで、階層秩序が当然視されてきた。英国から渡った貧者や無用者は底辺に止(とど)まる一方、ジェファーソンら郷紳(ジェントリー)は、人間も動物と同様、優れた血統を涵養(かんよう)すべきだと考えていたのである。
 人種主義や優生学が階層秩序を補強した。白人貧困層は、奇妙な肌の色をした無知で退化した種族と見られた。1927年には、「無価値な階級」の増加を抑制するために断種を勧める最高裁判決が出されている。その間、侮蔑の言葉も多く生まれた。山出し(ヒルビリー)、赤頸(レッドネック)、泥食らい(クレイイーター)……。著者は文化から政治まで、脈々と流れる差別意識を暴いていく。
 説得的だが戸惑いも強い。一体、ここまで激しく侮蔑される人々とどう向き合えば良いのだろう。彼らとの対話は可能だろうか。
 この問いに挑戦したのが社会学者ホックシールドだ。彼女が調査に赴いたのは、石油化学工業の膝下(しっか)でティーパーティーの強いルイジアナ州南西部。環境汚染がひどく、無謀な掘削で家が陥没する被害が出ている場所である。連邦政府による規制や支援を最も必要とする人々がなぜ、政府の介入を嫌うのか。進歩派の著者と彼らとの間にある「共感を阻む壁」を越えることはできるのだろうか。
 丹念な調査を通じて著者が気づくのは「ディープストーリー」、つまり「心で感じる」物語の存在だ。それによると、人々は山頂には米国の夢(アメリカンドリーム)があると信じ、長い行列に辛抱強く並んでいる。長時間労働に耐え、健康を害しながらも教会や家族で助け合う。ところが前に割り込む者がいる。それは、連邦政府が優遇する黒人や女性、移民だ。人々は反発し、優遇政策をとる政府を敵視する。たまらないのは、抗議する自分たちが差別主義者と蔑(さげす)まれることだ。
 共感しながらも、著者は左派にもディープストーリーがあると語る。それは富裕層を構成する1%によって、自分が大切に思う福祉政策や、学校や図書館などの公共空間が破壊されるという物語だ。もしかすると、グローバル資本主義に翻弄(ほんろう)されている点では、右派と左派との間には思いのほか共通点があるのかもしれない。共感を阻む壁を越えようとする著者の芯の通った楽観主義が光る本だ。
 評・西崎文子(東京大学教授・アメリカ政治外交史)
    *
 『ホワイト・トラッシュ アメリカ低層白人の四百年史』 ナンシー・アイゼンバーグ〈著〉 渡辺将人監訳 富岡由美訳 東洋書林 5184円
 『壁の向こうの住人たち アメリカの右派を覆う怒りと嘆き』 A・R・ホックシールド〈著〉 布施由紀子訳 岩波書店 3132円
    *
 Nancy Isenberg ルイジアナ州立大教授(歴史学)。著書に『堕(お)ちた創始者:アーロン・バーの生涯』A.R.Hochschild カリフォルニア大バークリー校名誉教授(社会学)。著書に『管理される心』。


コメント

このブログの人気の投稿

近代数寄者の茶会記  谷晃  2021.5.1.

新 東京いい店やれる店  ホイチョイ・プロダクションズ  2013.5.26.

自由学園物語  羽仁進  2021.5.21.