京狩野三代 生き残りの物語 五十嵐公一 2013.3.29.
2013.3.29. 京狩野三代 生き残りの物語 山楽・山雪・永納と九条幸家 著者 五十嵐公一 1964 年愛知県生まれ。 07 年東大大学院人文社会系研究科基礎文化研究専攻博士課程修了。博士 ( 文学 ) 。兵庫県立歴史博物館学芸員 発行日 2012.12.10. 第 1 刷発行 発行所 吉川弘文館 大坂夏の陣の後、大坂から京都に移住し、以降、京都を拠点に作両活動をした京狩野家。 秀吉から家康へと政権が移る激動の時代、京狩野家は山楽・山雪・永納を中心に、京都画壇内に確固たる地位を占めていく。庇護者九条幸家の人物像や 3 人との親密な関係を明らかにし、京狩野家の個性豊かな作品と生き残り戦略の実態を浮き彫りにする注目の 1 冊 エピローグ――「注文主」と「絵師」の関係を越えて 信長・秀吉に仕え、安土桃山時代の巨大城郭の障壁画制作を一手に引き受けた狩野永徳の画風を最もよく受け継いだ弟子が狩野山楽 (1559 ~ 1635) 。その娘婿が山雪 (1590 ~ 1651) 、山雪の長男が永納 (1631 ~ 97) 京狩野家 ⇒ 明治維新の時の当主永祥が画業から離れる 九条家との関係は、 1604 年山楽が九条幸家 (1586 ~ 1665) のために障壁画を描いたことから始まり、以降 50 年に渡って九条家の「出入之者」として認められる 単なる「注文主」と「絵師」の関係を遥かに超えた親密さがあり、そこから派生する問題が興味深い。幸家は、京狩野家 3 代の「生き残り」に大きく関わった 第1部 九条幸家という「注文主」 1. 九条幸家の誕生まで――幸家に連なる人々 祖父の姉が九条経子、その孫を祖父が養子にしたのが幸家の父・兼孝で、 1578 年関白に 2. 九条幸家――摂関家当主、その生涯 ...