歴史的仮名遣い 築島裕 2025.8.2.
2025.8.2. 歴史的仮名遣い その成立と特徴
著者 築島裕(ひろし) 1925年東京生まれ。48年東大文国文科卒。中央大助教授、東大助教授・教授を経て、現在中央大教授、東大名誉教授。文学博士。専攻は国語学。時枝元誠記の弟子
発行日 1886.7.15. 印刷 7.25. 発行
発行所 中央公論社 (中公新書)
歴史的仮名遣いの成立する過程を辿ってその原理を究明する
はしがき
1946年、内閣訓令によって「現代かなづかい」公布
論理的な不整合性が指摘され、同時に公布された漢字制限は「当用漢字」として暫定的な印象が強かった(81年「常用漢字」に変貌)。歴史的仮名遣いを基にして修正する形で構成された規則だったが、現実には歴史的仮名遣い抜きに学校で教えられている
'86年、国語審議会の答申に基づき、内閣告示で「現代仮名遣い」として公布
歴史的仮名遣いが、どのような原理に基づいて成立し、どのような事情の下で発達してきたのか、改めて見直したのが本書
序 仮名遣いとは何か
l 「現代かなづかい」と「歴史的仮名遣い
戦後の国字改革を巡り、当初から賛否両論。漢字は'81年の「常用漢字表」公布で一段落したが、「現代かなづかい」の方は公の問題として取り上げられないまま経過、’86年になって改定が答申されたが、「仮名遣い」は全体として1つの体系を成しているので面倒な問題
時枝の「現代かなづかい」の規則の立て方についての批判は、現代語に基づくという発音主義で行きながら、他方で「歴史的仮名遣い」を本体としてそれを訂正するという方針を取っており、2つの異なった観点からする矛盾の問題を取り上げている
l 「仮名遣い」の2つの意味
仮名遣いの「実態」を指す場合と、仮名で言葉を書き表す時の「規則」を指す場合で、後者の場合、「正しい」か「誤り」かどちらかしかない
社会一般で統一的に仮名遣いが行われるようになったのは明治以来のこと
「歴史的仮名遣い」も江戸時代半ば、17世紀末頃から作られたもので、不徹底
中世の「定家仮名遣い」は、和歌を詠む人々の間で信奉。「規則」としての「仮名遣い」の最初のものといえるが、江戸中頃に契沖が異論を立て、いろは47文字を使い分けるべきと主張したのが、明治になって新政府が採用することになった「歴史的仮名遣い」
ユエ(故) ゆえ 現代仮名遣い 現代語音に基づいて発音通りに書く
ゆゑ 歴史的仮名遣い 『万葉集』に「由恵」となっていることによる
ゆへ 定家仮名遣い 「旧草子」の書き方による
それぞれ根拠があり、それぞれが全体としての体系を備えている
本来、表音的な文字として発明されたはずの仮名が、どうして「非発音的」な要素を含むようになったか考えてみたい
1. 仮名遣いはなぜ起こったか――いろは歌の成立とその展開
l 発音の変化
万葉仮名では、1つの音を種々の異なった漢字で書き表すのは自由
平安時代に、万葉仮名から平仮名・片仮名が出来たが、仮名は全く表音的で、決まりとしての「仮名遣い」という意識は見られない
平安中期に、ハ行とワ行の発音の統合が見られたが、仮名遣いという意識はなかく、両者混在。ハとワ、イとヒとヰ、ウとフ、エとヘとヱ、オとホとヲの仮名が同じ音を表し、異体字も多数使用。11世紀には仮名として47種類が区別されるようになった
l 弘法大師といろは歌
弘法大師の作った「いろは歌」が、47種類の仮名を固定化、権威付けられた
l 『大般若経音義』
玄奘三蔵訳の『大般若経』の漢字・漢語の発音・意味などの注を施した本
同じ発音の仮名文字を、何らかの基準に基づいて、単語によって使い分けた最も古い例
l 『色葉字類抄』
辞書。オとヲを使い分け
2. 仮名遣いの説の始まり――定家仮名遣いの出現
l 定家仮名遣い
定家(1162~1241)が、仮名遣いの規準を初めて定めた
歌書や物語を書写するにあたって、仮名の用法のみならず、漢字の用法についても、一定の規準のようなものを考えていた(例:「人」「花」「山」などは漢字表記のみで仮名を使わず)
平安末期のアクセントが、体系的な変化を起こしたのはいつ頃か、解明されていない
3. 中世における仮名遣い説の諸相――定家仮名遣いへの追随と批判
l 定家仮名遣いへの疑問
定家の子孫は、二条家、京極家、冷泉家が鼎立、それぞれに定家の流れを継いで、鎌倉時代には定家の流れが、和歌の世界を風靡。定家仮名遣いが和歌の世界では金科玉条とされたが、次第に『万葉集』などの仮名と合わないことが指摘されるようになった
4. 仮名遣いの説の大転換――契沖の仮名遣い説
l 元禄時代の学僧
真言宗の僧侶契沖(1640~1701)は近世考証学の先駆け。多くの古典の注釈を著すにあたり、古代の文献の仮名の用法に一定の規準のあることを発見
アクセントによる区別等を排し、全て平安時代中期以前の古代文献の用法に拠るという方針を貫徹。仮名遣いの歴史の上で空前の大転換といえる。典拠とした古書は、『古事記』『日本書紀』『万葉集』『風土記』『古今集』『和名類聚抄』などで、用例は3000語に及ぶ
l 『和字正濫鈔』(契沖著)
「和字」とは「仮名」のことで、ここではその用法の規準である「仮名遣い」を指す
「正濫」とは「濫(みだ)れるを正す」の意で、復古主義の理念が働く
「漢文訓読特有語」についてまでもその仮名遣いを定めようとし、全ての国語の表記のための普遍的な規準を考えていた
5. 歴史的仮名遣いの発展――契沖説の継承と考証の始まり
l 『古言梯(こげんてい/元はフルコトノカケハシ)』(楫取魚彦著)
『正濫鈔』を正統的に継承・発展させたもの。楫取(1723~82)は賀茂真淵の弟子
6. 字音仮名遣いについての研究――漢字音研究の仮名遣い説への導入
l 字音仮名遣いの成立と発展
漢字の字音は、中国語としての読み方が日本に伝来したものでが、伝来の時期や地域差などによる差異がそのまま日本に残り、漢音系と呉音系が混在
和歌には本来の日本語である和語だけが使用され、漢語は使わないという伝統があり、万葉集でも漢語は10余例しかない
一方で、平安時代以来、わが国では仏教(特に密教)の経典の発音から出発して、漢字の字音研究の伝統があった
l 本居宣長著『字音仮字用格(じおんかなづかい)』(1776年刊)
漢音と呉音について、その仮名遣いを、全体的・体系的に論じたもの
「おを所属辨」で、従来とは逆に、オがア行、ヲがワ行が正しいことを論定
7. 明治時代以後の仮名遣い――歴史的仮名遣いの飛躍的普及
l 明治以後の仮名遣い
1904年、国定教科書採用、歴史的仮名遣いに統一
その推進者は、物集高見(もずめ、1848~1929)とされていたが、榊原芳野(1833~81)といわれる。江戸生まれ。平田篤胤門下の伊能頴則の弟子。文部官僚。1873年以降、文部省から『小学教科書』が次々に改定・編纂され、小学国語読本の編纂にも参画
l ヘボン編『和英語林集成』(1867年刊)
国語の語彙を周到に集めた辞書。字音後も含め、歴史的仮名遣いに従う
l 大槻文彦編『言海』(1891年刊)
見出し語は歴史的仮名遣いで統一。文部省で編纂を始めた『語彙』が中断、原稿が大槻に下賜され、以後独力で完成。以後の国語辞書の模範に
歴史的仮名遣いは、発音とすぐに結び付かないことが多く、ことに字音仮名遣いでは多くの異なった感じがあり、発音式に近い配列の辞書も出版された
l 歴史的仮名遣い改訂の議論
当初から反対もあったが、国定教科書やマスコミでの採用、文芸界での普及から、終戦まで一貫して公私にわたって使用
l 『疑問仮名遣』(前編1912年刊、後編1915年刊)
文部省の国語調査委員会の編纂。289語を取り上げ、文献的に正しい仮名遣いを決定
○
歴史的仮名遣いの要点
本来の日本語(やまとことば)である和語にも、漢字を字音で読んだ語である漢語にも広く適用されるが、漢語は多く漢字で書かれるので仮名遣いの問題はあまり起こらず、和語も「川(かは)」「恋(こひ)」「顔(かほ)」のように漢字で書かれれば、仮名遣いは問題にならない
問題になるのは、動詞や形容詞、助動詞、助詞など仮名でしか書けないような部分についてである
l 助動詞と助詞
助動詞の中で、歴史的仮名遣いが現代かなづかいと異なるのは、以下の語だけ
(1)
断定(指定)の助動詞「だ」の未然形「だろ」は、歴史的仮名遣いでは「だら」
(2)
敬意を含んだ断定の助動詞「です」の未然形「でしょ」は、「でせ(ウ)」
(3)
打消しの助動詞「ない」の未然形「なかろ」は、「なから」→「済まなからう」
(4)
丁寧を表す助動詞「ます」の未然形「ましょ」は、「ませ」→「行きませう」
(5)
様態・伝聞の助動詞「そうだ」は「さうだ」で、その未然形(様態のみ)は、「さうだら」→「雨になりさうだ」
(6)
状況の助動詞「ようだ」は「やうだ」→「春のやうだ」
助詞の中で問題になるのは、「さへ」「くらゐ」の2語だけ
現代仮名遣いの「は」「へ」は、本来歴史的仮名遣いで、現代かなづかいでは発音通り「わ」「え」と書いてもよかったが、近時統一され「は」「へ」の身となる。「を」も同様
l 動詞
ア行とワ行に活用するものは語尾が変わる
(1)
五段活用の場合
五段活用には、ア行だけに活用する語はなく、全て「わ・い・う・え・お」とア行・ワ行にわたって活用
未然形 連用形 終止形 連体形 仮定形 命令形 その他 音便
会わ(ない) ―い(ます) ―う(。) ―う(とき) ―え(ば) ―え ―お(う) ―っ(た)
これらの語は歴史的仮名遣いでは
会は(ない) ―ひ(ます) ―ふ ―ふ ーへ ーへ ーは(う) ―つた
現代かなづかいでは未然形に「会わない」「会おう」のように2つの違った形があるのに対し、歴史的仮名遣いでは、両方とも「会はない」「会はう」のように1つの形だけで、オ列音の「ほ」は活用には出てこず、4段活用と呼ばれる
主なものは以下
合う 会う 商う 扱う 洗う 争う 言う 祝う 伺う 失う 歌う 疑う 奪う
敬う 占う 潤う 負う 追う 補う 行う 襲う 思う 買う 飼う 通う 競う
食う 狂う 請う 逆らう 慕う 従う 吸う 救う 沿う 戦う 漂う 誓う 違う
使う 償う 繕う 問う 弔う 伴う 願う 這う 払う 拾う 奪う 震う 舞う
惑う 迷う 向かう 養う 結う 酔う 装う 笑う
(2)
上一段活用の場合
現代かなづかいでア行に属するもの(「射る」「居る」「老いる」)は、歴史的仮名遣いでは、①ハ行のもの、②ヤ行のもの、③ワ行のものの3種類で、ア行のものはなく、②③はごくわずかで、大半は①
②は「射る」「老いる」「悔いる」「報いる」のみ
③は「居(ゐ)る」「率ゐる」「用ゐる」が主なもの
(3)
下一段活用
①
ア行下一段活用 得(え)る 心得る のみ
②
ハ行下一段活用 与へる 訴へる 憂へる 終へる 押へる 教へる 換へる 替へる 数へる 構へる 考へる 鍛へる 加へる 答へる 支へる 添へる 供へる 備へる 耐へる 携へる 仕へる 伝へる 整へる 唱へる 捕へる 控へる 迎へる
③
ヤ行下一段活用 甘える 癒える 覚える 消える 越える 肥える 凍える 栄える 絶える 生える 映える 冷える 殖える 吠える 見える 燃える 悶える
④
ワ行下一段活用 飢ゑる 植ゑる 据ゑる のみ
l 形容詞
未然形は、高(たか)‐から(く)、美(うつくし)‐から(く)
現代かなづかいでは、連用形の音便の形が、語幹の末尾が「か」「さ」などア列で終わる時には語幹の形が変わる(「高‐う」→「たこう」、「浅‐う」→「あそう」)。また、「し」で終わる場合も形が変わる(「美し‐う」→「美しゅう」、「恋し‐う」→「恋しゅう」)が、歴史的仮名遣いでは元のままの形で変わらない(「たかう」「あさう」「美しう」「恋しう」)
漢字・形容詞の語幹は、漢字で書けば、漢字に隠れてしまうことが多く、送り仮名の少ない歴史的仮名遣いでは特に漢字に隠れて見えない
①
動詞・形容詞の語幹の「わ」「ゐ」「ゑ」「を」の例は以下の通りで少ない
あわてる(周章) かわく(乾) ことわる(断) さわぐ(騒) まゐる(参) ゑむ(笑)
をかしい(可笑) をかす(犯) をはる・をへる(終) をる(折) をがむ(拝) をさない(幼)
をさまる・をさめる(治) をしへる(教) をしい・をしむ(惜) をどる(躍) かをる(薫)
②
動詞・形容詞の語幹の「は」「ひ」「ふ」「へ」「ほ」の例は以下の通り
あふぐ(仰) あらはす・あらはれる(表) あはい(淡) あはせる(合) いきどほる(憤)
いはふ(祝) うるほふ・うるほす(潤) うるはしい(麗) おほふ(覆) かへる・かへす(返)
かへりみる(顧) かはる(代) きはまる・きはめる(極) くつがへす・くつがへる(覆)
くるほしい(狂) くはだてる(企) けはしい(険) こひしい(恋) こはす・こはれる(壊)
さはる(障)、さへぎる(遮:問題あり)、しひたげる(虐)、たふす・たふれる(倒)
たくはへる(貯)、たはむれる(戯)、ちひだい(小)、つひえる・つひやす(費)
つたはる・つたへる(伝)、とほい(遠)、とほす・とほる(通)、とどこほる(滞)
なほす・なほる(直)、はげかはしい(嘆)、まはす・まはる(回)、もよほす(催)
やはらかい・やはらぐ・やはらげる(和)、ゆはえる(結)、よそほふ(装)
この他、オ列長音のアウとオウとの区別に関するものに以下がある
かうむる(被)、さうらふ(候)、とふとい・とふとぶ(尊)、はうむる(葬)、まうける(設)、まうす(申)、まうでる(詣)
動詞・形容詞の語幹の「じ」「ぢ」「す」「づ」の使い分けとしての主な語には以下がある
あぢはふ(味)、あづかる・あづける(預)、うずくまる(蹲)、うづまる・うづめる(埋)、おとづれる(訪)、きづく(築)、くづす・くづれる(崩)、けづる(削)、さづかる・さづける(授)、しづまる・しづめる(静)、たづさえる・たづさわる(携)、たづねる(尋)、はづかしい(恥)、じゃづす・はづれる(外)、はずむ(弾)、まじへる・まじる・まじわる(交)、まづしい(貧)、めづらしい(珍)、ゆづる(譲)、わづらふ(患)
l 副詞など
副詞・連体詞・接続詞・感動詞などは、以前には漢字で書くことが多かったが、仮名で書くことが多くなり、歴史的仮名遣いとは異なる現代かなづかいの例が多い
こう(いう:現代かなづかい)→かう(いふ:歴史的仮名遣い)、そう(いう・して)→さう(いふ・して)、あえて→あへて、あわせて→あはせて、かえって→かへつて、きょう→けふ、きのう→きのふ、まず→まづ、みずから→みづから
「どう」「もう」は、歴史的仮名遣いも同じ
漢語の副詞や形容詞の類も、常用漢字の音訓票でも認められているもの
元来(がんらい→ぐわんらい)、一応・一往(いちおう→いちわう)、一層(いっそう→いつさう)、非常に(ひじょうに→ひじやうに)
l 名詞・代名詞など
漢字で書くことが多いので、歴史的仮名遣いで書くことは多くないが、以下の法則がある
(1) 「あ」「い」「う」「え」「お」は、語の最初にある場合が多く、語の中や末に来る場合は以下があり、ヤ行下二段活用の連用形から名詞に転成したものが多い
F 「い」――おい(老)、かい(櫂)、かいまき(搔巻)、くい(悔)、さいはひ(幸)、さいさき(幸先)、たいまつ(松明)、ついたち(朔日)、ついたて(衝立)、むくい(報)
F 「え」――こごえ(凍)、さえ(冴)、ふえ(笛)、やまごえ(山越)
(2) 「ゐ」「ゑ」「を」は、語頭・語中・語尾を問わず、一般に使用される例は少ない。「わ」は、語頭が多く、語中・語尾は少ない
F 「わ」が語中・語尾に来る語――あわ(泡)、かわき(乾)、さわぎ(騒)
F 「ゐ」を含む語――あゐ(藍)、ゐど(井戸)、ゐのしし(猪)、くらゐ(位)、くれなゐ(紅)
F 「ゑ」を含む語――ゑがく(画)、いしずゑ(礎)、こゑ(声)、すゑ(末)、つゑ(杖)、つくゑ(机)、ゆゑ(故)
F 「を」を含む語――あを(青)、うを(魚)、をか(丘)、をけ(桶)、をす(雄)、をぢ(伯父・叔父)、をつと(夫)、をとこ(男)、をとめ(乙女)、をどり(踊)、をの(斧)、をんな(女)、さを(棹)、しをり(栞)、とを(十)、みさを(操)
他の大部分は、語中・語尾では「は」「ひ」「ふ」「へ」「ほ」である
F 「は」の例――あは(粟)、いは(岩)、うつは(器)、かは(川)、きは(際)、さいはい(幸福)、しあはせ(幸)、しはす(師走)、たはら(俵)、なは(縄)、には(庭)、にはとり(鶏)、まはり(周)、やはらか(和)、わざはひ(災)
F 「ひ」の例――あたひ(価)、あひだ(間)、いきほひ(勢)、かひ(貝)、かひこ(蚕)、こひ(恋)、こひ(鯉)、さいはひ(幸)、さむらひ(侍)、たひ(鯛)、たひら(平)、まひ(舞)、まひご(迷子)、やまひ(病)、よひ(宵)、わざはひ(災)
F 「ふ」の例――あふひ(葵)、あふぎ(扇)
F 「へ」の例――いへ(家)、うへ(上)、とへはたへ(十重二十重)、なへ(苗)、まへ(前)、ゆくへ(行方)
F 「ほ」の例――いきほひ(勢)、おほ(大)、おほせ(仰)、おほやけ(公)、かほ(顔)、こほり(氷)、しほ(塩)、ほのほ(炎)、やほや(八百屋)
「じ」「ぢ」「ず」「づ」の区別は個別的で、1つ1つ覚えるほかない
F 「じ」の例――うじ(蛆)、みじめ(惨)
F 「ぢ」の例――あぢ(味)、うぢ(氏)、かぢ(舵)、くぢら(鯨)、すぢ(筋)、もみぢ(紅葉)、はぢ(恥)、ふぢ(藤)
F 「ず」の例――かず(数)、きず(傷)、くず(葛)、はず(筈)、はずみ(弾)、ひずみ(歪)
F 「づ」の例――あづき(小豆)、いづみ(泉)、うづ(渦)、きづな(絆)、くづ(屑)、さかづき(杯)、しづか(静)、しづく(滴)、みづ(水)、みづうみ(湖)
この他、アウ・オウの区別に関する語で、すまふ(相撲)、なかうど(仲人)、むかふ(向)、わかうど(若人)などがある
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「仮名遣ひ」って何? |
「歴史的仮名遣ひ」とは 仮名の使ひ分けとは? 小学生のみなさんへ 「仮名遣ひ」って何? たとへ話
歴史的仮名遣ひの読み方 (中学・高校程度) |
読み方の決まり in English 試験1 試験2 現代文の読み取り練習
書き方(速習版) (大学程度) |
一章 動詞の「ふ」 二章 動詞・形容詞の「い」 三章 「ゐる」 四章 送り仮名 五章 ワ行 六章 長音とジ、ズ 七章 覚えよう 練習 試験1 試験2
歴史的仮名遣ひの手引き 法則のまとめと解説 総合辞書 語の由来 例外動詞一覧 字音仮名遣ひ表
歴史的仮名遣ひの原理 仮名遣ひの歴史 補講(判断に迷ふ問題)
練習してみよう 認定試験
付録 |
俳句・短歌:有名俳句・短歌 奥の細道全句集 小倉百人一首
資料:いろは歌等 古今集仮名序 土佐日記 枕草子 源氏物語 方丈記 徒然草 奥の細道 東海道中膝栗毛 江戸名所図会 藪の中 風の又三郎 憲法前文
古典文法事項 現代仮名遣ひ 書き換へ規則 各文字について 現-歴 文字対応表 疑問仮名遣ひ 用語について
辞書:総合辞書 動植物名辞書 苗字の仮名遣ひ
学習支援:学習ガイド 弱点診断 逐語解説 うっかり動詞 暗記用シート・網羅テスト 問題集 練習用掲示板
入力:入力法について 変換辞書
「歴史的仮名遣い」とは |
大昔の日本人はどんな言葉を使っていたのでしょう。
そうですね。大昔もやはり同じ日本語を使っていました。
ですから「山」のことは「山」と言い、「川」のことは「川」と言っていました。同じ日本語ですから当たり前です。
でも発音は今とは少し違っているところがありました。
「山」は「やま」と言っていましたが、「川」は「かは」と言っていたのです。その「かは」が長い間に今のように「かわ」と変わって来たのですね。
そうすると、大昔の人は「川」のことを「かは」と書いたのでしょうか。
はい、その通りです。
もう一つ例を挙げましょう。
大昔は「見る」は「みる」と言いましたが、「居る」は「うぃる」と言っていました。その「うぃる」が長い間に今のように「いる」と変わって来たのですね。
そうすると、大昔の人は「居る」を「うぃる」と書いたのでしょうか。
いや、ちょっと違います。昔は「ゐる」と書いたのです。この「ゐ」という字が「うぃ」と読まれていたのです。
上の「かは」や「ゐる」のように、日本語の仮名を大昔と同じように書く書き方を「歴史的仮名遣い」といいます。
その書き方は大昔からつい最近の20世紀中ほどまで続きました。
ただし、歴史的仮名遣いで書かれた文でも、江戸時代ごろからは今と同じ発音で読むようになりました。
ことばというものは日々変化し続けるものだから書き方も昔通りではなく新しく変えていくのが当たり前だという人がいますが、ほんとにそうでしょうか。
もしも書き方をどんどん変えていったら、誰もがその時代の文章なら分かるけれど昔の文章になると何が書いてあるのかさっぱり分からないという困ったことになってしまいます。
昔通りの書き方をずっと伝えていくことはとても大切なことなのです。
仮名の使い分けとは? |
現代仮名遣いを使っている私たちもふだん次のように仮名を使い分けています。
「お」と発音する仮名 こおり
おとうさん
えをかく
「え」と発音する仮名 おねえさん
えいが
そこへいく
「わ」と発音する仮名 わたし
これは
「ゆ」と発音する仮名 ゆうごはん
いうだけ
「じ」と発音する仮名 あじ
ちぢむ
「ず」と発音する仮名 すずめ
こづかい
つまり、現代の私たちもすべて発音のままに書いているわけではなく、仮名の使い分けの決まりにしたがって書いているのです。
小学生の皆さんへ 入学案内 |
次の文章を声に出して読んでみてください。
「私は学校へ行きます。」
どうですか。
「私わ 学校え 行きます。」と読みましたね。
どうして「は」という文字を「わ」と読んだり「へ」という文字を「え」と読んだりするのでしょうか。
このことについて不思議だと思ったことはありませんか。もしこのことに興味があったら次の説明を読んでください。
今から千年以上前の平安時代には人々はちゃんと「は」をその通りに「は」と読み、「へ」をその通りに「へ」と読んでいました。わざわざ文字と違う発音はしていなかったのです。
ところが、ちょっと考えてみてください。たとえば、「へ」と言うときと「え」と言うときでは何が違うでしょう。「へ、え、へ、え、・・・」と言ってみると、「へ」のときは息を吐きながら言うので「え」よりも少しめんどうな感じがしますね。そのために人々はだんだんめんどうくさくなって、「へそ」などのように言葉の最初にあるときはちゃんと「へそ」と言いましたが、そうでない「かへる」などの言葉は「かえる」と言うようになっていったのです。
それからしばらくはこのような「え」は元々「へ」だったということが分かっていましたから、文字に書くときにはちゃんと「へ」と書きました。しかし時代がたつと人々はそのことを忘れ始め、「へ」と書くのか「え」と書くのか分からなくなりました。そうして長い月日がたって明治時代になったときに、「え」と発音していても元々「へ」だったものはちゃんと「へ」と書きましょうという決まりが学校で教えられるようになりました。もう少し詳しくいうと、「わ、い、う、え、お」と発音していても元々「は、ひ、ふ、へ、ほ」であったものはちゃんと「は、ひ、ふ、へ、ほ」と書く決まりです。
たとえば
「会わない」という言葉は「会はない」と書く。
「買います」は「買ひます」と書く。
「言う」は「言ふ」と書く。
「なまえ」は「なまへと書く」。
「おおかみ」は「おほかみ」と書く。
ということです。
この他にももう少し決まりがありますが、これらの決まりを「歴史的かなづかい」といいます。明治、大正、昭和の初めまでは人々はこの決まりで文章を書いていました。
その後、これらの決まりはややこしいのでもっと簡単に書こうという新しい決まりができました。「わ、い、う、え、お」と発音するところは全部「わ、い、う、え、お」とに書くことにしようとしたのです。
ところが全部「わ、い、う、え、お」にしてしまうとかえって分かりにくい変な文章になってしまいます。そこで「私は」とか「あなたは」というようなときの「は」はそのままにし、また「学校へ」とか「家へ」というようなときの「へ」もそのままにすることにしたのです。他にも少し歴史的かなづかいに似た書き方を残しました。この新しい簡単な決まりを「現代かなづかい」といいます。私たちが今学校で習っている日本語はこの現代かなづかいで書かれているのです。
さあ、これで「私わ 学校え 行きます。」という発音を「私は学校へ行きます。」と書く理由が分かりましたね。これらの文字は今発音する通りに書かれているのではなく、大昔に発音通りに書いていたその通りに書くことを今でもしているのです。
ところで、皆さんはやがて学校で古典文学を学んだり、明治から昭和時代の文書を読んだり、また俳句や短歌を鑑賞したり作ったりするようになると思いますが、そのときに役に立つのが上に書いた「歴史的かなづかい」に関する知識なのです。
ここまでの説明を読んで、かなづかいって面白そうだなあと思った方がありましたら、ぜひこの先を勉強してみてください。
「仮名遣い」って何? (入学手続き) |
Q 歴史的仮名遣いでは「い」と発音するところを「い」と書いたり「ひ」と書いたり「ゐ」と書いたりするのはなぜですか? A 説明の後に答えがあります。 |
同じ発音を表わすのにいくつかの仮名の書き方があるとき、(個々の語について)どれを使うのが正しいのかという決まりを仮名遣いといいます。
え? どうしてそんな決まりがあるのでしょう。同じ発音ならいつも同じ仮名でいいのではないでしょうか。
例えば「王を追おう。」という文を考えてみましょう。私たちはこれを「おおおおおお」と発音しています。(エエーッ?とおっしゃるかもしれませんがよく内省してみてください。)
ここで発音される6拍はどれも「お」という音です。ですからこの文は次のように書けるはずです。
「おおおおおお」
しかし何だか困った感じですね。
実はこの問題は話し言葉と書き言葉のずれによって生じたのです。
大昔、初めて文字が使われたときは話し言葉と書き言葉はぴったり一致していました。つまりしゃべる通りに文字を書けばそれがそのまま書き言葉になったのです。ところが、話し言葉は時代を経ると発音が徐々に変化していきやすいものですので、その変化したものをそのまま文字に書いてしまうと意味が分かりにくいものになってしまうのです。
それでは大昔にしゃべる通りに書いた形はどうだったのでしょう。それは
「わうをおはう」
でした。
さあ、これで仮名遣いの意味に気付きましたね。
元の通りに「わうをおはう」と書くのが「歴史的仮名遣い」です。
今の発音に近づけるけれども分かりにくくならない程度に「おうをおおう」と書くのが現代仮名遣いです。
わうをおはう |
今読むときはどちらも「おおおおおお」と発音します。
歴史的仮名遣いはもちろん今の発音通りではありませんが、現代仮名遣いも今の発音通りではないことが分かりますね。※
ふつう国語辞典では見出し語を現代仮名遣いで表し、そのすぐ後にその歴史的仮名遣いが平仮名か片仮名で示してあります。(歴史的仮名遣いが現代仮名遣いと同じときは省略してあります。)
ふだん使わない歴史的仮名遣いがわざわざ示されているのは、それがその語の本来の形だったからなのです。
Q 歴史的仮名遣いでは「い」と発音するところを「い」と書いたり「ひ」と書いたり「ゐ」と書いたりするのはなぜですか? A 例えば「書いて」という言葉は大昔、仮名が発明された頃も「かいて」と発音されていました。だから「書いて」と書かれていました。「買い物」はその頃「かひもの」のように発音されていました。だから「買ひ物」と書かれていました。「している」はその頃「してうぃる」と発音されていました。だから「してゐる」と書かれていました。 |
仮名遣い学習の勧め
平安時代に仮名が発明されてから後、日本人は日本語を自由に読み書きできるようになりました。これは日本語の歴史にとってとても大きな出来事でした。それからおよそ千年、日本人は仮名をずっと引き継いできたのですが、近年になって仮名についての大きな意識変化が起こっているのです。
言葉の発音とは時代とともに少しずつ変化するものですから、平安時代以降、言葉の発音通りに仮名を書くと昔の人が書いた綴りと違ってしまうことが起こり始めます。また昔は印刷技術が普及していないので書物は殆んどすべて手書きで写されて伝えられていきましたから、元の書き方が正確に後世に残ることは期待できませんでした。こうして仮名遣いは少しずつ混乱していったのです。
しかし人々はいつの時代でも仮名は昔から書かれてきた通りに書くものだという意識は持ち続けました。もちろん間違えたりよく分からないので適当に書いたりもしましたが、意識はそうであったのです。少なくとも今自分が発音する通りに書くのが正しい書き方だと考えることはありませんでした。古典文学も今自分が書く日常の文章も仮名の使い方に特に違いはないと思っていたのです。このような規範意識が昭和時代まで長く続いてきました。
そして現代の私達はというと、仮名は今発音するようにふつうにそのまま書けばよいのだと漠然と考えています。今、その私達がここで歴史的仮名遣いを勉強してみるということは、少し前の時代から平安時代に遡る長い長い歴史を作ってきた無数の日本人達と同じような意識を共有してみるということに他なりません。
何でもよいのですが例えば「いはず」という文字を見ると日本人は千年もの間、誰しも自然に同じ語、同じ意味を読み取ってきたのですが、現代人だけはそれができません。何か仲間外れに遭っているような気がしませんか。
さあ、そのような意識で対してみると私たちの日本語は一体どのように見えてくるでしょうか。試してみる価値が大いにありそうです。
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このサイトでは仮名遣いの学習がすべて無料で自由にできます。
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それでは 「読み方」のとびらへ へ進んでみましょう。
もう少し簡単な説明がほしい方は次のページも参考にして下さい。
※歴史的仮名遣いでは「王」は「わう」、助詞は「を」、「追おう」は「おはう」と書きます。
現代仮名遣いもまったく発音通りというわけではなく、「おお」と発音する漢語は「おう」と書き、助詞は「お」と発音しても「を」と書き、~しようという意味の動詞の語尾は「お」と発音しても「う」と書きます。したがって「おうをおおう」となります。
現代仮名遣いが発音通りではない理由は、長年の習慣を無視していっぺんに完全に発音通りに書くとあまりに不自然と感じられるからなのです。
「わうをおはう」という発音が「おおおおおお」に変化していった理由を模式的に説明します。
「わ」は唇をすぼめずにぞんざいに言うと「あ」になりやすいものです。「わたし」が「あたし」になるのもその例です。
「は」も息を出さずにぞんざいに言うと「あ」になりやすいのです。「おはよう」をいい加減に言うと「おあよう」となります。
次に、「あう」の発音は口を大きく開けてからすぐ閉めなければならないので面倒です。そこで最初から口の開け方や唇の形を「あ」と「う」の中間にして楽をすれば「おお」と発音することになります。「会う」を「おお」と発音する方言もあります。
「を」は昔は「うぉ」という発音でしたがこれも唇をすぼめずにぞんざいに言うと「お」になります。
発音の変化について正確なことは完全版で学習して下さい。
ちなみに「尾を覆おう」も発音は「おおおおおお」です。これは歴史的仮名遣いでは「ををおほはう」、現代仮名遣いでは「おをおおおう」です。
「仮名遣い学習の勧め」に書いた「いはず」は「言わず」の意味です。
「歴史的仮名遣い」とは、厳密には「和語」についての仮名遣いのことだけを言います。その和語が最初に仮名で書かれたときにはこう書かれた、という考え方をするものです。これに対して「漢語」を仮名で書くときの仮名遣いは「字音仮名遣い」といいます。これはその漢字を輸入した当時はこう仮名表記した(であろう)という考え方のものです。このページに出てきた「わう(王)」は字音仮名遣いです。ふつうはこの「字音仮名遣い」をも含めて「歴史的仮名遣い」と呼んでいます。
「歴史的仮名遣い」の別名として「旧仮名遣い」や「古典仮名遣い」「復古仮名遣い」などがあります。また、「現代仮名遣い」を「略仮名遣い」、「歴史的仮名遣い」を「本仮名遣い」と呼ぶことは両者の関係を分かりやすく表すものとして推奨できますが、広く普及している名称ではありません。(参照)
分かりやすいたとえ話 |
最近「け」の発音が「き」と同じようになってしまう人が増えています。
「きっこう」(結構)
「きがをする」(怪我をする)
「さきをのむ」(酒を飲む)
「かぎにかくれる」(陰に隠れる)
などと発音して、自分ではそのことに気が付いていないようなのです。
今後このような人が増えていくと、文字に書くときにも「きがをする」と書く人が出てくるかもしれません。
もし、将来ほとんどの人が「け」を「き」と発音して「き」と書くようになったとしたら、と想像してみましょう。
すると「け」の文字を使う人は少なくなり、しまいには「け」と書く人がまったくいなくなることも考えられます。
もし本当にそうなると、普通の人は「け」という文字を見てもどう読んでいいのか分からない状態になります。
今の私たちが昔の仮名遣いを見た時にとてもおかしな感じがするのは、このような状態なのだと考えて下さい。
さてこの時に、「先に酒を飲む」という文章を仮名で書くと昔は「さきにさけをのむ」と書いたんだよ、と説明されたとしたらどう感じるでしょう。
生まれたときからずっと「さきにさきをのむ」と発音し「さきにさきをのむ」と書いてきた人は、何で「さけ」なんてそんな変な書き方をするのか分からない、と思うに違いありません。
でも、昔は「先」は「さき」と書き、「酒」は「さけ」と書いていたのだということを知っていれば、昔の文章を読むときにとても役立つことになります。
上に書いたのはもしかすると、というたとえ話に過ぎませんが、日本語の歴史にはこれと同じようなことが実際にいろいろと起っているのです。
仮名遣いの勉強をすると昔の発音や書き方のことがいろいろ分かってとても面白いと同時に、昔の本を読むときなどにも大変役立つことになります。
歴史的仮名遣い 読み方へのとびら |
歴史的仮名遣いはなぜふつうに読めないの?
もし、あなたの亡くなったおじいさんの若いときの日記などが見つかってそれを読んだとしたら、「へえー、昔の人はこんなことを考えていたんだ。」とか、「お父さんにちょっとだけ聞いたことがあったけどよく分からなかったことが詳しく書いてある。」とか、興味は尽きないでしょう。私たちが古典を大切に思う気持ちも、元はと言えばこのような素朴な気持ちから来ていることは間違いありません。
ところが、そう思って実際そのおじいさんの日記や昔の人の書いた文章を読もうとすると、私たちは戸惑ってしまいます。仮名の部分がどうにも読みにくくてしかたがないからです。
おじいさんの若い頃(昭和の前期)までの時代にはこんなことはありませんでした。昔の手紙であろうと古典文学であろうと、仮名の読み方に戸惑うことはなかったのです。それまでは日本人は仮名を「昔の人が書いたと同じように」書くのが当然と思ってきました。ですから昔の人の書いたものを読むときも、今自分たちが書く文章を読むのと同じ気分でふつうに読むことができたのです。
しかし昔の人が書いたのとは違う雰囲気の現代仮名遣いが制定され、教育されるようになってからもう数十年経ちましたので、今ではそれ以前に書かれた簡単な日本語をほとんどの人が読めない(と思い込んでいる)状態になっています。
簡単に言えば、おじいさんやひいおじいさんよりもずっとずっと昔の大昔は発音する通りに仮名を書いたので、それをそのまま読めば正しく通じました。その後、文字はそのままで発音の習慣の方だけが変化していきましたが、それでも人々は自然にそれ(書いてある文字の通りには読まない読み方)に慣れていったわけですから、おじいさん達も読み方に苦労することはありませんでした。
ところが昭和になって現代仮名遣いが使われるようになった後は、「書いてある文字の通りには読まない読み方」という考え方が忘れられてしまい、今では昔の文章をそのまま知らずに読むと通じないところが出てくるのです。
大昔からの発音の移り変りと、それをどのように書いていたのかを表にしてみました。例に挙げるのは「扇」という言葉です。
時代 |
発音 |
書き方 |
仮名遣いに関する一般的説明 |
平安前期 |
アフギ |
あふぎ |
仮名ができた頃です。発音している通りに仮名を書きました。 |
平安後期 |
アウギ |
あふぎ |
発音が徐々に変化し、仮名の書き方が一部乱れ始めました。 知識人の書くものは割合正しいまま推移しましたが、庶民の書くものはより乱れていきました。 江戸時代になって元通りの仮名遣いがほとんど明らかにされましたが、広く普及はしませんでした。 |
明治・大正・昭和前期 |
オーギ |
あふぎ |
学校で元通りの(歴史的)仮名遣いが教えられるようになりました。 |
昭和中期以降 |
オーギ |
おうぎ |
現代の発音に近い(完全に発音通りではない)仮名遣いが教えられるようになりました。 |
「おじいさんの若いころは『蝶』を『てふ』って書いてたんだって。どうしてそんな変な書き方をしてたのかなあ。」と不思議に思っていた方ももう分かりますね。
「蝶」はものすごい大昔は「テフ」と発音して「てふ」と書いていました。
その後発音が「チョー」に変わっていき※、書き方が乱れました。
それから長い年月がたって、明治や大正時代生まれのおじいさんは「チョー」と発音していましたが、書き方は学校で「てふ」と習いました。
そして今皆さんは「チョー」と発音して、「ちょう」と習っているのです。
でも、「あふぎ」と書いて「オーギ」と読んだり「てふ」と書いて「チョー」と読んだりなんて変すぎる、と思う人はいませんか。
そうですね。たしかにいきなりそう聞いたら相当変な気がしますね。しかし幼い頃からそういうふうに読むことに慣れてしまえば全然変とは感じなくなるものなのです。今、私たちも「おうぎ」と書いているのに「オウギ」ではなく「オオギ」または「オーギ」と発音しています。「ちょう」と書いているのに「チョウ」ではなく「チョオ」または「チョー」と発音しています。このことには慣れている私たちはほとんど気付いていませんが、日本語を初めて習う外国人などははっきり意識するそうです。
今、私たちは「私は学校へ・・・」という文章を見たときに「は」と「へ」をごく自然に 「ワ」「エ」と発音し何の違和感ありません。かえって「ハ」「ヘ」と読むなどとは思いもしません。このように文字の書き方の習慣とは意識に深く浸み込むものなのです。ですから昭和の前期までの日本人は語中の「ひ、ふ、ほ」なども同じようにごく自然に「イ」「ウ」「オ」と発音し何の違和感も感じませんでした。また「あふ」も「オー」、「てふ」も「チョー」と自然に読んだのです。
※「テフ」の発音がどうしても「チョー」に結びつかないという人は次の順に発音してみてください。
テフ→テウ→テオ→ティオ
チョーになってきたのがなんとなく分かりますね。
もしも将来、完全に発音と同じ仮名遣いが定められることになったら「蝶」は「ちょお」と書くことになるかもしれません。そのときにはきっと人々は
「平成や令和時代わ『ちょお』お『ちょう』って書いてたんだって。どおしてそんな変な書き方おしてたのかなあ。」
と不思議に思うに違いありません。
このように、今私たちが使っている「現代仮名遣い」も決して書いてある通りに発音するものではありません。慣れているので意識はしていませんが、一定の決まりによって正しく通じるように読んでいるのです。
「歴史的仮名遣い」も同じように、書いてある通りに発音するのではなく発音のしかたには決まりがあるのだと理解してください。
歴史的仮名遣いの読み方 |
●現代仮名遣いでは使われなくなった「ゐ」と「ゑ」が、歴史的仮名遣いでは普通に使われます。
「ゐ」は「い」、「ゑ」は「え」と読みます。
ゐいる→いる(どこか)
こゑ→こえ(声)など。
(「ゐ」のカタカナは「ヰ」、「ゑ」のカタカナは「ヱ」です。
●をは助詞としてだけでなく、他の種類の単語にも使用できます。
「を」は「お」と読みます。
をばさん→おばさん など。
●「ぢ」「づ」の方がよく使われます。
「ぢ」は「じ」、「づ」は「ず」と読みます。
おぢいさん→おじいさんまづ
→まず(まず)など。
●かなによっては、条件によっては本来の音ではなく別の音として読まれてしまう場合があります。この現象を転交といいます。
語頭以外の「は、ひ、ふ、へ、ほ」は「わ、い、う、え、お」と読みます。
かは→かわ(川)
会ひます→会います使用
ふ→使う
まへ→まえ(前)
おほい→おおい(多い)など。
「あう」「あふ」「かう」「かふ」「さう」「さふ」・・・などの読み仮名は「おう」「こう」「そう」「・・・」と同じように読みます。
あふぎ→おぎ(扇)
行くう→行こうさうです
→そうですありがたう
→ありがとうたいふとい
→とうとい(尊い)
死なう→死のうまうす
→もうす(申す)
だらう→だろう
めぐる→散ろう
言はう→言おうなど。
かうかう→高校
ざふきん→雑巾など。
会ふ、買ふ、慕ふ、嫌ふなどの動詞はすべて例外です。現代標準語では「あう」「かう」「したう」「きらう」と読みます。
ただし、古文の場合は原則として「おう」「こう」「しとう」「きろう」と同じように読みます。
「きう」「きふ」「しう」「しふ」「ちう」「ふ」・・・などは「きゅう」「しゅう」「ちゅう」・・・と読みます 。
きうり→きゅうり
美しう→美しゅう など。
えいきう→永久
じふじ→十時 など。
「けう」「けふ」「せう」「せふ」「てう」「てふ」・・・などは「きょう」「しょう」「ちょう」・・・と同じ読み方です。
けふ→きょう(今日)
でせう→でしょう など。
けうしつ→教室
てふ→蝶 など。
●漢字の音読みには、この他にもいくつかの種類の点子があります。
「きやう」「しやう」「ちやう」・・・などは「きょう」「しょう」「ちょう」と 同じように読みます 。
きやう大→兄弟
たいしやう→大将
ちやうちやう→町長など。
「くわ、ぐわ」は「か、が」 と読みます。
くわし→菓子
マングワ→漫画
ゆくわい→愉快など。
●歴史的仮名遣いでは小文字は原則として使用しません。
速音・尹の大きい「つ・や・ゆ・よ」は、小さい「っ・にゃ・ゅ・ょ」と同じように読みます。
あつた→あった
ちやんと→ちゃんとなど。
●古文の場合は以下のルールを追加します。
接尾語(助詞の助動詞)の「む」は「ん」と読みます。
逢はむ→あわん
~せむ→~せんあり
けむ→ありけん
取りむ→とりてん
給ひなむ→たまいなん吹かむ→ふかん
とすまかりなむスル
→まかりなんずる など。
歴史的仮名遣い:
平安時代の9世紀にひらがなが初めて作られたとき、彼らは発音どおりにそれを書きました。その後、時代とともに発音は変化しましたが、できる限り当初と同じように長い間書き続けられています。
そこで、現代の発音で読み上げるようになりました。
上記のルールにはいくつかの例外と追加があります。
読み方試験1(7級)(中等部修了・高等部入学試験) |
下の問題文を現代仮名遣いに変えてください。(漢字はそのままとする。)
受験資格に制限はありません。どなたでも受けられます。
問題兼答案 このボックスの中の文を(コピペせずに)そのまま直接書き換えてください。
お名前(必須) 簡単な短い名前は既に使われていないか確認することをお勧めします。
既に成績表に記載されている他の方と同じもの、文字でない記号のみのものは無効です。スペース(空白)を含むものは詰めて表記されます。無駄に長いものは短縮されます。
書き換えが終わったら提出して下さい。
注:現代語に直すのではありません。仮名遣いだけ変え、漢字やその他には一切手を加えないでください。
完全に正しい文を正解とします。誤字・脱字に注意して下さい。
正解まで何度でも受験できます。一度正解すればその後失格することはありません。
この解答フォームが正しく働いていないと思われる方はこちらから答案とお名前をお送りください。
読み方試験2(6級)(高等部修了・大学入学試験) |
次の文を現代仮名遣いに変えてください。(コピペせずにそのまま直接書き変えてください。漢字はそのままとすること。)
問題兼答案
かの鉢を棄てて、又いひけるよりぞ、面なきことをば、はぢを棄つとはいひける。
(中略)
わが袂(たもと) けふ乾ければわびしさのちぐさの数も忘られぬべし
(中略)
かく呼びすゑて、この度は必ずあはむと、嫗の心にも思ひをり。
(中略)
かの寮のくわん人くらつ麿と申す翁申すやう
(中略)
このもちになむ、月の都よりかぐや姫の迎へにまうで来なる。たふとく問はせ給ふ。
(中略)
御門、かぐや姫を留めて帰りたまはむことを、飽かず口をしく思しけれど、魂をとどめたる心地してなむ、帰らせ給ひける。
(中略)
宮仕へつかう奉らずなりぬるも、かくわづらはしき身にて侍れば
読み取り練習 |
各種文庫等発刊の挨拶文を取り上げ、歴史的仮名遣いで記しました。
ふつうの口語文からいかめしい文語表現を多用したものまでいろいろですが、これらは決して古文ではありません。れっきとした現代文です。
格調高い文章で歴史的仮名遣いの文面に馴染んで下さい。歴史的仮名遣いが案外現代仮名遣いに近いことも感じられるでしょう。
赤字が現代仮名遣いと異なる部分です。
「講談社現代新書」の刊行にあたつて 野間省一 1964年 教養は万人が身をもつて養ひ創造すべきものであつて、一部の専門家の占用物として、ただ一方的に人々の手もとに配布されて伝達されうるものではありません。 「旺文社文庫」刊行のことば 赤尾好夫 いかなる時代においても読書は人間の最大の喜びであり、最高の救ひである。若い日読んだ書物は、人間の生涯にわたつて影響を与へ、第二の天性となり、人格となるであらう。 角川文庫発刊に際して 角川源義 1949年5月3日 第二次世界大戦の敗北は、軍事力の敗北であつた以上に、私たちの若い文化力の敗退であつた。私たちの文化が戦争に対して如何に無力であり、単なるあだ花に過ぎなかつたかを、私たちは身を以て体験し痛感した。西洋近代文化の摂取にとつて、明治以後八十年の歳月は決して短かすぎたとは言へない。にもかかはらず、近代文化の伝統を確立し、自由な批判と柔軟な良識に富む文化層として自らを形成することに私たちは失敗して来た。そしてこれは、各層への文化の普及滲透を任務とする出版人の責任でもあつた。 読書子に寄す-岩波文庫発刊に際して- 岩波茂雄 昭和二年七月 真理は万人によつて求められることを自ら欲し、芸術は万人によつて愛されることを自ら望む。かつては民を愚昧ならしめるために学芸が最も狭き堂宇に閉鎖されたことがあつた。今や知識と美とを特権階級の独占より奪ひ返すことはつねに進取的なる民衆の切実なる要求である。岩波文庫はこの要求に応じそれに励まされて生まれた。それは生命ある不朽の書を少数者の書斎と研究室とより解放して街頭にくまなく立たしめ民衆に伍せしめるであらう。近時大量生産予約出版の流行を見る。その広告宣伝の狂態はしばらくおくも、後代にのこすと誇称する全集がその編集に万全の用意をなしたるか。千古の典籍の翻訳企図に敬虔の態度を欠かざりしか。さらに分売を許さず読者を繋縛して数十冊を強ふるがごとき、はたしてその揚言する学芸解放のゆゑんなりや。吾人は天下の名士の声に和してこれを推挙するに躊躇するものである。このときにあたつて、岩波書店は自己の責務のいよいよ重大なるを思ひ、従来の方針の徹底を期するため、すでに十数年以前より志して来た計画を慎重審議この際断然実行することにした。吾人は範をかのレクラム文庫にとり、古今東西にわたつて文芸・哲学・社会科学・自然科学等種類のいかんを問はず、いやしくも万人の必読すべき真に古典的価値ある書をきはめて簡易なる形式において逐次刊行し、あらゆる人間に須要なる生活向上の資料、生活批判の原理を提供せんと欲する。この文庫は予約出版の方法を排したるがゆゑに、読者は自己の欲する時に自己の欲する書物を各個に自由に選択することができる。携帯に便にして価格の低きを最主とするがゆゑに、外観を顧みざるも内容に至つては厳選最も力を尽くし、従来の岩波出版物の特色をますます発揮せしめようとする。この計画たるや世間の一時の投機的なるものと異なり、永遠の事業として吾人は微力を傾倒し、あらゆる犠牲を忍んで今後永久に継続発展せしめ、もつて文庫の使命を遺憾なく果たさしめることを期する。芸術を愛し知識を求むる士の自ら進んでこの挙に参加し、希望と忠言とを寄せられることは吾人の熱望するところである。その性質上経済的には最も困難多きこの事業にあへて当たらんとする吾人の志を諒として、その達成のため世の読書子とのうるはしき共同を期待する。 |
歴史的仮名遣いによる現代文は 藪の中 やまなし 逐語解説付き手紙文 でも読めます。
藪の中 (大正十一年・芥川龍之介)
歴史的假名遣ひ及びいはゆる舊漢字によつて原作の雰圍氣が窺へる。
檢非違使に問はれたる木樵りの物語
さやうでございます。あの死骸を見つけたのは、わたしに違ひございません。わたしは今朝いつもの通り、裏山の杉を伐りに參りました。すると山陰の藪の中に、あの死骸があつたのでございます。あつた處でございますか? それは山科の驛路からは、四五町ほど隔たつてをりませう。竹の中に痩せ杉の交つた、人氣のない處でございます。
死骸は縹の水干に、都風のさび烏帽子をかぶつたまま、仰向けに倒れてをりました。何しろ一刀とは申すものの、胸もとの突き傷でございますから、死骸のまはりの竹の落葉は、蘇芳に滲みたやうでございます。いえ、血はもう流れてはをりません。傷口も乾いてをつたやうでございます。おまけにそこには、馬蠅が一匹、わたしの足音も聞えないやうに、べつたり食ひついてをりましたつけ。
太刀か何かは見えなかつたか? いえ、何もございません。ただその側の杉の根がたに、繩が一筋落ちてをりました。それから、――さうさう、繩のほかにも櫛が一つございました。死骸のまはりにあつたものは、この二つぎりでございます。が、草や竹の落葉は、一面に踏み荒されてをりましたから、きつとあの男は殺される前に、よほど手痛い働きでも致したのに違ひございません。何、馬はゐなかつたか? あそこは一體馬なぞには、はひれない處でございます。何しろ馬の通ふ路とは、藪一つ隔たつてをりますから。
檢非違使に問はれたる旅法師の物語
あの死骸の男には、確かに昨日遇つてをります。昨日の、――さあ、午頃でございませう。場所は關山から山科へ、參らうと云ふ途中でございます。あの男は馬に乘つた女と一しよに、關山の方へ歩いて參りました。女は牟子を垂れてをりましたから、顏はわたしにはわかりません。見えたのはただ萩重ねらしい、衣の色ばかりでございます。馬は月毛の、――確か法師髮の馬のやうでございました。丈でございますか? 丈は四寸もございましたか? ――何しろ沙門の事でございますから、その邊ははつきり存じません。男は、――いえ、太刀も帶びてゐれば、弓矢も攜へてをりました。殊に黑い塗り箙へ、二十あまり征矢をさしたのは、ただ今でもはつきり覺えてをります。
あの男がかやうにならうとは、夢にも思はずにをりましたが、眞に人間の命なぞは、如露亦如電に違ひございません。やれやれ、何とも申しやうのない、氣の毒な事を致しました。
檢非違使に問はれたる放免の物語
わたしが搦め取つた男でございますか? これは確かに多襄丸と云ふ、名高い盜人でございます。もつともわたしが搦め取つた時には、馬から落ちたのでございませう、粟田口の石橋の上に、うんうん呻つてをりました。時刻でございますか? 時刻は昨夜の初更頃でございます。いつぞやわたしが捉へ損じた時にも、やはりこの紺の水干に、打出しの太刀を佩いてをりました。ただ今はそのほかにも御覽の通り、弓矢の類さへ攜へてをります。さやうでございますか? あの死骸の男が持つてゐたのも、――では人殺しを働いたのは、この多襄丸に違ひございません。革を卷いた弓、黑塗りの箙、鷹の羽の征矢が十七本、――これは皆、あの男が持つてゐたものでございませう。はい。馬もおつしやる通り、法師髮の月毛でございます。その畜生に落されるとは、何かの因縁に違ひございません。それは石橋の少し先に、長い端綱を引いたまま、路ばたの靑芒を食つてをりました。
この多襄丸と云ふやつは、洛中に徘徊する盜人の中でも、女好きのやつでございます。昨年の秋鳥部寺の賓頭盧の後の山に、物詣でに來たらしい女房が一人、女の童と一しよに殺されてゐたのは、こいつの仕業だとか申してをりました。その月毛に乘つてゐた女も、こいつがあの男を殺したとなれば、何處へどうしたかわかりません。差出がましうございますが、それも御詮議下さいまし。
檢非違使に問はれたる媼の物語
はい、あの死骸は手前の娘が、片附いた男でございます。が、都のものではございません。若狹の國府の侍でございます。名は金澤の武弘、年は二十六歳でございました。いえ、優しい氣立でございますから、遺恨なぞ受ける筈はございません。
娘でございますか? 娘の名は眞砂、年は十九歳でございます。これは男にも劣らぬくらゐ、勝氣の女でございますが、まだ一度も武弘のほかには、男を持つた事はございません。顏は色の淺黑い、左の眼尻に黑子のある、小さい瓜實顏でございます。
武弘は昨日娘と一しよに、若狹へ立つたのでございますが、こんな事になりますとは、何と云ふ因果でございませう。しかし娘はどうなりましたやら、壻の事はあきらめましても、これだけは心配でなりません。どうかこの姥が一生のお願ひでございますから、たとひ草木を分けましても、娘の行方をお尋ね下さいまし。何に致せ憎いのは、その多襄丸とか何とか申す、盜人のやつでございます。壻ばかりか、娘までも………(跡は泣き入りて言葉なし)
× × ×
多襄丸の白状
あの男を殺したのはわたしです。しかし女は殺しはしません。では何處へ行つたのか? それはわたしにもわからないのです。まあ、お待ちなさい。いくら拷問にかけられても、知らない事は申されますまい。その上わたしもかうなれば、卑怯な隱し立てはしないつもりです。
わたしは昨日の午少し過ぎ、あの夫婦に出會ひました。その時風の吹いた拍子に、牟子の垂絹が上つたものですから、ちらりと女の顏が見えたのです。ちらりと、――見えたと思ふ瞬間には、もう見えなくなつたのですが、一つにはそのためもあつたのでせう、わたしにはあの女の顏が、女菩薩のやうに見えたのです。わたしはその咄嗟の間に、たとひ男は殺しても、女は奪はうと決心しました。
何、男を殺すなぞは、あなた方の思つてゐるやうに、大した事ではありません。どうせ女を奪ふとなれば、必ず、男は殺されるのです。ただわたしは殺す時に、腰の太刀を使ふのですが、あなた方は太刀は使はない、ただ權力で殺す、金で殺す、どうかするとおためごかしの言葉だけでも殺すでせう。なるほど血は流れない、男は立派に生きてゐる、――しかしそれでも殺したのです。罪の深さを考へて見れば、あなた方が惡いか、わたしが惡いか、どちらが惡いかわかりません。(皮肉なる微笑)
しかし男を殺さずとも、女を奪ふ事が出來れば、別に不足はない譯です。いや、その時の心もちでは、出來るだけ男を殺さずに、女を奪はうと決心したのです。が、あの山科の驛路では、とてもそんな事は出來ません。そこでわたしは山の中へ、あの夫婦をつれこむ工夫をしました。
これも造作はありません。わたしはあの夫婦と途づれになると、向ふの山には古塚がある、この古塚を發いて見たら、鏡や太刀が澤山出た、わたしは誰も知らないやうに、山の陰の藪の中へ、さう云ふ物を埋めてある、もし望み手があるならば、どれでも安い値に賣り渡したい、――と云ふ話をしたのです。男はいつかわたしの話に、だんだん心を動かし始めました。それから、――どうです。欲と云ふものは恐しいではありませんか? それから半時もたたない内に、あの夫婦はわたしと一しよに、山路へ馬を向けてゐたのです。
わたしは藪の前へ來ると、寶はこの中に埋めてある、見に來てくれと云ひました。男は欲に渇いてゐますから、異存のある筈はありません。が、女は馬も下りずに、待つてゐると云ふのです。またあの藪の茂つてゐるのを見ては、さう云ふのも無理はありますまい。わたしはこれも實を云へば、思ふ壺にはまつたのですから、女一人を殘したまま、男と藪の中へはひりました。
藪はしばらくの間は竹ばかりです。が、半町ほど行つた處に、やや開いた杉むらがある、――わたしの仕事を仕遂げるのには、これほど都合の好い場所はありません。わたしは藪を押し分けながら、寶は杉の下に埋めてあると、もつともらしい嘘をつきました。男はわたしにさう云はれると、もう痩せ杉が透いて見える方へ、一生懸命に進んで行きます。その内に竹が疎らになると、何本も杉が竝んでゐる、――わたしはそこへ來るが早いか、いきなり相手を組み伏せました。男も太刀を佩いてゐるだけに、力は相當にあつたやうですが、不意を打たれてはたまりません。たちまち一本の杉の根がたへ、括りつけられてしまひました。繩ですか? 繩は盜人の有難さに、いつ塀を越えるかわかりませんから、ちやんと腰につけてゐたのです。勿論聲を出させないためにも、竹の落葉を頬張らせれば、ほかに面倒はありません。
わたしは男を片附けてしまふと、今度はまた女の處へ、男が急病を起したらしいから、見に來てくれと云ひに行きました。これも圖星に當つたのは、申し上げるまでもありますまい。女は市女笠を脱いだまま、わたしに手をとられながら、藪の奧へはひつて來ました。ところがそこへ來て見ると、男は杉の根に縛られてゐる、――女はそれを一目見るなり、いつのまに懷から出してゐたか、きらりと小刀を引き拔きました。わたしはまだ今までに、あのくらゐ氣性の烈しい女は、一人も見た事がありません。もしその時でも油斷してゐたらば、一突きに脾腹を突かれたでせう。いや、それは身を躱したところが、無二無三に斬り立てられる内には、どんな怪我も仕兼ねなかつたのです。が、わたしも多襄丸ですから、どうにかかうにか太刀も拔かずに、たうとう小刀を打ち落しました。いくら氣の勝つた女でも、得物がなければ仕方がありません。わたしはたうとう思ひ通り、男の命は取らずとも、女を手に入れる事は出來たのです。
男の命は取らずとも、――さうです。わたしはその上にも、男を殺すつもりはなかつたのです。處が泣き伏した女を後に、藪の外へ逃げようとすると、女は突然わたしの腕へ、氣違ひのやうに縋りつきました。しかも切れ切れに叫ぶのを聞けば、あなたが死ぬか夫が死ぬか、どちらか一人死んでくれ、二人の男に恥を見せるのは、死ぬよりもつらいと云ふのです。いや、その内どちらにしろ、生き殘つた男につれ添ひたい、――さうも喘ぎ喘ぎ云ふのです。わたしはその時猛然と、男を殺したい氣になりました。(陰欝なる興奮)
こんな事を申し上げると、きつとわたしはあなた方より殘酷な人間に見えるでせう。しかしそれはあなた方が、あの女の顏を見ないからです。殊にその一瞬間の、燃えるやうな瞳を見ないからです。わたしは女と眼を合せた時、たとひ神鳴に打ち殺されても、この女を妻にしたいと思ひました。妻にしたい、――わたしの念頭にあつたのは、ただかう云ふ一事だけです。これはあなた方の思ふやうに、卑しい色欲ではありません。もしその時色欲のほかに、何も望みがなかつたとすれば、わたしは女を蹴倒しても、きつと逃げてしまつたでせう。男もさうすればわたしの太刀に、血を塗る事にはならなかつたのです。が、薄暗い藪の中に、じつと女の顏を見た刹那、わたしは男を殺さない限り、ここは去るまいと覺悟しました。
しかし男を殺すにしても、卑怯な殺し方はしたくありません。わたしは男の繩を解いた上、太刀打ちをしろと云ひました。(杉の根がたに落ちてゐたのは、その時捨て忘れた繩なのです。)男は血相を變へたまま、太い太刀を引き拔きました。と思ふと口も利かずに、憤然とわたしへ飛びかかりました。――その太刀打ちがどうなつたかは、申し上げるまでもありますまい。わたしの太刀は二十三合目に、相手の胸を貫きました。二十三合目に、――どうかそれを忘れずに下さい。わたしは今でもこの事だけは、感心だと思つてゐるのです。わたしと二十合斬り結んだものは、天下にあの男一人だけですから。(快活なる微笑)
わたしは男が倒れると同時に、血に染まつた刀を下げたなり、女の方を振り返りました。すると、――どうです、あの女は何處にもゐないではありませんか? わたしは女がどちらへ逃げたか、杉むらの間を探して見ました。が、竹の落葉の上には、それらしい跡も殘つてゐません。また耳を澄ませて見ても、聞えるのはただ男の喉に、斷末魔の音がするだけです。
事によるとあの女は、わたしが太刀打を始めるが早いか、人の助けでも呼ぶために、藪をくぐつて逃げたのかも知れない。――わたしはさう考へると、今度はわたしの命ですから、太刀や弓矢を奪つたなり、すぐにまたもとの山路へ出ました。そこにはまだ女の馬が、靜かに草を食つてゐます。その後の事は申し上げるだけ、無用の口數に過ぎますまい。ただ、都へはひる前に、太刀だけはもう手放してゐました。――わたしの白状はこれだけです。どうせ一度は樗の梢に、懸ける首と思つてゐますから、どうか極刑に遇はせて下さい。(昂然たる態度)
淸水寺に來れる女の懺悔
――その紺の水干を着た男は、わたしを手ごめにしてしまふと、縛られた夫を眺めながら、嘲るやうに笑ひました。夫はどんなに無念だつたでせう。が、いくら身悶えをしても、體中にかかつた繩目は、一層ひしひしと食ひ入るだけです。わたしは思はず夫の側へ、轉ぶやうに走り寄りました。いえ、走り寄らうとしたのです。しかし男は咄嗟の間に、わたしをそこへ蹴倒しました。ちやうどその途端です。わたしは夫の眼の中に、何とも云ひやうのない輝きが、宿つてゐるのを覺りました。何とも云ひやうのない、――わたしはあの眼を思ひ出すと、今でも身震ひが出ずにはゐられません。口さへ一言も利けない夫は、その刹那の眼の中に、一切の心を傳へたのです。しかしそこに閃いてゐたのは、怒りでもなければ悲しみでもない、――ただわたしを蔑んだ、冷たい光だつたではありませんか? わたしは男に蹴られたよりも、その眼の色に打たれたやうに、我知らず何か叫んだぎり、たうとう氣を失つてしまひました。
その内にやつと氣がついて見ると、あの紺の水干の男は、もう何處かへ行つてゐました。跡にはただ杉の根がたに、夫が縛られてゐるだけです。わたしは竹の落葉の上に、やつと體を起したなり、夫の顏を見守りました。が、夫の眼の色は、少しもさつきと變りません。やはり冷たい蔑みの底に、憎しみの色を見せてゐるのです。恥しさ、悲しさ、腹立たしさ、――その時のわたしの心の中は、何と云へば好いかわかりません。わたしはよろよろ立ち上りながら、夫の側へ近寄りました。
「あなた。もうかうなつた上は、あなたと御一しよにはゐられません。わたしは一思ひに死ぬ覺悟です。しかし、――しかしあなたもお死になすつて下さい。あなたはわたしの恥を御覽になりました。わたしはこのままあなた一人、お殘し申す譯には參りません。」
わたしは一生懸命に、これだけの事を云ひました。それでも夫は忌はしさうに、わたしを見つめてゐるばかりなのです。わたしは裂けさうな胸を抑へながら、夫の太刀を探しました。が、あの盜人に奪はれたのでせう、太刀は勿論弓矢さへも、藪の中には見當りません。しかし幸ひ小刀だけは、わたしの足もとに落ちてゐるのです。わたしはその小刀を振り上げると、もう一度夫にかう云ひました。
「ではお命を頂かせて下さい。わたしもすぐにお供します。」
夫はこの言葉を聞いた時、やつと唇を動かしました。勿論口には笹の落葉が、一ぱいにつまつてゐますから、聲は少しも聞えません。が、わたしはそれを見ると、たちまちその言葉を覺りました。夫はわたしを蔑んだまま、「殺せ。」と一言云つたのです。わたしはほとんど、夢うつつの内に、夫の縹の水干の胸へ、ずぶりと小刀を刺し通しました。
わたしはまたこの時も、氣を失つてしまつたのでせう。やつとあたりを見まはした時には、夫はもう縛られたまま、とうに息が絶えてゐました。その蒼ざめた顏の上には、竹に交つた杉むらの空から、西日が一すぢ落ちてゐるのです。わたしは泣き聲を呑みながら、死骸の繩を解き捨てました。さうして、――さうしてわたしがどうなつたか? それだけはもうわたしには、申し上げる力もありません。とにかくわたしはどうしても、死に切る力がなかつたのです。小刀を喉に突き立てたり、山の裾の池へ身を投げたり、いろいろな事もして見ましたが、死に切れずにかうしてゐる限り、これも自慢にはなりますまい。(寂しき微笑)わたしのやうに腑甲斐ないものは、大慈大悲の觀世音菩薩も、お見放しなすつたものかも知れません。しかし夫を殺したわたしは、盜人の手ごめに遇つたわたしは、一體どうすれば好いのでせう? 一體わたしは、――わたしは、――(突然烈しき歔欷)
巫女の口を借りたる死靈の物語
――盜人は妻を手ごめにすると、そこへ腰を下したまま、いろいろ妻を慰め出した。おれは勿論口は利けない。體も杉の根に縛られてゐる。が、おれはその間に、何度も妻へ目くばせをした。この男の云ふ事を眞に受けるな、何を云つても嘘と思へ、――おれはそんな意味を傳へたいと思つた。しかし妻は悄然と笹の落葉に坐つたなり、じつと膝へ目をやつてゐる。それがどうも盜人の言葉に、聞き入つてゐるやうに見えるではないか? おれは妬しさに身悶えをした。が、盜人はそれからそれへと、巧妙に話を進めてゐる。一度でも肌身を汚したとなれば、夫との仲も折り合ふまい。そんな夫に連れ添つてゐるより、自分の妻になる氣はないか? 自分はいとしいと思へばこそ、大それた眞似も働いたのだ、――盜人はたうとう大膽にも、さう云ふ話さへ持ち出した。
盜人にかう云はれると、妻はうつとりと顏を擡げた。おれはまだあの時ほど、美しい妻を見た事がない。しかしその美しい妻は、現在縛られたおれを前に、何と盜人に返事をしたか? おれは中有に迷つてゐても、妻の返事を思ひ出すごとに、嗔恚に燃えなかつたためしはない。妻は確かにかう云つた、――「では何處へでもつれて行つて下さい。」(長き沈默)
妻の罪はそれだけではない。それだけならばこの闇の中に、いまほどおれも苦しみはしまい。しかし妻は夢のやうに、盜人に手をとられながら、藪の外へ行かうとすると、たちまち顏色を失つたなり、杉の根のおれを指さした。「あの人を殺して下さい。わたしはあの人が生きてゐては、あなたと一しよにはゐられません。」――妻は氣が狂つたやうに、何度もかう叫び立てた。「あの人を殺して下さい。」――この言葉は嵐のやうに、今でも遠い闇の底へ、まつ逆樣におれを吹き落さうとする。一度でもこのくらゐ憎むべき言葉が、人間の口を出た事があらうか? 一度でもこのくらゐ呪はしい言葉が、人間の耳に觸れた事があらうか? 一度でもこのくらゐ、――(突然迸るごとき嘲笑)その言葉を聞いた時は、盜人さへ色を失つてしまつた。「あの人を殺して下さい。」――妻はさう叫びながら、盜人の腕に縋つてゐる。盜人はじつと妻を見たまま、殺すとも殺さぬとも返事をしない。――と思ふか思はない内に、妻は竹の落葉の上へ、ただ一蹴りに蹴倒された、(再び迸るごとき嘲笑)盜人は靜かに兩腕を組むと、おれの姿へ眼をやつた。「あの女はどうするつもりだ? 殺すか、それとも助けてやるか? 返事はただ頷けば好い。殺すか?」――おれはこの言葉だけでも、盜人の罪は赦してやりたい。(再び、長き沈默)
妻はおれがためらふ内に、何か一聲叫ぶが早いか、たちまち藪の奧へ走り出した。盜人も咄嗟に飛びかかつたが、これは袖さへ捉へなかつたらしい。おれはただ幻のやうに、さう云ふ景色を眺めてゐた。
盜人は妻が逃げ去つた後、太刀や弓矢を取り上げると、一箇處だけおれの繩を切つた。「今度はおれの身の上だ。」――おれは盜人が藪の外へ、姿を隱してしまふ時に、かう呟いたのを覺えてゐる。その跡は何處も靜かだつた。いや、まだ誰かの泣く聲がする。おれは繩を解きながら、じつと耳を澄ませて見た。が、その聲も氣がついて見れば、おれ自身の泣いてゐる聲だつたではないか? (三度、長き沈默)
おれはやつと杉の根から、疲れ果てた體を起した。おれの前には妻が落した、小刀が一つ光つてゐる。おれはそれを手にとると、一突きにおれの胸へ刺した。何か腥い塊がおれの口へこみ上げて來る。が、苦しみは少しもない。ただ胸が冷たくなると、一層あたりがしんとしてしまつた。ああ、何と云ふ靜かさだらう。この山陰の藪の空には、小鳥一羽囀りに來ない。ただ杉や竹の杪に、寂しい日影が漂つてゐる。日影が、――それも次第に薄れて來る。――もう杉や竹も見えない。おれはそこに倒れたまま、深い靜かさに包まれてゐる。
その時誰か忍び足に、おれの側へ來たものがある。おれはそちらを見ようとした。が、おれのまはりには、いつか薄闇が立ちこめてゐる。誰か、――その誰かは見えない手に、そつと胸の小刀を拔いた。同時におれの口の中には、もう一度血潮が溢れて來る。おれはそれぎり永久に、中有の闇へ沈んでしまつた。………
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總目次
逐語解説(手紙文) |
仮名で表記された部分において歴史的仮名遣いが現代仮名遣いと異なるものについて解説を施しました。
現代仮名遣いにおける語頭以外の「わ、い、う、え、お」とすべての「じ、ず」についても触れました。
1 |
拝啓 新緑の美しい季節になりました。 |
「美しい」の「い」は形容詞末の「し、き」がぞんざいに「イ」と発音されてできた新しい語形(音便)なので「ひ」や「ゐ」とは関係がない。したがって「い」と書く。 |
2 |
長い間ごぶさたしてをりますが、 |
「長い」は1参照。 |
3 |
先生にはお健やかにお過ごしのことと存じます。 |
「存じ」は 存+動詞「す」→存ず→存じ とザ行であることを理解する。また「じ」が多く「じ」である原則に従っている。 |
4 |
おかげさまでわたくしも元気に通学してをりますので、どうぞご安心ください。 |
「をります」は2参照。 |
5 |
早いもので、こちらの大学院に入つてからもう一か月半もたちました。 |
「早い」は1参照。 |
6 |
入学当初は、キャンパスに学生があふれ、四方からスピーカーの声が押し寄せる活動的な学園風景にほんたうに驚きました。 |
「スピーカー」は外来語。仮名遣いは問題にしない。 |
7 |
けれども、今ではすつかり慣れて、あたりがひつそりした時など、かへつて落ち着かない感じがするほどです。 |
「かへつて」の「へ」は語頭以外の「わ、い、う、え、お」が多くは元々ハ行音であった原則に従う。 |
8 |
授業は朝の九時から夜の九時まで、一日に七時限ありますが、今年のわたくしの科目は二限から五限までの間にをさまりました。 |
「をさまり」は「をさ(長)」との関連で覚える。 |
9 |
あき時間にはたいてい図書館で調べものをします。友達とおしやべりして時間をつぶすこともあります。 |
「たいてい」は「大抵」の字音。イ音で終る二拍の漢字には「- ヒ」や「- ヰ」となるものはなく、すべて「- イ」であることを覚えておく。 |
10 |
中学時代から、ひまがあれば飽きずにピアノやキーボードをひいてをりましたが、 |
「飽きずに」の打消しの「ず」は古語動詞「す」との関連でザ行であると理解する。 |
11 |
大学の三年に編入してから、音楽好きの仲間を集めてバンドを組み、学園祭に参加したりしてまゐりました。 |
「まゐ(参)りました」は「目居(ゐ)る」との関連で覚える。 |
12 |
今でも授業の終はつたあと、そのサークル活動に顔を出すこともあります。 |
「終はつた」の「は」は語頭以外の「わ、い、う、え、お」が多くは元々ハ行音であった原則に従う。 |
13 |
高校時代にシャーロック・ホームズに夢中になり、自分でも下手な作品を書いてみたこともありました。 |
「ホームズ」は外来語。仮名遣いは問題にしない。 |
14 |
今でも夜下宿で推理小説を読むのが何よりの楽しみです。でも、このところ忙しくて、娯楽の本を読んだり好きなクラシックを聞いたりする趣味の時間がなかなか思ふやうにとれません。 |
「聞いたり」は10参照。 |
15 |
語学の予習や復習をしたり、受講してゐる科目の参考文献を読んだりするのにかなりの時間がとられますし、来週は発表があたつてゐて、この週末はその準備にかからなくてはなりません。それに、週に二回、家庭教師のアルバイトで、受験生の勉強を見てあげてゐますので、うちでのんびり過ごすのが最近の夢です。 |
「してゐる」は「を(居)る」との関連でわ行であると覚える。 |
16 |
でも、あと二か月もすれば夏休みに入りますから、すこしはゆつくりできるかと思ひます。 |
「思ひます」は「思ふ」の活用であるからは行。語頭以外の「わ、い、う、え、お」が多くは元々ハ行音であった原則に従う。 |
17 |
将来は外国で日本語を教へたいと考へてをりますが、 |
「教へたい」の「へ」は語頭以外の「わ、い、う、え、お」が多くは元々ハ行音であった原則に従う。 |
18 |
そのためには、まづ、自国の歴史と伝統をよく知つておかなければなりません。 |
「まづ」は「ず」が多く「づ」である原則に従う。 |
19 |
先生もご存知のやうに、わたくしは日本人でありながら外国生活が長く、その点で常識が不足してをります。 |
「やうに」は14参照。 |
20 |
そこで、休暇を利用して京都や奈良の方面に足をのばし、古い文化にどつぷりと浸つて、大いに見聞を広めてみようといふつもりでをります。 |
「大いに」の「い」は「き」がぞんざいに「イ」と発音されてできた新しい語形(音便)なので「ひ」や「ゐ」とは関係がない。したがって「い」と書く。 |
21 |
その折は、旅先での印象やら感想やらを率直に記して、またお便りを差し上げたいと思ひます。 |
「差し上げたい」は1参照。 |
22 |
考へてみますと、わたくしが日本語と日本文化を専攻するやうになつたのは、先生の比較文化に関する英語の講義を聴講したのが、そのきつかけであつたやうな気がいたします。 |
「考へて」は語頭以外の「わ、い、う、え、お」が多くは元々ハ行音であった原則に従う。 |
23 |
いつか先生のお宅におじやまして、奥様のお手製のアップル・パイなどごちそうになりながら、 |
「おじやま」は「邪魔」の字音より。 |
24 |
国による考へ方の違ひについていろいろお話をうかがつた時のことをなつかしく思ひ出してをります。心のこもつたご指導に深く感謝いたします。 |
「考へ方」は語頭以外の「わ、い、う、え、お」が多くは元々ハ行音であった原則に従う。 |
25 |
こちらは間もなく梅雨に入ります。御地も朝晩はまだ寒い日もあらうかと存じます。 |
「寒い」は1参照。 |
26 |
くれぐれもお体をお大切に。末筆ながら、奥様はじめご家族の皆さんによろしくお伝へくださいませ。 敬具 |
「はじめ」は「じ」が多く「じ」である原則に従う。 |
速習版へのとびら 簡単に覚えられる「歴史的仮名遣ひ」 |
一章 動詞の「ふ」 二章 動詞・形容詞の「い」 三章 居るの「ゐ」 四章 送り仮名 五章 ワ行 六章 長音とジ、ズ 七章 覚えよう 練習 |
歴史的仮名遣いを読むだけではなく、書くときにも使おうとするのにはどんな意味があるのでしょうか。
日本人は大昔から昭和の前期まで、歴史上一貫して仮名を「昔から書かれて来た通りに書く」という意識で書いてきました。ですから、いつの時代でも昔の手紙や文学作品を違和感なく読むことができました。ところが現代人だけは仮名を「昔の人が書いたのとは関係なく」今発音する通りに、という意識で書いています。ですからほんの数十年前の日本語を非常に読みにくく感じてしまいます。
何でもよいのですが例えば「さういふ」という文字を見ると日本人は千年以上もの間、誰しも容易にこれを発音し容易に同じ意味を読み取ってきました。同じ日本人だから当たり前のことだ言えそうですが、ところが昭和以降生れの現代人だけがそれができないのです。何か長い歴史の中で私達だけが仲間外れに遭っているような気がしませんか。現代において歴史的仮名遣いでものを書いてみることの大きな意味はここから発しているのです。
歴史的仮名遣いで文章を書いてみるということは、伝統的な仮名の扱い方に立ち帰るということを意味し、またそれは日本人の言語意識の長い歴史に連なってみるという行為でもあります。
さて、それではその行為は一体どれぐらい難しいことなのでしょうか。いや、それは案外に簡単なことなのです。
現代仮名遣いで文章を書いてみて下さい。 その中に「わ、い、う、え、お、じ、ず」の仮名がありますか。 ない時はそのままでよいのです。 |
「僕は骨が治ったので今日久しぶりに学校へ行きました。算数と国語と社会を勉強しました。給食は僕の大好きなカレーでした。左手で上手に食べられました。午後は運動会の練習でした。僕は見学だけをしました。家へ帰ってすぐ風呂に入りましたが今日はあまり垢が出ませんでした。晩ごはんがカレーだったのでちょっとがっかりしました。あしたは僕の好きな運動会です。まだ走っては駄目なので応援で頑張ります。だから今晩は早く寝ることにします。」
「日本の国会は衆議院と参議院によって構成される二院制である。両議院とも主権者である国民の選挙によって選ばれた国会議員によって構成される。衆議院議員の任期は四年であるが、議院の解散もある。参議院議員の任期は六年であるが、三年ごとに半数の議員が改選される。通常国会は毎年一回、1月中に召集される。臨時国会は必要により内閣が召集を決定する。特別国会は衆議院の解散による総選挙の後に召集されるものである。国会は会期の間だけ活動する。ただし委員会は閉会前に手続きを取ることにより、閉会中も審査を継続することができる。」
上の文章には「わ、い、う、え、お、じ、ず」の仮名がありません。ですからこのままで既に歴史的仮名遣いと同じになっているのです。(参考)
このように現代仮名遣いと歴史的仮名遣いは皆さんが思うほど大きく隔たっているわけではありません。
ところが学校で習った古文が難しかったから仮名遣いも難しいだろうと誤解している方が多いようなのです。
べつに古文の文法や単語を勉強する必要はありません。つい数十年前までの日本人はふつうに当たり前に歴史的仮名遣いで現代文を読み書きしていました。
歴史的仮名遣いを手っ取り早く使うには、まず漢字で書ける部分は漢字で書くようにすることです。そうすれば多くの問題点を避けることができます。
それでも避けることができない点については要領よく覚えていきましょう。
具体的にいうと、現代仮名遣いで
「ワ」「イ」「ウ」「エ」「オ」
「オウ」「コウ」「ソウ」「トウ」・・・
「ジ」「ジャ」「ジュ」「ジョ」「ズ」
と書く部分だけが歴史的仮名遣いで別の仮名になる可能性があるのです(例外的に少数の「キュウ」「シュウ」「チュウ」・・・、「キョウ」「ショウ」「チョウ」・・・に注意が必要です。)が、そのうちの目立つ部分や基本的な部分から説明していくことにします。
案外歴史的仮名遣いは簡単なものです。さっそくチャレンジしてみましょう。
速習版第一章 |
動詞の「ふ」
「~ウ」といふ動詞を「~ふ」にする。 例外なし |
(このページから歴史的仮名遣ひで説明していきます。読むことにも慣れていきませう。)
歴史的仮名遣ひの文章にはいやに「はひふへほ」が多いなと感じませんか。それは
●語頭以外の「ワ、イ、ウ、エ、オ」の多くが「は、ひ、ふ、へ、ほ」と書かれる
からなのです。
特に、
●現代仮名遣ひで「ウ」で終る動詞は歴史的仮名遣ひでは必ず「ふ」で終るのです。そしてそれらが変化すれば当然送り仮名は「は行」になります。
例へば、
会ウ → 会ふ
言ウ → 言ふ
追ウ → 追ふ
買ウ → 買ふ
食ウ → 食ふ
などと書き、
会はない 会はなかった 会はなければ 会はねば 会はず 会はぬ
言ひます 言ひました 言ひません 言ひながら
追ふか 追ふさ 追ふな 追ふには 追ふので 追ふらしい
買へ 買へど 買へば
食はうとする
などと変化します。
ごらんのやうに、「は、ひ、ふ、へ」と活用してきましたが、「ほ」とはならないのです。その点に注意して下さい。
長いものも全く同じです。
商はなくては
あらがひつつ
扱ふとき
争へども
洗はうか
明日会はうと思ふのですが構ひませんか。
なほ、
従ふ → 従はせる、従へる
使ふ → 使はれる、遣はす、おつかひ、仮名遣ひ
のやうに別の形の動詞になったり名詞になったりしても「は行」を保つことも理解して下さい。
歴史的仮名遣ひでは促音の「つ」や拗音の「や、ゆ、よ」の文字の大きさに決まりはありません。ここではしばらくは語の説明を解りやすくするために小さく書くことにします。
速習版第二章 |
動詞・形容詞の「い」
動詞の「~ナイ、~イタ」と形容詞の「~イ」は「い」。 例外なし |
語頭以外の「イ」は多くは「ひ」となるわけですが、大切な例外を挙げておきませう。
●動詞の「~ナイ」はすべて「い」です。
上げない 行かない 来ないで 待たないから など
●また、音便形と言われる「~イタ、~イテ」の仲間も「い」です。
書いて 稼いだ 咲いたら 着いて 騒いでる 聞いちゃ など
●形容詞の語尾の「イ」はすべて「い」です。
赤い いいが 美しいなら ないのに など
例文
怪しいわけではないが、知らない人にはついて行かない。
迷ったときは・・・
「ない」は古文風(文語)に変へると「なし」「なき」になります。
「書いて」「稼いだ」は「書きて」「稼ぎたり」になります。
「赤い」は「赤し」「赤き」になります。
このやうに古文風(文語)に変へてみて「き」「ぎ」「し」になるものは元々「ひ」とは関係ないのですから「い」でよいのです。
それ以外の場合には「ひ」になる可能性を考へませう。
速習版第三章 |
居るの「ゐ」
「~テイル」を「~てゐる」と書く。 例外なし |
●「居る(ゐる)」といふ動詞は
~テ居ル、~テ居ナイ、~テ居マス、~テ居タ、~テ居テ、~テ居レバ、~テ居ヨウ、・・・
などといふときには漢字で書かないのがふつうですから、
~てゐる、~てゐない、~てゐます、~てゐた、~てゐて、~てゐれば、~てゐよう、・・・
などと書かなければなりません。比較的短い文でもこの語が含まれてゐる(ほら!)ことが多いので非常に目立ちます。この「ゐ」を確実に綴りませう。
してゐる
噛んでゐた
見てゐない
慣れてゐれば
置いてゐよう
東京の大学に行ってゐた妹は今は田舎で叔母と二人で住んでゐます。
注 「ゐ」はカタカナでは「ヰ」です。
速習版第四章 |
送り仮名
動詞の送り仮名のワ行を「は行」にする。 例外あり |
第一章で習った以外の動詞も多くは語頭以外のワ行をは行にします。
(以下、赤字の部分は現代仮名遣ひと異なるところです。)
●現代仮名遣ひで「ワ○」で終る動詞は多くはほとんど「は○」となります。
表はす 承はる 変はる ・・・ など多数
覚えなければいけない例外は次の通りです。
植わる 断わる 据わる
●現代仮名遣ひで「エル」と送り仮名をつける動詞は多くは「へる」となります。
与へる 訴へる 変へる ・・・ など多数
例外を覚えませう。まづ「ゑ」となるもの。
植ゑる 飢ゑる 据ゑる
あとは「え」となるもの。
甘える 癒える 脅える 覚える
消える 聞こえる 越える 肥える 凍える
冴える 栄える 饐(す)える 聳(そび)える
絶える 費(潰)(つひ)える
萎える 煮える
生える 映(栄)える 冷える 増える 吠える
見える 燃える 萌える 悶える
「え」となるものがたくさんあるやうに見えますが、これらは「や行」活用の動詞なのですから大半は「甘やかす、癒やす、おびやかす、肥やす、さやか、そびやかす、絶やす、費やす、煮やす、生やす、囃す、冷やす、増やす、燃やす、モヤシ」などから推定できるのですぐ覚えられますね。
●現代仮名遣ひで「イル」で終る動詞で覚えるべきものは次のものです。
老いる 悔いる 率ゐる 報いる 用ゐる
注 「ゑ」はカタカナでは「ヱ」です。
速習版第五章 |
ワ行について
語頭以外のワイウエオを「は行」にする。 例外あり 語頭のワイウエオはそのままでよい。 例外あり |
●第一章でも触れましたが、語頭以外の「ワ、イ、ウ、エ、オ」は多くは「は、ひ、ふ、へ、ほ」となります。
かは(川) まは(回)る たひ(鯛) あひだ(間) ゆふ(夕) まへ(前) かへ(帰)る
かほ(顔) なほ(直)る など多数
もちろん例外はありますが、多くのものは漢字を使って書きますのであまり問題になることはないでせう。
ここではそれらのうち、仮名で書くことの多さうな主なものをまとめておきますのでここはちょっと我慢してしっかり覚えて下さい。(第二章で習ったものも忘れないこと。)
(赤字は現代仮名遣ひと異なる部分です。)
あいつ あいにく ありがたう あるいは いいえ いっぱい
~う (書かう、読まう、笑はう、・・・)
ええ
おとうさん おはやう おめでたう
かはいい かはいさう ~からう ~くらゐ こ(来)い こいつ かうする かうなる
ございます
しゃうがない そいつ さういふ さうする さうなる ~さう
~たらう だらう ちゃうど つい(うっかり) ついで(次、序) ~でせう
どいつ どう~ たうとう
ない ~なさい ねえ
はい ~はう(方)
~ませう もう
やをら ~やう(様)
~よう (しよう、見よう、上げよう、・・・)
~らしい
など
●語頭は「わ、い、う、え、お」としませう。「ゐ、ゑ、を」が現れることは少ないのですが、次には注意して下さい。
ゐる をかしい をぢさん をばさん をる(居) など
注!
ふつう漢字で書くものは挙げてありません。漢字で書きませう。
速習版第六章 |
長音とジ、ズ
オ段の長音に注意。 拗音に注意。 ジはじ、ズはづとする。 例外あり |
●「オウ、コウ、ソウ、・・・」などのオ段の長音は注意が必要です。オ段の仮名があ段になることが多いのです。
よく使ふものを覚えておきませう。
ありがたう おはやう おめでたう さやうなら
書かう 泊まらう 読まう ・・・ (ただし しよう、見よう、食べよう などは ~よう)
かうだ、かういふ、かうなる さうだ、さういふ、さうなる
~からう ~さうだ ~さうな ~しさうだ ~ださうだ ~だらう ~のはうへ ~のやうだ など
●「キュウ、シュウ、チュウ、・・・、キョウ、ショウ、チョウ、・・・」などの拗音は注意が必要です。和語ならば「や、ゆ、よ」が間に入らない二文字の表記になります。
よく使ふものを覚えておきませう。
きうり けふ(今日) ~でせう ~ませう など
●「ジ」は多くは「じ」、「ズ」は多くは「づ」でよいのですが、次のものに注意。
をぢさん おぢいさん
必ず
ぢいさん ぢぢ ~ぢゃ ~ぢゃふ ~ず(打消し)
ずっと ずるい ずれる
閉ぢる
ネヂ ねぢる
恥ぢる
よぢる
など
速習版第七章 |
覚えよう
すでに習ってゐるものも多いので、復習がてらしっかり覚えませう。
赤字は現代仮名遣ひと異なる部分です。
●動詞や形容詞などの変化に伴ふ言ひ回しは覚えてしまへばあとは楽です。
書かない
書きませう 書きさうだ・です・な・に 書きたい 書きなさい 書きやうがない 書いちゃ
書かう 立たう 読まう 当たらう ・・・ 見よう しよう 上げよう ・・・
書くだらう 書くでせう 書くさうだ・です 書くやうだ・です・な・に 書くらしい 書くまい
書くふう 書くみたい
書いたらう 書いてゐる 書いてください 書いてしまふ
書いてもらふ
赤からう ・・・ 赤さうだ ・・・
~くらゐ・ぐらゐ
~さへ
~ださうだ・です ~だらう
~ちふ(といふ) ~ぢゃ ~ぢゃない
~でせう
~のやうだ・です・な・に
~みたい
~らしい
●よく使ふ語句をまとめました。
あいつ あいにく ありがたう あるいは
いいえ ~といふ いっぱい いらっしゃる ~ていらっしゃる ~てゐる
~う(動詞の意志・推量)
ええ
~において(於いて) おはやう おめでたう ~てをり(居り) をります(居ります)
必ず ~からう
きのふ けふ
~ください ~くらゐ、ぐらゐ
こいつ かうだ・かういふ・かうなる ごきげんよう ございます ごちそうさま
さやうなら
ぢゃ・ぢゃあ ~ぢゃ(だ、では) ~ぢゃふ(でしまふ) しゃうがない
~ず(打消し) すいません ずっと すなはち
せゐ(所為)
そいつ さうだ・さういふ・さうなる ~さうだ・さうな
たとへ たとへば ~たらう ~だらう
~ちゃふ(てしまふ) ちゃうど
つい(うっかり) ~について ついで(次いで) ついで(序で) つひに ~っしゃい
~でせう
どいつ どうだ・どういふ・どうなる どうぞ たうとう どうも ~のとほり
なほ ~なさい
にいさん
ねえさん
はい ~はず
ふつう
~はう(方)
~ませう まづ
もう
~のゆゑ
~よう(意志・推量) ~やう(様) ようこそ やうす やうやく
~らしい
●動植物名などは漢字で書かないことが多いので積極的に辞書を引きませう。
●現代文の中にわざとらしく書かれることが多い語の中には誤ってゐるものがあるので注意して下さい。
(誤) → 正
(言いたひ) → 言ひたい
(よゐこ) → よいこ
(かほり) → かをり
(どぜう) → どぢゃう など
このページに挙げた各語の仮名遣ひの根拠はこちらに説明してあります。必要に応じてごらんください。
さあ、これであなたはもう充分に正しい歴史的仮名遣ひが書けるはずです。
速習版 練習 |
さっそく現代仮名遣ひの文章を歴史的仮名遣ひに直す練習をしてみませう。
ポイントは |
|
です。 |
●例文
国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった。信号所に汽車が止った。 |
問題の仮名は10個見つかりましたね。では歴史的仮名遣ひに直してみてください。
(下のボックス内で書き換へられます。)
解答
↓
↓
↓
解答
赤字は現代仮名遣ひと異なる部分です。
国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった。信号所に汽車が止った。
向側の座席から娘が立ってきて、島村の前のガラス窓を落した。雪の冷気が流れこんだ。娘は窓いっぱいに乗り出して、遠くへ叫ぶやうに、
「駅長さあん、駅長さあん。」
明りをさげてゆっくり雪を踏んで来た男は襟巻で鼻の上まで包み、耳に帽子の毛皮を垂れてゐた。
もうそんな寒さかと島村は外を眺めると、鉄道の官舎らしいバラックが山裾に寒々と散らばってゐるだけで、雪の色はそこまで行かぬうちに闇に呑まれてゐた。
長い→ 形容詞語尾の「い」なので「い」のままでよい。(二章)
いっぱいに→ 語頭の「い」はそのままでよい(五章)。あとの「い」は「ワ行の例外」、
「よく使ふ語句」の中にあったので「いっぱいに」。(五、七章)
ように→ 「ワ行の例外」、「オ段の長音」などの中にあったので「やうに」。(五、六、七章)
垂れていた→ 「~ていた」は「~てゐた」。(三章)
もう→ 「ワ行の例外」、「よく使ふ語句」の中にあったので「もう」。(五、七章)
らしい→ 「ワ行の例外」、「よく使ふ語句」の中にあったので「らしい」。(五、七章)
ているだけで→ 「~ている」は「~てゐる」。(三章)
うちに→ 語頭の「う」はそのままでよい(五章)。
ていた→ 「~ていた」は「~てゐた」。(三章)
●次の諺を歴史的仮名遣ひに直しませう。
井の中の蛙大海を知らず |
解答
↓
↓
↓
解答
井の中の蛙大海を知らず
石橋を叩いて渡る
とんびにあぶらげを攫はれる
蓼食ふ虫も好き好き
臭い物に蓋
籔をつついて蛇を出す
虻蜂取らず
火のない所に煙は立たぬ
背に腹は代へられぬ
井の中の蛙大海を知らず→ 打消しの「ず」は「ず」(六章)
石橋を叩いて渡る→ 「~いて」は「~いて」(二章)
とんびにあぶらげを攫われる→ 「攫ふ」の活用だから「攫は」(一章)
蓼食う虫も好き好き→ 「食ふ」(一章)
臭い物に蓋→ 形容詞だから「い」(二章)
籔をつついて蛇を出す→ 「~いて」は「~いて」(二章)
虻蜂取らず→ 打消しの「ず」は「ず」(六章)
火のない所に煙は立たぬ→ 形容詞だから「い」(二、五章)
背に腹は代えられぬ→ 「代へる」(四章)
●童謡を歴史的仮名遣ひにしてみませう。
もういくつ寝ると お正月 |
明かりをつけましょ ぼんぼりに |
さくら さくら |
解答
↓
↓
↓
解答
もういくつ寝ると お正月
お正月には たこ上げて
こまを回して 遊びませう
早く来い来い お正月
「もう」は「もう」(五、七章)。「ましょう」は「ませう」(五、六、七章)。「来い」は「来い」(五章)。
明かりをつけましょ ぼんぼりに
お花を上げましょ 桃の花
五人ばやしの 笛太鼓
今日は楽しい ひな祭り
「ましょ」は「ましょ」でよい。「ましょう」ならば「ませう」(五、六、七章)。「楽しい」は形容詞なので「い」(二章)。
さくら さくら
やよひの空は 見渡すかぎり
かすみか雲か にほひぞ出づる
いざや いざや 見に行かん
語頭以外の「い」は「ひ」、「お」は「ほ」(五章)。「ず」は「づ」(六章)。
それでは今度は、書き直すのではなく、新たに歴史的仮名遣ひの文章を書く感覚を試してみることにしませう。
簡単なやり方は次の通りです。
●まづ「ふ」で終る動詞を一つ思ひ浮かべてください。
現代仮名遣ひで「う」で終る動詞ですからたくさんあります。好きなものを一つ選んで下の記入ボックスに書き込みます。
~はない、~ひます、~へば などと変化させた形でも結構です。
(例:笑ふ 貰ふ 縫ふ など)
●次にその後に、「ひ」にはならない「い」を含む語を書き込みます。
~い といふ形容詞か、あるいは(上に書いたのとは別の)動詞の ~たい、~ない、~まい、~らしい、~いた、~いて などの形でもよいでせう。
(例:泣いて 書いた 美しい など)
●次に「てゐる」と書き加へてください。
てゐた、てゐても などと変化させてもよいでせう。
(例:てゐる てゐます てゐた など)
記入ボックス
最後に、書き込んだ3語を適当に動かし、あるいは変化させ、また足りない語句を追加して文章を作ります。
例:
笑ふ 泣いて てゐる →・・・→ 私は少しも笑はずにただ泣いてゐるだけだったのです。
貰ふ 書いた てゐます →・・・→ 名前を書いた人だけ切符が貰へたと伺ってゐます。
縫ふ 美しい てゐた →・・・→ 熱心に見てゐたのは美しい着物を縫ふ場面でした。
それでは例に倣って作文してみて下さい。
どうですか。うまく文章になりましたか。
これで歴史的仮名遣ひで文章を書く感覚を何となく掴んで頂けたのではないでせうか。
●そろそろコツが分かってきたでせうから 試験を受けてみませう。
書き方試験1(5級)(大学後期課程進学試験) |
受験資格に制限はありません。どなたでも受けられます。 |
||||
次の青字部分の正しい歴史的仮名遣いはどれでしょうか。右欄で解答してください。
高い→1.高い 2.高ひ 3.高ゐ
聞こえる→1.聞こえる 2.聞こへる 3.聞こゑる
あたろう→1.あたらう 2.あたらふ 3.あたろう 4.あたろふ 5.あたろお 6.あたろほ
にわかけまわり→1.にはかけまはり 2.にはかけまわり 3.にわかけまはり 4.にわかけまわり |
書き方試験2-A(4級への前段)(大学卒業予備試験) |
受験資格に制限はありません。どなたでも受けられます。 |
(促音・拗音に小字は使用しません。) その誤ったものだけを下の中から選んで、その番号とその正しい歴史的仮名遣いの記号を右欄で解答して下さい。 1はれ a われ |
歴史的仮名遣ひの手引き |
和語 漢字音 外来語 小字(小書き) 踊り字 「ん」と「む」 長音の短縮 古語 仮名の字種 漢字の字体 文体 読み方 疑問仮名遣 |
仮名遣切替 7-10版
目次
現代仮名遣ひ |
歴史的仮名遣ひ |
|
語頭 |
語中・語尾 |
|
ワ |
||
イ |
||
ウ |
||
エ |
||
オ |
||
オウ、コウ、ソウ、トウ、・・・ |
||
キュウ、シュウ、チュウ、・・・ |
||
キョウ、ショウ、チョウ、・・・ |
||
ジ、ジャ、ジュ、ジョ |
||
ズ |
||
上記以外 |
現代仮名遣ひと同じ |
「歴史的仮名遣ひ」とは広い意味では漢語の仮名遣ひ(字音仮名遣ひ)をも含みますが、狭い意味では和語の仮名遣ひのことだけを言ひます。
ここでは現代語の和語について、歴史的仮名遣ひが現代仮名遣ひと異なるところを包括的に記述しました。
複数説のある語については有力な説を採用し、異説については必ずしも触れてゐるとは限りません。
なほ、漢語は対象外ですが準和語(漢語由来の意識が薄れてゐる語)については、一部必要と思はれるものは記載しました。それらについては字音仮名遣ひを適用してゐます。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
まづ最初に全体の見通しを立てておきませう。
和語を歴史的仮名遣ひで書くときは、現代仮名遣ひで
「ワ」「イ」「ウ」「エ」「オ」
「オウ」「コウ」「ソウ」・・・
「キュウ」「シュウ」「チュウ」・・・
「キョウ」「ショウ」「チョウ」・・・
「ジ」「ジャ」「ジュ」「ジョ」「ズ」
と書く部分だけが問題となります。(それ以外の部分は仮名遣ひに関係しません。参考)
そこでそれらを概略次のやうに記述していきます。
A.「ワ、イ、ウ、エ、オ」について。
現代仮名遣ひの語頭の「イ、エ、オ」が「ゐ、ゑ、を」となるもの。
語頭以外の「ワ、イ、ウ、エ、オ」が「は、ひ、ふ、へ、ほ」以外となるもの。
(「は、ひ、ふ、へ、ほ」となるものが非常に多いのでそれを原則とし、例外を覚える。)
B.長音について。
「オウ、コウ、ソウ、・・・」が「あう、あふ、かう、かふ、さう、さふ、・・・」となるもの。
「キュウ、シュウ、チュウ、・・・」が「きう、きふ、しう、しふ、・・・」となるもの。
「キョウ、ショウ、チョウ、・・・」が「けう、けふ、せう、せふ、てう、てふ、・・・」となるもの。
C.「ジ、ズ」について。
「ジ」が「ぢ」となるもの。
「ズ」が「ず」となるもの。
(「づ」となるものが多いのでそれを原則とし、例外の「ず」を覚える。)
以下、順次説明していきますが、説明文中「 」内のカタカナは現代仮名遣ひについて、「 」内のひらがなは歴史的仮名遣ひについて言及してゐるものです。
赤字で示したのは覚えるべき法則です。(★が付いた法則は大原則では捉へられないものです。)
法則について詳しいことは各項目末尾にある「法則の解説」で参照できます。
例外や覚えるべき語として挙げた語群は通常の現代文を書くための十分なリストです。語は現代仮名遣ひにしたときの五十音順に配列してあります。これらは各項目末尾にある「語の由来」で仮名遣ひの根拠を知ることができます。(「語の由来」を有効的に利用するには「仮名遣ひを推定する方法」をお読み下さい。)
法則や例外の語などの暗記には「暗記用シート」が利用できます。
歴史的仮名遣ひでは促音の「つ」と拗音の「や、ゆ、よ」を小さく書くといふ決まりはありません。このサイトでは語の説明の明確性を確保するためにしばらくは小さく書きます。
和語について
以下本文
A 「ワ、イ、ウ、エ、オ」について
まづ語頭について
A1 現代仮名遣ひの語頭の「ワ」と「ウ」は歴史的仮名遣ひでもすべて「わ」と「う」。
(「語頭」の意味について。例へば「ヒマワリ」の「ワ」は語中ですが「ヤクワリ」の「ワ」は語頭と考へます
ので「やくわり」となります。「シワザ しわざ」「ミウチ みうち」なども同様に理解します。)
A2 語頭の「イ」はほとんど「い」ですが、「ゐ」である例外は次の通りです。
井 藺草 居丈高 田舎 猪 亥 威張る ヰモリ 居る
(「イラッシャル、イラッシタ、イラシタ、イラシテ」などは「い」でよい。由来は「入る 入らせらる」。)
(文語「在す(坐す)」は「います」。「居(ゐ)ます」とは別の語。)
A3 語頭の「エ」はほとんど「え」ですが、「ゑ」である例外は次の通りです。
絵 描く ゑぐい 抉る 餌 笑み 笑む ヱンジュ
(「酔ウ」は「よふ」。「ゑふ」は古形。)
A4 語頭の「オ」はほとんど「お」ですが、例外は次の通りです。
「を」であるもの。
小 尾 緒 甥(をひ) 終へる 雄々(をを)しい 丘 岡 可笑しい
犯す 拝む 荻 桶 をこがましい ヲコゼ 長 をさをさ 幼い
収める 納 治 修 叔父 伯父(をぢ) 惜しい 教へる をぢさん
ヲシドリ 雄 牡 教はる 夫 男 一昨日(をととひ) 一昨年
少女(をとめ) 囮 踊る 斧 をののく 叔母 伯母 をばさん ヲミナヘシ
檻 折 折る 居る ヲロチ 終はる 女
「オウ」の「オ」が「あ」であるもの。
あふぎ 扇 あふせ 逢瀬 あふみ 近江 あをみ 青海 あをめ 青梅
次に語頭以外について
A5 語頭以外の「ワ」は多くは「は」ですが、「わ」である例外は次の通りです。
★終助詞の「ワ」は「わ」。(係助詞「は」とは別)
~だわ ~わい ~わね 寝坊するわ忘れ物するわ 出るわ出るわ など
その他「わ」であるもの。
あわ 泡 あわただしい あわてる 慌 いわう 硫黄 いわし 鰯
うわる 植 かわく 乾 渇 くつわ 轡 くるわ 廓 くわゐ 慈姑
ことわざ 諺 ことわる 断 こわいろ 声色 さわぐ 騒 ざわざわ
ざわめく しわ 皺 すわる 座 すわる 据 たわいない 他愛無
たわむ 撓 たわわ はにわ 埴輪 よわい 弱
A6 語頭以外の「イ」は多くは「ひ」ですが、例外は次の通りです。
★形容詞語尾の「イ」はすべて「い」。(イ音便。由来は「し」「き」)
赤い いい 美しい など
★動詞の「ナイ、タイ、マイ、ラシイ、ミタイ、ナサイ、クダサイ」はすべて「い」。
(イ音便。由来は「し」「じ」「き」「り」など)
行かない 行きたい 行きなさい 行くまい 行くみたい 行くらしい
行ってください など
★動詞命令形語尾の「イ」はすべて「い」。(イ音便。由来は「よ」)
来い せい 立てい など
★動詞の音便形「イタ、イダ、イテ、イデ」は「い」。(イ音便。由来は「き」「ぎ」)
稼いだ 咲いたら 着いて 脱いでも など
(「強ひた」、「率ゐた」は音便ではない。)
★助詞の「イ」は「い」。(イ音便。由来は「や」「よ」)
かい だい わい など
★元「や」行の動詞の「イ」は「い」。(由来はや行の「い」)
老いた 悔いて 報いよ などこの三個の動詞のみ(語の由来)
★イ段の音を引き延ばすための拍は「い」。
しいんと など
その他「い」であるもの。(イ音便、付加音、感動詞、や行の「い」など。 語頭以外に元々
あ行の「い」であるものはない。)
あいつ あいにく 生憎 あるいは いいえ いっぱい えい(掛け声)
老い 老いらく 老いる おい(呼びかけ) おいしい 美味 おいて 於
おいで おいら 俺等 おほいに 大 かい 櫂 かいくぐる 掻潜
かいぞへ 介添 かいだす 掻出 かいまき 掻巻 かいまみる 垣間見
かはいい 可愛 かはいさう 可哀想 悔い ~ください 来い こいつ
ここいら ~ございます さいなむ 苛 さいはひ 幸 ぢいさん 爺
~しゃい しんまい ずいき 芋茎 ずいと ずいぶん すいません
せい 背 せいいっぱい せいぜい ぜんまい そいつ そこいら
たいした だいぶ 大分 たいまつ 松明 たわい 他愛 つい(うっかり)
つい 対 ついぢ 築地 ついたち 一日 ついたて 衝立 ~について
ついで 次 ついで 序 ついばむ 啄 ~っしゃい どいつ
たうてい 到底 ないがしろ 蔑 ~なさい にいさん 兄 はい(返事)
ひいき 贔屓 ひいでる 秀 ふい(駄目) ふいご 鞴 へい(はい)
ほいほい まいにち 毎日 むいか 六日 むくい 報 やい(呼びかけ)
やいのやいの やいば 刃 わいわい わっしょい
次のものは「ゐ」です。
あゐ 藍 あぢさゐ 紫陽花 いぬゐ 乾 くらゐ 位 ~ぐらゐ
くれなゐ 紅 くわゐ 慈姑 しほさゐ 潮騒 しきゐ 敷居 閾
しばゐ 芝居 せゐ(所為) とりゐ 鳥居 ひきゐる 率 まゐる 参
もちゐる 用 もとゐ 基
A7 語頭以外の「ウ」は多くは「ふ」(「ウ」で終る動詞の「ウ」はすべて「ふ」)ですが、
例外は次の通りです。
★形容詞の活用の「く」が「ウ」となったものはすべて「う」。(ウ音便。由来は「く」)
おそろしう 寒う おたか(高)う など
★動詞(乞ふ、恋ふ、問ふ この三個のみ)の活用の「ひ」が「ウ」となったものは「う」。
(ウ音便。由来は「ひ」)
乞(請)うて 恋うて 問うた など
★(文語では他の動詞でもすべて「う」。 言うて 追うて 沿うて など)
★動詞の推量、意志を表はす「ウ」はすべて「う」。(ウ音便。由来は「む」「ん」)
行かう 笑はう 見よう など (詳しくはB1参照。)
★(文語の「わ」行動詞の「ウ」は「う」。)(由来はわ行の「う」)
(植う 植うる 飢う 飢うれば 据う 据うれど などこの三個の動詞のみ)
(語の由来)
★ウ段、オ段の音を引き延ばすための拍は「う」。
すうっと どうれ など
その他「う」であるもの。(ウ音便、付加音、感動詞、わ行の「う」など。 語頭以外に元々
あ行の「う」であるものはない。)
あはう 阿呆 ありがたう いわう 硫黄 (「ゆわう」は古形) いちゃう 銀杏
いもうと 妹 ~うる 得 おとうさん 父 おとうと 弟 おはやう おめでたう
かりうど 狩人 ~からう からうじて 辛 かはいさう 可哀想
ききゃう 桔梗 きうり 胡瓜 くろうと 玄人 かう(~だ、いふ、する、なる)
かうがうしい 神々 かうし 格子 こうぢ 小路 かうぢ 麹 かうぞ 楮
かうばしい 香 かうべ 頭 かうべ 神戸 かうむる 被 かうもり 蝙蝠
かうり 行李 ごきげんよう ごちそうさま さやうなら ~ぢゅう 中
しうと 舅 しうとめ 姑 しゃうが 生姜 しゃうがない しゃうぶ 菖蒲
しろうと 素人 さう(~だ、いふ、する、なる) ~さう(~だ、な)
さうざうしい 騒々 さうらふ 候 たたう 畳 ~たらう ~だらう
てうづ 手水 ちゃうど 丁度 てうな 手斧 ~でせう どう 如何
たうげ 峠 とうさん 父 どうせ どうぞ たうてい 到底 たうとう 到頭
とうに(早くに) どうも だうりで 道理 どぢゃう 泥鰌 なかうど 仲人
のうのう ひうが 日向 ヘウ 豹 ふつう 普通 ぶだう 葡萄 ~はう 方
はうき 箒 はうむる 葬 ほんたう 本当 ~ませう めうが 茗荷
めうと(ミョートと読む場合) 夫婦 もう(既に) もう[または まう](更に)
まうける 設 儲 まうす 申 (「まをす」は古形) まうでる 詣 やう(~だ、な)
やうか 八日 ようこそ やうす 様子 やうやく 漸 りんだう 竜胆
わかうど 若人 われもかう 吾木香
特殊なもの。
あかほ 赤穂 あをみ 青海 あをめ 青梅
A8 語頭以外の「エ」は多くは「へ」ですが、例外は次の通りです。
★元「や」行の動詞の「エ」は「え」。(由来はや行の「え」)
あまえる 甘 いえる 癒 おびえる 脅 おぼえる 覚 きえる 消
きこえる 聞 こえる 越 こえる 肥 こごえる 凍 さえる 冴
さかえる 栄 すえる 饐 そびえる 聳 たえる 絶 つひえる 費 潰
なえる 萎 にえる 煮 はえる 生 はえる 映 栄 ひえる 冷
ふえる 増 ほえる 吠 まみえる 見 みえる 見 もえる 燃 もえる 萌
もだえる 悶 以上二十七個の動詞のみ(語の由来)
★エ段の音を引き延ばすための拍は「え」。
あれえ せえの など
その他「え」であるもの。(付加音、感動詞、や行の「え」など。 語頭以外に元々あ行の「え」で
あるものはない。)
あえか あまえ 甘 いいえ いりえ 入江 ~え(人名の江、枝)
ええ(応諾) おびえ 脅 おぼえ 覚 きこえ 聞 こえ 肥 こごえ 凍
こころえ(る) 心得 さえぎる 遮 さえ 冴 さかえ 栄 サザエ
たえだえ 絶々 つひえ 費 つくえ 机 なえ 萎 にえ 煮 ぬえ 鵺
ねえ(呼びかけ) ねえさん 姉 はえ 栄 ひえ 稗 ひえ 冷 ふえ 笛
へえ(はい) みえ 見栄 もだえ 悶
「ゑ」であるもの。
いしずゑ 礎 うゑる 植 うゑる 飢 ~ゑ(人名の恵) こゑ 声
こずゑ 梢 すゑ 末 すゑる 据 つゑ 杖 ともゑ 巴 ほほゑむ 微笑
ゆゑ 故 ゆゑん 所以
A9 語頭以外の「オ」は多くは「ほ」ですが、例外は次の通りです。
「お」であるもの。(語中のやうに見えて実は語頭であるもの。 語頭以外に元々「お」であるも
のはない。)
はおり はおる 羽織
「を」であるもの。
あを 青 いさを 功 うを 魚 ~を(人名の男、雄、夫)
かをり かをる 香 かつを 鰹 さを 竿 しをらしい しをり 栞
しをれる 萎 たをやか たをやめ 手弱女 たをる 手折 とを 十
ますらを 益荒男 みを 澪 みさを 操 めをと 夫婦 やをら
「ふ」であるもの。
あふひ 葵 あふぐ 扇 仰 あふむく 仰向 あふる 煽
たふす たふれる 倒
★動詞の推量、意思を表はす「オウ」はすべて「はう」。(由来は「は行動詞未然形+む」)
会はう 言はう 買はう などすべて
「オウ」が「わう」であるもの。
いわう 硫黄 (「ゆわう」は古形)
B 長音(「オウ、コウ、ソウ、・・・、キュウ、シュウ、チュウ、・・・、キョウ、ショウ、チョウ、・・・」)について
(ここでは漢語の仮名遣ひについては記述してありませんから注意してください。)
B1 ★動詞の推量、意思を表はす「オ段+ウ」は「あ段+う」です。(由来は「あ段+
む」)
★ただし「ヨウ」であるものはそのまま「よう」です。(由来は「え段+む」)
いはう 言 いかう 行 しなう 死 すまう 住 たたう 立 ちらう 散
しよう みよう 見 あけよう 開 など
B2 ★それ以外にも「オ段+ウ」が「あ段+う、ふ」であるものがあります。
「オウ」の「オ」が「あ」であるもの。
あふぎ 扇 あふせ 逢瀬 あふみ 近江
(特殊なもの あをみ 青海 あをめ 青梅)
「オウ」の「オ」が「わ」であるもの。
いわう 硫黄 (「ゆわう」は古形)
「コウ」の「コ」が「か」であるもの。
(特殊なもの あかほ 赤穂) かう(~だ、いふ、する、なる) かうがうしい 神々
かうし 格子 かうぢ 麹 かうぞ 楮 かうばしい 香 かうべ 頭
かうべ 神戸 かうむる 被 かうもり 蝙蝠 かうり 行李 なかうど 仲人
むかふ[または むかう](名詞) 向 わかうど 若人 われもかう 吾木香
「ゴウ」の「ゴ」が「が」であるもの。
まがふ 紛 みまがふ 見紛
「ソウ」の「ソ」が「さ」であるもの。
かはいさう 可哀想 さう(~だ、いふ、する、なる) ~さう(~だ、な)
さうざうしい 騒々 さうらふ 候
「トウ」の「ト」が「た」であるもの。
ありがたう おめでたう たたう 畳 たゆたふ 揺蕩 たうげ 峠
たうてい 到底 たふとい たふとぶ 尊 たうとう 到頭 とほたふみ 遠江
ふきのたう 蕗の薹 ほんたう 本当
「ドウ」の「ド」が「だ」であるもの。
だうりで 道理 ぶだう 葡萄 りんだう 竜胆
「ホウ」の「ホ」が「は」であるもの。
あはう 阿呆 ~はう 方 はうき 箒 はふはふの体 はうむる 葬
はふる 放
「モウ」の「モ」が「ま」であるもの。
すまふ 相撲 ~たまふ 給 まうける 設 儲
まうす 申 (「まをす」は古形) まうでる 詣
「ヨウ」の「ヨ」が「や」であるもの。
おはやう さやうなら やう 様 やうか 八日 やうす 様子 やうやく 漸
「ロウ」の「ロ」が「ら」であるもの。
~からう からうじて 辛 さうらふ 候 ~たらう ~だらう
その他に★語幹がア段で終る形容詞の「~く」の変化「~ウ」は「あ段+う」。
あたたかう 温 おたかう 高 つめたう 冷 など
B3 ★「ウ段の拗音+ウ」は「い段+う、ふ」です。
「キュウ」の「キュ」が「き」であるもの。
きうり 胡瓜
「シュウ」の「シュ」が「し」であるもの。
★形容詞の「しく」の変化はすべて「しう」。(ウ音便。由来は「く」)
美しう 嬉しう 悲しう など
他に「しう」であるもの。
しうと 舅 しうとめ 姑
「ジュウ」の「ジュ」が「じ」であるもの。
じふ 十
「チュウ」の「チュ」が「ち」であるもの。
~ちふ(と言ふ)
「ニュウ」の「ニュ」が「に」であるもの。
はにふ 埴生
「ヒュウ」の「ヒュ」が「ひ」であるもの。
ひうが 日向
「リュウ」の「リュ」が「り」であるもの。
かりうど 狩人
B4 ★「オ段の拗音+ウ」は「え段+う、ふ」です。
「キョウ」の「キョ」が「け」であるもの。
けふ 今日
「ショウ」の「ショ」が「せ」であるもの。
~でせう ~ませう
「チョウ」の「チョ」が「て」であるもの。
てふ 蝶 てうづ 手水 てふちょ てふてふ 蝶々 てうな 手斧
「ヒョウ」の「ヒョ」が「へ」であるもの。
ヘウ 豹 ヘウタン 瓢箪
「ミョウ」の「ミョ」が「め」であるもの。
めうが 茗荷 めうと 夫婦
(「ゑふ 酔」は古形。現代語は「よふ」。)
B5も参照。
B5 ★例外的に「オ段の拗音+ウ」が「あ段の拗音+う」であるものがあります。
(漢語由来。本来の歴史的仮名遣ひではなく、字音仮名遣ひに由来するもの。)
「キョウ」の「キョ」が「きゃ」であるもの。
ききゃう 桔梗
「ショウ」の「ショ」が「しゃ」であるもの。
しゃうが 生姜 しゃうがない しゃうぶ 菖蒲
「ジョウ」の「ジョ」が「ぢゃ」であるもの。
どぢゃう 泥鰌
「チョウ」の「チョ」が「ちゃ」であるもの。
いちゃう 銀杏 ちゃうど 丁度
C 「ジ、ズ」について
C1 「ジ」は多くは「じ」ですが、「ぢ」である例外は次の通りです。
味 鯵 あぢきない アヂサヰ 意地 いぢいぢ いぢめる いぢらしい
いぢる 氏 うぢうぢ お爺(ぢい)さん をぢさん 怖ぢる 舵 梶
鍛冶 鯨 けぢめ かうぢ(麹) 地 痔 ~路 爺(ぢい)さん
ぢか ぢき(直) ぢぢ(爺) 地味 シメヂ ぢゃ ぢゃあ(では)
~ぢゃ(だ、では) ~ぢゃふ(でしまふ) ~ぢゅう(中) 重々(ぢゅうぢゅう)
筋 たぢたぢ たぢろぐ 築地(ついぢ) どぢ 泥鰌(どぢゃう) 閉ぢる
ナメクヂ 汝 ネヂ ねぢる 恥 肘 藤 もぢもぢ 捩(もぢ)る
紅葉 よぢる ワラヂ
C2 「ズ」は多くは「づ」ですが、「ず」である例外は次の通りです。
★動詞の「する」が濁ったものはすべて「ず」。
案ずる 演ずる 感ずる 映ずる 応ずる 講ずる など
甘んずる 疎んずる など
★動詞の打消しの「ズ」は「ず」。
書かず 見ず など
その他「ず」であるもの。
杏子 礎(いしずゑ) うずうず うずくまる 数 必ず 傷 葛
梢(こずゑ) 芋茎(ずいき) ずいと ずいぶん 鈴 錫 鱸 涼しい
スズシロ スズナ 雀 硯 ずっこける ずっしり ずっと ずば抜ける
ずばり ずぶの ずぶずぶ ずぶぬれ ずぼら ずらす ずらり
ずり落ちる ずるい ずるずる ずれる ずんぐり ずんずん たたずむ
鼠 筈 引きずる ミミズ むずむず 百舌 行きずり 柚子
以上和語について
掲出した語群は当サイト作成のオリジナル資料です。個々の語の引用は自由ですが項目丸ごとの無断転載を禁じます。
特殊な語、あまり使はれない語は省略しました。さらに完璧を期すには「総合辞書(歴史的仮名遣ひ辞典)」を参照してください。収録語数は約二倍です。
★ここまでのおさらひを「法則のまとめ」でやってみませう。
★暗記とチェックは暗記用シートで。
和語以外の語種(漢語・準和語・外来語)については以下をごらん下さい。
漢字音(漢語の仮名遣ひ、字音仮名遣ひ)について
漢字音の表記は厳密な意味では歴史的仮名遣ひとは別の問題です。
しかし、和語の歴史的仮名遣ひとの釣合ひをとるために(どちらも「元々の発音に従った書き方」であるといふ体裁にするために)漢字音の表記には「字音仮名遣ひ」を使用するのがふつうです。「字音仮名遣ひ」とは個々の漢字の原語音を仮名で書き分けたらどうなるかと考へて江戸時代に決められたものです。ふつうは漢語は漢字で表記しますので字音仮名遣ひ表をまとめて覚える必要は全くありません。
ただ、字音仮名遣ひでは
「カ・・」「ガ・・」「コー」「ゴー」
と読む漢字のうちに「くゎ・・」「ぐゎ・・」「くゎう」「ぐゎう」と書く特徴的なものがあります。これが仮名書きの際の盲点となることもありますので覚えておきませう。
仮名で書くことのありさうな例を挙げておきます。
火 アンクヮ
菓 おくゎし
嘩 けんくゎ
画 マングヮ
快 ゆくゎい
外 あんぐゎい
郭 クヮクコウ
罐 やくゎん
頑 グヮンコ
など (実際にはふつう大字(並字)で「くわ」「クワ」「ぐわ」「グワ」と書かれます。)
これらはすべて「カ」「ガ」と読みます。現代において「クヮ」「グヮ」と読むことはありません。それは「わたしは」を「watashiha」と読むやうなものだからです。
なほ、字音仮名遣ひについては様々な考へ方があります。その性格は元々外国語発音の写し、いはば発音記号であるのだから、現代においては現代の発音の写しでよいはずだとする立場もその一つです。ゴエテが正しい、ギョエテが正しい、といふのはあまり意味がなく、今は皆ゲーテと言ってゐるのだからゲーテでいいのだといふ考へ方です。
しかし字音仮名遣ひを全く無視しようとすれば、元は漢語でありながら和語と同じやうに意識されてゐる「はう(方)」「やう(様)」など準和語と呼ばれる若干の語の扱ひをどうするかといふ問題が生じることになります。
外来語について
外来語の表記も歴史的仮名遣ひとは別の問題です。流布表記に従ってよいでせう。
なほ、原語の発音や表記に拠って
di、du などを ラヂオ ヅック
m を ラムプ オリムピック
のやうに書く工夫は任意で行はれますが規範的といふわけではありません。
wi、we、wo
などを ウヰスキー スヰッチ スウヱーデン ウヲーター
のやうに書くこともありますが、これも任意的なもので規範ではありません。
なほ、ヰスキー、ヱートレス、ヲーターなどのやうに「ヰ、ヱ、ヲ」をそれぞれ単独で「ウィ、ウェ、ウォ」と読ませるのは基本的には間違ひです。「ヰ、ヱ、ヲ」の現代における読みはあくまで「イ、エ、オ」です。
小字(小書き)について
歴史的仮名遣ひおよび字音仮名遣ひでは、現代仮名遣ひにおける拗音、促音の「や、ゆ、よ、つ」のやうに小さく書く決まりになってゐる字はありません。ふつうはどの字も同じ大きさ(並字)で書きます。しかし分かりやすくするために小さく書くことは間違ひではありません。仮名文字をどんな大きさで書くかは仮名遣ひとは別範疇の問題なのです。
外来語、擬声、擬音などであっても原理的には小書きにする必要はありません。しかし音を正確に表はすための小書きはむしろ推奨されるべきものです。
なほ、拗音でも促音でもないのに小書きにすることは誤解を招くので避けませう。
このサイトでは弁別の便を考へて小字を使ってゐますが、完全版の「練習」以降は並字を使用してゐます。
踊り字(繰り返し符号)について
同じ仮名を繰り返す場合に「ゝ、ゞ」(片仮名は「ヽ、ヾ」)を使用することがあります。必須ではありませんが実際にはよく使はれました。
「ゝ」は(前の仮名の濁点の有無に関はらず)濁点のない仮名を表はし、「ゞ」は濁点のある仮名を表はします。
入力法については付録の「入力法について」をごらんください。
「ん」と「む」について
古文を読むときには助動詞の「む」は「ン」と発音します。しかし、現代仮名遣ひの助動詞の「ん」が歴史的仮名遣ひでは「む」になるといふわけではありませんので注意してください。
古語の助動詞「む」は概ね鎌倉時代以降、「ん」に取って代はられました。
古文における助動詞の「む」「ん」は現在ではどちらも「ン」と発音しますので、現代仮名遣ひに変へなさいといふ問題にはどちらも「ん」と答へるべきです。
では現代仮名遣ひの文中で例へば「あらん限り」と書かれたものを歴史的仮名遣ひに直せといふ問題ならばどうすべきでせう。
この場合は、現代仮名遣ひの文章ならば原則的に古文ではないはずと判断し、したがって「む」である理由がないから「ん」のままであるとするのが妥当です。
長音の短縮について
例へば「さうして(ソーシテ)」を短く「ソシテ」と発音するともう「さうして」と書くことはできません。「そして」と書かなければなりません。
同様に「しませう(シマショー)」を短く言ふと「しましょ」、「ありがたう(アリガトー)」を短く言ふと「ありがと」となります。無理に元の仮名を生かして「しませ」「ありがた」などと書くことはあり得ません。
長音を短縮したときの表記について参照
付録 現-歴文字対応表の発音-文字対応表参照
古語について
「古語」とは「現代語」の反対語です。今は使はれない昔の言葉で、古文に多く含まれてゐるものです。
歴史的仮名遣ひで書かれてゐるからといってそれが古語とは限りません。
現代語は歴史的仮名遣ひででも現代仮名遣ひででも書くことができますが、古文・古語は現代仮名遣ひで書くことはできません。(学校の国語の問題では古文を現代仮名遣ひに変へることがありますが、そのやうな書き方は実用的に使はれることはありません。)
古語の歴史的仮名遣ひおよび古典文法について、このサイトで包括的に調べることはできません。お手持ちの古語辞典などをご参照下さい。
なほ、古語のうち、仮名遣ひに留意すべき動詞、形容詞、形容動詞、助動詞などの活用形、助詞については付録の「古典文法事項」に簡単にまとめてあります。
仮名の字種(変体仮名)について
ひらがなの「の」は「乃」を崩してできたものですが、他に「能」や「農」を崩してできたひらがなもあって、これらも「ノ」と発音されます。同様に「か」には「可」など、「こ」には「古」など、「し」には「志」など、「す」には「須」など、「そ」には「楚」など、「た」には「多」など、「に」には「耳」など、「は」には「者」など、「ふ」には「婦」など、「ま」には「満」など、「わ」には「王」など、「を」には「越」など、といふふうにほとんどの仮名にはそれぞれ由来の漢字が異なる異体のひらがなが併存してゐます。また、由来の漢字が同じで崩し方が異なるものもあります。
これらの異体字は明治時代までは広く使はれてゐましたが、その後字種が整理されて今では殆んど使はれなくなり、変体仮名と呼ばれてゐます。
ひらがなの字種は仮名遣ひとは関係のない別範疇の事項です。例へば大昔の文に「乃」由来の仮名と「能」由来の仮名、「農」由来の仮名が混在してゐたとしても仮名遣ひ上の意味はないのです。個人の好みや見た目の問題と考へて(原則的に)差し支へありません。
専用ソフトを利用して変体仮名を使ふのも楽しいものですが、ネット上で相手方の画面にも表示させるためには画像化するなどの必要があります。
「ゐ」「ゑ」は「い」「え」の変体仮名ではありません。全く別の仮名です。
「い」の変体仮名には例へば「伊」由来のもの、「え」には「江」由来のものがあります。また「ゐ」には「井」、「ゑ」には「衛」由来のものがあります。
漢字の字体について
漢字の新字体と旧(正)字体の問題は仮名遣ひとは関係のない事項です。考へ方や目的により使ひ分けてください。
旧漢字を使用した文の例:「藪の中」
旧漢字の入力については付録の「入力法について」をごらんください。
現在の時点では完全な旧漢字表示サイトを作成するのは困難です。このサイトでは原則として新漢字を使用してゐます。
文体について
口語体と文語体の違ひは仮名遣ひとは関係のない問題です。
文体と仮名遣ひの組合せには次の三つがあります。
1.口語・歴史的仮名
なまへもしらない とほいしまから
昭和前期まで日常的に書かれてゐた形です。
2.口語・現代仮名
なまえもしらない とおいしまから
昭和中期以降日常的に書かれるやうになった形です。
3.文語・歴史的仮名
なもしらぬ とほきしまより
昭和前期まで少し改まった文で使はれた形です。
次の4.は正しい組合せではありませんが、現今では古文や文語文をひとまづ児童などが読めるやうに示すときに見られることがあります。
(4.文語・現代仮名)
(なもしらぬ とおきしまより)
なほ、前項で述べた漢字の字体についても含めて言へば、このサイトの地の文は原則として白の背景部分では口語・現代仮名・新字、色付きの背景部分では口語・歴史的仮名・新字によってゐる、といふことになります。
読み方について
歴史的仮名遣ひとは「発音は時代とともに変化して来たが書き方は最初のまま変化させずに来た」といふ原理のものです。ですから今それを読むときには当然今の発音によって読みます。
基本的には「読み方の決まり」、詳しくは「歴史的仮名遣ひの原理」の「歴史的仮名遣ひの読み方について」を参照して下さい。
疑問仮名遣ひについて
少数の語について正しい歴史的仮名遣ひを決定できない事実があります。十分に古く確かな用例を特定できず、また語源や由来も知れないものです。これらについては将来の研究結果に俟つ他はなく、今は暫定的に表記するしかありません。このやうなものを「疑問仮名遣ひ」といふことがあります。
仮名遣ひが平安以降完全に一貫してきたわけでも人為的に整備されたものでもなく、またその近代的研究がやうやく江戸時代に始まったものでもある以上、避けられない限界です。
他に細々とした疑問点については補講もごらん下さい。見つからない情報を探すときはサイト内検索を。
個々の語の仮名遣ひを知るためだけならばこのサイトを参照する必要はありません。国語辞典をお引き下さい。ネット上の国語辞典でもOKです。
法則のまとめと解説 |
法則のまとめ 法則の解説 |
このページは和語について述べたものです。
歴史的仮名遣ひ 法則のまとめ
(★が付いたものは大原則では捉へられないもの。)
語頭のワ、イ、ウ、エ、オについて
語頭の「ワ」と「ウ」はすべて「わ」と「う」。 A1
語頭の「イ」はほとんど「い」。 A2
語頭の「エ」はほとんど「え」。 A3
語頭の「オ」はほとんど「お」。 A4
語頭以外のワ、イ、ウ、エ、オについて
語頭以外の「ワ」は多くは「は」。 A5
★終助詞の「~ワ」は「わ」。
語頭以外の「イ」は多くは「ひ」。 A6
★形容詞語尾の「~イ」はすべて「い」。
★動詞の「~ナイ、タイ、マイ、ラシイ、ミタイ、ナサイ、クダサイ」はすべて「い」。
★動詞命令形語尾の「~イ」はすべて「い」。
★動詞の音便形「~イタ、イダ、イテ、イデ」は「い」。
★助詞の「~イ」は「い」。
★元「や」行の動詞の「イ」は「い」。(老いる、悔いる、報いる この三個のみ)
★イ段の音を引き延ばすための拍は「い」。
語頭以外の「ウ」は多くは「ふ」。「ウ」で終る動詞の「ウ」はすべて「ふ」。 A7
★形容詞の活用の「~く」が「ウ」となったものはすべて「う」。
★動詞(乞ふ、問ふ この二個のみ)の活用の「ひ」が「ウ」となったものは「う」。
★(文語では他の動詞でもすべて「う」。
★動詞の推量、意志を表はす「~ウ」はすべて「う」。
★(文語のわ行動詞の「~ウ」は「う」。植う、飢う、据う この三個のみ)
★ウ段、オ段の音を引き延ばすための拍は「う」。
語頭以外の「エ」は多くは「へ」。 A8
★元「や」行の動詞の「エ」は「え」。(二十七個の動詞)
★エ段の音を引き延ばすための拍は「え」。
語頭以外の「オ」は多くは「ほ」。 A9
★動詞の推量、意思を表はす「~オウ」はすべて「はう」。
長音について
★動詞の推量、意思を表はす「オ段+ウ」は「あ段+う」。 B1
★ただし「ヨウ」であるものはそのまま「よう」。
★それ以外にも「オ段+ウ」が「あ段+う、ふ」であるものがある。 B2
★語幹がア段で終る形容詞の「~く」の変化「~ウ」は「あ段+う」。
★「ウ段の拗音+ウ」は「い段+う、ふ」。 B3
★形容詞の「~しく」の変化「シュウ」はすべて「しう」。
★「オ段の拗音+ウ」は「え段+う、ふ」。 B4
★例外的に「オ段の拗音+ウ」が「あ段の拗音+う」であるものがある。 B5
ジとズについて
「ジ」は多くは」「じ」。 C1
「ズ」は多くは「づ」。 C2
★動詞の「~する」が濁ったものはすべて「ず」。
★動詞の打消しの「~ズ」は「ず」。
法則の把握度をもう一度弱点診断で確かめてみよう。
*
法則の解説
このページは和語について述べたものです。
★が付いた法則は大原則では捉へられないもの。
「*○」は現存してゐない仮名を表す。
A1 現代仮名遣ひの語頭の「ワ」と「ウ」は歴史的仮名遣ひでもすべて「わ」と「う」です。
現在語頭で「ワ」と発音されてゐる音はすべて大昔から「ワ」と発音されてきました。ですから昔も今もすべて「わ」と書かれます。
また、現在語頭で「ウ」と発音されてゐる音も昔から原則としてすべて「ウ」と発音されてきました。ですから昔も今もすべて「う」と書かれます。
ただ、「う」については仮名文字発明はるか以前に、あ行の「う」とは別に、わ行の「*う」といふべきものがあったと考へられるのですが、しかしその発音はあまりに「ウ」に似てゐたためにあ行の「う」と紛れてしまひ、結局わ行の「*う」を表す文字はできませんでした。由来がわ行であっても「*う」は「う」と書かれたのです。
A2 語頭の「イ」はほとんど「い」ですが、「ゐ」である例外があります。
現在語頭で「イ」と発音されてゐる音には3つの由来が考へられます。
・あ行の「い」は「イ」と発音されました。
・仮名文字発明はるか以前にあったと考へられるや行の「*い」は、発音があまりに「イ」に似てゐたために「い」と紛れてしまひ、結局や行の「*い」を表す文字はできず、由来がや行であってもあ行と同じ「い」と書かれました。
・わ行の「ゐ」は仮名文字発明当時は「ウィ」のやうな発音でした。しかしその後、唇を突き出す手間を省くやうになったために「イ」と発音されるやうになりました。
ですから、現在の発音の語頭の「イ」には元々「い」と書かれたものと「ゐ」と書かれたものがあるのです。
A3 語頭の「エ」はほとんど「え」ですが、「ゑ」である例外があります。
現在の語頭の「エ」には3つの由来が考へられます。
・あ行の「え」の発音は元々「エ」でした。
・一方や行の「*え」は元々は「イェ」のやうな発音でした。
ところがこの二つは仮名文字が盛んに使はれるやうになる少し前に同じ発音になってしまったのです。ですから仮名も最初は「え」と「*え」が書き分けられてゐたのですが、結局混用されるやうになってどちらの仮名も「え」と同じだといふことになりました。(参照)
・わ行の「ゑ」は仮名文字発明当時は「ウェ」のやうな発音でしたが、その後「え」と同じ発音になっていきました。
ですから、現在の発音の語頭の「エ」には元々「え」と書かれたものと「ゑ」と書かれたものがあるのです。
A4 語頭の「オ」はほとんど「お」ですが、「を」である例外があります。
語頭の「オ」には基本的に2つの由来が考へられます。
・あ行の「お」の発音は元々「オ」でした。
・わ行の「を」は仮名文字発明当時は「ウォ」のやうな発音でした。
ところがその後この二つは同じ発音になっていきました。
ですから、現在の発音の語頭の「オ」には元々「お」と書かれたものと「を」と書かれたものがあるのです。
なほ、語頭の「オー」の発音には元々「あふ」と書かれたものがあります。B2参照。
A5 語頭以外の「ワ」は多くは「は」ですが、「わ」である例外があります。
現在の語頭以外の「ワ」の発音の由来は2つです。
・「は」は仮名文字発明当時は「ファ」と発音されてゐましたが、その後、自然に楽な発音をするやうになっていったために語頭以外では「ワ」と発音されるやうになりました。(このやうに仮名がその置かれた位置、条件によって本来の音とは異なる音で発音されることを転呼と言ひます。)
・「わ」は一貫して「ワ」と発音されてきました。
そこで現在の発音の語頭以外の「ワ」には元々「は」と書かれたものと「わ」と書かれたものがあるのです。
★終助詞の「ワ」は「わ」。
「~するわ」のやうに使はれる終助詞「わ」もその出自は普通の係助詞の「は」と同根です。しかしこの独特の用法としての助詞は室町時代から他の「は」とは区別して敢へて(新語として)「わ」と書かれてきました。室町時代は新語ではハ行転呼が起こらなくなった時代です。例へば新語である「あひる」は「アイル」とは読まれませんでした。この助詞も「は」と書いてしまったら「ワ」と読むのに抵抗を感じたものでせう。女性語の「わ」も同じです。
A6 語頭以外の「イ」は多くは「ひ」ですが、「ゐ」「い」である例外があります。
現在の語頭以外の「イ」の発音の由来は4つです。
・「ひ」は仮名文字発明当時は「フィ」と発音されてゐましたが、その後、自然に楽な発音をするやうになっていったために語頭以外では最終的に「イ」と発音されるやうになりました(転呼)。
・「ゐ」は仮名文字発明当時は「ウィ」のやうな発音でした。しかしその後発音が変化し、今では「イ」の発音になってゐます。
・古来の日本語には語頭以外にあ行の「い」が存在することはありませんでしたが、や行の「*い」ならば存在しました。それはA2で述べたやうに「い」と書かれました。
・また、後に発生するイ音便(後述)なども「い」と書かれました。
そこで現在の発音の語頭以外の「イ」には元々「ひ」と書かれたものと「ゐ」と書かれたものと「い」と書かれたものがあるのです。
★形容詞語尾の「イ」はすべて「い」。
「赤し、赤き」などの意味で「赤イ」と言ふこと(イ音便)が平安時代に始まりました。しかしそれは「し」「き」といふ仮名が「イ」と発音されるやうになったためではなく、こなれた感じの語にするために意識的に従来とは違った新しい言ひ方を始めたものでした。ですから新しい言ひ方(音便)の表記は発音通り「~い」としました。(従来通り「赤し、赤き」と書けば「アカシ、アカキ」と読みました。)
★動詞の「ナイ、タイ、マイ、ラシイ、ミタイ、ナサイ、クダサイ」はすべて「い」。
前項と同じ事情です。「し」「じ」「き」「り」などの部分を「イ」の発音に替へた新しい言ひ方(音便)です。
★動詞命令形語尾の「イ」はすべて「い」。
前項と同じ事情です。「よ」などの部分を「イ」の発音に替へた新しい言ひ方(音便)です。
★動詞の音便形「イタ、イダ、イテ、イデ」は「い」。
前項と同じ事情です。「き」「ぎ」などの部分を「イ」の発音に替へた新しい言ひ方(音便)です。
注:「ひ」はその文字自体が転呼で「イ」と発音されますので音便ではありません。「強ひる」の活用は「強ひた、強ひて」です。
注:「ゐ」はその文字自体が「イ」と発音されます。音便ではありません。「率ゐる、用ゐる」の活用は「~ゐた、~ゐて」です。
(文語には「用ひ」もあるので注意。)
★助詞の「イ」は「い」。
前項と同じ事情です。「や」「よ」などの部分を「イ」の発音に替へた新しい言ひ方(音便)です。
★元「や」行の動詞の「イ」は「い」。(老いる、悔いる、報いる この三つのみ)
や行の活用は当然や行の仮名で書きます。や行の「*い」はA2で述べたやうに「い」といふ仮名で書くしかありません。
★イ段の音を引き延ばすための拍は「い」。
延ばす音には由来があるわけではありませんので発音に従ってあ行の仮名で書きます。
A7 語頭以外の「ウ」は多くは「ふ」ですが、「う」である例外があります。
現在の語頭以外の「ウ」の発音の由来は3つです。
・「ふ」は大昔も「フ」と発音されてゐましたが、仮名文字定着後、自然に楽な発音をするやうになっていったために語頭以外では「ウ」と発音されるやうになりました(転呼)。
・古来の日本語には語頭以外にあ行の「う」が存在することはありませんでしたが、わ行の「*う」ならば存在しました。それはA1で述べたやうに「う」と書かれました。
・また、後に発生するウ音便なども「う」と書かれました。
そこで現在の発音の語頭以外の「ウ」には元々「ふ」と書かれたものと「う」と書かれたものがあるのです。
「ウ」で終る動詞の「ウ」はすべて「ふ」。
古来の日本語には語頭以外にあ行の音が存在することはありませんでした。ですからあ行の「う」で終る動詞があるはずはありません。現在の発音で「ウ」で終る動詞はすべて仮名文字発明当時は「~フ」と発音され「~ふ」と書かれてゐたものです。(ただし後述のやうに文語にはわ行の「う」で終る動詞があります。)
★形容詞の活用の「く」が「ウ」となったものはすべて「う」。
例へば「おそろしく」の意味で「オソロシウ」と言ふこと(ウ音便)が平安時代に始まりました。しかしそれは「く」といふ仮名が「ウ」と発音されるやうになったためではなく、こなれた感じの語にするために意識的に従来とは違った新しい言ひ方を始めたものでした。ですから新しい言ひ方(音便)の表記は発音通り「~う」でした。(従来通り「おそろしく」と書けば「オソロシク」と読みました。)
その後発音は「オソロシュー」となり、現代仮名遣ひでは「おそろしゅう」と書かれてゐます。
★動詞(乞(請)ふ、恋ふ、問ふ この三つのみ)の活用の「ひ」が「ウ」となったものは「う」。文語では他の動詞でもすべて「う」。
前項と同じ事情です。「ひ」の部分を「ウ」の発音に替へた新しい言ひ方(音便)です。
他の似た動詞(「負ふ、沿ふ」など)は現代標準語(いはゆる「共通語」)ではふつう(「負って、沿った」などと)促音便となるのですが、この三つだけは例外的にウ音便(のまま)なのです。古くさい語だからでせうか。
文語ではこの種の「ひ」はすべて「追うて、沿うた、思うて、願うた」などと音便化します。また「永らへて」が「永らうて」、「仕へまつる」が「仕うまつる」などと、「へ」が「う」に音便化することもあります。(付録古典文法事項参照)
★動詞の推量、意志を表はす「ウ」はすべて「う」。
前項と同じ事情です。「む」「ん」の部分を「ウ」の発音に替へた新しい言ひ方(音便)です。B1参照。
★(文語のわ行動詞の「ウ」は「う」。(植う、飢う、据う この三個のみ))
わ行の活用は当然わ行の仮名で書きます。わ行の「*う」はA1で述べたやうに「う」といふ仮名で書くしかありません。)
★ウ段、オ段の音を引き延ばすための拍は「う」。
引き延ばす拍は由来があるわけではありませんので発音に従ってあ行の仮名で書きます。
オ段の音を引き延ばすのに「お」ではなく「う」と書く理由について:
引き延ばす拍には本来は前の拍と同じ段の仮名を使ふのが自然なはずです。
例:ああ、きい、すう、てえ、のお など。
このうち「い」「う」の仮名は従来より漢字音の表記や音便として、また「え」は「や行」の「え」として語頭以外にも存在したものですから問題ありませんが、「あ」と「お」は原則として語頭以外には存在しない性格のものであったため、納まりの悪いものとなってしまひます。
そこでどうしたかといふと、まづア段については、結局他に選択はありませんから「あ」を使はざるを得ませんでした。
オ段については、幸ひ「お段の仮名+う」の表記が転呼によりオ段の長音として発音されるといふ現実がありましたので、自然にそれと同じ「う」を使ふことになりました。
A8 語頭以外の「エ」は多くは「へ」ですが、「え」「ゑ」である例外があります。
現在の語頭以外の「エ」の発音の由来は3つです。
・「へ」は元は「フェ」と発音されてゐましたが、その後語頭以外では最終的に「エ」と発音されるやうになりました(転呼)。
・古来の日本語では語頭以外にあ行の「え」が存在することはありませんでしたが、や行の「*え」ならば存在しました。それはA3で述べたやうに「え」と書かれました。
・「ゑ」は仮名文字発明当時は「ウェ」のやうな発音でした。しかしその後発音が変化し、今では「エ」の発音になってゐます。
そこで現在の発音の語頭以外の「エ」には元々「へ」と書かれたものと「え」と書かれたものと「ゑ」と書かれたものがあるのです。
★元「や」行の動詞の「エ」は「え」。(二十七個の動詞)
や行の活用は当然や行の仮名で書きます。や行の「*え」はA3で述べたやうに「え」といふ仮名で書きます。
★エ段の音を引き延ばすための拍は「え」。
延ばす音には由来があるわけではありませんので発音に従ってあ行の仮名で書きます。
注:「せ(背)」を引き延ばした「せい」は例外です。
A9 語頭以外の「オ」は多くは「ほ」ですが、「を」「ふ」である例外があります。
現在の語頭以外の「オ」の発音の基本的な由来は2つです。
・「ほ」は仮名文字発明当時は「フォ」と発音されてゐましたが、その後、自然に楽な発音をするやうになっていったために語頭以外では最終的に「オ」と発音されるやうになりました(転呼)。
・「を」は仮名文字発明当時は「ウォ」のやうな発音でした。しかしその後発音が変化し、今では「オ」の発音になってゐます。
なほ、古来の日本語では語頭以外にあ行の「お」が存在することはありませんでした。
そこで現在の発音の語頭以外の「オ」には元々「ほ」と書かれたものと「を」と書かれたものがあるのです。
「ふ」であるものは特殊な例外です。「あふ(扇)ぐ」「たふ(倒)す」などは他の例に倣へば転呼の末に「オーグ」「トース」となるはずが現実には「アオグ」「タオス」と発音されてゐるものです。B2参照。
★動詞の推量、意思を表はす「オウ」はすべて「はう」。
は行活用の動詞の推量、意思形は「~はむ」ですが、やがて「~はう」になります(音便)。この発音は「~ワウ」から更に「~オー」となって(転呼)現在に至り、現代仮名遣ひでは「~おう」と書かれてゐます。
B1参照。
B1 ★動詞の推量、意思を表はす「オ段+ウ」は「あ段+う」と書きます。
例へば「行かむ」といふ意味で「イカウ」と言ひ、「行かう」と書く現象(音便)がありましたが、この「かう」の部分の発音は口の動きを少なくすることによって次第に「カー」と「コー」の中間のやうな発音(便宜的に「カォー」のやうに示す)に変はっていき、終には完全に「コー」となりました(転呼)。現代仮名遣ひでは「こう」と書いて「コー」と読んでゐます。
このやうに、現代仮名遣ひで書く推量、意志の「お段+う」はすべて元々「あ段+う」で表記されてゐたものです。
★ただし「ヨウ」であるものはそのまま「よう」です。
例へば「セム(せむ)」が「セウ」(音便)→「ショー」(転呼)のやうに変化して「よう」といふ助動詞が生まれました。その結果「見よう」「来よう」などもできました。
B2 ★それ以外にも「オ段+ウ」を「あ段+う、ふ」と書くものがあります。
「あう」「あふ」や「かう」「かふ」、「さう」「さふ」などの表記はみな最初はそれぞれ「アウ」「アフ」、「カウ」「カフ」、「サウ」「サフ」と文字通りに発音されてゐましたが、その後「アフ」「カフ」「サフ」は「アウ」「カウ」「サウ」に合流し(ハ行転呼)、さらに「アウ」「カウ」「サウ」はそれぞれ「アーとオーの中間」「カーとコーの中間」「サーとソーの中間」の発音に変はり、更にそれぞれ「オー」「コー」「ソー」まで変化しました(長音化転呼)。ただし、動詞の「会ふ」「買ふ」・・・の類は現代標準語(いはゆる「共通語」)では「アウ」「カウ」・・・と発音されます。
したがって、現在のオ段を延ばす発音の中には元々「あ段+う(ふ)」と書かれてゐたものが多くあるのです。
★語幹がア段で終る形容詞の「~く」の変化「~ウ」は「あ段+う」。
A7で述べたやうに、「く」の部分を「ウ」の発音に替へた新しい言ひ方(音便)です。例へば「あたたかく」の音便形は「あたたかう」と書かれましたが、発音は「アタタカウ」からその後「アタタコー」に変化しました(転呼)。
B3 ★「ウ段の拗音+ウ」は「い段+う、ふ」と書きます。
例へば「きう」の表記は速く発音すると「キュー」となりやすいものです。「い段+う(ふ)」の表記の発音はそのやうに変はってきました(転呼)。
★形容詞の「しく」の変化はすべて「しう」。
A7で述べたやうに、「く」の部分を「ウ」の発音に替へた新しい言ひ方(音便)です。
B4 ★「オ段の拗音+ウ」は「え段+う、ふ」と書きます。
例へば「せう」の表記の発音はあいまいな「セオ」を経由して「ショー」となりやすいものです。「え段+う(ふ)」の表記の発音はそのやうに変はってきました(転呼)。
B5 ★例外的に「オ段の拗音+ウ」を「あ段の拗音+う」と書くものがあります。
一例を上げると、現代仮名遣ひでは「し様(よう)がない」の縮約形は「しょうがない」ですが、歴史的仮名遣ひでは「し様(やう)がない」ですから、縮約形は「しゃうがない」とするしかありません。(拗音を大字(並字)表記すれば問題は見えなくなります。)
C1 「ジ」は多くは」「じ」ですが、「ぢ」である例外があります。
原理的には「じ」は元々「zi」、「ぢ」は元々「di」のやうな発音であったと考へられます。仮名文字発明当時にはこの違ひがあったためにきちんと書き分けられてゐました。後世、「である」の意味の「ぢゃ」が発生した頃も発音に違ひがありましたから「じゃ」と書くことは考へられませんでした。その後両者の発音は混同され始め、いまではまったく同じになってゐます。
C2 「ズ」は多くは「づ」ですが、「ず」である例外があります。
原理的には「ず」は元々「zu」、「づ」は元々「du」のやうな発音であったと考へられます。仮名文字発明当時にはこの違ひがあったためにきちんと書き分けられてゐましたが、その後発音は混同され始め、いまではまったく同じになってゐます。
★動詞の「する」が濁ったものはすべて「ず」。
古来、日本語では清音と濁音の類縁関係は非常に強いものでした。「する」の意味があるのですから当然「ずる」でなければなりません。
★動詞の打消しの「ズ」は「ず」。
古語動詞「す」と、打ち消す助動詞「ず」は清濁を契機として反対関係にあると理解できます。
用語について
「転呼」は語が変化したものではなく発音の習慣の自然変化であり、表記には関はらないものです。(発音の変化について詳しいことは転呼のメカニズム参照)
これに対して「音便」は文字の発音習慣の変化ではなく別の語形の誕生(創作)であり、当然表記に関はります。
発音の変化と表記の関係については歴史的仮名遣ひの原理を参照して下さい。
歴史的仮名遣い辞典 9-95版 |
あ
藍: あゐ
挨拶: あいさつ
愛想: あいそ、あいさう
あいつ: あいつ
鮎魚女: あいなめ
生憎: あいにく
あえか: あえか
青: あを
葵: あふひ
仰ぐ: あふぐ
扇ぐ: あふぐ
仰のく: あふのく
仰向く: あふむく
煽る: あふる
あかんべえ: あかんべえ
赤ん坊: あかんばう、あかんぼ
秋入梅: あきついり
あきゅうど(商人): あきうど
アコウ (植物): あかほ (「あかう」説も)
赤穂: あかほ
あこうだい(赤魚鯛): あかをだひ
味、味わう: あぢ、あぢはふ
鯵: あぢ
あじきない: あぢきない
紫陽花: あぢさゐ
あじむら: あぢむら
あたい(私): あたい
当てずっぽう: あてずっぽう
後ずさり: あとずさり
兄者: あにぢゃ (語源は「兄である」。宛字「者」は「じゃ」)
あばずれ: あばずれ
阿呆: あはう、アホ (語源不詳。宛字「呆」は「ほう」)
甘える: あまえる
甘んずる: あまんずる
アメンボウ、アメンボ: あめんばう、アメンボ
ありがとう、ありがと: ありがたう、ありがと
有り体: ありてい
有り様: ありやう
或いは: あるいは
泡: あわ
淡路: あはぢ
慌ただしい: あわただしい
慌てる: あわてる
泡盛: あわもり
泡雪: あわゆき (淡雪: あはゆき)
行火: あんくゎ
案外: あんぐゎい
鮟鱇: あんかう
あんじょう (方言): あんぢょう
杏: あんず
案の定: あんのぢゃう
塩梅、按配: あんばい
い
胃: ゐ
井: ゐ
亥: ゐ
~い (形容詞語尾): ~い
~い (動詞命令形): ~い
居合: ゐあひ
いいえ: いいえ
言い訳: いひわけ
いえ(いいえ): いえ
家路: いへぢ
癒える: いえる
硫黄: いわう (「ゆわう」は古形)
意外: いぐゎい
藺草: ゐぐさ
意気地: いくぢ
意固地: いこぢ
勲、功: いさを
いざり いざる: ゐざり ゐざる
意地: いぢ
いじいじ: いぢいぢ
いじける: いぢける
礎: いしずゑ
苛める: いぢめる
いじらしい: いぢらしい
弄る: いぢる
五十鈴: いすず
居住まい: ゐずまひ
居候: ゐさうらふ
~いた、~いだ、~いた・・、~いだ・・、~いたら、~いだら、~いたり、~いだり (イ音便+助動詞): ~いた、~いだ、~いた・・、~いだ・・、~いたら、~いだら、~いたり、~いだり
いたいけ: いたいけ
居丈高: ゐたけだか
いたたまれない: ゐたたまれない
韋駄天: ゐだてん
イチイ (植物): いちゐ
一応: いちおう
一往: いちわう
銀杏: いちゃう
一向: いっかう
一寸法師: いっすんぼふし
一層: いっそう
一丁: いっちゃう
一張羅: いっちゃうら
一杯: いっぱい
一方: いっぱう
~いて、~いで、~いて・・、~いで・・ (イ音便+助詞): ~いて、~いで、~いて・・、~いで・・
井戸: ゐど
田舎: ゐなか
乾: いぬゐ
猪: ゐのしし
威張る: ゐばる
居待月: ゐまちづき
イモリ (動物): ゐもり
妹: いもうと
否応: いやおう
いらっしゃい、いらっしゃいます: いらっしゃい、いらっしゃいます (いらっしゃる、いらっした、いらした、いらして)
入江: いりえ
居る: ゐる
囲炉裏: ゐろり
鰯: いわし
鰯雲: いわしぐも
う
~う (助動詞 推量・意志)(~おう、~こう、~そう、~とう、・・・): ~はう、~かう、~さう、~たう、・・・
~う (形容詞連用形): ~う
外郎: ういらう
植う、植うる (文語動詞): うう、ううる
飢う、飢うる (文語動詞): うう、ううる
植える: うゑる
飢える: うゑる
魚: うを
迂闊: うくゎつ
氏: うぢ
宇治: うぢ
うじうじ: うぢうぢ
うずうず: うずうず
蹲る: うずくまる
有象無象: うざうむざう
内輪: うちわ (「うちは」説も)
鬱陶しい: うったうしい
疎んずる: うとんずる
髫髪: うなゐ
~得る: ~うる
上ずる: うはずる
植わる: うわる
倦ずる: うんずる
え
絵: ゑ
餌: ゑ
~江、枝 (人名): ~え
~恵 (人名): ~ゑ
えい (感動詞): えい
え(酔)う (古語): ゑふ (「よふ」が新形)
ええ (感動詞): ええ
ええと (感動詞): ええと
笑顔: ゑがほ
描く: ゑがく
えぐい: ゑぐい
えくぼ: ゑくぼ
抉る: ゑぐる
餌: ゑさ
会釈: ゑしゃく
越前、越中、越後: ゑちぜん、ゑっちゅう、ゑちご
夷、戎、蛭子: えびす (宛字の「恵」は「ゑ」)
えびす講: えびすかう
恵方参り: ゑはうまゐり
笑み、笑む: ゑみ、ゑむ
会陽: ゑやう
~得る: ~える
エンジュ (植物): ゑんじゅ
豌豆: ゑんどう
遠慮: ゑんりょ
お
お~(小~): を~
お~(雄~、男~): を~
~男、雄、夫 (人名): ~を
尾: を
緒: を
おい (感動詞): おい
老い: おい
甥: をひ
老鶯: おいうぐひす
美味しい: おいしい
笈摺: おひずり、おひずる
おいそれと: おいそれと
於いて: おいて
お出で: おいで
御居処: おゐど
おいどん: おいどん
おいら: おいら
花魁: おいらん
老いる: おいる
おう (感動詞): おう
~おう (「買おう」など動詞の推量・意志形): ~はう
往々: わうわう
扇: あふぎ
逢瀬: あふせ
樗: あふち
桜桃: あうたう
女: をうな
媼、嫗: おうな
近江: あふみ
青海: あをみ
鸚鵡: あうむ
青梅: あをめ
御会式: おゑしき
嗚咽: をえつ
終える: をへる
大~: おほ~
大いに: おほいに
大仰: おほぎゃう
雄々しい: ををしい
丘、岡、陸: をか
お菓子: おくゎし
可笑しい: をかしい
犯す: をかす
陸稲: をかぼ
拝む: をがむ
岡持ち: をかもち
おがら(麻幹): をがら
荻: をぎ
おきゅうと: おきうと
桶: をけ
烏滸: をこ
おこがましい: をこがましい
オコゼ (動物): をこぜ
長: をさ
筬: をさ
おさおさ: をさをさ
幼い: をさない
おさまる、おさめる: をさまる、をさめる
叔父、伯父、小父: をぢ
惜しい: をしい
お爺さん: おぢいさん
教える: をしへる
折敷: をしき
怖気: おぢけ
おじさん: をぢさん
鴛鴦: をしどり
渡島: をしま
惜しむ: をしむ
おじゃる: おぢゃる
おじゃん: おぢゃん (「おじゃん」説も)
和尚: をしゃう
お嬢さん: おぢゃうさん
怖じる: おぢる
白粉: おしろい
雄: をす
教わる: をそはる
雄たけび: をたけび
苧環、オダマキ: をだまき
陥る: おちいる
おちこち: をちこち
落度: をちど (本来は「越度」。宛字「落」は「おち」)
落人: おちうど
億劫: おくくふ
おっちょこちょい: おっちょこちょい
夫: をっと
お天道様: おてんたうさま、おてんとさま
お父さん: おとうさん
弟: おとうと
男: をとこ
縅: をどし
一昨日: をとつひ、をととひ
一昨年: をととし
乙女: をとめ (語源は「小女」。宛字「乙」は「おと」)
囮: をとり
踊る: をどる
尾根: をね
斧: をの
戦く: をののく
叔母、伯母、小母: をば
おばさん: をばさん
尾花: をばな
おはよう、おはよ: おはやう、おはよ
脅える: おびえる
覚える: おぼえる
おみな(女): をみな
おみな(媼、嫗): おみな
オミナエシ: をみなへし
喚く: をめく
おめでとう、おめでと: おめでたう、おめでと
重んずる: おもんずる
親父、親爺: おやぢ
女形: をやま
折り: をり
檻: をり
折る: をる
居る: をる
拝む: をろがむ
大蛇: をろち
汚穢: をわい
尾張: をはり
終る: をはる
雄鶏: をんどり
女: をんな
媼、嫗: おんな
か
~花: ~くゎ
~果: ~くゎ
櫂: かい
~かい (助詞): ~かい
掻い潜る: かいくぐる
介する: かいする
介添: かいぞへ
掻い出す: かいだす
かいつぶり: かいつぶり
かいつまむ: かいつまむ
掻巻き: かいまき
かいまみる: かいまみる
懐炉: くゎいろ
肯んずる: がへんずる
香り: かをり
香る: かをる
菓子: くゎし
華氏: くゎし
鍛冶: かぢ
梶、カジノキ: かぢ、かぢのき
舵: かぢ
かじきまぐろ: かぢきまぐろ
梶鞠: かぢまり
数: かず
主計: かずへ
数の子: かずのこ
片っ方: かたっぱう
難んずる: かたんずる
鵞鳥: がてう
餓える: かつゑる
鰹: かつを
括弧: くゎっこ
格好: かくかう、カクコ
恰好: かっかう、カッコ
郭公: くゎくこう
必ず: かならず
庚: かのえ
彼女: かのぢょ
花瓶: くゎびん
鎌鼬: かまいたち
鴨居: かもゐ
斯様: かやう
がらんどう: がらんどう
狩人: かりうど
花梨: くゎりん
花櫚: くゎりん
かりん糖: くゎりんたう、クヮリント
瓦礫: ぐゎれき
~かろう、かろ: ~からう、かろ
辛うじて: からうじて
軽んずる: かろんずる
可愛い: かはいい
可愛がる: かはいがる
可哀想: かはいさう
乾く、渇く: かわく
缶: くゎん
頑固: ぐゎんこ
頑丈: ぐゎんぢゃう
関する: くゎんする
頑是無い: ぐゎんぜない
甘草: かんざう
頑として: ぐゎんとして
閂: くゎんぬき
頑張る: がんばる (語源「我に張る」か。宛字「頑」は「ぐゎん」)
干瓢: かんぺう
き
紀伊: きい
消える: きえる
気負う: きおふ
祇園: ぎをん
桔梗: ききゃう
聞こえる: きこえる
傷: きず
甲: きのえ
灸: きう
九官鳥: きうくゎんてう
ぎゅうぎゅう: ぎゅうぎゅう
牛耳る; ぎうじる
急須: きふす
求肥: ぎうひ
胡瓜: きうり
今日: けふ
仰々しい: ぎゃうぎゃうしい
餃子: 外来語
仰山: ぎゃうさん
兄弟: きゃうだい
夾竹桃: けふちくたう
蟯虫: げうちゅう
仰天: ぎゃうてん
杏仁: きゃうにん
綺麗: きれい
金鳳花: きんぽうげ
金木犀: きんもくせい
く
悔い: くい
ぐいぐい: ぐいぐい
悔いる: くいる
ぐう (ジャンケン): ぐう
ぐうぐう: ぐうぐう
ぐうたら: ぐうたら
ぐうの音: ぐうのね
クエン酸: くえんさん
鯨: くぢら
葛: くず
~下さい: ~ください
口ずさむ: くちずさむ
轡: くつわ
熊の胆: くまのい
供養: くやう
位: くらゐ
~くらい、ぐらい: ~くらゐ、ぐらゐ
郭: くるわ
紅: くれなゐ
玄人: くろうと
黒ずむ: くろずむ
黒南風: くろはえ
慈姑: くわゐ
くわっと: くわっと
群青: ぐんじゃう
け
稽古: けいこ
鶏頭: けいとう
稀有: けう
げじげじ: げぢげぢ
けじめ: けぢめ
ゲッケイジュ: げっけいじゅ
結構: けっこう
けったい: けったい
検非違使: けびゐし
毛むくじゃら: けむくぢゃら
喧嘩: けんくゎ
ゲンゴロウ: げんごらう
玄翁、玄能: げんのう
こ
来い: こい
こいつ: こいつ
こう (~だ、いう、する、なる): かう
甲: かふ
~こう (「書こう」など動詞の推量・意志形): ~かう
~ごう (「漕ごう」など動詞の推量・意志形): ~がう
笄: かうがい
神々しい: かうがうしい
格子: かうし
麹: かうぢ (「かうじ」説も)
柑子: かうじ
小路: こうぢ
困じる: こうじる
上野: かうづけ
楮: かうぞ
乞(請)うた、乞(請)うて: こうた、こうて
恋うた、恋うて: こうた、こうて
業突張り: ごふつくばり
強突張り: がうつくばり
香ばしい: かうばしい
頭: かうべ
神戸: かうべ
被る: かうむる
蝙蝠: かうもり
紺屋: こうや
行李: かうり
高粱: 外来語
梱る: こうる (「かうる」説も)
声: こゑ
肥: こえ
肥える: こえる
越える: こえる
ゴカイ (動物): ごかい
ごきげんよう: ごきげんよう
ここいら: ここいら
凍える: こごえる
心得、心得る: こころえ、こころえる
ございます: ございます
小姑: こじうと
胡椒: こせう
(こじんまり: こぢんまり)
梢: こずゑ
小僧: こぞう
ごちそうさま: ごちそうさま
琴柱: ことぢ
諺: ことわざ
理: ことわり
断る: ことわる
このやろう、コノヤロ: このやらう、コノヤロ
海鼠腸: このわた
牛蒡: ごばう
御覧じろ: ごらうじろ
声色: こわいろ
ごわす (方言): ごわす
声高: こわだか
声音: こわね
さ
犀: さい
~の際: ~のさい
賽ころ: さいころ
幸先: さいさき
際して: さいして
才槌: さいづち
苛む: さいなむ
最果て: さいはて
財布: さいふ
幸い: さいはひ
遮る: さえぎる
冴える: さえる
竿: さを
早乙女: さをとめ
栄える: さかえる
主典、属: さくゎん
先んずる: さきんずる
サザエ: さざえ
山茶花: さざんくゎ
颯爽: さっさう
里わ: さとわ
左様: さやう
さようなら、さよなら: さやうなら、さよなら
猿轡: さるぐつわ
されこうべ: されかうべ
騒ぐ、騒がしい: さわぐ、さわがしい
ざわざわ、ざわめく: ざわざわ、ざわめく
山椒: さんせう、さんしょ
し
地、地~: ぢ、ぢ~
~路: ~ぢ
痔: ぢ
詩歌: しいか
爺さん、爺や: ぢいさん、ぢいや
~しいしい: ~しいしい
しいんと: しいんと
じいんと: じいんと
潮騒: しほさゐ
しおしおと: しをしをと
しおらしい: しをらしい (「しほらしい」説も)
栞: しをり
萎れる: しをれる
直: ぢか
地下足袋: ぢかたび
直、直に: ぢき、ぢきに
敷居: しきゐ
直々: ぢきぢき
而して: しかうして
爺: ぢぢ、ぢぢい
しし唐: ししたう
漆喰: しっくい (語源は「石灰」。宛字「喰」は「くひ」)
しっぺい(しっぺ): しっぺい
芝居: しばゐ
~じまう(でしまう): ~ぢまふ
地味: ぢみ
シメジ: しめぢ
~じゃ(だ): ~ぢゃ
じゃ、じゃあ(では): ぢゃ、ぢゃあ
~しゃい: ~しゃい
~じゃう(でしまう): ~ぢゃふ
麝香: じゃかう
しゃれこうべ: しゃれかうべ
~しゅう (形容詞連用形): ~しう
十: じふ
~中: ~ぢゅう
秋海棠: しうかいだう
十姉妹: じふしまつ
重々: ぢゅうぢゅう
舅、姑: しうと、しうとめ
十二単: じふにひとへ
十分: じふぶん
充分: じゅうぶん
焼売: 外来語
数珠: じゅず
仕様: しやう
し様: しやう
しよう(「する」の推量・意志): しよう
少輔: せふ (「せう」説も)
判官、丞、尉、掾: じょう
生姜: しゃうが
しょうがない: しゃうがない
漏斗: じゃうご
しょうことなく: せうことなく
定斎屋: ぢゃうさいや、ぢょさいや
障子: しゃうじ
猩猩: しゃうじゃう
上手: じゃうず
焼酎: せうちう
条虫: でうちゅう
樟脳: しゃうなう
正麩: しゃうふ
菖蒲: しゃうぶ
しょうもない: しゃうもない
醤油: しゃうゆ
少輔: せういう
松露: しょうろ
如雨露: じょうろ
しょっちゅう: しょっちゅう
素人: しろうと
皺: しわ
吝い: しわい (「しはい」説も)
仕業: しわざ
じわじわ: じわじわ
じわりじわり: じわりじわり
撓る: しわる
蜃気楼: しんきろう
沈丁花: ぢんちゃうげ
之繞: しんにゅう、しんにょう
辛抱: しんばう
新米、新前: しんまい
す
~ず (助動詞): ~ず
~ず、ずる (文語動詞語尾)(案ず、演ず、映ず、応ず など「音読み漢字一字+ず」すべて): ~ず、ずる
西瓜: すいくゎ
芋茎: ずいき
水松: すいしょう
すいすい: すいすい
水仙: すいせん
スイッチョ (動物): すいっちょ
ずいと (副詞): ずいと
随分: ずいぶん
すいません: すいません
スイレン: すいれん
据う、据うる (文語動詞): すう、すうる
図々しい: づうづうしい
ズーズー弁: ずうずうべん
末: すゑ
据える: すゑる
饐える: すえる
蘇芳: すはう
周防: すはう
スケソウダラ: すけそうだら
スケトウダラ: すけとうだら (「すけたうだら」説も)
助平: すけべい
助兵衛: すけべゑ
筋: すぢ
鈴: すず
錫: すず
鈴掛: すずかけ
鱸: すずき
涼しい: すずしい
スズシロ: すずしろ
スズナ: すずな
鈴生り: すずなり
涼む: すずむ
鈴虫: すずむし
雀: すずめ
鈴蘭: すずらん
硯: すずり
すずろに: すずろに
ずっこける: ずっこける
ずっしり: ずっしり
ずっと: ずっと
素っ頓狂: すっとんきゃう
ずばずば: ずばずば
ずば抜ける: ずばぬける
ずばり: ずばり
ずぶずぶ: ずぶずぶ
ずぶぬれ: ずぶぬれ
ずぶの: ずぶの
ズベ公: ずべこう
ずぼら: ずぼら
相撲: すまふ (「すまう」説も)
ずらかる: ずらかる
ずらす: ずらす
ずらり: ずらり
ずり(鉱滓): ずり
ずり落ちる: ずりおちる
擦る: ずる
~ずる (動詞語尾)(案ずる、演ずる、映ずる、応ずる など「音読み漢字一字+ずる」すべて): ~ずる
ずるい: ずるい
ずるける: ずるける
ずるずる: ずるずる
ずれる: ずれる
ズワイガニ: ずはいがに (「ずわいがに」説も)
座る: すわる
据わる: すわる
ずんぐり: ずんぐり
ずんずん: ずんずん
寸胴: ずんどう
ずんべらぼう: ずんべらぼう (「ずんべらばう」説も)
せ
せい(所為): せゐ
せい(背): せい
精一杯: せいいっぱい
セイウチ: せいうち
せいぜい: せいぜい
せえの (感動詞): せえの
セキセイインコ: せきせいいんこ
セキレイ: せきれい
節介: せっかい
石鹸: せきけん
世話: せわ (「せは」説も)
煎餅: せんべい
薇、発条: ぜんまい
そ
そいつ: そいつ
そう (~だ、いう、する、なる): さう
~そう (「貸そう」など動詞の推量・意志形): ~さう
~そうだ、そうな (助動詞): ~さうだ、さうな
~草: ~さう
象: ざう
そうして、そして: さうして、そして
掃除: さうぢ
雑炊: ざふすい
騒々しい: さうざうしい
相当: さうたう
雑煮: ざふに
素麺: さうめん (「そうめん」説も)
草履: ざうり
候: さうらふ(古語は「さふらふ」も)、そろ
そこいら: そこいら
粗相: そさう
聳える: そびえる
ソメイヨシノ: そめゐよしの
諳んずる: そらんずる
それじゃ: それぢゃ
そんじょそこら: そんぢょそこら
た
他愛: たあい
~たい (助動詞): ~たい
~だい (助動詞+助詞): ~だい
太鼓: たいこ
大根: だいこん
大した: たいした
大して: たいして
大丈夫: だいぢゃうぶ
退治る: たいぢる
ダイズ: だいづ
大切: たいせつ
大層: たいそう
大体: だいたい
橙: だいだい
大抵: たいてい
大輔: たいふ
大夫: だいぶ
大分: だいぶ、だいぶん
玳瑁: たいまい
松明: たいまつ
田植え: たうゑ
絶え絶え: たえだえ
絶える: たえる
倒す: たふす
たおやか: たをやか
手弱女: たをやめ
手折る: たをる
倒れる: たふれる
たじたじ: たぢたぢ
但馬: たぢま
たじろぐ: たぢろぐ
たたずまい: たたずまひ
佇む: たたずむ
畳紙: たたう
頼もう (挨拶): たのまう
~給う: ~たまふ
太夫: たいふ
たゆとう: たゆたふ
~たろう、だろう、だろ: ~たらう、だらう、だろ
~だわ: ~だわ
他愛、他愛無い: たわい、たわいない
撓む: たわむ
たわわ: たわわ
ち
智恵: ちゑ
ちくしょう: ちくしゃう
竹輪: ちくわ
~ちまう(てしまう): ~ちまふ
叉焼: 外来語
~ちゃう(てしまう): ~ちゃふ
~ちゃお(てしまお): ~ちゃお
~ちゃおう(てしまおう): ~ちゃはう
~ちゅう(という): ~ちふ
~虫: ~ちゅう
ちょい、ちょいちょい、ちょいと: ちょい、ちょいちょい、ちょいと
蝶: てふ
~鳥: ~てう
丁子: ちゃうじ
手水: てうづ
頂戴: ちゃうだい
蝶々: てふてふ、てふちょ
提灯: ちゃうちん
丁度: ちゃうど
手斧: てうな
猪口才: ちょこざい
ちょっかい: ちょっかい
つ
つい(うっかりと、ほんの): つい
対: つい
潰える、費える: つひえる
築地: ついぢ
一日: ついたち
衝立: ついたて
(~に)付いて: ついて
(~に)次いで: ついで
序: ついで
ついと(いきなり): ついと
追儺: ついな
啄む: ついばむ
梅雨入り: ついり
杖: つゑ
机: つくえ
ツクツクボウシ: つくつくぼふし
都合: つがふ
~っしゃい: ~っしゃい
戊:: つちのえ
て
体: てい
体たらく: ていたらく
丁寧: ていねい
木偶の坊: でくのばう
てこずる: てこずる
~でしょう、でしょ: でせう、でしょ
出数入り: でずいり
~ですわ: ~ですわ
手前: てめえ
てやんでい: てやんでい
てやんでえ: てやんでえ
と
どいつ: どいつ
籐: とう
~とう (「勝とう」など動詞の推量・意志形): ~たう
薹が立つ: たうがたつ
どう(如何)、どうか: どう、どうか (「だう、だうか」説も)
唐辛子: たうがらし、トンガラシ
唐黍: たうきび
峠: たうげ
礬水・陶砂: だうさ (「どうさ」説も)
父さん: とうさん
杜氏: とうじ
~同士: ~どうし
どうせ: どうせ
どうぞ: どうぞ
問うた、問うて: とうた、とうて
到底: たうてい
尊い: たふとい
到頭: たうとう
尊ぶ: たふとぶ
疾うに: とうに
唐檜: たうひ
豆腐: とうふ
唐変木: たうへんぼく
どうも: どうも
トウモロコシ: たうもろこし
道理で: だうりで (~通り: ~どほり)
どうれ (返事): どうれ
蟷螂: タウラウ
十: とを
十日戎: とをかえびす
遠江: とほたふみ
時計: とけい
とこう(兎角): とかう
どじ: どぢ
泥鰌: どぢゃう
閉じる、綴じる: とぢる
土台 (名詞、副詞): どだい
途絶える: とだえる
とつおいつ: とつおいつ
どっこい、どっこいしょ、どっこいどっこい: どっこい、どっこいしょ、どっこいどっこい
都都逸: どどいつ
途方: とはう
と見こう見: とみかうみ
巴: ともゑ
鳥居: とりゐ
取り柄: とりえ
泥棒: どろぼう (「どろばう」説も)
頓狂: とんきゃう
頓興: とんきょう
とんずら: とんずら
な
無い: ない
~ない (助動詞): ~ない
地震: なゐ
蔑ろ: ないがしろ
乃至: ないし
内緒: ないしょ
名うて: なうて
萎える: なえる
仲居: なかゐ
仲人: なかうど
~なさい、なさいます: ~なさい、なさいます
ナズナ: なずな (「なづな」説も)
納豆: なっとう
生意気: なまいき
ナメクジ: なめくぢ
汝: なんぢ
なんじょう(何条、どうして): なんでふ
なんまいだぶ: なんまいだぶ
に
兄さん: にいさん
ニイニイゼミ: にいにいぜみ
煮える: にえる
入梅: にふばい
女房: にょうばう、にょうぼ
ぬ
ぬうっと: ぬうっと
鵺: ぬえ
ね
ねえ (助詞、感動詞): ねえ
無え: ねえ
姉さん: ねえさん
捻子: ねぢ
捩る: ねぢる
杜松: ねず
鼠: ねずみ
涅槃会: ねはんゑ
の
のう (助詞、感動詞): なう
~のう (「死のう」など動詞の推量・意志形): ~なう
直衣: なほし
のうのうと (副詞): のうのうと
直方: なほがた
のっぺい汁: のっぺいじる
のっペら坊: のっぺらばう (「のっぺらぼう」説も)
野放図: のはうづ
野分: のわき
飲兵衛: のんべゑ
は
はい (感動詞): はい
ハイ(蝿): はい (「はひ」説も)
バイ(貝): ばい
掃墨: はいずみ
這いずる、這いずり回る: はひずる、はひずりまはる (駆けずる、駆けずり回る: かけづる、かけづりまはる)
売女: ばいた
鷂: はいたか
南風: はえ
鮠: はえ
生える: はえる
映える、栄える: はえる
羽織、羽織る: はおり、はおる
馬鹿野郎: ばかやらう、バカヤロ
白菜: はくさい
博労(伯楽): ばくらう
葉鶏頭: はげいとう
恥、恥じる: はぢ、はぢる
芭蕉: ばせう
筈: はず
巴旦杏: はたんきゃう
はったい: はったい
初詣で: はつまうで
鼻緒: はなを
ハナショウブ: はなしゃうぶ
埴生: はにふ
埴輪: はにわ
母者: ははぢゃ (語源は「母である」。宛字「者」は「じゃ」)
腹いせ: はらいせ (「はらゐせ」説も)
針供養: はりくやう
馬鈴薯: ばれいしょ
半夏生: はんげしゃう
万歳: ばんざい
絆創膏: ばんさうかう
ひ
ひい(曽)~: ひい~
贔屓: ひいき
姫様: ひいさま
延いては: ひいては
秀でる: ひいでる
ぴいぴい (副詞): ぴいぴい
稗: ひえ
日枝、日吉: ひえ
冷える: ひえる
率いる: ひきゐる
引きずる: ひきずる
蘖: ひこばえ
肘: ひぢ
土方: ひぢかた
翡翠: ひすい
ひつじ(ひこばえ)、ひつじ田: ひつぢ、ひつぢだ
人身御供: ひとみごくう
丙: ひのえ
日向: ひうが
ひょいと、ひょいひょい: ひょいと、ひょいひょい
豹: へう
雹: ひょう
剽軽: へうきん
剽げる: へうげる
拍子: ひゃうし
瓢箪: へうたん
飄々と: へうへうと
屏風: びゃうぶ
表六玉: へうろくだま
飛竜頭: ひりゅうづ、ひりょうづ
披露: ひろう
ふ
ふい(駄目、無駄): ふい
ふい(不意): ふい
鞴: ふいご
吹聴: ふいちょう
ぷいと (副詞): ぷいと
風: ふう
瘋癲: ふうてん
ふうふう (副詞): ふうふう
ぶうぶう (副詞): ぶうぶう
風鈴: ふうりん
笛: ふえ
増える: ふえる
フキノトウ: ふきのたう
藤: ふぢ
風情: ふぜい
普通: ふつう
ぶっきらぼう: ぶっきらぼう
仏生会: ぶっしゃうゑ
物騒: ぶっさう (「ぶっそう」説も)
仏頂面: ぶっちゃうづら
葡萄: ぶだう
文鳥: ぶんてう
へ
へい (感動詞): へい
ベイ独楽: べいごま
へいこら: へいこら
平ちゃら: へいちゃら
ぺいぺい: ぺいぺい
へえ (感動詞): へえ
~兵衛: ~へゑ、~べゑ
べっかんこう: べっかんこう (「べっかんかう」説も)
鼈甲: べっかふ
べら棒: べらぼう (「べらばう」説も)
べらんめえ: べらんめえ
ほ
ぽいと (副詞): ぽい
ほいほい: ほいほい
ボイン (副詞、名詞): ぼいん
ほう (感動詞): ほう
方: はう
棒: ぼう
~坊: ~ばう、ぼ
~ぼう (「飛ぼう」など動詞の推量・意志形): ~ばう
箒: はうき
伯耆: はうき
惚ける、呆ける: ほうける
~法師: ~ほふし
帽子: ぼうし
法師蝉: ほふしぜみ
焙じ茶: はうじちゃ
放生会: はうじゃうゑ
~坊主: ~ばうず
鳳仙花: ほうせんくゎ
~放題: ~はうだい
棒鱈: ぼうだら
庖丁: はうちゃう
ぼうっと (副詞): ぼうっと
褒美: ほうび
ボウフラ、ボウフリ: ぼうふら、ぼうふり
方々: はうばう
ほうほうの体: はふはふのてい
葬る: はうむる
坊や: ばうや
放る: はふる
ほうれん草: はうれんさう
琺瑯: はふらう
焙烙: はうろく
宝恵駕籠: ほゑかご
吠える: ほえる
ほくそえむ: ほくそゑむ
糒: ほしいひ
恣: ほしいまま
布袋: ほてい
微笑み、微笑む、微笑ましい: ほほゑみ、ほほゑむ、ほほゑましい
本当: ほんたう、ほんと
ま
~まい (助動詞): ~まい
毎日: まいにち
槙皮: まいはだ
参る: まゐる
まお(申)す (古語): まをす (「まうす」が新形)
まご(紛)う: まがふ
~ましょう、ましょ: ~ませう、ましょ
混ず、交ず (文語動詞): まず
益荒男: ますらを
待ち惚け: まちぼうけ
待ち設(儲)ける: まちまうける
真っ向: まっかう
真っ青: まっさを
全う: まったう
真っ当: まったう
円居: まどゐ
見(まみ)える: まみえる
黛、眉墨: まゆずみ
客人: まらうど
漫画: まんぐゎ
漫才: まんざい
饅頭: まんぢゅう
み
見出す: みいだす
見栄、見得: みえ
御影供: みえいく
見える: みえる
澪: みを
澪標: みをつくし
操: みさを
微塵: みぢん
不見転: みずてん
壬: みづのえ
水芭蕉: みづばせう
未曾有: みぞう
三十路: みそぢ
~みたい (助動詞): ~みたい
見映え: みばえ
見紛う: みまがふ
ミミズ: みみず
茗荷: めうが (「みゃうが」説も)
みょうと(夫婦): めうと
明礬: みゃうばん
む
六日: むいか
迎い(迎え): むかい (「むかひ」説も)
報い、報いる: むくい、むくいる (四段の むくひ、むくふ もあり)
向こう (名詞): むかふ (「むかう」説も)
向う脛: むかふずね
虫酸: むしず (虫唾: むしづ)
~むず(~んとす) (文語助動詞): ~んず (擬古文なら「~むず」)
むず痒い、むずむず: むずがゆい、むずむず
六十路: むそぢ
無鉄砲: むてっぱう (「無手法」であるとするなら「むてっぱふ」)
むんずと: むんずと
め
銘銘(おのおの): めいめい
滅入る: めいる
迷惑: めいわく
夫婦: めをと
召人: めしうど
囚人: めしうど
滅相: めっさう
滅法: めっぽふ
瑪瑙: めなう
芽生える: めばえる
明太子: めんたいこ
面倒、面倒臭い: めんだう、めんだうくさい、めんどくさい
目ん無い千鳥: めんないちどり
面妖: めんよう (語源は「名誉」。宛字「妖」は「えう」)
綿羊: めんやう
も
もう(既に) (副詞): もう
もう(更に) (副詞): もう (「まう」説も)
~もう (「編もう」など動詞の推量・意志形): ~まう
儲かる、儲ける、設ける: まうかる、まうける
申し (感動詞): まうし、もし
申し子: まうしご
申す: まうす (「まをす」は古形)
詣でる: まうでる
毛頭: もうとう
濛々: もうもう
萌葱: もえぎ
燃える: もえる
萌える: もえる
真岡: まをか
もじもじ: もぢもぢ
捩り、捩る: もぢり、もぢる
百舌: もず
悶える: もだえる
用いる: もちゐる (文語には上二段の もちひ、もちふ、もちふる、もちふれ、もちい、もちゆ、もちゆる、もちゆれ もあり)
物相飯: もっさうめし
勿体、勿体無い: もったい、もったいない
もとい(元へ) (感動詞): もとい
基: もとゐ
紅葉: もみぢ
桃太郎: ももたらう
模様: もやう
モロキュウ: もろきう
や
やあい (感動詞): やあい
やい (感動詞): やい
灸: やいと
やいのやいの: やいのやいの
刃: やいば
八百長: やほちゃう
やおら: やをら
薬鑵(缶): やくゎん
益体: やくたい
役割: やくわり
やじろべえ: やじろべゑ
安んずる: やすんずる
八十路: やそぢ
厄介: やくかい
やっとう(剣道): やっとう
矢筈: やはず
矢来: やらい
野郎: やらう
ゆ
由緒: ゆいしょ
結納: ゆひなふ
悠々: いういう
故、故に: ゆゑ、ゆゑに
所以: ゆゑん
愉快: ゆくゎい
行きずり: ゆきずり
柚子: ゆず
よ
よいしょ: よいしょ
よいとまけ: よいとまけ
よいよい(中風): よいよい
よう (感動詞): よう
~様: ~やう
~よう (動詞の推量・意志形): ~よう
~ようだ、ようです、ような、よな、ように: ~やうだ、やうです、やうな、よな、やうに
八日: やうか
羊羹: やうかん
ようこそ: ようこそ
楊枝: やうじ
様子: やうす
沃素: えうそ
~様だ、様な: やうだ、やうな、よな
杳として: えうとして
漸く: やうやく
ようやっと: ようやっと
漸う: やうやう
余計: よけい
葦簀、葦簾、葭簾: よしず
捩る: よぢる
攀じる: よぢる
捩れる: よぢれる
四十路: よそぢ
黄泉路: よみぢ
寄人: よりうど
弱い、弱る: よわい、よわる
ら
雷魚: らいぎょ
雷鳥: らいてう
老酒: 外来語
~らしい: ~らしい
落花生: らくくゎせい
ラッキョウ: らっきょう
蘭虫: らんちゅう
蘭鋳: らんちう
り
利口: りこう
利巧、悧巧: りかう
竜: りゅう
竜頭: りゅうづ
りゅうとした: りゅうとした
竜脳: りゅうなう
料る: れうる
綸子、綾子: りんず
リンドウ (植物): りんだう
る
ルイベ: 外来語
留守居: るすゐ
留萌: るもい
れ
煉瓦: れんぐゎ
ろ
蝋: らふ
~郎: ~らう
~ろう (「刈ろう」など動詞の推量・意志形): ~らう
ろうけつ染: らふけつぞめ
蝋燭: らふそく
臈長ける: らふたける
鑞付け: らふづけ
漏斗: ろうと
臘八会: らふはちゑ
わ
~わ (終助詞): ~わ
~わい (終助詞): ~わい
わいわい: わいわい
我輩: わがはい
若人: わかうど
俳優: わざをぎ
わっしょい: わっしょい
草鞋: わらぢ
ワレモコウ (植物): われもかう (「われもこう」説も)
ん
~ん (文語助動詞): ~ん (擬古文なら「~む」)
~んずる (動詞語尾)(甘んずる、疎んずる など「訓読み漢字一字+んずる」殆ど): ~んずる (注意 擢(ぬき)んづる)
~んずる(~んとする) (文語助動詞): ~んずる (擬古文なら「~むずる」)
この辞書に載っていない和語は概ね「大原則」によって仮名遣いが知れるものです。左欄参照。
語の由来 |
仮名遣切替 4版-7
(現代仮名遣ひでの五十音順)
あ い う え お か き く け こ さ し す せ そ た ち つ て と な に ぬ ね の は ひ ふ へ ほ ま み む め も や ゆ よ ら り る れ ろ わ
ここでは「歴史的仮名遣ひの手引き」の各項目で挙げた各語について、仮名遣ひを覚えるためのヒントとなる古い語形、同根の語、関連する語、推定語源、民間語源説などを青文字で示しました。[ ]内は説明や参考事項です。下記の「仮名遣ひを推定する方法」を理解した上で個々の仮名遣ひを覚えるための一助としてご利用下さい。
有効な記載のないもの(漢語など)は仮名遣ひをそのまま覚えるしかありません。
語の配列は現代仮名遣ひで書いた場合の五十音順としてあります。
(このぺージの記述は「歴史的仮名遣ひの手引き」に採用した仮名遣ひの根拠を示すものです。仮名遣ひに関係しない部分、採用しなかった異説などについては当然ながら触れてゐません。)
仮名遣ひを推定する方法:
●「ア行」の音は元々語頭以外には存在しなかった。したがって語頭以外のア行音は「あ行」の仮名で書かない。多くは「は行」の「ひ、ふ、へ、ほ」である。(僅かにや行の「い、え」、わ行の「ゐ、う、ゑ、を」がある。)
例:会ひます 会ふ 会へば なほ (老いる 燃える くらゐ 玉苗植うる夏は来ぬ 据ゑる やをら)
●ただし、「い」ではない仮名の部分をぞんざいに「イ」と発音してできた新しい語(イ音便)、「う」ではない仮名の部分をぞんざいに「ウ」と発音してできた新しい語(ウ音便)では「い」、「う」と書く。
例:書きて--書いて ござります--ございます おめでたく--おめでたう かりひと--かりうど
注:「ひ」の仮名自体が「イ」と発音されるやうになったもの、および「ふ」の仮名自体が「ウ」と発音されるやうになったもの(ハ行転呼音)は新しい語(音便)ではないのでそのまま「ひ」、「ふ」である。
例:会ひます 会ふ
注:「ゐ」の仮名は「イ」と発音されるやうになったが、これも新しい語(音便)ではないのでそのまま「ゐ」である。
例:ゐる
音便と転呼については原理ページなど参照のこと
●また、長音化や発音の便宜上で付加された母音、転訛、融合、短縮した母音は「あ行」の仮名で書く。
例:いえ--いいえ あね--ねえさん そこら--そこいら さ--さうなる しんまへ--しんまい しちゃはう--しちゃお
●また、掛け声、感動詞の母音は「あ行」の仮名で書く。
例:えい へえ わっしょい
●同根語は同じ行内の文字が交替する。
例:わめく--をめく 燃やす--燃ゆる--燃える
●同根語は同じ文字で清濁が交替する。
例:ちち(父)--ぢぢ(爺) 泣いちまふ--死んぢまふ す(擦)る--ずる--ずれる
●「む」「ん」「う」は音便により交替する。
例:行かむ--行かん--行かう かぐはしい→かうばしい--かんばしい
●発音の一部脱落によって採るべき仮名の候補が二つある場合は原則として前者を採る。
例:はひいる(這ひ入る)→はひる(入る) さはわたり(沢渡り)→さはたり(沢渡) やしほをり(八塩折り)→やしほり(八塩折)
ただしその結果、漢字表記において振り仮名が一字も当てられない漢字が生じるときはこの限りでない。
例:川和田→×かはだ ○かわだ
以下本文
(現代仮名遣ひで書いた場合の五十音順)
あゐ 藍 あを(青)
あいつ あやつ
あいにく 生憎 あやにく
あえか あやまる あ(零)ゆ[こぼれ落ちる意]
あを 青 藍 あゐ(天居)
あふひ 葵 仰日 逢ふ日
あふぐ 扇 天吹く
あふぐ 仰 うは(上)向く 逢ふ-
あふむく 仰向 仰ぐ
あふる 煽る 扇ぐ
あかほ 赤穂 あかほ
味(あぢ) あまち(甘乳)
鯵(あぢ) 味
あぢきない 味気- -つきなし
アヂサヰ 紫陽花 あづさゐ(厚藍 集藍)
あはう [語源不詳 房の字音とも]
あまえ 甘 甘やかす 甘ゆ 甘あ(肖)ゆ
あまえる 甘 甘やかす 甘ゆ 甘あ(肖)ゆ
ありがたう ありがたく
あるいは 有る・い(助詞)・は
あわ 泡 -輪
あわただしい あわてる 慌 泡立つ
杏子(あんず) 字音 -酢
井(ゐ) 居る ゐ(集)る[水のある所の意] 居水
~い(形容詞の語尾) ~し ~き
いいえ いえ いや
いえる 癒 癒す 癒ゆ
いわう 硫黄 湯泡 ゆわ ゆわう
藺(ゐ)草 居-[上に座る意]
いさを 功 勇雄
意地(ぢ) 字音
いぢいぢ おぢおぢ 怖ぢる
いしずゑ 礎 石据ゑ
いぢめる いぢる
いぢらしい 意地
いぢる 意地
居(ゐ)丈高 居-
いちゃう 銀杏 鴨脚の字音
いっぱい 一杯の字音
田舎(ゐなか) 居中
いぬゐ 乾 戌亥 犬猪
猪(ゐのしし) 亥(ゐ) 鳴き声wi 居-[首が据わってゐる意] を(怖)ぢる[恐ろしいの意]
威(ゐ)張る 威の字音
いもうと 妹 いもひと
ヰモリ 井守
いりえ 入江 江
居(ゐ)る を(居)る 有の字音wi
いわし 鰯 弱し
~う(動詞の推量、意思) む [会はむ 会はん 会はう 書かむ 書かん 書かう]
植う(文語動詞) 植わる [玉苗植うる夏は来ぬ] うゑ(空彫)る
飢う(文語動詞) うつ(空)居る うゑる 餌
うゑる 植 植わる [玉苗植うる夏は来ぬ] うゑ(空彫)る
うゑる 飢 うつ(空)居る -餌
うを 魚 浮尾 浮居
氏(うぢ) 生み地 生み筋 出づ
うぢうぢ おぢおぢ 怖ぢる
うずうず うじ(蛆)
うずくまる うず居 うじ(蛆)
~うる 得 得る
うわる 植 植ゑる
絵(ゑ) 字音
~え(人名の江、枝) 江、枝
~ゑ(人名の恵) 恵の字音
えい(掛け声) 母音
ええ(応諾) 母音
描(ゑが)く 絵書く
ゑぐい ゑぐる
抉(ゑぐ)る ゑ(彫)刳る ゑ(彫)る 割る
餌(ゑさ) 飢ゑ
笑(ゑ)み 笑む ヱの発音時の表情
ヱンジュ ゑにす 槐の字音we
小(を) 尾 woの音の口の形
尾(を) 小 終はり
緒(を) 尾
~を(助詞) 感動詞wo
~を(人名の男、雄、夫) 男、雄、夫
甥(をひ) をおひ(男生)
おい 老 老ゆ
おい(呼びかけ) 母音
おいしい 美味 お・いしい
おいて 於 おきて
おいで お・出で 出づ
おいら 俺等 おれら
老いらく 老いる 老ゆ
扇(あふぎ) 扇ぐ
逢瀬(あふせ) 会ふ瀬
近江(あふみ) あは(淡)海
青海(あをみ) あをうみ
青梅(あをめ) あをうめ
終(を)へる 尾経る 尾辺-
大(おほ)いに 大きに
雄々(をを)しい 雄
丘(をか) 岡 をか(峯処) 尾高 小高
可笑(をか)しい をこ(痴愚) 烏滸の字音 尾籠の字訓 を(招)く-[望ましいの意] 小-[可愛いの意]
犯(をか)す をこ(痴愚) を(招)く
拝(をが)む 折れかがむ
荻(をぎ) 尾- を(招)ぐ[そよぐ様子]
桶(をけ) をけ(麻笥)
をこがましい をこ(痴愚) 烏滸の字音 尾籠の字訓
ヲコゼ をこじ をこ-[貌の形容]
長(をさ) をさ(筬) 治む
をさをさ 長々
幼(をさな)い 長なし 小-
収(をさ)める 納 治 修 長-
叔父(をぢ) 伯父 小父
惜(を)しい を(感動詞)- 小-[可愛いの意]
お爺(ぢい)さん ちち ぢぢ
教(をし)へる を(愛)しむ
をぢさん 小ちち(父)
ヲシドリ を(愛)し- 雄雌-
怖ぢる 驚く 怖づ
雄(をす) 牡 woの音の口のとがってゐる形
教(をそ)はる 教へる
おとうさん 父 ととさま おとっつぁん
おとうと 弟 おとひと
夫(をっと) 雄ひと 雄うと をさ(長)ひと
男(をとこ) をち(若)こ 小つこ
一昨日(をととひ) をち(遠)つ日
一昨年(をととし) をち(遠)年
少女(をとめ) をち(若)め 小つめ
囮(をとり) を(招)き鳥
踊(をど)る 小飛ぶ 折取る
斧(をの) 小の・よき(斧) 小薙ぎ
をののく わななく 踊り退く
叔母(をば) 伯母 をばさん 小母
おはやう おはやく
おびえる 脅 脅かす 脅ゆ
おぼえる 覚 おもほゆ 覚ゆ
ヲミナヘシ 女へ(圧)し[美女もかなはぬ意]
おめでたう おめでたく
檻(をり) 居り
折(をり) 折る 割る をを(撓)る わわ(破)く 分かる
居(を)る ゐる 居有る 折る[膝を折る意]
ヲロチ 尾-
終(をは)る 終へる
女(をんな) をみな 小身- 小女- 男身馴
かい 櫂 掻き
かいくぐる 掻潜 掻きくぐる
かいぞへ 介添 かきぞへ
かいだす 掻出 掻き出す
かいまき 掻巻 掻き巻き
かいまみる 垣間見 垣間見る
かをり かをる 香 気折 香居
舵(かぢ) 掛け違へ -路 梶
梶(かぢ) 乾き地 穀の字音kat 舵
鍛冶(ぢ) かなうち かぬち
数(かず) かぞへる かさ(嵩)
かつを 鰹 堅魚
必ず かり(仮)ならず
かりうど 狩人 かりひと
~からう からむ
からうじて 辛 からくして
かはいい 可愛 かはゆい 顔映ゆし
かはいさう 可哀想 かはいい・~さう
かわく 乾 渇 気沸く
きえる 消 消ゆ [松原遠く消ゆるところ] 気止む
ききゃう 桔梗 字音
きこえる 聞 聞こゆ 聞かゆ
傷(きず) 切り擦り きそ(切所)
きうり 胡瓜 黄瓜 木瓜
けふ 今日 こ日 この日 明けの日
くい 悔 悔ゆ 悔やむ
悔いる 悔ゆ 悔やむ
鯨(くぢら) くちびろ(口広)
葛(くず) こす(粉為) [葛(かづら)]
~ください くださりませ くだされ
くつわ 轡 口輪
くらゐ ~ぐらゐ 位 座居
くるわ 廓 曲輪
くれなゐ 紅 呉の藍
くろうと 玄人 黒ひと
くわゐ 慈姑 食ひ割れゐ(集)る 栗分かれゐ(率)る 黒輪藺 -藍
けぢめ けち(結)目 分かち目
こい 来 来よ
こいつ こやつ
かう(~だ、いふ、する、なる) かく
かうがうしい 神々 かみがみ
かうし 格子 かくし 字音
こうぢ 小路 こみち こぢ(路)
かうぢ 麹 かびたち かむだち かむち
かうぞ 楮 紙そ
かうばしい 香 かぐはしい
かうべ 頭 かみへ(上辺)
かうべ 神戸 神-
かうむる 被 かがふ(頭触)る かうぶる かんむり
かうもり 蝙蝠 かわぼり かはほり かわもり かはもり 蚊守
かうり 行李 字音
こえ 肥 肥やし 肥ゆ [馬肥ゆる] 越ゆある
こゑ 声 こわ色 こわ音 ことゑ(言笑)
こえる 越 越ゆ 来行く有る 此ゆ -よ(過)ぐ
こえる 肥 肥やし 肥ゆ [馬肥ゆる秋] 越ゆある
ごきげんよう ごきげんよく
ここいら ここら
こごえる 凍 凍ゆ 氷り入る
こころえ(る) 心得 -得る
~ございます ござります
こずゑ 梢 木末
ごちそうさま 馳走の字音
ことわざ 諺 言業
ことわる 断 事割る
こわいろ 声色 こゑ
さいなむ 苛 さきなむ
さいはひ 幸 さきはふ
さえぎる 遮 さいぎる 先切る
さえる 冴 さやか 冴ゆ 冴ゆる
さを 竿 小尾
さかえる 栄 栄ゆ 咲き映ゆる
サザエ -枝 さざれ
さやうなら さ様なら 字音
さわぐ 騒 ざわざわ ざわめく ザワザワ
地(ぢ) 字音
痔(ぢ) 字音
~路(ぢ) みち すぢ
ぢいさん 爺 ちち ぢぢ
しほさゐ 潮騒 さわぐ
しをらしい しをれる
しをり 栞 -折り
しをれる 萎 しなび折れる
ぢか ぢき(直) チョク 字音
しきゐ 敷居 閾 -藺 -居
ぢぢ(爺) ちち
しばゐ 芝居 芝居
地(ぢ)味 字音
シメヂ しめ(湿)出づ
~ぢゃ ぢゃあ(だ、では) だ である では
~しゃい ~しゃりませ ~しゃれ
~ぢゃふ(でしまふ) でしまふ
じふ 十 字音
~ぢゅう(中) チュウ 字音
重(ぢゅう)々 ヂュウヂュウ 字音
しうと 舅 しひと そひ(添)ひと
しうとめ 姑 しひと
しゃうが 生姜 字音
しゃうがない し・やう(様)- 字音
しゃうぶ 菖蒲 字音
しろうと 素人 白ひと
しわ 皺 しをれる
しんまい 新前
~ず(打消し) 動詞 す
ずいき 芋茎 すりくき(研茎) 髄茎
ずいと すいと
ずいぶん 随分 字音
すいません 済みません
据う(文語動詞) 据わる 座る 摺りゑ(植)る -居る
すゑ 末 -居 -尾
すえる 饐 饐ゆ 酢ゆ
すゑる 据 据わる 座る 摺りゑ(植)る -居る
筋(すぢ) すぐぢ(直路)
鈴(すず) 鈴音の繰り返し すずしい
錫(すず) すずなまり(清鉛) 薄墨色
鱸(すずき) 進む すすぐ
涼(すず)しい すがすみ(清澄)し さやさや
スズシロ スズナ 鈴花菜
雀(すずめ) 鳴声の繰り返し
硯(すずり) 墨磨り
ずっこける 擦りこける
ずっしり すっしり
ずっと すっと
ずば抜ける すっぱり
ずばり すっぱり
ずぶの ずぶずぶ
ずぶずぶ すっぽり
ずぶぬれ ずぶずぶ
ずぼら ずぶずぶ
すまふ 相撲 動詞「すま(争)ふ」の名詞化 [すまう説もある(連用形「すまひ」の音便化)]
ずらす 擦る
ずらり すらり
ずり落ちる 擦る
~ずる(動詞) 動詞 する
ずるい スルスル
ずるずる 擦る
ずれる ず(擦)る す(擦)る
すわる 座 据ゑる
すわる 据 座る
ずんぐり すっく
ずんずん スーッと すいすい ずいと
せい(背) せ [延ばす音を「え」ではなく例外的に「い」とする]
せゐ(所為) しょゐ(所為) 字音
せいいっぱい 精一杯の字音
せいぜい 精誠の字音
ぜんまい 銭巻き
そいつ そやつ
さう(~だ、いふ、する、なる) 然 さ
さうざうしい 騒々 さわぐ さわさわ
~さうだ、さうな さま(様) 相の字音
さうらふ 候 さぶらふ
そこいら そこら
そびえる 聳 そびやかす そびゆ [そびゆる甍は] そびらよ(背平由)る
~たい たき たし
たいした 大の字音
だいぶ 大分 大の字音
たいまつ 松明 焚き松
たえだえ 絶々 絶える 絶やす 絶ゆ -ゆ(緩)る
たえる 絶 絶やす 絶ゆ たゆ(弛)む -ゆ(緩)る
たふす たふれる 倒 手伏す
たをやか たわむ
たをやめ 手弱女 たわむ
たをる 手折 折る
たぢたぢ たぢろぐ
たぢろぐ 立ち動く
たたずむ 立ち住む
たたう 畳 たたみ たたむ
~たまふ 給 たまふ ~たまへ たまもの
たゆたふ 揺蕩 ユタユタ ヨタヨタ ゆたか(裕) たゆたひ
~たらう たらむ てあらむ
~だらう たらむ であらむ
たわい 他愛 たい(体) たあい とわき(利分)
たわいない 他愛無 たい(体)- たあい- とわき(利分)-
たわむ 撓 たわわ たをやか
縮(ちぢ)む ちぢ(小々)
縮(ちぢ)こまる 縮む
~ちふ(と言ふ) い(言)ふ
てふ 蝶 字音
てうづ 手水 てみづ
てふちょ てふてふ 蝶々 てふ 字音
ちゃうど 丁度 長度の字音 ちゃんと
てうな 手斧 てをの
つい(うっかり) 突き
つい 対 字音
つひえる 費 潰 費やす 費ゆ つひや(終遣)る
ついぢ 築地 つきぢ つきひぢ
ついたち 一日 月立ち
ついたて 衝立 衝き立て
ついて つきて
ついで 次 次ぎて
ついで 序 次出
ついばむ 啄 突き食む
つゑ 杖 突き据ゑ 突き居
つくえ 机 突き枝
~っしゃい ~しゃりませ しゃれ
~でせう でせ・む [でさうらふ でさう です、 でござります であります です]
どいつ どやつ
どう 如何 ど どこ どれ
たうげ 峠 手向け たわむ
とうさん 父 ととさま とっつぁん
どうせ どう
どうぞ どう
たうてい 到底 字音
たふとい たふとぶ 尊 -太し
たうとう 到頭 字音
とうに 疾 疾くに
どうも どう
だうりで 道理 字音
とを 十 止尾 手終
とほたふみ 遠江 とほ(遠)つあふみ(淡海)
どぢ とちる
どぢゃう 泥鰌 土長の字音
閉ぢる 戸釣る 戸詰める
ともゑ 巴 鞆絵
とりゐ 鳥居 鶏居
~ない なき なし
ないがしろ 蔑 無きが代
なえる 萎 なよなよ 萎ゆ -寄る -止む
なかうど 仲人 なかひと
~なさい なさりませ なされ
ナメクヂ 滑くぢら
汝(なんぢ) なむち
にいさん 兄 あにさん
にえる 煮 煮やす 煮ゆ
ぬえ 鵺 萎える
ねえ(呼びかけ) ね
ねえさん 姉 あねさん
ネヂ ねぢる
ねぢる ねばちがへる 抜けづ(出)る
鼠(ねずみ) 根住み
のうのう のんのん のんびり のびのび
はい(返事) 母音
はえる 生 生やす 生ゆ -得る
はえる 映 栄 映ゆ 面はゆい 流行る 囃す 晴れる ひいや(日彌)る
はおり はおる 羽織 織る
恥(はぢ) 晴れ出づる
筈(はず) 端末
はにふ 埴生 -お(生)ふ
はにわ 埴輪 -輪
ひいき 贔屓 引き
ひいでる 秀 穂出づ
ひえ 稗 -荏 ひよね(鄙米)
ひえる 冷 冷やす 冷ゆ ひいよ(氷彌)
ひきゐる 率 引きゐ(率)る
引きずる 擦る
肘(ひぢ) 引き釣り 引き縮み
ひうが 日向 ひむか
ヘウ 豹 字音
ヘウタン 瓢箪 字音
ふい(駄目) プイ ポイ
ふいご 鞴 吹きかは(皮)
ふえ 笛 吹き枝
ふえる 増 増やす 増ゆ ふいよ(太彌) ふやける はえる
ふきのたう 蕗の薹 [塔の字音タフ→転呼タウ→薹の字訓たう]
藤(ふぢ) ぶち(鞭) 吹き散り 房垂り
ふつう 普通 字音
ぶだう 葡萄 字音
へい(はい) 母音
へえ(はい) 母音
ほいほい 母音
~はう 方 字音
はうき 箒 羽掃き
はふはふの体 這ふ這ふ
はうむる 葬 はぶる はむる
はふる 放 はぶる
ほえる 吠 吠ゆ
ほほゑむ 微笑 笑む
ほんたう 本当 字音
~まい まじ
まいにち 毎日 字音
まゐる 参 まゐ(参)入る 目居る
まがふ 紛 目か(交)ふ まがひ
~ませう ませ・む [まゐらする まする ます]
ますらを 益荒男 -男
まみえる 見 目見える
みえ 見栄 見ゆ 見える
みえる 見 見る [敵艦見ゆ]
みを 澪 水尾 水緒
みさを 操 真青 身竿
みまがふ 見紛 まがふ
ミミズ 目見ず
めうが 茗荷 めが(女香)
めうと(ミョートと読む場合) 夫婦 めをと
むいか 六日 むゆか
むくい 報 報ゆ 向くる
むくひ 報 報ふ
報いる 報ゆ 向くる
むかふ(名詞) 向 動詞「向かふ」の名詞化 [むかう説もある(連用形「むかひ」の音便化)]
むずむず うずうず 蛆
めをと 夫婦 女夫
もう(既に) も もはや
もう(更に) も [まう説もある(ま いま また)]
まうける 設 儲 ま(設)く 間受ける
まうす 申 まをす
まうでる 詣 まゐい(参出)づ
もえる 燃 燃やす 燃ゆ [燃ゆる思ひ] もの焼く
もえる 萌 萌ゆ 芽生ゆる モヤシ
もぢもぢ おぢおぢ
捩(もぢ)る ねぢる よぢる
百舌(もず) -す[鳥の意]
もだえる 悶 悶ゆ もだ(黙)し悩む 身絶える
もちゐる 用 持ちゐ(率)る
もとゐ 基 本居
紅葉(もみぢ) もみつ もみづ
やい(呼びかけ) 母音
やいのやいの 母音
やいば 刃 焼き刃
やをら よわ(弱)
ゆゑ 故 由る分け 寄居
ゆゑん 所以 ゆゑに
行きずり 行き擦り
柚子(ゆず) -酢
やう(~だ、な) 様 字音
~よう(動詞の推量、意思) エ段の音+む [せむ せん せう ショー しよう]
やうか 八日 やか
ようこそ よくこそ
やうす 様子 字音
やうやく 漸 ややく やくやく
よぢる ねぢる
よわい 弱 いやを(彌折)れ
~らしい らしき
りんだう 竜胆 胆の字音tam
~わ(終助詞) [この用法を新語とみなしての伝統的表記「わ」(起源自体は「は」)]
わいわい 母音
わっしょい 母音
わかうど 若人 わかひと
ワラヂ わらぐつ わらうづ わらんづ わらんぢ
われもかう 吾木香 香の字音 [我も斯う] [吾亦紅の読み仮名ならば「われもこう」]
例外動詞一覧 |
あ い う え お か き く こ さ し す そ た ち つ と な に ね は ひ ふ ほ ま み む も よ
大原則: 現代仮名遣ひの語頭以外の「ワ、イ、ウ、エ、オ」は歴史的仮名遣ひでは「は、ひ、ふ、へ、ほ」である。「ジ」は「じ」、「ズ」は「づ」である。
上の大原則では説明できない動詞を以下に網羅しました。赤字は現代仮名遣ひと異なる部分です。
小青字は覚えるための参考に語の由来から転記したものです。
仮名書き部分に関係するので優先して覚えるべきもの |
漢字で書けば問題ないもの |
あまえる 甘 甘やかす 甘ゆ 甘あ(肖)ゆ |
あふぐ 扇 天吹く |
いえる 癒 癒す 癒ゆ |
いぢめる 苛 いぢる |
うゑる(文語 うう) 植 植わる [玉苗植うる夏は来ぬ] うゑ(空彫)る |
うずくまる 蹲 うず居 うじ(蛆) |
|
ゑがく 描 絵書く |
おいる 老 老ゆ |
をへる 終 尾経る 尾辺- |
かいくぐる 掻潜 掻きくぐる |
かいまみる 垣間見 垣間見る |
きえる 消 消ゆ [松原遠く消ゆるところ] 気止む |
|
くいる 悔 悔ゆ 悔やむ |
|
こえる 越 越ゆ 来行く有る 此ゆ -よ(過)ぐ |
かうむる 被 蒙 かがふ(頭触)る かうぶる かんむり |
さえる 冴 さやか 冴ゆ 冴ゆる |
さいなむ 苛 さきなむ |
|
しをれる 萎 しなび折れる |
すえる 饐 饐ゆ 酢ゆ |
すずむ 涼 すがすみ(清澄)し さやさや |
そびえる 聳 そびやかす そびゆ [そびゆる甍は] そびらよ(背平由)る |
さうらふ 候 さぶらふ |
たえる 絶 絶やす 絶ゆ たゆ(弛)む -ゆ(緩)る |
たふす 倒 手伏す |
つひえる 費 潰 費やす 費ゆ つひや(終遣)る |
ついばむ 啄 突き食む |
とぢる 閉 戸釣る 戸詰める |
たふとぶ 尊 -太し |
なえる 萎 なよなよ 萎ゆ -寄る -止む |
|
にえる 煮 煮やす 煮ゆ |
|
|
ねぢる 捻 ねばちがへる 抜けづ(出)る |
はえる 生 生やす 生ゆ -得る |
はおる 羽織 織る |
ひえる 冷 冷やす 冷ゆ ひいよ(氷彌) |
ひいでる 秀 穂出づ |
ふえる 増 増やす 増ゆ ふいよ(太彌) ふやける はえる |
|
ほえる 吠 吠ゆ |
はうむる 葬 はぶる はむる |
まず(文語) 混 交 混ぜる |
まゐる 参 まゐ(参)入る 目居る |
みえる 見 見る [敵艦見ゆ] |
|
むくいる 報 報ゆ 向くる |
|
もえる 燃 燃やす 燃ゆ [燃ゆる思ひ] もの焼く |
まうける 設 儲 ま(設)く 間受ける |
|
よぢる 捩 攀 ねぢる |
音読みの漢字一字に「ずる」がついた「案ずる、応ずる、・・・」などの動詞は省略しましたが、それらはすべて「~ずる」です。(由来は 動詞 する)
訓読みの漢字一字に「んずる」がついた「甘んずる、疎んずる、・・・」などの動詞は省略しましたが、それらは「~んずる」です。(由来は 動詞 する) ただし文語「擢(ぬき)んづ」。(由来は 出づ)
字音仮名遣い表 |
イ イキ イク イチ イツ イン エ エイ エキ エチ エツ エン オ オウ オク オチ オツ オン
カ ガ カイ ガイ カク ガク カチ カツ ガツ カン ガン キュウ ギュウ キョウ ギョウ コウ ゴウ
ジ ジキ ジク ジツ ジャ ジャク ジュ シュウ ジュウ ジュク ジュツ ジュン ジョ ショウ ジョウ ジョク ジン ズ ズイ ズウ ソウ ゾウ
チュウ チョウ トウ ドウ
ニュウ ニョウ ノウ
ヒュウ ビュウ ヒョウ ビョウ ホウ ボウ
ミョウ モウ
ユウ ヨウ
リュウ リョウ ロウ
「歴史的仮名遣い」とは狭い意味では和語についての仮名遣いのことだけを言います。仮名発明当時の人々が書いていた通りに書こうとするものです。
これに対して漢語の場合には一々の漢字について実際に仮名でどう書かれたかを古い資料(文書)を調べることによって正しく一つに決定するのはとても無理なのですが、江戸時代になって、それぞれの漢字の原語音を大昔に仮名できちんと書き分けたならこうなったはずだという考えの「字音仮名遣い」というものが考え出されました。
漢語は原則として漢字で書くものですが、特に仮名で書く必要がある場合にはこの表で調べてください。
漢語、字音語を仮名で書いたり、ふりがなを付けたりするときは以下の表の青字で示すように表記します。(か、さ、た、は行で始まる字は濁音、半濁音となることもあります。)
漢字を灰色で示した欄はすべての漢字が現代仮名遣いと同じ表記となるものです。
仮名遣いの問題に関係ない音については記載してありません。この表に載っていない音の漢字の字音仮名遣いは現代仮名遣いと同じです。
参考:
漢字の音は輸入当時、なるべく原音に近いように読まれたので従来の和語にはなかった仮名の並び方ができ、また清濁の区別も工夫された。
また受容された時代によって漢字の発音も異なっていたので多くの漢字は複数の読みを持っている。
例えば「行」について。
まず飛鳥時代までに伝わってきた「ギヤン(giang)」という音を、末尾の鼻音を表す仮名がないので仮に「ウ」のようだと聴き「ぎやう」などと表記した(呉音)。
次に律令制に伴って北方音が組織的にもたらされ、「カン」と聴こえる音が「かう」などと表記された(漢音)。
その後「アン」のように変化した音を、すでに撥音表記が可能になっていたので「あん」と表記した(唐音・宋音)。
(名称の呉、漢、唐の用字は時代=王朝名を表しているものではない。)
字音仮名遣い表
同字である限り旧(正)字体・新字体による違いはありません。
「くゐ(-)」「くゑ(-)」「ぐゐ(-)」「ぐゑ(-)」「-む」の表記は慣用に従って採用を見送りました。
漢字を灰色で示した欄はすべての漢字が現代仮名遣いと同じ表記となるものです。
表に示した以外の表記が完全に排除されるとは限りません。
他にも考え方により、また研究の進捗により、細部の異同の生じる可能性があります。
発 |
現 |
字 |
|
イ |
イ |
已 以 伊 夷 衣 依 矣 医 醫 怡 易 倚 椅 移 異 意 縊 |
|
ゐ |
位 囲 圍 委 萎 威 為 爲 畏 胃 謂 蝟 韋 偉 葦 違 緯 唯 惟 帷 維 尉 慰 彙 遺 |
||
イキ |
イキ |
弋 |
|
ゐき |
或 域 閾 |
||
イク |
イク |
育 毓 郁 |
|
ゐく |
彧 煜 粥 鬻 |
||
イチ |
イチ |
一 弌 壱 壹 |
|
イツ |
イツ |
一 弌 壱 壹 乙 聿 佚 軼 逸 逸 溢 鎰 鷸 |
|
イン |
イン |
允 引 印 因 咽 姻 胤 音 殷 慇 恁 淫 婬 陰 蔭 隠 隱 寅 飲 |
|
ゐん |
尹 員 韻 院 |
||
エ |
エ |
衣 依 |
|
ゑ |
回 囘 廻 会 會 絵 繪 壊 壞 懐 懷 恵 惠 慧 淮 衛 衞 穢 |
||
エエ |
エイ |
永 泳 咏 詠 曳 洩 英 瑛 映 盈 営 營 瑩 鋭 影 叡 嬰 纓 裔 穎 翳 |
|
ゑい |
栄 榮 衛 衞 |
||
エキ |
エキ |
役 疫 易 蜴 鯣 亦 奕 益 益 液 掖 腋 駅 驛 懌 訳 釈 繹 |
|
エチ |
エチ |
越 |
|
エツ |
エツ |
悦 悅 閲 謁 |
|
ゑつ |
曰 戉 越 鉞 粤 |
||
エン |
エン |
延 筵 炎 焔 沿 衍 宴 焉 偃 堰 閻 煙 鉛 塩 鹽 演 椽 縁 厭 燕 臙 艶 奄 掩 俺 鳶 |
|
ゑん |
円 圓 宛 苑 怨 婉 豌 鴛 袁 遠 猿 園 薗 渕 淵 援 媛 垣 冤 |
||
オ |
オ |
阿 淤 |
|
を |
乎 汚 於 悪 惡 烏 嗚 和 |
||
オオ |
オウ |
応 應 鷹 膺 区 欧 歐 殴 毆 嘔 謳 鴎 嫗 甌 渥 |
|
あう |
央 桜 櫻 鸚 奥 奧 襖 墺 懊 澳 鴬 鶯 鴦 媼 鏖 |
||
あふ |
凹 圧 壓 押 鴨 |
||
おふ |
邑 |
||
わう |
王 皇 凰 旺 枉 汪 往 徃 黄 横 橫 |
||
をう |
翁 |
||
オク |
オク |
億 憶 臆 |
|
をく |
屋 |
||
オチ |
オチ |
越 粤 |
|
オツ |
オツ |
乙 |
|
をつ |
榲 膃 越 |
||
オン |
オン |
音 恩 陰 蔭 隠 飲 厭 |
|
をん |
苑 怨 温 園 遠 穏 穩 |
||
カ |
カ |
か |
下 可 何 呵 河 珂 荷 苛 訶 歌 加 伽 茄 珈 迦 架 嘉 佳 価 價 仮 假 暇 瑕 蝦 霞 夏 家 嫁 稼 個 箇 |
くゎ |
火 戈 化 花 華 嘩 樺 譁 訛 靴 貨 禾 科 蝌 過 渦 蝸 禍 |
||
ガ |
ガ |
牙 芽 雅 我 俄 峨 餓 駕 賀 衙 |
|
ぐゎ |
瓦 画 畫 臥 |
||
カイ |
カイ |
介 芥 改 戒 械 誡 界 堺 皆 偕 階 楷 諧 海 |
|
くゎい |
回 囘 徊 廻 灰 恢 詼 乖 会 會 檜 桧 絵 繪 快 怪 悔 |
||
ガイ |
ガイ |
亥 咳 劾 該 骸 害 涯 崖 街 凱 鎧 概 慨 碍 礙 蓋 |
|
ぐゎい |
外 巍 |
||
カク |
カク |
角 革 各 恪 喀 格 客 閣 核 覚 覺 撹 攪 隔 膈 殻 殼 較 赫 嚇 確 鶴 塙 |
|
くゎく |
画 畫 劃 拡 擴 郭 廓 霍 穫 獲 攫 掴 |
||
ガク |
ガク |
学 學 岳 嶽 楽 樂 咢 愕 鄂 萼 諤 鍔 顎 額 鰐 壑 |
|
カチ |
カチ |
喝 葛 褐 |
|
カツ |
カツ |
渇 喝 羯 葛 褐 割 轄 甲 合 恰 |
|
くゎつ |
活 括 刮 筈 闊 滑 猾 豁 |
||
ガツ |
ガツ |
合 歹 |
|
ぐゎつ |
月 |
||
カン |
カン |
干 汗 刊 旱 桿 奸 肝 竿 悍 幹 乾 菅 翰 韓 栞 甘 柑 邯 嵌 酣 甲 坎 看 閑 勘 堪 敢 瞰 間 閒 簡 癇 寒 感 憾 喊 緘 鹹 漢 |
|
くゎん |
完 浣 莞 官 棺 管 館 舘 冠 巻 卷 串 患 貫 慣 換 喚 渙 款 寛 寬 関 關 緩 環 還 勧 勸 歓 歡 観 觀 灌 鑵 罐 桓 缶 斡 |
||
ガン |
ガン |
含 岸 岩 眼 雁 顔 癌 贋 巌 巖 龕 |
|
ぐゎん |
丸 元 玩 頑 翫 願 |
||
キュウ |
キュウ |
弓 穹 躬 窮 宮 |
|
きう |
九 仇 鳩 究 久 玖 灸 柩 丘 旧 舊 臼 休 朽 求 救 球 毬 裘 糾 糺 嗅 厩 廏 廐 |
||
きふ |
及 汲 吸 級 笈 泣 急 給 |
||
ギュウ |
ギュウ |
牛 |
|
キョオ |
キョウ |
凶 兇 共 供 拱 胸 恐 跫 興 矜 恭 |
|
きゃう |
兄 況 匡 向 狂 誑 京 景 亨 享 杏 香 馨 強 彊 経 經 軽 輕 競 竸 竟 境 鏡 郷 鄕 響 |
||
けう |
叫 孝 教 敎 校 梟 喬 蕎 僑 橋 嬌 矯 驕 |
||
けふ |
莢 侠 挟 挾 陜 狭 狹 峡 峽 鋏 頬 怯 協 脇 脅 劫 叶 |
||
ギョオ |
ギョウ |
凝 |
|
ぎゃう |
仰 行 刑 形 杏 慶 |
||
げう |
尭 堯 暁 曉 驍 校 |
||
げふ |
業 |
||
コオ |
コウ |
口 叩 工 虹 紅 虹 鴻 公 勾 孔 功 弘 后 垢 逅 攻 拘 肯 後 厚 亘 亙 恒 恆 洪 哄 侯 候 喉 控 貢 寇 興 薨 溝 構 媾 購 覯 |
|
かう |
亢 坑 抗 杭 航 江 巧 肛 項 腔 亨 交 効 效 狡 咬 校 皎 郊 絞 鮫 向 仰 昂 好 行 桁 考 孝 哮 酵 更 梗 硬 幸 倖 肴 庚 康 糠 巷 港 香 浩 皓 耕 高 髙 稿 縞 藁 岡 綱 鋼 膏 降 膠 衡 耗 睾 講 昊 皋 皐 |
||
かふ |
甲 岬 合 恰 閤 閘 |
||
くゎう |
広 廣 曠 宏 紘 肱 鉱 鑛 黄 光 恍 洸 晄 胱 晃 幌 滉 皇 徨 煌 荒 慌 |
||
こふ |
劫 |
||
ゴオ |
ゴウ |
号 號 拷 剛 郷 鄕 強 豪 濠 壕 毫 降 傲 囂 轟 |
|
がふ |
合 |
||
ごふ |
劫 業 哈 盒 |
||
ジ |
ジ |
じ |
二 尓 示 而 寺 侍 時 恃 蒔 字 次 耳 自 司 事 似 児 兒 辞 辭 慈 滋 磁 餌 爾 璽 |
ぢ |
地 治 持 峙 痔 |
||
ジキ |
ジキ |
食 色 |
|
ぢき |
直 |
||
ジク |
ジク |
肉 宍 |
|
ぢく |
竺 軸 柚 |
||
ジツ |
ジツ |
日 実 實 十 入 拾 |
|
ぢつ |
昵 衵 |
||
ジャ |
ジャ |
邪 蛇 者 社 闍 麝 |
|
ジャク |
ジャク |
若 惹 弱 蒻 鶸 寂 雀 鵲 笛 藉 籍 迹 |
|
ぢゃく |
着 著 搦 |
||
ジュ |
ジュ |
入 从 戍 寿 壽 受 授 綬 呪 咒 従 從 珠 殊 銖 訟 就 鷲 聚 驟 需 儒 濡 襦 蠕 誦 樹 堅 豎 乳 |
|
シュウ |
シュウ |
主 宗 崇 嵩 衆 聚 終 柊 |
|
しう |
収 收 囚 舟 州 洲 酬 秀 秋 萩 鍬 愁 祝 |
||
しふ |
拾 習 褶 執 集 葺 輯 襲 |
||
ジュウ |
ジュウ |
充 銃 戎 絨 従 從 縦 縱 |
|
じう |
柔 蹂 獣 獸 |
||
じふ |
十 什 汁 入 渋 澁 拾 |
||
ぢゅう |
中 住 重 頭 |
||
ジュク |
ジュク |
孰 熟 塾 宿 |
|
ジュツ |
ジュツ |
朮 戌 述 術 恤 |
|
ぢゅつ |
|
||
ジュン |
ジュン |
巡 旬 侚 徇 恂 洵 殉 詢 筍 笋 准 準 隼 純 淳 惇 諄 錞 醇 鶉 盾 循 楯 閏 潤 順 馴 遵 蓴 |
|
ジョ |
ジョ |
汝 如 恕 絮 助 序 叙 敍 徐 抒 舒 |
|
ぢょ |
女 除 |
||
ショオ |
ショウ |
升 丞 承 昇 陞 松 訟 頌 従 從 縦 縱 慫 聳 称 稱 秤 竦 症 証 證 勝 誦 衝 踵 鍾 憧 鐘 |
|
しゃう |
上 井 正 政 鉦 生 性 姓 笙 庄 粧 匠 床 声 聲 尚 廠 昌 唱 娼 菖 晶 牀 青 靑 清 淸 精 精 請 錆 荘 莊 装 裝 裳 相 湘 省 将 將 蒋 奨 奬 獎 漿 醤 祥 祥 詳 翔 章 樟 障 彰 商 星 猩 象 掌 傷 觴 聖 筝 諍 賞 償 嘗 牆 檣 薔 |
||
せう |
小 少 抄 鈔 召 沼 招 昭 紹 照 詔 笑 肖 宵 消 哨 逍 悄 梢 硝 銷 鞘 焼 燒 焦 憔 樵 蕉 礁 瀟 嘯 蕭 簫 楢 篠 鍬 椒 |
||
せふ |
妾 接 捷 睫 渉 摂 攝 摺 |
||
ジョオ |
ジョウ |
冗 乗 乘 剰 剩 丞 烝 蒸 縄 繩 茸 |
|
じゃう |
上 井 生 政 成 城 盛 晟 状 浄 淨 常 青 靑 情 靖 靖 静 靜 鎖 譲 讓 壌 壤 攘 穣 穰 嘗 |
||
ぜう |
擾 蕘 繞 饒 |
||
ぢゃう |
丈 仗 杖 定 掟 諚 錠 貞 娘 場 嬢 孃 醸 釀 鄭 |
||
でう |
条 條 嫋 |
||
でふ |
帖 畳 疊 疉 |
||
ジョク |
ジョク |
辱 蓐 溽 褥 縟 |
|
ぢょく |
濁 耨 |
||
ジン |
ジン |
人 仁 刃 靭 壬 尽 盡 燼 甚 糂 神 腎 尋 迅 訊 稔 |
|
ぢん |
沈 陣 塵 賃 |
||
ズ |
ズ |
受 数 事 |
|
づ |
豆 逗 厨 頭 図 圖 途 徒 杜 |
||
ズイ |
ズイ |
遂 隋 随 隨 髄 髓 惴 瑞 蕊 蘂 痿 穂 |
|
ズウ |
ズウ |
づう |
通 |
ソオ |
ソウ |
宋 叟 捜 搜 痩 走 宗 綜 奏 湊 怱 送 惣 曽 曾 僧 |
|
さう |
双 雙 爪 庄 早 草 壮 壯 荘 莊 装 裝 争 爭 筝 相 想 霜 倉 創 槍 蒼 愴 瘡 嫂 艘 桑 巣 掃 爽 窓 窗 曹 漕 遭 槽 糟 葬 喪 操 澡 噪 燥 躁 藻 掻 騒 騷 鞘 |
||
さふ |
匝 挿 插 颯 |
||
ゾオ |
ゾウ |
曽 曾 僧 |
|
ざう |
造 象 像 蔵 藏 臓 臟 |
||
ざふ |
雑 雜 |
||
チュウ |
チュウ |
中 仲 沖 忠 虫 蟲 注 柱 註 駐 駐 誅 偸 衷 厨 頭 |
|
ちう |
丑 紐 肘 酎 宙 抽 紬 昼 晝 鋳 鑄 疇 籌 |
||
チョオ |
チョウ |
重 澄 徴 懲 寵 塚 塚 |
|
ちゃう |
丁 打 釘 庁 廰 廳 聴 聽 町 長 帳 張 脹 漲 挺 頂 停 提 腸 暢 |
||
てう |
兆 挑 逃 眺 跳 銚 弔 鳥 蔦 超 朝 嘲 潮 調 彫 凋 掉 鯛 釣 肇 |
||
てふ |
帖 貼 喋 牒 諜 蝶 |
||
トオ |
トウ |
冬 疼 投 豆 逗 痘 登 灯 燈 頭 闘 鬪 東 凍 棟 桐 筒 透 偸 桶 樋 統 等 謄 騰 藤 籐 読 兜 董 |
|
たう |
刀 当 當 宕 到 倒 挑 逃 桃 党 黨 堂 唐 糖 島 嶋 搗 討 悼 掉 套 盗 盜 淘 陶 萄 湯 蕩 滔 稲 稻 蹈 韜 蟷 螳 蟷 涛 濤 擣 祷 撞 橙 櫂 |
||
たふ |
納 答 塔 搭 沓 踏 鞜 |
||
ドオ |
ドウ |
同 洞 桐 胴 筒 銅 動 働 童 僮 憧 瞳 撞 |
|
だう |
堂 道 導 撓 瞠 獰 |
||
ニュウ |
ニュウ |
乳 |
|
にう |
柔 |
||
にふ |
入 |
||
ニョオ |
ニョウ |
女 |
|
ねう |
尿 遶 繞 鐃 |
||
ノオ |
ノウ |
能 農 濃 膿 |
|
なう |
悩 惱 脳 腦 瑙 曩 嚢 |
||
なふ |
納 衲 |
||
ヒュウ |
ヒュウ |
彪 |
|
ビュウ |
ビュウ |
謬 繆 |
|
ヒョオ |
ヒョウ |
氷 冰 憑 |
|
ひゃう |
平 評 兵 拍 |
||
へう |
表 俵 豹 票 剽 漂 標 瓢 飄 彪 |
||
ビョオ |
ビョウ |
平 屏 病 瓶 甁 鋲 |
|
べう |
苗 描 猫 錨 秒 渺 廟 |
||
ホオ |
ホウ |
奉 捧 俸 峰 峯 逢 烽 蜂 鋒 蓬 縫 朋 崩 封 豊 豐 鳳 鵬 宝 寶 報 呆 保 堡 褓 褒 襃 |
|
はう |
方 芳 彷 昉 訪 包 泡 咆 庖 抱 炮 胞 砲 袍 疱 鞄 飽 邦 放 倣 抛 萌 萠 棚 焙 烹 幇 硼 |
||
はふ |
法 |
||
ほふ |
法(仏教用語) |
||
ボオ |
ボウ |
呆 冒 冐 帽 某 謀 棒 貿 剖 牟 眸 暴 戊 |
|
ばう |
亡 忙 妄 忘 芒 茫 惘 卯 昴 坊 防 妨 昉 肪 紡 房 旁 傍 膀 謗 茅 萌 萠 望 貌 尨 厖 膨 髦 |
||
ぼふ |
乏 法(仏教用語) |
||
ミョオ |
ミョウ |
名 命 明 冥 |
|
めう |
妙 苗 |
||
モオ |
モウ |
毛 耄 耗 蒙 濛 朦 帽 |
|
まう |
亡 妄 盲 望 罔 網 魍 孟 猛 莽 |
||
ユウ |
ユウ |
勇 湧 裕 雄 融 熊 |
|
いう |
又 尤 友 右 佑 祐 由 柚 釉 有 侑 宥 幽 悠 郵 酉 猶 楢 遊 游 誘 憂 優 |
||
いふ |
邑 揖 |
||
ヨオ |
ヨウ |
用 容 溶 蓉 熔 鎔 庸 傭 涌 湧 慂 踊 蛹 擁 孕 膺 鷹 |
|
えう |
夭 妖 幼 拗 要 腰 揺 搖 瑶 瑤 遥 遙 徭 謡 謠 窯 曜 燿 耀 邀 杳 |
||
えふ |
葉 曄 |
||
やう |
羊 洋 痒 揚 陽 楊 煬 瘍 様 樣 養 癢 瑩 影 瓔 |
||
リュウ |
リュウ |
隆 隆 竜 龍 |
|
りう |
柳 流 琉 硫 留 溜 澑 瑠 瘤 劉 |
||
りふ |
立 粒 笠 |
||
リョオ |
リョウ |
菱 凌 崚 稜 陵 綾 竜 龍 |
|
りゃう |
令 冷 玲 領 嶺 羚 両 兩 輛 裲 良 亮 梁 涼 凉 掠 椋 諒 量 糧 霊 靈 |
||
れう |
了 料 聊 寥 蓼 寮 僚 遼 燎 療 瞭 鐐 |
||
れふ |
猟 獵 (漁) |
||
ロオ |
ロウ |
弄 陋 楼 樓 漏 朧 篭 籠 聾 露 |
|
らう |
老 牢 労 勞 郎 郞 榔 螂 浪 狼 朗 朗 琅 廊 |
||
らふ |
﨟 臈 臘 蝋 摺 |
||
その他 |
その他 |
その他 |
その他の漢字 |
発 |
現 |
字 |
|
注:部首が同じでも必ずしも同音とは限りません。
カ、サ、タ、ハ行で始まる字は濁音、半濁音で読まれることもあります。
「ふ」で終わる字は促音化したときは「っ」と書かれます。
字音仮名遣いにおいて拗音、促音を表す文字の大きさに決まりはありませんが、便宜上小字を使用しました。
この表は簡易表ともいうべきものです。漢字音についての専門的な解説は他の専門サイト、専門書をご覧ください。
漢字の現代仮名遣いと発音についての注意
漢字の読み仮名を現代仮名遣いで表したとしても、それは常にそのまま漢字の発音を示すものではありません。
漢字の現代仮名遣いと発音の相違に注意すべきは以下の種類のものです。
現代仮名遣い |
現代標準発音 |
エイ、ケイ、セイ、・・・・・ |
エエ(エー)、ケエ(ケー)、セエ(セー)、・・・・・ |
オウ、コウ、ソウ、・・・・・ |
オオ(オー)、コオ(コー)、ソオ(ソー)、・・・・・ |
キョウ、ショウ、チョウ、・・・・・ |
キョオ(キョー)、ショオ(ショー)、チョオ(チョー)、・・・・・ |
歴史的仮名遣ひの原理 |
歴史的仮名遣ひの原理とは
「語が最初に仮名で表はされたときには自然に発音の通りに書かれた。以後もその通りに書き、語の発音が変化しても書き方を変へずにきた。」と考へる。
といふものです。
さて、それではそのことにはどのやうな意味があるのでせうか。
話し言葉の発音は歴史的に変化する運命にあります。ここでもし常に表記を発音に一致させようとすれば、同じ語の表記が時代によって異なることになり、折角の「文字の記録性」の意義が大きく損なはれます。過去に書かれた文書が容易には読めなくなり、また現在の文書の内容が未来に正しく伝はる保証が得られなくなってしまふのです。
この事態を避けるためには個々の語の表記を歴史的に一貫したものにする必要があります。ではそれはどのやうにすれば実現できるのでせうか。
いま、ある言語にまったく新しく文字を与へるとしたらその近代的方法は一般的には次のやうになります。
1.その言語で言ひ分ける音の種類をリストアップする。
2.その音一つごとに、発音のしかた(音価)が定義された文字を宛てる。
3.標準辞書を作成する。
4.教育を徹底する。
5.標準辞書は時代を経るごとに語の表記は変へずに発音についての注釈を加へながら改訂する。
このやうな手続きにより、現在から未来に向けて誰でもいつでも容易に読める一貫した書き言葉の歴史の積み重ねが出来上がっていくことになります。
現実の日本語においては仮名文字発明後、意識的にこのやうな手続きが取られたわけではありませんでした。1.2.は自然発生的に行はれ、その後3.以降が近代的方法論によって遺漏なく行はれることのないまま推移したのです。そこで仮名遣ひは話し言葉の発音が変化するにつれて少しづつ乱れ始めました。
この混乱を正さうとする試みは鎌倉時代から始まりましたが、最初はどこに範を取ればよいのかよく分かりませんでした。
平仮名が発明されたのは平安時代です。そして仮名文字表記が盛んになり、字数も安定してからしばらくの間、仮名遣ひの混乱がほとんど全くなかった時期※がありました。その時期の表記を究明してそれを規範とすれば語の表記の歴史的一貫性は、途中の混乱はあったとしても、一応は回復できることになります。
正確にこのやうに意図されたわけではありませんでしたが、結果的に研究が実を結んだのはずっと降った江戸時代のことでした。そこで明らかにされた仮名遣ひが後に歴史的仮名遣ひと呼ばれることになります。
言ひ方を変へれば、もし平安時代以降、実際に冒頭に挙げた3.4.5.の手続きがうまく取られてゐたなら今に至るまで一貫して行はれてゐたであらう仮名遣ひ、それが歴史的仮名遣ひです。(あるいは藤原定家のやうに由緒正しい仮名遣ひに興味を持つ人間がもう少し各時代に頻繁に現れてゐたなら今に伝はってゐたはずの仮名遣ひ、とも言へるでせう。)
※その時期はおほよそ十世紀半ばから十一世紀初頭までのことですが、表記された仮名と実際の発音が、濁音・撥音・促音・拗音などの表記法は別にして(五十音について参照)すべて一致してゐました。この時期は今に伝はる仮名で表記できる日本語の最遠遡及点です。それよりも以前の音韻体系をいろは47文字の仮名で書き分けることはできないのです。
「歴史的仮名遣ひ」を平安時代の発音に基づいてゐる表記であると表現すると誤解を招くことがあります。発音はもっと古い時代にまでいくらでも遡れるのに、なぜその時代の発音が特に選ばれたのかといふ疑問が生じるのです。そこで誤解を避けるためには、歴史的仮名遣ひとは仮名が発明された平安時代の「表記」に基づいてゐる表記(平安時代の表記そのもの)であると捉へるのがよいでせう。「仮名遣ひ」は何れかの時代の発音に基づいて決まるものではなく、語によって決まってゐる(一貫してゐる)べきものと考へれば、規範は「いちばん最初の表記」に求めざるを得ません。47文字の仮名で表記する日本語としてのいちばん最初の表記はこの時代に求められるのです。
そこで、歴史的仮名遣ひの根本原則とは
当該文字に関して仮名遣ひの混乱が起こる時代以前の表記の通りに表記する。
といふことになりますが、現代におけるよりよい指針としては
濁音、撥音、促音、拗音などは当初の表記の至らないところを補って表記する。
といふ項目も追加されなければなりません。※
※古来濁音は清音の変種に過ぎぬと捉へられてゐたため仮名書きでは殊更に書き分ける習慣がなく、また撥音、促音、拗音は当時はまだ馴染みのない音であったので明示的に表記され得なかった。(参考)
歴史的仮名遣ひがこのやうなものであり、そして平安時代の仮名文字がそのまま現代まで伝へられてゐるといふことは、この仮名遣ひが平安時代以降のどの時代の日本語を書き表すのにも適用可能なものであることを意味してゐます。
仮名遣ひが安定してゐた時代から乱れ始めた時代、そして歴史的仮名遣ひによる教育が開始された時代までのさまざまな時代の古典が今に伝はってゐますが、現代の我々一般人が鑑賞するそれらの作品は、実は多くの場合、どの時代のものであっても一応原文の仮名遣ひに歴史的仮名遣ひと異なる部分がある場合はそれを正しい歴史的仮名遣ひに書き改めて刊行されてゐるものなのです※。もし、あくまで原文通りの仮名遣ひに拘泥しようとすれば、必要な古語辞典はくだくだしく、古文の読解は大変煩雑なことになってしまふでせう。
古典文学世界において語の表記の歴史的一貫性を求めるとすれば、それは歴史的仮名遣ひによって実現するしか方法がありません。現代においても、また未来に亘っても歴史的仮名遣ひの意義が失はれない理由がここにあります。
※江戸時代の一部のジャンルのものは余りに仮名遣ひが荒唐無稽なので、却ってその情緒を生かすために原文のまま刊行されてゐる。
ところで、現在学校教育では「歴史的仮名遣ひ」は古くて今では使はれないものとしてしか教へられてゐません。したがって、私たちは自然にそれを現代仮名遣ひとは違ふ不合理なものであると考へてしまひ勝ちです。そしてなぜその古臭い仮名遣ひが普通の国語辞典の各語の見出しの下にわざわざ併記されてゐるのかと戸惑ってしまひます。
国語の授業にただ一言、「現代仮名遣ひは元々の仮名遣ひを覚えやすく簡略化(参照)したものであり、国語の本来の形を知るには歴史的仮名遣ひを参照しなければならないのだ」、と付け加へるだけで多くの学生たちの疑問は解消されるでせう。辞書の見出しはいはば現住所表示であり、本籍が異なる場合は必ずその下に明記してあるのです。
参考
仮名遣ひ |
表記の根拠 |
適切に表記できる文 |
歴史的仮名遣ひ |
その語の当初の表記 |
平安以降のあらゆる日本語文 |
現代仮名遣ひ |
その語の現代発音 |
現代口語文 |
混乱が起こる時代以前の表記とは
和語について留意すべき主なものは次の通りです。
1.現代仮名遣ひで「い、え、お」と書かれてゐるものの一部が元は「ゐ、ゑ、を」と書かれてゐた。(「ゐ、ゑ、を」は「い、え、お」と異なる発音であったが、その後同じになった。)
2.現代仮名遣ひで「じ、ず」と書かれてゐるものの一部が元は「ぢ、づ」と書かれてゐた。(「ぢ、づ」は「じ、ず」と異なる発音であったが、その後同じになった。)
3.現代仮名遣ひの語頭以外で「わ、い、う、え、お」と書かれてゐるものの多くが元は「は、ひ、ふ、へ、ほ」と書かれてゐた。(語頭以外の「は、ひ、ふ、へ、ほ」が後に「わ、い、う、え、お」と同じ発音に転呼※した。)
4.現代仮名遣ひで「こう、そう、・・・」と書かれてゐるものの一部が元は「かう、さう、・・・」などと、「きゅう、しゅう、・・・」と書かれてゐるものが元は「きう、しう、・・・」などと、「きょう、しょう、・・・」と書かれてゐるものが元は「けふ、せう、・・・」などと書かれてゐた。(それぞれ後に転呼※した。)
※仮名がその置かれた位置、条件によって本来の音とは異なる音で発音されることを転呼といひます。 参考:転呼のメカニズム
発音の変化と表記の関係
●昔と今とで発音に違ひがあるのに表記を変へなくてもよい理由は、変化したのは仮名の発音の習慣の方であって、語自体が別のものに変はったわけではないからです。
発音の変化(転呼)は自然に発生し、同じ条件のすべての語に及びました。例へば和語の語頭以外の「は」の仮名はこぞって「ワ」と発音されるやうになりました。個々の語の発音が個別にいろいろと変化したわけではありません。このやうな場合には当然個々の語が別のものに変化したのだとは言へず、単に人々の発音の習慣の方が変化したに過ぎないと言はなければなりません。発音の変化以前と以後の語は同一ですから、表記が同一なのは自然なことです。
「川」といふ語は「かは」と書き「カファ」と発音されてゐましたが、後に「カワ」と発音されるやうになりました。それは人々が「川」のことを別の言ひ方で表現しようとしたのではなく、相変はらず同じ語を口にしてゐたのですが、知らず知らずのうちに発音の習慣が変化して「カワ」と言ふやうになっていったのです。「カワ」と言ふやうになったときに「カファ」と発音する語が別に存在したわけではありません。
現代において私が「川」と言ひ、別の地方の人が「川」と言ったとき、その発音が微妙に異なってゐたとしてもそれは同じ語です。私にとっても別の地方の人にとっても「川」といふ語は一個しかなく、それは同一の一個です。
それと同じやうに、現代の私が「川」と言ひ、古代の人が「川」と言ったとき、その発音が異なってゐたとしてもそれは同じ語です。私にとっても古代の人にとっても、「川」といふ語は一個しかなく、それは同一の一個です。
「現代仮名遣ひ」には助詞の「は」が残ってゐるので分かりやすい例を挙げることができます。例へば「これは」といふ語は「コレファ」と発音されてゐましたが、その語「コレワ」と変化しました。しかし今でも「これは」と書いてゐます。昔の人に言はせると今の人は訛ってゐるけどちゃんと正しく書いてゐるな、といふことになるでせう。
書き言葉の性質
書き言葉は話し言葉と違って目に見える形をしてゐます。したがって一旦その形に慣れてしまふとその見た目の形(綴り)自体が語の概念と密接に結びつき、その語をその形以外で表すことが考へられなくなります。書き言葉が変化しにくいのにはこのやうな理由もあるのです。
例へば現代仮名遣ひで「そうです」と書く語を発音に合はせて書くとしたら「そおです」となりますが、現代仮名遣ひに慣れた者にとっては大きな違和感を避けることができません。中には「いや、自分はソオデスなどと発音してゐない、ちゃんとソウデスと発音してゐる。」と思ひ込んでさう言ひ張る人もゐます。それほど表記の習慣は体に染み込むものなのです。
仮名文字とその音の関係についての確認
日本語の「せ」は昔は「シェ」と発音されてゐただらうと言はれます。それが今では「セ」と発音されますが、文字は相変はらず同じ「せ」です。発音が変はったからといって文字を変へることなどはしません。
「ち、つ」の発音は昔は「ティ、トゥ」だったらしいのですが、今では「チ、ツ」と発音します。しかし文字は昔のままに「ち、つ」と書きます。
「は」が昔は「ファ」と発音されてゐたのは相当確かなことです。今では「ハ」と発音されますが文字は相変はらず同じ「は」です。
「を」は昔は「ウォ」と発音されました。今は「オ」と発音され「お」の発音と同じですが、「を」のままに書きます。
漢字の音読みの「おう、こう、・・・」などは昔は「オウ、コウ、・・・」と発音されました。今は「オー、コー、・・・」と発音され「おお、こお、・・・」の発音と同じになりましたが、「おう、こう、・・・」のままに書きます。
これらと同じやうに、語頭以外の「は」が「ワ」と発音され「わ」の発音と同じになりましたが、「は」の仮名を変へることはしないのです。
●なほ、発音と表記の関係については次の点に注意する必要があります。
子音や母音の省略など、発音の省力化(ぞんざいな発音)によって元の語形とは別に新しい語形(音便形・縮約形など)が生まれた場合は当然新しい表記によらなければなりません。元の語形は新しい語形とは別にあらたまった言ひ方として残ります。両者は明らかに別の語なのです。
古代の人が「咲きて」と言ふ意味で「サイテ」と言ったのは、「き」といふ仮名が「イ」と発音されるやうになったからではありません。ある程度意識的に(子音を省略して)新しいこなれた言ひ方を作ったのです。(「咲きて」と書けばあくまで「サキテ」と読まれました。)
新しくできた「サイテ」といふ言ひ方は当然「咲きて」と書かれることはあり得ず、「咲いて」と書かれました。
つまり音便の現象は「何々が何々に変化した」と捉へるのではなく「何々から何々が生まれた」と捉へるべきなのです。
分かりやすい例です。「あんた」といふ語は「あなた」から(母音を省略して)出来ました。しかし「アンタ」と言って「あなた」と書くことはできません。また「アナタ」と言って「あんた」と書くことはできません。二つは別の語ですからそれぞれ書き分けなければならないのです。
発音(カタカナで示す)の変化と表記(ひらがなで示す)
|
発生前 |
→ |
発生後 |
性質 |
転呼 |
カファ |
→ |
カワ |
同じ文字で発音が変化する |
音便 |
サキテ |
→ |
サキテ |
文字も発音も別の語となる |
|
└→ |
サイテ |
「転呼」は一つの語の発音の推移を意味します。元の発音はされなくなります。これに対して「音便」は別の語の派生を意味します。
歴史的仮名遣ひにおける発音の変化と表記の関係を考へるときは、その発音変化が「転呼」であるのか、「新語の派生」であるのかを峻別しなければなりません。
新語の派生には「音便」の他に「融合」「縮約」「母音の脱落」「短音化」「転訛」などによるものがあり、これらは一括して「新語の派生」であると捉へられます。
転呼と音便の違ひを理解するための喩へをごらん下さい。
・座ってゐる座布団が少しづつ横滑りしていった(転呼)。元の位置には何もない。
・座ってゐる座布団の隣に新しい座布団を敷いてヒョイと移る(音便)。元の座布団はそのままなのでいつでも座れる。
・Aさんは子供の時とはずいぶん顔貌が変はってゐる(転呼)がAさんはAさんである。
・Aさんの息子B君(音便)はAさんに良く似てゐるが、もちろん別人である。Aさんも生きてゐる。
・ある道具を使ってゐるうちにその道具の角が取れて別の道具と同じ形に変はっていった(転呼)が、そのまま使ひ続ける。
・ある道具よりも別の新しい道具(音便)を使った方が楽に同じことができるのでそれを使ふやうにする。元の道具も使へるので時々使ふ。
・ある職業の家が外見は変貌しながらも(転呼)永く続いてゐる。表札は変はらず。
・分家(音便)が本家と似た仕事をしてゐる。表札は異なる。
それではまとめです。
歴史的仮名遣ひの原理ともいふべきもののエッセンスは、
イ:語を最初に仮名で表はしたときには発音の通りに書いた。以後もその通りに書き、語の発音が変化しても書き方を変へずにいく。
ロ:従来なかった新語ができたときはその発音の通りに書いた。以後もその通りに書き、語の発音が変化しても書き方を変へずにいく。
に尽きます。具体的には次のやうな原則を弁へておくべきだといふことになるでせう。
イ:仮名の発音のし方の変化(転呼)があつても同一の語の表記は元のまま変はらない。 1 語頭以外の「は、ひ、ふ、へ、ほ」の仮名が「ワ、イ、ウ、エ、オ」と発音されるやうになった(転呼)が、元のままに「は、ひ、ふ、へ、ほ」と書かれる。※ 例 かは(川) 会ひます 使ふ まへ(前) おほい(多い) 2 一語中で「あ段」の仮名に「ウ」音の仮名(「う」または「ふ」)が続いたものが「オ段」の長音として発音されるやうになった(転呼)が、元のままに書かれる。 例 あふぎ(扇) 行かう さうです ありがたう たふとい(尊い) 死なう 3 一語中で「い段」の仮名に「ウ」音の仮名(「う」または「ふ」)が続いたものが「ウ段」の長拗音として発音されるやうになった(転呼)が、元のままに書かれる。 例 きうり(胡瓜) 美しう 4 一語中で「え段」の仮名に「ウ」音の仮名(「う」または「ふ」)が続いたものが「オ段」の長拗音として発音されるやうになった(転呼)が、元のままに書かれる。 例 けふ(今日) しませう 5 仮名の発音の区別がなくなっても表記は変はらない。「じ、ぢ」「ず、づ」、「い、ゐ」「え、ゑ」「お、を」は元のままに書かれる。 ロ:(転呼以外の)発音の変化により発生した別の語形は発音の通りに書かれる。 1 「い」「う」以外の仮名である部分をぞんざいに「イ」「ウ」と発音してできた語(イ音便、ウ音便)ではそれぞれ「い」「う」と書かれる。※ 例 赤い(<赤し) 書いて(<書きて) あいつ(<あやつ) 2 別の仮名である部分をぞんざいに撥音、促音で発音してできた語(撥音便、促音便)ではそれぞれ「ん」「つ」と書かれる。(この場合の「つ」の文字の大きさに決まりはない。) 例 噛んで(<噛みて) 有って(<有りて) 3 転訛(訛り)、融合、短縮などによる新語形の変化部分は元の語の表記に関係なく発生時の発音の通りに書かれる。(詳しくは) 例 しんまい(<しんまへ) えばる(<ゐばる) めえる(<まゐる) しちゃお(<しちゃはう)
|
歴史的仮名遣ひの読み方について
冒頭で述べたやうに、歴史的仮名遣ひは「昔の発音」を表すものといふよりは「昔の書き方」を表すものです。発音は変化して来たが書き方は最初のまま変化させずに来たといふ原理のものですから、今これを読むときには当然今の発音によって読みます。
基本的な読み方は「読み方の決まり」参照。
なほこの「読み方の決まり」には次のやうな例外や追加項目があります。
●語頭以外の「は、ひ、ふ、へ、ほ」を「ワ、イ、ウ、エ、オ」と読む―――の例外と追加項目
あひる、あふれる、あほ、ことほぐ、しばふ、そこはか、はなはだ、はは、はふり、ほふる、ほほゑむ、~まほし、まほろば、もののふ、やはり などはそのまま読む。(語源意識や他の語と紛れるのを避ける意識などによるもの、ハ行転呼が新たに起らない時代になってできた語など。)
あふひ、あふぐ、あふむく、あふる、たふす、たふれる の「ふ」は「オ」と読む(参考)。
●「あう、あふ、かう、かふ、・・・」を「オー、コー、・・・」と読む―――の例外と追加項目
現代文における「会ふ」「向かふ」類の動詞語尾の「あふ、かふ、・・・」は「アウ、カウ、・・・」と読む。(現代標準語が東京語由来のため。もし関西語が標準語であり続けてゐたならば「オー、コー、・・・」であったかもしれない。参照)
あふれる の 「あふ」は「アフ」と読む。あやふい の「やふ」は「ヤウ」と読む。はふり の「はふ」は「ハフ」と読む。
あふひ、あふぐ、あふむく、あふる、たふす、たふれる の「あふ」「たふ」は「アオ」「タオ」と読む。(参考)
固有名詞の「あかほ」「あをみ」「あをめ」「なほがた」「まをか」などは「アコー」「オーミ」「オーメ」「ノーガタ」「モーカ」などと読む。(参考)
「なほし(直衣)」を「ノーシ」と読む。(参考)
●「えう、えふ、けう、けふ、・・・」を「ヨー、キョー、・・・」と読む―――の例外
現代文における「憂ふ」は「ウレウ」と読む。(現代標準語(いはゆる「共通語」)が東京語由来のため。もし関西語が標準語であり続けてゐたならば「ウリョー」であったかもしれない。)
●現代仮名遣ひでも適用されてゐるので見過ごされやすい項目の確認
「おう、おふ、こう、こふ、・・・」を「オー、コー、・・・」と読む。
●漢語においての追加項目
せきけん(石鹸)、がくき(楽器)、がくかう(学校) などの「き」「く」は促音化する。
さうそく(早速)、なふとく(納得) などの「う」「ふ」は促音化する。
いんえん(因縁)、くわんおん(観音)、てんわう(天皇)、はんおう(反応) などは な行音化する。
●その他
省略
詳しくは各種転呼のメカニズム参照。
古文・文語文の読み方については以下を理解してください。
●古文では「会ふ」「買ふ」・・・の類の動詞も原則通り「オー」「コー」・・・と読む(参照)。これは近代以前(江戸時代)に行はれてゐた標準的な読み方を引き継がうといふ、明治以来の伝統的な考へ方によるもの。
しかし最近はこれらの動詞を分かりやすく現代標準語(いはゆる「共通語」)的に「アウ」「カウ」・・・と読むこともよく行はれる。もちろん間違ひではない。
ただし補助動詞としての「~さうら(候)ふ」は現代語としての発音はないので専ら「~ソーロー」と読むのがよい。「~たま(給)ふ」などもこれに準じる。(参考)
音便形の「会うて」「買うた」・・・などはあくまでも「オーテ」「コータ」である。「アウテ」「カウタ」では理解できない。
(参考1 参考2)
●「ゑふ」「うれふ」は原則通り「ヨー」「ウリョー」と読む。しかし「エウ」「ウレウ」と読むことも行はれる。
音便形の「ゑうて」「うれうて」などはあくまでも「ヨーテ」「ウリョーテ」である。
●古文の助動詞の「む」を「ン」と読む―――の追加項目
おむな、をむな、かむなづきなど かむ(神)~の各語、やむごとなし、いむべ、よむべ などの「む」も「ン」と読む。(参照)
●古文における濁音、半濁音、撥音、促音、拗音の無表記などについて
明示されてゐなくても濁音、半濁音であることが明らかであればそのやうに読める。
「ん、つ」で表されてゐなくても撥音、促音であることが明らかであればそのやうに読める。
拗音が「や、ゆ、よ」を使はずに書かれてゐる場合、例へば漢語由来の語が「さう」と書かれてゐても当時「シャウ」と読まれてゐたことが明らかであれば「しやう」の表記の場合に準じて「ショー」と読める。
例:「ながえほう(ポン)とうちおろすを」「むげにこころにまかするな(ナン)めり」「なぬかのせ(セッ)くのおろしなどを」「きたのさう(ショー)じにかけがねもなかりけるを」(「枕草子」より)
ただし以上は濁音以外については判断が難しいことが多いので、現実にはふつうの場合の読み方で済ます方式も採られる。
●なほ、古文をある程度往時の発音を生かして読むといふケースが考へられる。その場合にはそれぞれの時代の発音により、転呼のし方や個々の仮名の音価についても様々なバリエーションが考へられる。(参考1 参考2)
●近・現代の文語文も古文に準じて読むのがふつうである。
注:読み方を示す時の片仮名の発音について
発音を表す記号として使はれてゐる片仮名の「ウ」は引き音ではないことに留意してください。例へば「コウ」「ショウ」と発音されると示されたものは無意識に現代仮名遣ひの読み方(転呼)に惑はされて「コー」「ショー」だと受け取り勝ちですが、これらはあくまでも「コ・ウ」「ショ・ウ」の発音を示してゐるものです。同じく「エイ」「ケイ」などと発音されると示されたものの「イ」も引き音ではありません。
参考
五十音について
いろは歌ができた当時(十世紀終りごろ)の日本語の音節数は67であった。
当時の清音は次のやうに10行×5段のうち3ヶ所が「あ」行と同じ発音であったので47文字を数へた。※
わ |
ら |
や |
ま |
は |
な |
た |
さ |
か |
あ |
ゐ |
り |
い |
み |
ひ |
に |
ち |
し |
き |
い |
う |
る |
ゆ |
む |
ふ |
ぬ |
つ |
す |
く |
う |
ゑ |
れ |
え |
め |
へ |
ね |
て |
せ |
け |
え |
を |
ろ |
よ |
も |
ほ |
の |
と |
そ |
こ |
お |
このほかに「が、ざ、だ、ば」行の音(濁音)が20個存在し合計67音となる。
これより古い時代の発音の特質:
濁音は元々清音が語頭以外にあるときに自然に濁って発音されたものであったために清音とは別の音であると意識される度合ひが小さく、原則として語頭で発音されることもなかった。また、「ら」行の音も語頭には立たないといふ性質があり、「あ」行の音は逆に語頭のみにしか現れなかった(参考)。撥音(ン)、促音(ッ)は発音としては存在したが独立した音として意識されてはゐなかった。
漢語の輸入といふ経験を経たこの時代には語中の「い、う」、語頭の「ら」行音、語頭の濁音も一般的となり、したがって清濁の区別がはっきり意識されるやうになったが、まだ濁音は清音の仮名をそのまま使って書かれてゐた。また拗音(キャ、キュ、キョ、・・、クヮ、・・)が盛んになったが表記は一定しなかった。撥音、促音も独立した音として盛んになったが、しばらくは表記されないことが多かった。(参考)
その後の発音の変化:
「は」行の音はファ、フィ、フ、フェ、フォのやうに口をすぼめて息を吹きながら発音するものであったが、語中にあるときは発音を省力化したために「わ」行と同じワ、ウィ、ウ、ウェ、ウォの発音になり、やがて(「わ」行自体も「わ」以外は省力化で「あ」行と同じになったため)最終的にはワ、イ、ウ、エ、オの発音となった。これとは別に語頭の「は」行音も後にはハ、ヒ、フ、ヘ、ホとなった。
「ぢ」は元々ディ、「づ」はドゥのやうな音であったがその後それぞれ「じ」「ず」の音に近くなり、最終的に発音の区別がなくなった。
かうして、いま我々が発音する「ワ」は元々は「は」・「わ」のいづれか、「イ、エ、オ」は「い、え、お」・「ひ、へ、ほ」・「ゐ、ゑ、を」のいづれか、「ウ」は「う」・「ふ」のいづれか、また「ジ、ズ」は元々は「じ、ず」・「ぢ、づ」のいづれかであったことになる。
※や行の「い」とわ行の「う」があ行と同じ発音になるのは音声学的に極めて自然なことだが、や行の「え」はさうとまでは言へない。47文字になる少し前(十世紀半ば)まではや行の「え」とあ行の「え」の発音は異なってゐた。その区別がもう少し存続してゐれば、歴史的仮名遣ひは今より1文字多いものになってゐただらう。 や行の「え」について いろは歌等 参照。
用語について
仮名がその置かれた位置、条件によって本来の発音とは異なって発音されることを「転呼」といふ。 参考:各種転呼のメカニズム
和語の語頭以外の「は、ひ、ふ、へ、ほ」は「ワ、イ、ウ、エ、オ」と発音されるやうになった。これを「ハ行転呼」といふ。
以下はその他の主な転呼音。
一語中において「あ段」の仮名に「ウ」音の仮名(「う」「ふ」)が続いたものは「アウ、カウ、サウ、・・」と発音されてゐたが後に「アー、カー、サー、・・」と「オー、コー、ソー、・・」の中間のやうな発音(便宜的に「アォー、カォー、サォー、・・」のやうに示す)に転呼した。これを「開音」(「口を開いた音」の意味)といった。
これに対して一語中において「お段」の仮名に「ウ」音の仮名が続いたものは「オウ、コウ、ソウ、・・」と発音されてゐたが後に「オー、コー、ソー、・・」と転呼した。これを「合音」といった。
開音もその後「オー、コー、ソー、・・」に変化し、現在は合音との違ひはなくなってゐる。
また一語中において「え段」の仮名に「ウ」音の仮名が続いたものは「エウ、ケウ、セウ、・・」と発音されてゐたが、後に「ヨー、キョー、ショー、・・」に転呼した。これも「合音」である。
これら、二拍の発音が長音に変化したものを「連母音転呼」あるいは「長音化転呼」といふ。
「あひる」「あふれる」「あほ」「ことほぐ」「しばふ」「そこはか」「はなはだ」「はは」「はふり」「ほふる」「ほほゑむ」「~まほし」「まほろば」「もののふ」「やはり」(ハ行転呼なし)、動詞の「あふ、かふ、・・・」(長音化転呼なし)などのやうに転呼しない発音をするものもある。
歴史的に当該転呼現象が終息した後にできた新しい語(例:「あひる」)については転呼は起こらない。
「転呼」は語が変化したものではなく発音の習慣の自然変化であり、表記には関はらない。
これに対して「音便」は文字の発音習慣の変化ではなく別の語形の誕生(創作)であり、当然表記に関はる。
また「転訛」は訛り、「融合」は音が混ざった発音、「縮約」は融合により拍数を減らした発音のこと。
歴史的仮名遣ひにおいて綴り字通りの発音をしないものを一括して「転呼」といふ概念で捉へることとすれば、
「む」が「ン」、「たふす」が「タオス」、「あをめ」が「オーメ」となったりするものは、特定の語のみに起こる特殊な転呼と見なすことができる。
「せきけん」「はんおう」と書いて「セッケン」「ハンノー」と読む類のものは前者は「促音便」、後者は「連声」に属するものであるが、綴り字通りの発音は行はれないので転呼の一種と見なすことができる。
転呼は現代仮名遣ひにおいても見られる。現代仮名遣ひ参照。
転呼の全貌については歴史参照。
「和語」とは漢語到来以前から日本語を構成してゐた語種。
「準和語」とは元々漢語や外来語であるがその由来が忘れられて和語と同じやうに意識されてゐる語種。
「字音」とは漢字の音読みのこと。漢字音。
漢字音について「くわ、ぐわ」と書いて「クヮ、グヮ」と発音するものを(「キャ、キュ、キョ」などの「開拗音」に対して)「合拗音」といったが、現在ではこれは「カ、ガ」に同化してゐる。
「現代標準語」はふつう標準語と呼ばれるもの。東京語に近い。僅かにニュアンスが異なるが共通語と呼ばれることもある。
「定家仮名遣ひ」は望ましい綴りを決めようとして作成されたものであるが、方法が徹底せず、また誤りを多く含んでゐる。
「契沖仮名遣ひ」は徹底した研究により作成された解説付き仮名遣ひ字典。またはそれによる仮名遣ひ全体像。
「歴史的仮名遣ひ」は前項の敷衍によるシステムを言ふ。また広義には過去の伝統的仮名遣ひ全体を言ふことがある。
「現代仮名遣ひ」は前項を現代の発音に合はせて大幅に簡略化したもの。
(参照)
仮名遣ひの歴史 |
話し言葉の発音は歴史的に少しづつ変化し続けるものです。
平安時代、仮名が発明された当時、人々は言葉を記すときにはもちろん当時の発音通りに仮名を書きました※1。しかしその後の発音の習慣の自然変化により、別々の仮名で書かれてゐる発音が同じになってしまふことが起りはじめました。
最初の主な変化は次の通りです。
語頭以外で「は、ひ、ふ、へ、ほ」と書かれてゐる部分が「わ、ゐ、う、ゑ、を」と同じ発音になった。
次いで「ゐ、ゑ、を」の発音と「い、え、お」の発音が同じになった。
したがってこれらの仮名についてはどちらを使っても同じ発音を表せることになったわけです。
さてそれでも動詞の活用部分や一部のイ音便・ウ音便など、文法の裏打ちにより当然に定まる仮名遣ひについては比較的誤りなく受け継がれていきましたが、例外的なものや容易には根拠の知れない部分の仮名遣ひは影響を受けました。しばらくは人々の記憶には一つ一つの語の見た目の感覚が残ってゐますから元通りの仮名が使はれたでせうが、世代を経るにしたがってそれは忘れられ、同じ発音でも語によって別の仮名を使用する意味も解らなくなりました。
そんな中でも正しい書き方があるはずだといふ意識から、鎌倉時代以降、藤原定家および行阿のやうに古典を範に研究する人もありましたが徹底しませんでした。(参照)
仮名遣ひの混乱は続きましたが、それは何も仮名遣ひの根本が失はれたとか仮名を綴るための原理が変はってしまったとかといふことではなく、根拠が知れないために人によってあるいは時によって異なる書き方をされる語が増えていったといふ種類の混乱でした。規範を求める人は定家や行阿の著作に基づく単語集を拠り所としました。それらは「定家仮名遣ひ」と称されました。
その間にも発音の変化は続いてゐました。主なものは次の通りです。
「あう、あふ、かう、かふ、・・」「いう、いふ、きう、きふ、・・」「えう、えふ、けう、けふ、・・」「おう、おふ、こう、こふ、・・」類の発音が長音になった。
「じ、ず」と「ぢ、づ」の発音が同じになった。
事態は江戸時代へ至りました。
契沖は古代の文献を詳しく調べ、混乱以前の元の仮名遣ひを多くの語について明らかにしました。また、同じ発音でも語によって異なる仮名を使用する理由(仮名遣ひが古代の発音そのものに基づくものであること)も明らかとなり、理論的な裏打ちが加わりました。これが後に「歴史的仮名遣ひ」と呼ばれるやうになったものです。明治に入ってそれは学校教育にも取り入れられ、広く行はれるやうになりました。
契沖の示した仮名遣ひがそれ以前の仮名遣ひと方式を異にするといふものであったわけではない。それまでもそれなりに由緒正しい仮名遣ひの知識は保持されてゐたが、契沖はそれに対して個々の誤りには訂正を示し、全体的には合理的な根拠を与へたのである。
その後昭和に入って戦後の国語改革の一環として歴史的仮名遣ひを現代の発音に基いて大幅に整理した※2「現代仮名遣ひ」が制定され、今に至ってゐます。
「歴史的仮名遣ひの読み方」ページに挙げた表を再掲しておきます。
時代 |
発音 |
表記 |
仮名遣ひに関する一般的説明 |
平安前期 |
アフギ |
あふぎ |
仮名ができた頃です。発音してゐる通りに仮名を書きました。 |
平安後期 |
アウギ |
あふぎ |
発音が徐々に変化し、仮名の書き方が一部乱れ始めました。 しっかりした辞書がありませんでした。 知識人の書くものは割合正しいまま推移しましたが、庶民の書くものはより乱れていきました。 江戸時代になって元通りの仮名遣ひがほとんど明らかにされましたが、広く普及はしませんでした。 |
明治・大正・昭和前期 |
オーギ |
あふぎ |
学校で元通りの(歴史的)仮名遣ひが教へられるやうになりました。 |
昭和中期以降 |
オーギ |
おうぎ |
現代の発音に近い(完全に発音通りではない)仮名遣ひが教へられるやうになりました。 |
なほ、元の歴史的仮名遣ひの使用が法律等によって禁止されてゐるわけではありませんので、現状はいはばスタンダードが二つ存在する状態です。
参考:歴史的仮名遣ひ普及・確立の契機
定家仮名遣ひ、契沖仮名遣ひ、歴史的仮名遣ひ、現代仮名遣ひ
江戸時代の仮名遣ひ
※1付録「枕草子」参照
※2付録「現代仮名遣ひ」参照
日本語の発音と仮名遣ひの変遷についてまとめてみました。(細部まで時系列順ではない。)
奈良時代 |
母音数8個とみられる表記が行はれる。あ行とは別にや行の「え」の発音(イェ)がある。は行はファ行様の発音。 |
平安 |
平仮名、片仮名が発生する。 |
鎌倉 |
わ行(「わ」以外)とあ行の発音の区別なくなる。「ゐ、い」の発音はイ、「ゑ、え」はイェ。 |
室町 |
行阿、定家の著作の語を増補。(不徹底が残り、また「お・を」の書き分け原理の問題も持ち越したが以後長く権威あるものと見なされた。)(参照) |
江戸 |
「じ、ぢ、ず、づ」の発音の区別なくなる。 |
明治 |
契沖仮名遣ひ(歴史的仮名遣ひ)が官民に広く行はれる。 |
昭和 |
現代仮名遣ひが制定され、義務教育の五十音図から「ゐ、ゑ」が消える。 |
※3 付録「いろは歌等」
歴史的仮名遣ひをよりよく知るために、日本語の発音の変化についてもう少し詳しく説明してみませう。
大昔、ものが風にはためく音を日本人はパタパタと発音し、そのやうな状態のもの(名詞)をパタ(旗)と名付けました。
その後、パタはファタと発音が変はり、ついでハタと発音されるやうになり現在に至ってゐます。これらの変化の動機は発音の省力化です。つまり両唇をだんだんと閉ぢずに発音するやうになってきたのです。
は行の発音の変遷
元々の発音 |
唇をはっきり閉ぢなくなる |
唇を全く閉ぢなくなる・現在 |
パピプペポ※4 |
ファ フィ フ フェ フォ |
ハヒフヘホ |
これらの変遷は「は行音自体」の歴史的変遷(人が成長するに従って少しづつ顔つきが変はるやうなものです。)ですが、これとは別に次のやうな現象も起こりました。
パ音がファへ変化した後、例へば「皮、川」などのやうに語頭以外にある場合には更に変化してワと発音されるやうになったのです。これも発音の省力化です。
和語の語頭以外のは行音の変遷
元々の発音 |
唇をはっきり閉ぢなくなる |
息を吐かず、わ行に同化する |
「ひ、へ」で唇をすぼめない |
「は」のみ唇をすぼめる・現在 |
パピプペポ |
ファ フィ フ フェ フォ |
ワ ウィ ウ ウェ ウォ |
ワ イ ウ イェ ウォ |
ワイウエオ |
これはは行の仮名が、語頭以外にある時には本来の音(語頭や単独で発音されるときの音)とは異なった音で読まれることを意味します。この現象は「ハ行転呼」と呼ばれてゐます。(人がある決まったときだけ別人のやうな顔つきを見せることに喩へられるでせう。)
ハ行転呼はすでに奈良時代にその兆候が見え初めてゐますが、顕著となったのは平安半ばを過ぎた辺りからと目されてゐます。
さてその間の文字の使はれ方を説明しますと、まづ、パといふ発音がファに変化する頃に漢字の音を日本語の音に当てて書き表すやうになりました。パ(あるいはファ)と発音する語には当然そのやうに聞こえる発音の漢字「波、八、方」などが当てられました。その後仮名で「は」などと書かれるやうになりましたが、それをファと読んでゐました。その頃はそれが「は」の本来の発音だったわけです。
さて、まもなく発音の省力化(ぞんざいな発音)によって「かは」(皮、川)などの語頭以外の「は」をファではなくワと読むやうになっていきます。すると普段文章の読み書きをしない人々は、ワと発音される部分が文字では「は」と書かれるとは思ひよらず、当然のやうに「わ」と書くのだと思ひ、実際その通りに書くやうになっていきます。(ある決まったときだけの顔つきを見て、別人と取り違へてしまったことになります。)
これは現代でも幼い子供が助詞の「は、へ、を」を「わ、え、お」と書いたり、アメリカ人でもnightをniteと書く人があるのに似てゐます。
語頭のは行とその表記
元々の発音 |
唇をはっきり閉ぢなくなる |
唇を全く閉ぢなくなる・現在 |
パピプペポ |
ファ フィ フ フェ フォ |
ハヒフヘホ |
- |
「はひふへほ」と書かれる |
他の音と紛れることがないので依然「はひふへほ」と書かれる |
和語の語頭以外のは行(転呼)とその表記
元々の発音 |
唇をはっきり閉ぢなくなる |
息を吐かず、わ行に同化する |
「ひ、へ」で唇をすぼめない |
「は」のみ唇をすぼめる・現在 |
パピプペポ |
ファ フィ フ フェ フォ |
ワ ウィ ウ ウェ ウォ |
ワ イ ウ イェ ウォ |
ワイウエオ |
- |
「はひふへほ」と書かれる |
わ行に誤記されることがある |
わ行、あ行に誤記されることがある |
そして現代(戦後)に至って、この種の「誤記」をすでに回帰不要なものとしていはば「追認」したのが「現代仮名遣ひ」です。現代仮名遣ひの語頭以外の「わいうえお」の多くが歴史的仮名遣ひでは「はひふへほ」である理由がこれでお分かりでせう。
※4 は行の発音としての「パピプペポ」音は奈良時代以前になくなったが、日本語に「パピプペポ」音自体がなくなったわけではなく、擬音語などには使はれ続けた。その後、漢語の一部や強調語などに使はれ、時代が下って外来語に語頭音として使はれ始めると独立した「ぱ行」として認識されるやうになった。
歴史的仮名遣ひの「歴史的」とは、「歴史の彼方の」といふ意味でもありませんし、「厳密に歴史的に一貫してゐる」といふことでもありません。一つには「歴史を遡って今に明らかにされた」、またもう一つには「歴史を通じて概ね行はれてきた風の」といふ感じに捉へるのがよいでせう。
前者の「歴史を遡って今に明らかにされた」仮名遣ひが狭義の歴史的仮名遣ひです。そして後者の「歴史を通じて概ね行はれてきた風の」仮名遣ひが広義の歴史的仮名遣ひです。
「歴史的仮名遣ひの原理」ページの冒頭で述べたやうな「語の表記の歴史的一貫性」は過去、継続して貫徹されてきたわけではありません。まづ定家仮名遣ひが回復を試み、次いで江戸時代に至って遅ればせながらほぼ正しく回復することに成功したのが契沖仮名遣ひ(後の「狭義の歴史的仮名遣ひ」)であったと言へませう。その意味で歴史的仮名遣ひを「復古仮名遣ひ」と呼ぶのは当を得てゐます。
しかし日本人は歴史上一貫して仮名を「昔から書かれて来た通りに」書かうとして来ました。実際には間違へて伝へられたり分らないままに適当に書かれたりしましたが、意識は「昔から書かれて来た通りに書くのが当然」でした。
具体的には「ゐ、ゑ」の使用、「ぢ、づ、を」の一般的使用、ハ行転呼・長音化転呼前提の表記、この三つが現実の発音の変化に関はらず行はれ続けてきたからこそ、(広義の)歴史的仮名遣ひが日本語表記の長い伝統であるといふことができるのです。つまり、昭和に至って、元々どう書かれたかは関係なく「今自分が発音する通りの仮名で書くのが正しい」といふ意識で書き、読むやうになったのは日本人にとって(仮名普及当初を除けば)歴史上初めてのことであったのです。
仮名の使ひ方をざっくりと二つに分けると、歴史的仮名遣ひ風の書き方・読み方と、現代仮名遣ひによる書き方・読み方といふことになります。そして、過去・現在のすべての日本人はこのうちのどちらを使ふかといふ観点でやはり二つに分けることができ、その後者に含まれるのは昭和中期以降の現代人だけといふわけです。何でもよいのですが例へば「いはず」といふ文字を見ると日本人は千年もの間、誰しも自然に同じ語、同じ意味を読み取ってきたのですが、現代人だけはそれができません。何か仲間外れに遭ってゐるやうな気がします。
歴 |
元の書き方の時代(平安中期まで) |
発音が変化したために元の書き方を少しづつ忘れていった時代
(平安後期から江戸時代まで) 仮名遣ひ辞書の試み (定家仮名遣ひ・行阿仮名遣ひ) 契沖の研究 (元の書き方の再発見) |
|
しっかりした辞書ができ、元の書き方で教育が行はれた時代
(明治から昭和前期まで) |
|
現 |
元の書き方よりも現代の発音を主な規範とする時代 (昭和中期以降) |
歴史的仮名遣ひによる学校教育が終了して三分の二世紀経ち、現代仮名遣ひが完全に定着した現在においてもなほ歴史的仮名遣ひを使ってみようとする人々が、若い人を含めて絶えないのは、このやうに日本語の長い歴史の流れから現代人だけがある意味で隔絶されてゐるための疎外感のやうなものによるところが大きいのではないでせうか。現代において歴史的仮名遣ひを使用する最大の意味は、古い感じを出せるからとか文章に深みを与へるためとかにあるのではなく、先人達と同じ言語感覚、意識に添ってみるための強力な手段だから、といふところにあるのだと思はれます。
国語辞典を引くと、例えば「あう 会う (アフ)」などのやうにわざわざ歴史的仮名遣ひでその語の大元の形が併記されてゐるのに気付きます。これは、もしさうしないとその辞典が単なる現今の表層を集めただけのものに過ぎず、日本語の有機的総体を体現しようとしたものではないことになってしまふからなのです。今、どの国語辞典(子供向けを除く)にも必ず歴史的仮名遣ひが併記されてゐるといふことは、今日私たちが使ってゐる日本語が単なる根無し草ではない、歴史を通じて生きてきたものであることを確かに意味してゐるのです。
このことに気が付けば、ではその大元の形で書いてみたいといふ気持や、安易に簡略化※5されたものではいやだといふ感情が沸き起こってくるのはごく自然なことでせう。
「今日」の歴史的仮名遣ひが「けふ」だと分かれば「今朝」の「けさ」と関係があることが知れる。
「たわけもの」を「先祖代々の田をバラバラに分けてしまった馬鹿者」と説明する説があるが、歴史的仮名遣ひが「たはけもの」であると分かれば「わける」といふ語とは関係ないことが知れる。
簡略化※5された「現代仮名遣ひ」ではこのやうな理解の機会は阻却されてしまふ。歴史的仮名遣ひが本籍表示であり、現代仮名遣ひが現住所表示であると言はれる所以である。
ところで、現在学校教育や公的文書、新聞その他のマスコミにおいてはほぼ完璧に「現代仮名遣ひ」が行はれてゐますから、ほとんどの日本人のふだん読み書きする文章は当然ほぼすべて「現代仮名遣ひ」によってゐます。したがってまたほとんどの日本人は現代において「現代仮名遣ひ」以外の仮名遣ひの存在する余地について意識することはありません。
一方、「歴史的仮名遣ひ」は過去数十年以前に書かれた近代の文書、小説などを読む機会の他はごく限られたケースにおいてのみ読み書きされてゐるにすぎません。
このやうに現在の私たちの言語生活における「現代仮名遣ひ」と「歴史的仮名遣ひ」の実際的位置には大きな差異がありますが、しかし、このことは両者の「法的地位」に大きな差があることを意味するものではありません。
「現代仮名遣ひ」とは、「内閣告示」によって公文書やマスコミなどのために推奨された仮名遣ひの「よりどころ」――ですが、それは口語体現代文にのみ適用するものであり、また、科学、技術、芸術などの専門分野や、個々人の表記にまで及ぼさうとするものではないと規定されてゐます※6。したがって公文書やテレビ、新聞の一般記事などの現代口語文に「歴史的仮名遣ひ」を使用することは内閣告示の精神に反することになりますが、その他の場面において「歴史的仮名遣ひ」を使用することには何ら問題はないことになります。原理的には現在二つの仮名遣ひが並立してゐるといってもよいでせう。
なほ、このことは私たちの漠然とした常識とはかなりずれてゐるやうに思はれます。いはば一国の公用語正書法といふべきものに関する規定がこのやうに緩いものであったことに気付いて相当不思議な気がする方も多いのではないでせうか。
参考
仮名遣ひ |
表記の根拠 |
適切に表記できる文 |
歴史的仮名遣ひ |
その語の当初の表記 |
平安以降のあらゆる日本語文 |
現代仮名遣ひ |
その語の現代発音 |
現代口語文 |
※5歴史的仮名遣ひの簡略版である現代仮名遣ひ
※6付録「現代仮名遣ひ」参照
参考1: ハ行転呼以外の転呼(ここでは歴史的仮名遣ひにおいて綴り字通りの発音と異なるものを一括して「転呼」とする。)
あう、あふ、かう、かふ、・・・
元の発音 |
|
|
開音と言はれた長音 |
現在 |
アウ、アフ、カウ、カフ |
アウ、カウ |
(アオ、カオ) |
アォー(アーとオーの中間)、カォー(カーとコーの中間) |
オー、コー※7 |
(※7動詞「あふ、かふ、・・・」は現代標準語(いはゆる「共通語」)では「アウ、カウ、・・・」である。)
いう、いふ、きう、きふ、・・・
元の発音 |
|
現在 |
イウ、イフ、キウ、キフ |
イウ、キウ |
ユー、キュー |
えう、えふ、けう、けふ、・・・
元の発音 |
|
|
合音・現在 |
エウ、エフ、ケウ、ケフ |
イェウ、キェウ |
(イェオ、キェオ) |
ヨー、キョー |
おう、おふ、こう、こふ、・・・
元の発音 |
|
合音と言はれた長音・現在 |
オウ、オフ、コウ、コフ |
オウ、コウ |
オー、コー |
漢字音の きやう、しやう、・・・
元の発音 |
|
開音と言はれた長音 |
現在 |
キャウ、シャウ |
(キャオ、シャオ) |
キャォー(キャーとキョーの中間)、シャォー(シャーとショーの中間) |
キョー、ショー |
漢字音の きよう、しよう、・・・
元の発音 |
現在 |
キョウ、ショウ |
キョー、ショー |
漢字音の くわ、くわい、くわく、くわつ、くわん、ぐわ、ぐわい、ぐわつ、ぐわん
元の発音(合拗音) |
現在 |
クヮ(・・)、グヮ(・・) |
カ(・・)、ガ(・・) |
完全に転呼し切ってゐないと思はれるもの
えい、えひ、けい、けひ、・・・
元の発音 |
|
|
現在 |
エイ、エフィ、ケイ、ケフィ |
エイ、エウィ、ケイ、ケウィ |
エイ、ケイ |
エイ、エー、ケイ、ケー |
特殊な転呼と見なせるもの
あふひ(葵)、あふ(扇)ぐ、あふむ(仰)く、あふ(煽)る、たふ倒(す) など
元の発音 |
現在 |
アウ、タウ |
アオ、タオ |
あをみ(青海)、あをめ(青梅)、あかほ(赤穂) など
元の発音 |
開音と言はれた長音 |
現在 |
アオ、カオ |
アォー(アーとオーの中間)、カォー(カーとコーの中間) |
オー、コー |
古語助動詞・助詞中の む
元の発音 |
唇を開けない |
唇、舌は任意・現在 |
ム |
[m:] |
ン |
([m:]は唇を閉じたままの「ン」)
古語における ま行の前の む、その他若干の む
(元の発音) |
往時の発音 |
現在 |
種々 |
[m:] |
[m:] |
多くの漢語中の ・・きか、・・きき、・・きく、・・きけ、・・きこ、・・くか、・・くき、・・くく、・・くけ、・・くこ
(元の発音) |
「き」「く」を促音に変へる |
(・・キ・・、・・ク・・) |
・・ッ・・ |
一部の漢語中の ・・んあ、・・んい、・・んう、・・んえ、・・んお など
(元の発音) |
あ行をな行に変へる |
(・・ンア、・・ンイ、・・ンウ、・・ンエ、・・ンオ) |
・・ンナ、・・ンニ、・・ンヌ、・・ンネ、・・ンノ |
その他、綴り字と発音が一致しないもの若干例(省略)(参照)
●詳しくは転呼のメカニズム参照
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
参考2: あ、は、や、わ行音の変遷(概略) (太字は「いろは歌」ができ、仮名のシステムが安定した頃の規範的発音)
注:現在において助詞の「を」のみを「ウォ」と発音する人がありますが、これは昔の発音が残った方言によるものではなく、綴り字にひきずられた「誤回帰」によるものです。小学校などでの誤った指導により発生してゐるものです。
参考3: 仮名文字の系譜
奈良時代以前 平 安 時 代 明治時代 昭和時代 現在
万葉仮名(楷書・行書)─┬ - -
│
├草仮名┬ - -
│ │
│ └平仮名(多くの変体あり)───標準体制定──現代仮名遣ひ制定─
│ │ │
│ └変体仮名× └「ゐ・ゑ」×(義務教育での廃止)
│
│
└片仮名┬───(変体少なし)─────標準体制定──現代仮名遣ひ制定─
│ │
└多くの変体 - - × └「ヰ・ヱ」×(義務教育での廃止)
付録「土佐日記」参照
参考4: 国語審議会仮名遣い委員会試案(昭和61年3月6日) 改定現代仮名遣い(案)前文〔仮名遣いについての認識〕 一 仮名遣いの沿革 国語を仮名によって表記するということは、漢字の表音的使用、すなわち漢字を万葉仮名として用いたところから始まったが、初めは、音韻に従って、自由に漢字を用いたのであって、それを使い分けるきまりが立てられていたとは認めがたい。九世紀に至って、草体及び略体の仮名が行われるようになり、やがて一一世紀ごろ、いろは歌という形での仮名表が成立したが、その後の音韻の変化によって、「いろは」四七字の中に同音の仮名を生じ、一二世紀末にはその使い分けが問題になり、きまりを立てる考え方が出てきた。藤原定家を中心として定められていった使い分けのきまりが、いわゆる定家仮名遣いである。定家仮名遣いは、ときに、その原理について疑いを持たれることもあったが、後世長く歌道の世界を支配した。次に、一七〇〇年ごろになって、契沖が、万葉仮名の文献に定家仮名遣いとは異なる仮名の使い分けがあることを明らかにし、それ以後、古代における先例が国学者を中心とする文筆家の表記のよりどころとなった。一方、字音については、その後、中国の韻書に基づいて仮名表記を定める研究が進んだ。この字音仮名遣いと契沖以来の仮名遣いとを合わせて、今日ふつうに歴史的仮名遣いと呼んでいる。 |
補講 |
判断に迷いやすい様々な問題を論じます。
101教室 長音を短縮したときの表記について
てふ てふてふ てふちよ 行かう 行こ 行きませう 行きましよ 行くだらう 行くだろ めんだうくさい めんどくさい 行つちやはう 行つちやお 咲きて 咲いて あなた あんた いと いたう
102教室 名詞「向ふ」について
むかふ むかう すまふ すまう
103教室 音便表記についての誤解
会ひて 会うて 会つて
104教室 動詞の古形と現代語について
まをす まうす ゑふ よふ よひて ようて しもた しまうた
105教室 我々は動詞をどう発音し、どう書いているか
あふ はらふ したがふ いふ まじふ くふ ふるふ ゑふ うれふ よふ おもふ あらそふ あうて はらうて したがうて いうて まじうて くうて ふるうて ゑうて うれうて ようて おもうて あらそうて せいて ゑひて あへいで きらめいて おふ
106教室 古文の動詞を現代仮名遣いに変えるときの問題について
ねがふ ねがう~ ゑふ ゑひて ゑうて よふ よひて ようて うれうて いづ
107教室 古文・文語文の動詞を分かりやすく読むには
~あふ ~かふ さうらふ 候ふ たまふ 給ふ 賜ふ うれふ 憂ふ
108教室 発音変遷の諸相と転呼の扱い
けはひをうかがふ はは やはり ほほ
109教室 歴史的仮名遣い普及・確立の契機
201教室 定家仮名遣い、契沖仮名遣い、歴史的仮名遣い、現代仮名遣い
202教室 古語における「む」と「ん」について
う 行かむ 行かん 行かう けむ てむ なむ らむ むず むとす なむずる しむ 行かぬ むめ うめ むま むまき むまご むまる むもる むば むばたまの むばふ むばら むべ むべむべし いむべ よむべ かむなづき かんなづき おむな をむな かむ~ むなぎ むだく やむごとなし
203教室 促音の「つ」、撥音の「ん」、拗音の「や、ゆ、よ」の文字について 併せて濁音の表記について
204教室 完全発音式仮名遣いについて
~ぢやない? ちげえよ ~ぢやね?
205教室 「どう」について
かう さう
206教室 「いかにせう」と「どうしよう」について
せう しよう 上げう よう
207教室 「ませう」と「でせう」について
~まらする ~まつする まゐする ます ~まうす ませず ました ます まするが ますれば ませい でさうらふ でさう です でござります でござんす であんす でえす でした
208教室 「しよう」と「しやう」について
~しよう ~しようがしまいが どうしようと どうしようが どうしようとも せうことなく しやうがある しやうがない しやうもない どうしようもかうしようもない どうしようもない どうしやうもない
209教室 拗長音の表記について
きうり 大きう けふ しやうがない ちやうど どぢやう ぎゆうぎゆう ませう でせう でござりませう
301教室 「はひる」について
這ひ入る さはたり かわだ
302教室 紛らわしい「を」と「お」について
をみな をむな をんな をうな をとこ をとめ をがは 尾 緒 おみな おむな おんな おうな おほきい 老い おきな おとど おとな をのこ をつと おとる おとうと おとひめ
303教室 「あふぐ、あふひ、あふむく、あふる、たふす、たふれる」の発音について
304教室 文語動詞の歌い方について
あふげば たふとし たつとし なふとく うたふなり 支ふ ささふ 誘ふ
305教室 「用ひ」「報ひ」「栄へ」について
用ゆ 用ゐず 用ゐて 用ゐる 用ゐる時 用ゐれば 用ゐよ 用ひず 用ひて 用ふ 用ふる時 用ふれば 用ひよ 酬ふ 報いず 報いて 報ゆ 報ゆる時 報ゆれば 報いよ 報はず 報ひて 報ふ 報ふ時 報へば 報へよ 報いる 報いる時 報いれば 栄ふ 栄ゆ 栄えず 栄えて 栄ゆる時 栄ゆれば 栄えよ 栄へず 栄へて 栄ふる時 栄ふれば 栄へよ 栄える 栄える時 栄えれば
306教室 「直衣」について
なほし あかほ 赤穂 あをみ 青海 あをめ 青梅 なほがた 直方 まをか 真岡
307教室 「ぢめん、ぢしん」について
地面 地震 地味 痩せ地
308教室 「ゐる、いらつしやる、います」について
ゐます いる(入る) いらせらる いらつしやつた いらした いらつした 在す ます い いかにいます父母
309教室 母音連続について
わが(吾) いも(妹) わぎも あら(荒) いそ(磯) ありそ はる(春) あめ(雨) はるさめ きさき きさい はやく はやう 会ふ
401教室 や行の「え」について
402教室 「読むで」「死ぬで」「会ふて」「~てしまはあ」「笑ほ」「しちやほ」などについて
読んで 死んで 読む 読みて あなた あんた しんまへ しんまい ゐばる えばる 読むだらう 読んだらう 知らぬ顔 知らん顔 会うて 会ひて てしまわあ てしまふわ 笑お 笑はう しちやお 行こ 行かう
403教室 文体と仮名遣いについて
います 出ず 出づ
404教室 一部の字音について
学校 がくかう がつかう 早急 さうきふ さつきふ 納得 なつとく なふとく
405教室 発音変化による新語形の表記について
かへる けえる もとへ もとい ゐばる えばる まゐる めえる はひる へえる てまへ てめえ おめえ わらはう わらお しちやお あはう あほ といふ ちふ たかい たけえ はやい はええ よわい よええ こわい こええ
406教室 「候ふ」の表記と発音について
さふらふ さうらふ さぶらふ そろ
407教室 「あふみ」「かふち」について
淡海 近江 河内 ありそ
408教室 「ちふ」「とふ」「てふ」について
といふ ちふ とふ てふ
409教室 「てふてふ」の発音について
てふてふ けふ せふ てふ
練習してみよう 入口 |
速習版の「練習」は済みましたか。
「法則のまとめと解説」にあった試問 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 は済みましたか。
例文逐語解説は理解できましたか。
弱点診断は済みましたか。
では進みませう。
現代仮名遣ひの文章を歴史的仮名遣ひに直すときに注目する必要があるのは、
「わ」「い」「う」「え」「お」
「おう」「こう」「ごう」「そう」「ぞう」「とう」「どう」「のう」「ほう」「ぼう」「ぽう」「もう」「よう」「ろう」
「きゅう」「ぎゅう」「しゅう」「じゅう」「ちゅう」「ぢゅう」「にゅう」「ひゅう」「びゅう」「ぴゅう」「みゅう」「ゆう」「りゅう」
「きょう」「ぎょう」「しょう」「じょう」「ちょう」「ぢょう」「にょう」「ひょう」「びょう」「ぴょう」「みょう」「りょう」
「じ」「じゃ」「じゅ」「じょ」「ず」
の部分です。(簡単に「わ、い、う、え、お、じ、ず」とだけ覚えてもよいでせう。)
ただ、漢字音が仮名で書かれてゐる場合は上記の他に「か」「が」を含む部分にも注意が必要です。
以上を踏まへた上で早速とりかかりませう。
(なほ、ここから先は促音・拗音の文字を大字(並字)に変換することを原則にします。)
練習してみよう(1)では短い漢字仮名交じり文を直します。
練習してみよう(2)では長い漢字仮名交じり文を直します。参考として全仮名表記を付けました。
練習してみよう(3)では全仮名表記の文に挑戦します。詳しい説明が付いてゐますので理解度のチェックをしてみてください。
練習してみよう(1) |
以下の例題を歴史的仮名遣ひに直してください。
例題1
兎追いしかの山 小鮒釣りしかの川
夢は今もめぐりて 忘れがたき故郷
如何にいます父母 恙なしや友がき
雨に風につけても 思いいずる故郷
こころざしをはたして いつの日にか帰らん
山はあおき故郷 水は清き故郷
解答 ↓
解答1
赤字は現代仮名遣ひと異なる部分です。
兎追ひしかの山 小鮒釣りしかの川
夢は今もめぐりて 忘れがたき故郷
如何にいます※父母 恙なしや友がき
雨に風につけても 思ひいづる故郷
こころざしをはたして いつの日にか帰らん
山はあをき故郷 水は清き故郷
※「手引き」A2参照
例題2
夕焼け小焼けの赤とんぼ
負われて見たのは いつの日か
山の畑の桑の実を
小かごに摘んだは
まぼろしか
十五でねえやは 嫁に行き
お里の便りも 絶え果てた
夕やけ小やけの赤とんぼ
とまっているよ さおの先
解答 ↓
解答2
夕焼け小焼けの赤とんぼ
負はれて見たのは いつの日か
山の畑の桑の実を
小かごに摘んだは
まぼろしか
十五でねえやは 嫁に行き
お里の便りも 絶え果てた
夕やけ小やけの赤とんぼ
とまつ※てゐるよ さをの先
※この後も促音・拗音を大字(並字)で表記することにします。
例題3
春のうららの隅田川
上り下りの船人が
櫂のしずくも花と散る
眺めを何にたとうべき
雪の降る街を 雪の降る街を
思い出だけが通り過ぎて行く
雪の降る街を 遠い国から落ちてくる
この思い出を この思い出を
いつの日か包まん
温か幸せのほほえみ
上を向いて 歩こう
涙が こぼれないように
思い出す 春の日
ひとりぼっちの 夜
解答 ↓
解答3
春のうららの隅田川
上り下りの船人が
櫂のしづくも花と散る
眺めを何にたとふべき
雪の降る街を 雪の降る街を
思ひ出だけが通り過ぎて行く
雪の降る街を 遠い国から落ちてくる
この思ひ出を この思ひ出を
いつの日か包まん
温かき幸せのほほゑみ
上を向いて 歩かう
涙が こぼれないやうに
思ひ出す 春の日
ひとりぼつちの 夜
例題4
ふるさとは遠きにありて思うもの
そして悲しくうたうもの
よしや
うらぶれて異土の乞食となるとても
帰るところにあるまじや
ひとり都のゆうぐれに
ふるさとおもい涙ぐむ
そのこころもて
遠きみやこにかえらばや
遠きみやこにかえらばや
汚れっちまった悲しみに
今日も小雪の降りかかる
汚れっちまった悲しみに
今日も風さえ吹きすぎる
汚れっちまった悲しみは
たとえば狐の革ごろも
汚れっちまった悲しみは
小雪のかかってちぢこまる
汚れっちまった悲しみは
なにのぞむなくねがうなく
汚れっちまった悲しみは
倦怠のうちに死を夢む
汚れっちまった悲しみに
いたいたしくもおじけづき
汚れっちまった悲しみに
なすところなく日は暮れる・・・・・・
解答 ↓
解答4
ふるさとは遠きにありて思ふもの
そして悲しくうたふもの
よしや
うらぶれて異土の乞食となるとても
帰るところにあるまじや
ひとり都のゆふぐれに
ふるさとおもひ涙ぐむ
そのこころもて
遠きみやこにかへらばや
遠きみやこにかへらばや
汚れつちまつた悲しみに
今日も小雪の降りかかる
汚れつちまつた悲しみに
今日も風さへ吹きすぎる
汚れつちまつた悲しみは
たとへば狐の革ごろも
汚れつちまつた悲しみは
小雪のかかつてちぢこまる
汚れつちまつた悲しみは
なにのぞむなくねがふなく
汚れつちまつた悲しみは
倦怠のうちに死を夢む
汚れつちまつた悲しみに
いたいたしくもおぢけづき
汚れつちまつた悲しみに
なすところなく日は暮れる・・・・・・
練習してみよう(2) |
問題1.
雨にも負けず 風にも負けず 雪にも 夏の暑さにも負けぬ 丈夫な体を持ち 欲はなく 決して怒らず いつも静かに笑っている。
一日に玄米四合と 味噌と少しの野菜を食べ あらゆる事を 自分を勘定に入れずに よく見聞きし 分かり そして忘れず
野原の 松の林の陰の 小さな茅葺きの小屋にいて 東に病気の子供あれば 行って看病してやり 西に疲れた母あれば 行ってその稲の束を負い 南に死にそうな人あれば 行って恐がらなくてもいいと言い 北に喧嘩や訴訟があれば つまらないからやめろと言い
日照りのときは涙を流し 寒さの夏はオロオロ歩き みんなにデクノボウと呼ばれ 褒められもせず 苦にもされず そういう者に 私はなりたい
宮沢賢治の原文とは異なります。
「デクノボウ」は「木偶の坊」です。
↓ 独力で直し了へてからお進み下さい。
雨にも負けず 風にも負けず 雪にも 夏の暑さにも負けぬ 丈夫な体を持ち 欲はなく 決して怒らず いつも静かに笑つてゐる。
一日に玄米四合と 味噌と少しの野菜を食べ あらゆる事を 自分を勘定に入れずに よく見聞きし 分かり そして忘れず
野原の 松の林の陰の 小さな茅葺きの小屋にゐて 東に病気の子供あれば 行つて看病してやり 西に疲れた母あれば 行つてその稲の束を負ひ 南に死にさうな人あれば 行つて恐がらなくてもいいと言ひ 北に喧嘩や訴訟があれば つまらないからやめろと言ひ
日照りのときは涙を流し 寒さの夏はオロオロ歩き みんなにデクノバウと呼ばれ 褒められもせず 苦にもされず さういふ者に 私はなりたい
問題2.
親譲りの無鉄砲で子供の時から損ばかりしている。小学校にいる時分学校の二階から飛び降りて一週間ほど腰を抜かしたことがある。なぜそんなむやみをしたと聞く人があるかもしれぬ。別段深い理由でもない。新築の二階から首を出していたら、同級生の一人が冗談に、いくら威張っても、そこから飛び降りることは出来まい。弱虫やーい。とはやしたからである。小使におぶさって帰って来た時、おやじが大きな目をして二階ぐらいから飛び降りて腰を抜かす奴があるかと言ったから、この次は抜かさずに飛んでみせますと答えた。
親類のものから西洋製のナイフをもらって綺麗な刃を日にかざして、友達に見せていたら、一人が光ることは光るが切れそうもないと言った。切れぬことがあるか、何でも切って見せると請け合った。そんなら君の指を切ってみろと注文したから、何だ指ぐらいこの通りだと右の手の親指の甲をはすに切り込んだ。幸いナイフが小さいのと、親指の骨が堅かったので、いまだに親指は手に付いている。しかし傷跡は死ぬまで消えぬ。
問題3.
ある日の事でございます。御釈迦様は極楽の蓮池のふちを、独りでぶらぶら御歩きになっていらっしゃいました。池の中に咲いている蓮の花は、みんな玉のようにまっ白で、そのまん中にある金色の蕊からは、何とも云えない好い匂が、絶間なくあたりへ溢れて居ります。極楽は丁度朝なのでございましょう。
やがて御釈迦様はその池のふちに御佇みになって、水の面を蔽っている蓮の葉の間から、ふと下の容子を御覧になりました。この極楽の蓮池の下は、丁度地獄の底に当って居りますから、水晶のような水を透き徹して、三途の河や針の山の景色が、丁度覗き眼鏡を見るように、はっきりと見えるのでございます。
するとその地獄の底に、建陀多と云う男が一人、ほかの罪人と一しょに蠢いている姿が、御眼に止まりました。この建陀多と云う男は、人を殺したり家に火をつけたり、いろいろ悪事を働いた大泥坊でございますが、それでもたった一つ、善い事を致した覚えがございます。と申しますのは、ある時この男が深い林の中を通りますと、小さな蜘蛛が一匹、路ばたを這って行くのが見えました。そこで建陀多は早速足を挙げて、踏み殺そうと致しましたが、「いや、いや、これも小さいながら、命のあるものに違いない。その命を無暗にとると云う事は、いくら何でも可哀そうだ。」と、こう急に思い返して、とうとうその蜘蛛を殺さずに助けてやったからでございます。
御釈迦様は地獄の容子を御覧になりながら、この建陀多には蜘蛛を助けた事があるのを御思い出しになりました。そうしてそれだけの善い事をした報には、出来るなら、この男を地獄から救い出してやろうと御考えになりました。幸い、側を見ますと、翡翠のような色をした蓮の葉の上に、極楽の蜘蛛が一匹、美しい銀色の糸をかけて居ります。御釈迦様はその蜘蛛の糸をそっと御手に御取りになって、玉のような白蓮の間から、遥か下にある地獄の底へ、まっすぐにそれを御下しなさいました。
問題4.
吾輩は猫である。名前はまだない。
どこで生まれたかとんと見当がつかぬ。なんでも薄暗いじめじめした所でニャーニャー泣いていたことだけは記憶している。吾輩はここではじめて人間というものを見た。しかもあとで聞くとそれは書生という人間中でいちばん獰悪な種族であったそうだ。この書生というのは時々我々をつかまえて煮て食うという話である。しかしその当時はなんという考えもなかったからべつだん恐ろしいとも思わなかった。ただ彼の手のひらに載せられてスーと持ち上げられた時なんだかフワフワした感じがあったばかりである。手のひらの上で少し落ち付いて書生の顔を見たのがいわゆる人間というものの見始めであろう。この時妙なものだと思った感じが今でも残っている。第一毛をもって装飾されべきはずの顔がつるつるしてまるで薬罐だ。その後猫にもだいぶ会ったがこんな片輪には一度も出くわしたことがない。のみならず顔のまん中があまりに突起している。そうしてその穴の中から時々ぷうぷうと煙を吹く。どうもむせぽくてじつに弱った。これが人間の飲む煙草というものであることをようやくこのごろ知った。
この書生の手のひらのうちでしばらくはよい心持ちにすわっておったが、しばらくすると非常な速力で運転し始めた。書生が動くのか自分だけが動くのかわからないがむやみに目が回る。胸が悪くなる。とうてい助からないと思っていると、どさりと音がして目から火が出た。それまでは記憶しているがあとはなんのことやらいくら考え出そうとしてもわからない。
ふと気がついてみると書生はいない。たくさんおった兄弟が一匹も見えぬ。肝心の母親さえ姿を隠してしまった。その上今までの所とは違ってむやみに明るい。目を明いていられぬくらいだ。はてななんでも様子がおかしいと、のそのそはい出してみると非常に痛い。吾輩は藁の上から急に笹原の中へ捨てられたのである。
ようやくの思いで笹原をはい出すと向こうに大きな池がある。吾輩は池の前にすわってどうしたらよかろうと考えてみた。べつにこれという分別も出ない。しばらくして泣いたら書生がまた迎いに来てくれるかと考えついた。ニャー、ニャーと試みにやってみたがだれも来ない。そのうち池の上をさらさらと風が渡って日が暮れかかる。腹が非常に減ってきた。泣きたくても声が出ない。しかたがない、なんでもよいから食い物のある所まで歩こうと決心をしてそろりそろりと池を左に回り始めた。どうも非常に苦しい。そこを我慢して無理やりにはって行くとようやくのことでなんとなく人間臭い所へ出た。ここへはいったら、どうにかなると思って竹垣のくずれた穴から、とある邸内にもぐり込んだ。縁は不思議なもので、もしこの竹垣が破れていなかったなら、吾輩はついに路傍に餓死したかもしれんのである。一樹の陰とはよく言ったものだ。この垣根の穴は今日に至るまで吾輩がとなりの三毛を訪問する時の通路になっている。
練習してみよう(3) |
最後に全部仮名書きの文に挑戦しませう。解答の後にある解説の内容がすべて理解できてゐるかどうか確認してみてください。
問題
(桃太郎 1)
むかしむかし あるところに おじいさんとおばあさんがすんでいました。 あるひ おじいさんはやまへしばかりに おばあさんはかわへせんたくにいきました。 おばあさんがせんたくをしていると かわかみからおおきなももが どんぶらこ どんぶらことながれてきました。 おばあさんは まあ なんておおきなももでしょう もってかえっておじいさんといっしょにたべましょう といってももをかかえてかえりました。 やまからかえったおじいさんも これはおいしそうだ とおおよろこび。 さっそくほうちょうをあてると ももはポーンとふたつにわれて なかからかわいいおとこのこがうまれました。 おじいさんとおばあさんはこどもがいなかったのでたいそうよろこび おとこのこに ももたろう というなまえをつけてだいじにそだてました。
直し了へたら解答をご覧下さい。
(桃太郎 1 解答)
赤字は現代仮名遣ひと異なる部分です。
むかしむかし あるところに おぢいさんとおばあさんがすんでゐました。 あるひ おぢいさんはやまへしばかりに おばあさんはかはへせんたくにいきました。 おばあさんがせんたくをしてゐると かはかみからおほきなももが どんぶらこ どんぶらことながれてきました。 おばあさんは まあ なんておほきなももでせう。 もつてかへつておぢいさんといつしよにたべませう といつてももをかかへてかへりました。 やまからかへつたおぢいさんも これはおいしさうだ とおほよろこび。 さつそくはうちやうをあてると ももはポーンとふたつにわれて なかからかはいいをとこのこがうまれました。 おぢいさんとおばあさんはこどもがゐなかつたのでたいそうよろこび をとこのこに ももたらう といふなまへをつけてだいじにそだてました。
「おじいさん」の「お」は語頭なので「お」。「じい」はC1の例外にあるので「ぢい」。更に確認すれば「い」は語頭ではありませんがA6の例外に「ぢいさん」があるので「い」と分かります。)
「おばあさん」は語頭なので「おばあさん」。
「いました」は語頭ですがA2の例外に「居る」があるので「ゐました」。
「かわ」の「わ」は語頭ではないので「かは」。
「いきました」の「い」は語頭なので「いきました」。
「いると」は「ゐました」と同じく「ゐると」。
「おおきな」の最初の「お」は語頭なので「お」。次の「お」は語頭ではないので「ほ」。
「でしょう」はB4により「でせう」。「しょ」が単独で「せ」になるわけではなく「しょう」の二拍で「せう」になることに注意。
「かえって」の「え」は語頭ではないので「かへつて」。
「いっしょ」は漢語なので字音仮名遣ひ表により「いつしよ」。
「ましょう」はB4により「ませう」。
「いって」の「い」は語頭なので「いつて」。
「かかえて」は語頭ではないので「かかへて」。
「おいしそうだ」の「お」は語頭なので「お」。「い」は語頭ではありませんがA6の例外に「おいしい」があるので「い」。「そう」はB2により「さう」。「そ」が単独で「さ」になるわけではなく「そう」の二拍で「さう」になることに注意。
「ほうちょう」は漢語なので字音仮名遣ひ表により「はうちやう」。
「われて」は語頭なので「われて」。
「かわいい」の「わ」は語頭ではないので「は」。「いい」は語頭ではありませんが、A6の例外にあるので「かはいい」。また最後の「い」はA6でも形容詞の語尾だから「い」と分かります。
「おとこのこ」は語頭ですがA4の例外に「男」があるので「をとこのこ」。
「うまれました」は語頭なので「うまれました」。
「いなかったので」は「ゐました」、「ゐると」と同じく「ゐなかつたので」。
「たいそう」は漢語なので字音仮名遣ひ表により「たいそう」。
「ももたろう」の「ろう」は漢字音なので字音仮名遣ひ表により「ももたらう」。
「いう」の「い」は語頭なので「い」。「う」は語頭ではないので「ふ」。
「なまえ」は語頭ではないので「なまへ」。
「だいじ」は漢語なので字音仮名遣ひ表により「だいじ」。
(桃太郎 2)
ももたろうはずんずんおおきくなって ちからもちのやさしいおとこのこになりました。 そのころ むらのひとびとは おにがしまのわるいおにたちがやってきて たいせつなたからものをごっそりぬすんでいってしまうので とてもこまっていました。 そこでももたろうはおじいさんとおばあさんにそだててもらったおんがえしをしなければとおもい おにがしまへおにせいばつにいくことにしました。 おじいさんはりっぱなかたなをくれました。おばあさんはおいしいきびだんごをつくって からだにきをつけていっておいでと みおくってくれました。
直し了へたら解答をご覧下さい。
(桃太郎 2 解答)
ももたらうはずんずんおほきくなつて ちからもちのやさしいをとこのこになりました。 そのころ むらのひとびとは おにがしまのわるいおにたちがやつてきて たいせつなたからものをごつそりぬすんでいつてしまふので とてもこまつてゐました。 そこでももたらうはおぢいさんとおばあさんにそだててもらつたおんがへしをしなければとおもひ おにがしまへおにせいばつにいくことにしました。 おぢいさんはりつぱなかたなをくれました。おばあさんはおいしいきびだんごをつくつて からだにきをつけていつておいでと みおくつてくれました。
「ずんずん」は「づんづん」とはなりません。(C2)
「やさしい」は「やさしひ」とはなりません。(A6)
「おいで」は「おひで」とはなりません。(A6)
「みおくって」の「お」は語中ですが語頭と同じと考へます。
(桃太郎 3)
ももたろうはきびだんごをこしにさげ にっぽんいちののぼりをたてて いさましくあるいていきました。 するとむこうから いぬがやってきました。 ワン ワン ももたろうさん おこしにつけたものはなんですか。 にっぽんいちのきびだんごだよ。 おにがしまのおにたいじについてくるならあげるからいっしょにいこう。 はい ひとつください おともします。 ももたろうは いぬにきびだんごをわけてやりました。 ももたろうといぬがあるいていくと つぎにさるがやってきました。 キャッ キャッ ももたろうさん わたしもけらいにしてください。 よし それではきびだんごをあげよう。 ももたろうは さるにもきびだんごをやりました。 ももたろうといぬとさるがあるいていくと こんどはきじがとんできました。 ケン ケン ももたろうさん わたしにもひとつください。 おともします。
直し了へたら解答をご覧下さい。
(桃太郎 3 解答)
ももたらうはきびだんごをこしにさげ につぽんいちののぼりをたてて いさましくあるいていきました。 するとむかふから いぬがやつてきました。 ワン ワン ももたらうさん おこしにつけたものはなんですか。 につぽんいちのきびだんごだよ。 おにがしまのおにたいぢについてくるならあげるからいつしよにいかう。 はい ひとつください おともします。 ももたらうは いぬにきびだんごをわけてやりました。 ももたらうといぬがあるいていくと つぎにさるがやつてきました。 キヤツ キヤツ ももたらうさん わたしもけらいにしてください。 よし それではきびだんごをあげよう。 ももたらうは さるにもきびだんごをやりました。 ももたらうといぬとさるがあるいていくと こんどはきじがとんできました。 ケン ケン ももたらうさん わたしにもひとつください。 おともします。
「あるいて」、「ついて」は「あるひて」、「つひて」とはなりません。(A6)
「むかふから」はB2により。「むかう」との説もあります。
「いかう」はB1により。
「ください」は「くださひ」とはなりません。(A6)
「あげよう」は「やう」にはなりません。(B1)
(桃太郎 4)
ももたろうといぬとさるときじは のをこえやまをこえ そしてふねにのってうみをこえおにがしまへやってきました。 おおきなもんがしまっていましたが きじがとんでいってなかのようすをみてきました。 おにたちはさかもりのさいちゅうですよ。 さるがもんをのぼっていって うちがわからかぎをあけました。 ももたろうは それー すすめやすすめ わるいおにどもをやっつけろーっ とさけびながら いぬといっしょにせめこんでいきました。おにたちは そんなゆうきのあるおとこのこがせめてくるとはおもわなかったのでびっくりしましたが すぐに なにを こしゃくな こぞうめと こわいかおでむかってきました。 でもどんなにつよいおにでも ももたろうはまけはしません。 いぬもワンワンとかみつき さるはキャッキャッとひっかき きじはケンケンとつっつきました。おにたちはとびあがったりころんだりおおあわてです。おもしろいようにのこらずおにたちをせめふせて とうとうさいごにももたろうは いちばんおそろしそうなおにのたいしょうを えい やあ どしーんとなげとばしてしまったので おにたちはみんな あかかったかおもあおくなって もうわるいことはいたしません。どうかゆるしてくださいとこうさんし たくさんのたからものをさしだしました。
ばんざーい ばんざーい。 ももたろうたちはたからものをくるまにつんでかえります。いぬとさるときじは おもたければおもたいほど いさんでくるまをひきました。 えんやらえんやら えんやらや。むらにかえってきたりっぱなももたろうのすがたを おじいさんとおばあさんは よかったよかったと おおよろこびででむかえました。 めでたし めでたし。
直し了へたら解答をご覧下さい。
(桃太郎 4 解答)
ももたらうといぬとさるときじは のをこえやまをこえ そしてふねにのつてうみをこえおにがしまへやつてきました。 おほきなもんがしまつてゐましたが きじがとんでいつてなかのやうすをみてきました。 おにたちはさかもりのさいちゆうですよ。 さるがもんをのぼつていつて うちがはからかぎをあけました。 ももたらうは それー すすめやすすめ わるいおにどもをやつつけろーつ とさけびながら いぬといつしよにせめこんでいきました。おにたちは そんなゆうきのあるをとこのこがせめてくるとはおもはなかつたのでびつくりしましたが すぐに なにを こしやくな こぞうめと こはいかほでむかつてきました。 でもどんなにつよいおにでも ももたらうはまけはしません。 いぬもワンワンとかみつき さるはキヤツキヤツとひつかき きじはケンケンとつつつきました。おにたちはとびあがつたりころんだりおほあわてです。おもしろいやうにのこらずおにたちをせめふせて たうとうさいごにももたらうは いちばんおそろしさうなおにのたいしやうを えい やあ どしーんとなげとばしてしまつたので おにたちはみんな あかかつたかほもあをくなつて もうわるいことはいたしません。どうかゆるしてくださいとかうさんし たくさんのたからものをさしだしました。
ばんざーい ばんざーい。 ももたらうたちはたからものをくるまにつんでかへります。いぬとさるときじは おもたければおもたいほど いさんでくるまをひきました。 えんやらえんやら えんやらや。むらにかへつてきたりつぱなももたらうのすがたを おぢいさんとおばあさんは よかつたよかつたと おほよろこびででむかへました。 めでたし めでたし。
「のをこえ」は「のをこへ」となりません。(A8)
「やうす」は漢語。
「こぞう」は漢語。
「おほあわて」は「おほあはて」となりません。(A5)
「のこらず」は「のこらづ」とはなりません。(C2)
「たうとう」は漢語。
「えい やあ」は「えひ やあ」となりません。(A6)
「あをく」は「あほく」となりません。(A9)
「もう」、「どうか」は「もふ」、「どふか」になりません。(A7)
ここまでの練習問題の答へと解説をすべて理解できた方は十分力が付きました。認定試験の長文問題も楽勝でせう。
認定試験 |
2019年版
受験資格に制限はありませんのでどれをお受けになっても結構です。
認定試験1(5級) 歴史的仮名遣い学園大学の後期課程に進学できます。書き方試験1と同等レベルです。
認定試験2(4級) 大学を卒業できます。書き方試験2と同等レベルです。
認定試験3 大学院入学に必要です。
認定試験4 学位取得に必要です。
認定試験1 (5級) |
下記の文の仮名部分を歴史的仮名遣い(字音仮名遣い由来を含む)に直してください。
促音・拗音の文字の大小は任意とします。、踊り字(繰り返し符号)は使用しません。
文の体裁や漢字はそのままとし、仮名遣い以外については一切変更しないでください。
問題兼答案
日本人は大昔は「母」のことを「パパ」と言っていたらしい。
「パ」(PA)と発音してみると、上下の唇を閉じて口の中に息を溜めてから唇を開けて発音していることがわかる。
口を閉じるのがめんどくさいと上下の唇をしっかり合わせずに発音することになるから、唇の間から息を吹いて「ファ」という音になる。
我々の祖先もめんどくさがりやであったらしい。奈良時代ごろには「パパ」ではなく「ファファ」と言うようになっていた。
更に唇を一切動かさないで息を吐いて発音すると・・・・ 「ハ」である。江戸時代には実際にそうなった。今我々は「ハハ」と言っている。
少し追加して言うと、単語の頭ならいちいち息を吹きやすいが、途中ならめんどくさいのである。そこで唇は動かすが息を吹かずに「ファ」を発音すると「ワ」になる。
歴史的仮名遣いで「は」と書く語中の文字を今の我々が多くの場合「ワ」と読むのはこのためである。(例:「かは(川)」→「カワ」)
同様に歴史的仮名遣いの「ひ、ふ、へ、ほ」も語中のものは「イ、ウ、エ、オ」と読むのである。
(上に挙げた「母」が現代において「ハワ」と読まれていないのは「例外」と思っていただきたい。)
認定試験2 (4級) |
下記の文の仮名部分を歴史的仮名遣い(字音仮名遣い由来を含む)に直してください。
促音・拗音の文字の大小は任意とします。、踊り字(繰り返し符号)は使用しません。
文の体裁や漢字はそのままとし、仮名遣い以外については一切変更しないでください。
問題兼答案
小学一年生の授業だったと思います。
「そういうわけでかわいそうな織姫と彦星は一年に一回、七夕の日だけ天の川を渡って会うことができるようになったのです。それでは皆さんも七夕の夜には空を見上げてこの二つの星を確かめてみてください。」
このように習った憶えが確かにございます。
さて、先生のこのような言い回しの説明から当然期待されるのは次のうちのどれでしょうか。
1.普段は天の川の両側にある牽牛星と織女星がその夜だけ片側に一緒に見える。
2.それほどでもないが、その夜だけ両者の見かけの間隔が小さくなる。
3.一年を通じて変化する両者の見かけの間隔がこの日に最小となる。
私は当然1.と受け取りました。当たり前に考えて先生の説明はそう言っているものとしか思えませんし、その後七夕について読んだどんな本もそれ以上のことは教えてくれなかったのです。
しばらくして少しは星のことを知るようになった私はそれでも2.だろうか、あるいは3.かもしれないという思いを捨てきれず、葛藤を感じ続けておりました。
さあ、私と同じように思っていらした方は、いや、今でも思っているとおっしゃる方はないでしょうか。あの説明を聞いてそう思わないという人がいようとは私には思えないのです。
実際の夜空の牽牛(ひこぼし)と織女(おりひめ)は、金輪際、びくとも動かないのです。
それにもかかわらず七夕伝説について書いている本はどれも「実際の星がほんとうに動くわけではありません」という説明を欠いています。どの著者もそのことを知らずに書いているのではないかと疑われます。
伝説と科学教育が混じってしまった冒頭のような授業も今なお行われているのでしょう。
認定試験3 |
最終変更2019/12
下記の文の仮名部分を歴史的仮名遣い(字音仮名遣い由来を含む)に直してください。
この試験では促音・拗音については小字を使用せず、並字としてください。踊り字は使用しないでください。
文の体裁や漢字はそのままとし、仮名遣い以外については一切変更しないでください。
問題兼答案
私は2年前から都心の仕事場に置き傘をすることにしている。
それがおとといは6本にもなった。
こうなるとさすがに家にはめぼしい傘がなくなったので、快晴の日差しの中をブラブラと1本提げて家に帰って来た。
(ついこの間も一回6本溜まったので一挙に5本持ち帰ったことがある。)
最初置き傘を始めたときは漠然と「家から差して出る回数と仕事場から差して帰る回数はほぼ同じだ」と考えていた。
だから2~3本は溜まるかもしれないとは思っていたのだが、6本とは許せない。
もし殆んどの日が雨で、晴れているほうが珍しいという気候の世界なら、殆んどの日が一本の傘の往復になるだろう。
たまに置き傘が発生するとしても多く溜まることはないだろう。
だが実際は晴れている日が圧倒的に多く、たまに降るだけである。
一旦置き傘が発生したらそれは長引く。
次の雨の機会まで置いておかれる。
しかし、だからといってそれで置き傘がそんなに溜まることになるだろうか。
ならない。
後日、朝降っていなかったのに帰宅時に降っているという日が来れば置き傘は解消するではないか。
ところがそれにもかかわらず何と6本なのだ。
待てよ、雨というものはそんなに降り続くものではない。
降り出してから24時間も続くということは少ないではないか。
平均はもっと短時間だろう。
そうだ、朝降っている雨は約10時間後の帰宅時には上がっていることが多いのだ。
だから置き傘はどんどん溜まるのだ。
しかしなんだかおかしいな。
帰宅時に降っている雨も翌日の朝には上がっていることが多いのではないか。
すると置き傘は減っていくではないか。
これじゃあオアイコになる。
いや、家にいる時間は仕事場にいるより長い。
休日だってある。
だから仕事場にいる間に雨が上がってまた次の雨が降り出す確率よりも、家にいる間に雨が上がって、そしてまた次の雨が降り出す確率のほうが高いのだろうか。
なんだかバカバカしいことになってきた。
単純に考えよう。
置き傘が増える機会(朝降っており帰宅時晴れている)と減る機会(朝晴れており帰宅時降っている)が同率で発生するとしたら、置き傘の数が0本から(増える一方で)6本に増えるということは丁半賭博に6回連続して勝つようなものだ。
まずありえない。
もちろん私の場合は増えたり減ったりしながら6本になったのだろう。
それならば、増減しながらついに6本に達することは考えられるだろう。
広場の真ん中にいる酔っ払いがランダムな方向に一歩ずつよろけ続けると、酔っ払いの位置はどんなふうに移動していくだろう。
真にランダムならいつまでたっても中心の近くにいるだろうと推定されるだろうか。
いやいや酔っ払いは次第に広場の中心から離れていくだろうと数学は教える。
置き傘の場合は0本になることはあってもマイナス本になることはないから、この場合は「狭い廊下の突き当りからよろけ始めた酔っ払い」に相当する。
突き当りからの距離は増減しながらも次第に大きくなる傾向を示すだろう。
傘は増減しながら次第に増えていく傾向にある。
それでは傘が増減しながら0本から6本に達するには平均してどれぐらいの回数の機会が必要なのだろうか。
相当必要だろう^_^; 月日もかかる。
しかし、私の実感は「増える一方で」6本になったのである。
記録を取っていたわけではないから、それが数学的に考えてどれぐらい起りうることなのか計算することはできないのだが、あきれるほど着実に増えたという実感はほんとうにしている。
この実感が(実は錯覚である可能性も捨てきれないが)正しいとすると増減の機会が同率で発生するという前提が間違っていたことになる・・・
私は次のように納得することにしよう。
雨というものはおおむね日中よりも夜間に降り出すことが多く、また午後に上がることが多い。
天気予報でも「朝のうち雨が残りますが午後には晴れるでしょう」ということが多いではないか。
気象データを調べれば多分簡単に裏付けが取れそうに思われる。
あるいは関係者には常識であるかもしれない。
(いや、必ずしもそうでないかもしれない。
「午前中は持ちますが午後には降り出すでしょう」というのも聞くような気がするからなあ・・・(ーー;))
もしこの推測が外れていたら、すべては運に恵まれない私に「午後のみの晴れ男」という変な運がついているせいだということになる。
認定試験4 |
最終変更2019/12
下記の文の仮名部分を正しい歴史的仮名遣い(字音仮名遣い由来を含む)に直してください。
この試験では促音・拗音については小字を使用せず、並字としてください。原文にない新たな踊り字は使用しないでください。
文の体裁や漢字はそのままとし、仮名遣い以外については一切変更しないでください。
問題兼答案
朝目覚める度に、ああ、また朝か・・・ こんなにあわただしく次々と朝が来るなら、残りの人生はあっという間に過ぎてしまうではないかと恐ろしく思う。
若い時はこういうことはなかった。
歳を取ると時間が速く過ぎるというが、本当だ。
毎日毎日同じような一日があっという間に過ぎていく。
(こういうことはずいぶん昔に聞き知っていたはずなのだが、うかつなことに自分には関係のないことだと理由もなく思っていた。)
もちろん、何かの都合であちこち飛び回ったり、いろんなことが次々起きたりする日はとても長く感じられ、午前中の出来事がまるで一週間前のように思われることさえあるのは今も同じだ。
だが、そんな日が混じっていても、あとでまとめて思い出してみるとやはり日々はあっという間に過ぎている。
若い時(23歳)に一人で奈良へ旅行し、その昔中学三年の修学旅行で歩いた同じ場所を歩き、昔泊まった旅館を目にして、懐かしさに私は激しく感動した。
9年も前のはるかな昔の体験をば今こうして再確認することができようとは全く希有のことに違いない。
こんな感激を味わう人は他にはいるはずがないと、真剣に思ったものだ。
それに引き換え、最近の9年間を考えてみると何ほどのこともない。
つい最近のほんの一時期に過ぎないではないか。
もし今9年ぶりにどこかの場所に立ったとしてもほとんど特別な感慨はないだろう。
子供の頃の一日あるひは一年間と、大人のそして老人の一日、一年間は長さが違ふといふことへの言及はおびただしひ。
色々な言ひ方がされるが、たへず新しひ体験を次々に重ね続ける時期と、何も新しひことのなひ時期では時間の充実度が違ふのだといふのがまづ共通した趣旨だろふ。
なるほど確かにことはりだ。ただ、新しひ体験とか充実などといふ語を用ひると、個々人の事情や時期的な事情との連関を想起させるので事態をはっきりと掴めなひ憾みが残る。
私がこれまでにいちばん納得できた定量的?な説明は、
「人は経験としての時間(の長さ)を、それまでに生きた時間の総量を分母として把握する。」
といふものである。こひつは分かりやすひ。
(つまり主観的時間は年齢に反比例するといふわけだが、世の中には恐ろしひことを言ふ人もいるもので、なんと年齢の三乗に反比例といふ説を読むだこともある。
何ちゅふことだ。信ぢたくなひ。)
とすれば、奈良での私の回顧は人生の23分の9、ほぼ4割を遡るものであったのである。
大変な分量であったのである。(いばるほどのことはなひ。)
どふりで衝撃を受けたはづだ。
オリンピックで金メダルを獲得した中学三年の岩崎恭子さんが「今まで生きてきた中で一番幸せです。」
と語って、多くの大人がほほへましひやらおかしひやらで苦笑を禁ぢえなかったといふことがあったが、しかし彼女の言葉は中学三年生にもちゃんと大人と同ぢ感覚でとらへている人生の分母があるといふことを示している。
大人はそれを覚へていなひのだ。
私は計算してみた。
現在から人生を23分の9遡ると何時になるか。
その時期の私の職場は遠く離れた町にあった。
仕事のこと、二度と見ることのできなひ人の顔、研修旅行のこと、私生活のできごと、などを思ひ出して、今そこに立ったらどんな気持ちがするだろふと考へてみる。
やはりそふだ。
遥けくも来つるものかな、と思わづにはいられなひだろふ。感にたへなひ。
もし80歳まで生きたら、一日、一年はあっといふ間にたつだろふ。
20歳の4倍の速さだ。
(信じたくなひ説が正しければ64倍だ。
周りはマンガのよふに手足をバタバタさせて走り回る人々なのだ。あほりを受けて自分も走り出したりしなひのだろふか。
いや、たぶん自分がどふしよふがもう関係なひのだ。)
そのときにもし人生にやり残したことがあると思うなら、あとは焦りの日々、
若き日の無自覚と怠惰ゆえの当然の報いではあるが、身をよじって悶えるような日々をおののきながらじっと耐える身になってしまうのだ。
そして今更もう諦めるよりしようはない・・・ 行き着く先はみじめなよいどれ同然だろう。
そんな事態を招かないためにはまだ若いうちから準備おさおさ怠らず、何事にもやり残しをなくすことだ。
十分充実した人生であったと自覚してからなら、速く過ぎる日々も苦にならないだろう。
今からでも遅くないからせいぜい自覚を強め、自らに精進を強いていけば何とかなるのではないかと胸に問うてみよう。
しかしどうせ自堕落な自分だ。とうていそんな苦行はできはしまいと思われる。ではどうする。
だめだ。ぜんぜん思いつかない。おしえてーー、えらいひと!
已むをえない。そのときは早めに訪れる「ぼけ」に期待するのがよかろうと思う。
焦りを感じずゆったり過ごすためだ。
これからでも遅くないから毎日ぼんやりと空虚な日々を重ねればそれはじきに実現するに違いない。(こいつはありがてえ。)
つつしんでもうしあげます。人生はどっちにころんでもうまくいくようにできてはいるのです。
いかん。冴えてるつもりがおしまいがはなはだ陳腐な教訓へのこじ付けになってしまったのは遺憾だ。
有名俳句・短歌 |
(「奥の細道」および「小倉百人一首」との重複を避けた)
歴史的仮名遣ひによる仮名表記を示した。赤は大原則によるもの。青はそれを超えるもの。緑は注意すべき字音。
便宜上分かち書きをした。
記号と数字は青字についての「手引き」参照箇所。
あかいつばき しろいつばきと おちにけり A6
あきふかき となりはなにを するひとぞ
あさがほに つるべとられて もらひみづ
あのつきを とつてくれろと なくこかな
いきかはり しにかはりして うつたかな
いくたびも ゆきのふかさを たづねけり
いものつゆ れんざんかげを ただしうす B3
うみにでて こがらしかへる ところなし
うめ→むめ
うれひつつ をかにのぼれば はないばら A4
おそるべき きみらのちぶさ なつきたる
おもしろうて やがてかなしき うぶねかな A7
かきくへば かねがなるなり ほふりゆうじ
がくもんの さびしさにたへ すみをつぐ
かねひとつ うれぬひはなし えどのはる
かまくらを いきていでけむ はつがつを A9
きくのかや ならにはふるき ほとけたち
きつつきや おちばをいそぐ まきのきぎ
きみはいま こまかたあたり ほととぎす
ぎやうずいの すてどころなし むしのこゑ A8
きりひとは ひあたりながら おちにけり
けいとうの じふしごほんも ありぬべし
こぞことし つらぬくぼうの ごときもの
このあたり めにみゆるものは みなすずし C2
このみちや ゆくひとなしに あきのくれ
これがまあ つひのすみかか ゆきごしやく
さまざまの ことおもひだす さくらかな
さみだれや たいがをまへに いへにけん
すずかぜの まがりくねつて きたりけり C2
すずめのこ そこのけそこのけ おんまがとほる C2
ぜんまいの ののじばかりの じやくくわうど A6
だいこひき だいこでみちを をしへけり A4
たきおちて ぐんじやうせかい とどろけり
たたかれて ひるのかをはく もくぎよかな
たびにやんで ゆめはかれのを かけめぐる
つきてんしん まづしきまちを とほりけり
つゆのよは つゆのよながら さりながら
てふてふがいつぴき だつたんかいけふを わたつていつた
とばどのへ ごろくきいそぐ のわきかな
とほやまに ひのあたりたる かれのかな
ともかくも あなたまかせの としのくれ
ながれゆく だいこんのはの はやさかな
なつくさに きくわんしやのしやりん きてとまる
なにごとぞ はなみるひとの なががたな
なのはなや つきはひがしに ひはにしに
はなのくも かねはうへのか あさくさか
はるのうみ ひねもすのたり のたりかな
ばんりよくの なかやあこのは はへそむる
ふとんきて ねたるすがたや ひがしやま
ふるいけや かはづとびこむ みづのおと
ふるゆきや めいぢはとほく なりにけり
ぼたんちりて うちかさなりぬ にさんぺん
まいとしよ ひがんのいりに さむいのは A6
まつしまや ああまつしまや まつしまや
みちのべの むくげはうまに くはれけり
むめいちりん いちりんほどの あたたかさ
むめがかに のつとひのでる やまぢかな C1
めいげつや いけをめぐりて よもすがら
めいげつを とつてくれろと なくこかな
めでたさも ちゆうくらゐなり おらがはる A6
めにはあをば やまほととぎす はつがつを A9
ものいへば くちびるさむし あきのかぜ
やせがへる まけるないつさ これにあり
やまぢきて なにやらゆかし すみれさう C1
やれうつな はへがてをすり あしをする
ゆきとけて むらいつぱいの こどもかな
ゆきのあさ にのじにのじの げたのあと
よのなかは みつかみぬまに さくらかな
をのいれて かにおどろくや ふゆこだち A4
あかねさす むらさきのゆき しめのゆき のもりはみずや きみがそでふる C2
あききぬと めにはさやかに みえねども かぜのおとにぞ おどろかれぬる A8
あをによし ならのみやこは さくはなの にほふがごとく いまさかりなり A9
いくさんが(やまかは) こえさりゆかば さびしさの はてなむくにぞ けふもたびゆく A8 B4
いはばしる たるみのうへの さわらびの もえいづるはるに なりにけるかも A8
あふみのみ ゆふなみちどり ながなけば こころもしのに いにしへおもほゆ B2
おくららは いまはまからむ こなくらむ そをおふははも あをまつらむぞ
おもひつつ ぬればやひとの みえつらむ ゆめとしりせば さめざらましを A8
かすがのは けふはなやきそ わかくさの つまもこもれり われもこもれり B4
かまくらや みほとけなれど しやかむには びなんにおはす なつこだちかな
かめにさす ふぢのはなぶさ みじかければ たたみのうへに とどかざりけり C1
からごろも きつつなれにし つましあれば はるばるきぬる たびをしぞおもふ
きみがよは ちよにやちよに さざれいしの いはほとなりて こけのむすまで
くれなゐの にしやくのびたる ばらのめの はりやはらかに はるさめのふる A6
こころなき みにもあはれは しられけり しぎたつさはの あきのゆふぐれ
こちふかば にほひおこせよ むめのはな あるじなしとて はるなわすれそ
このよをば わがよとぞおもふ もちづきの かけたることも なしとおもへば
こまとめて そでうちはらふ かげもなし さののわたりの ゆきのゆふぐれ
こんじきの ちひさきとりの かたちして いちやうちるなり ゆふひのをかに A4
さつきまつ はなたちばなの かをかげば むかしのひとの そでのかぞする
しきしまの やまとごころを ひととはば あさひににほふ やまざくらばな
しらたまの はにしみとほる あきのよの さけはしづかに のむべかりけり
しらとりは かなしからずや そらのあを うみのあをにも そまずただよふ C2 A9
しろがねも くがねもたまも なにせむに まされるたから こにしかめやも
そでひちて むすびしみづの こほれるを はるたつけふの かぜやとくらむ B4
たかきやに のぼりてみれば けぶりたつ たみのかまどは にぎはひにけり
たごのうらゆ うちいでてみれば ましろにぞ ふじのたかねに ゆきはふりける
たはむれに ははをせおひて そのあまり かろきになきて さんぽあゆまず C2
とうかいの こじまのいその しらすなに われなきぬれて かにとたはむる
ともがみな われよりえらく みゆるひよ はなをかひきて つまとしたしむ
ななへやへ はなはさけども やまぶきの みのひとつだに なきぞかなしき
なにごとの おはしますかは しらねども かたじけなさに なみだこぼるる
なにしおはば いざこととはむ みやこどり わがおもふひとは ありやなしやと
ねがはくは はなのしたにて はるしなむ そのきさらぎの もちづきのころ
のどあかき つばくらめふたつ はりにゐて たらちねのははは しにたまふなり A2 B2
はたらけど はたらけどなほ わがくらし らくにならざり じつとてをみる
はるすぎて なつきたるらし しろたへの ころもほしたり あめのかぐやま
はるのその くれなゐにほふ もものはな したてるみちに いでたつをとめ A6 A4
ひむがしの のにかぎろひの たつみえて かへりみすれば つきかたぶきぬ A8
ふるさとの なまりなつかし ていしやばの ひとごみのなかに そをききにゆく
ふるさとの やまにむかひて いふことなし ふるさとのやまは ありがたきかな
みわたせば はなももみぢも なかりけり うらのとまやの あきのゆふぐれ C1
みわたせば やなぎさくらを こきまぜて みやこぞはるの にしきなりける
むらさきの にほへるいもを にくくあらば ひとづまゆゑに われこひめやも A8
やははだの あつきちしほに ふれもみで さびしからずや みちをとくきみ C2
やはらかに やなぎあをめる きたかみの きしべめにみゆ なけとごとくに A9
ゆくあきの やまとのくにの やくしじの たふのうへなる ひとひらのくも
よのなかに たえてさくらの なかりせば はるのこころは のどけからまし A8
わがやどの いささむらたけ ふくかぜの おとのかそけき このゆふべかも
奥の細道全句集 |
一行目は西村本による。(曽)は曽良作。(低)は低耳作。
二行目は歴史的仮名遣ひによる仮名表記。赤は大原則によるもの。青はそれを超えるもの。緑は注意すべき字音。
便宜上分かち書きをした。
三行目(右寄せ)は参考。
草の戸も住替る代ぞひなの家
くさのとも すみかはるよぞ ひなのいへ
行春や鳥啼魚の目は泪
ゆくはるや とりなきうをの めはなみだ
あなたふと青葉若葉の日の光
あなたふと あをばわかばの ひのひかり
たふと(尊)し
剃捨て黒髪山に衣更 (曽)
そりすてて くろかみやまに ころもがへ
しばらくは瀧にこもるや夏の初
しばらくは たきにこもるや げのはじめ
かさねとは八重撫子の名成べし (曽)
かさねとは やへなでしこの ななるべし
夏山に足駄を拝む首途哉
なつやまに あしだををがむ かどでかな
木啄も庵はやぶらず夏木立
きつつきも いほはやぶらず なつこだち
野を横に馬牽むけよほとゝぎす
のをよこに うまひきむけよ ほととぎす
田一枚植て立去る柳かな
たいちまい うゑてたちさる やなぎかな
卯の花をかざしに関の晴着かな (曽)
うのはなを かざしにせきの はれぎかな
風流の初やおくの田植うた
ふうりうの はじめやおくの たうゑうた
奥の
世の人の見付ぬ花や軒の栗
よのひとの みつけぬはなや のきのくり
早苗とる手もとや昔しのぶ摺
さなへとる てもとやむかし しのぶずり
す(摺)る
笈も太刀も五月にかざれ帋幟
おひもたちも さつきにかざれ かみのぼり
笠島はいづこさ月のぬかり道
かさじまは いづこさつきの ぬかりみち
桜より松は二木を三月越シ
さくらより まつはふたきを みつきごし
あやめ草足に結ん草鞋の緒
あやめぐさ あしにむすばん わらぢのを
松島や鶴に身をかれほとゝぎす (曽)
まつしまや つるにみをかれ ほととぎす
夏草や兵どもが夢の跡
なつくさや つはものどもが ゆめのあと
卯の花に兼房みゆる白毛かな (曽)
うのはなに かねふさみゆる しらがかな
五月雨の降のこしてや光堂
さみだれの ふりのこしてや ひかりだう
蚤虱馬の尿する枕もと
のみしらみ うまのばりする まくらもと
涼しさを我宿にしてねまる也
すずしさを わがやどにして ねまるなり
這出よかひやが下のひきの声
はひいでよ かひやがしたの ひきのこゑ
飼屋
まゆはきを俤にして紅粉の花
まゆはきを おもかげにして べにのはな
眉掃き
蚕飼する人は古代のすがた哉 (曽)
こがひする ひとはこだいの すがたかな
閑さや岩にしみ入蝉の声
しづかさや いはにしみいる せみのこゑ
五月雨をあつめて早し最上川
さみだれを あつめてはやし もがみがは
有難や雪をかほらす南谷
ありがたや ゆきをかをらす みなみだに
かを(香)る
涼しさやほの三か月の羽黒山
すずしさや ほのみかづきの はぐろさん
雲の峰幾つ崩て月の山
くものみね いくつくづれて つきのやま
語られぬ湯殿にぬらす袂かな
かたられぬ ゆどのにぬらす たもとかな
湯殿山銭ふむ道の泪かな (曽)
ゆどのさん ぜにふむみちの なみだかな
あつみ山や吹浦かけて夕すゞみ
あつみやまや ふくうらかけて ゆふすずみ
暑き日を海にいれたり最上川
あつきひを うみにいれたり もがみがは
象潟や雨に西施がねぶの花
きさがたや あめにせいしが ねぶのはな
汐越や鶴はぎぬれて海涼し
しほこしや つるはぎぬれて うみすずし
鶴脛
象潟や料理何くふ神祭 (曽)
きさがたや れうりなにくふ かみまつり
蜑の家や戸板を敷て夕涼 (低)
あまのやや といたをしきて ゆふすずみ
波こえぬ契ありてやみさごの巣 (曽)
なみこえぬ ちぎりありてや みさごのす
越ゆ 越える
文月や六日も常の夜には似ず
ふみづきや むいかもつねの よにはにず
荒海や佐渡によこたふ天河
あらうみや さどによこたふ あまのがは
横たはる 横たへる
一家に遊女もねたり萩と月
ひとつやに いうぢよもねたり はぎとつき
わせの香や分入右は有磯海
わせのかや わけいるみぎは ありそうみ
塚も動け我泣声は秋の風
つかもうごけ わがなくこゑは あきのかぜ
秋涼し手毎にむけや瓜茄子
あきすずし てごとにむけや うりなすび
あかあかと日は難面もあきの風
あかあかと ひはつれなくも あきのかぜ
しほらしき名や小松吹萩すゝき
しをらしき なやこまつふく はぎすすき
しをらし(「しほらし」も)
むざんやな甲の下のきりぎりす
むざんやな かぶとのしたの きりぎりす
石山の石より白し秋の風
いしやまの いしよりしろし あきのかぜ
山中や菊はたおらぬ湯の匂
やまなかや きくはたをらぬ ゆのにほひ
手折る
行行てたふれ伏とも萩の原 (曽)
ゆきゆきて たふれふすとも はぎのはら
たふ(倒)れる
今日よりや書付消さん笠の露
けふよりや かきつけけさん かさのつゆ
終宵秋風聞やうらの山
よもすがら あきかぜきくや うらのやま
庭掃て出ばや寺に散柳
にははきて いでばやてらに ちるやなぎ
物書て扇引さく余波哉
ものかきて あふぎひきさく なごりかな
月清し遊行のもてる砂の上
つききよし ゆぎやうのもてる すなのうへ
名月や北国日和定なき
めいげつや ほくこくびより さだめなき
ほくこく(読み仮名としては「ほつこく」も)
寂しさや須磨にかちたる浜の秋
さびしさや すまにかちたる はまのあき
波の間や小貝にまじる萩の塵
なみのまや こがひにまじる はぎのちり
蛤のふたみにわかれ行秋ぞ
はまぐりの ふたみにわかれ ゆくあきぞ
小倉百人一首 |
二行目は歴史的仮名遣ひによる仮名表記。赤は大原則によるもの。青はそれを超えるもの。緑は注意すべき字音。
三行目(右寄せ)は参考。
一部に諸本間で異同のある歌が存在する。
読み方は小倉百人一首の読み方参照。
1 秋の田の かりほの庵の 苫をあらみ 我が衣手は 露にぬれつつ
あきのたの かりほのいほの とまをあらみ わがころもでは つゆにぬれつつ
かりほ=仮庵
2 春過ぎて 夏来にけらし 白妙の 衣干すてふ 天の香具山
はるすぎて なつきにけらし しろたへの ころもほすてふ あまのかぐやま
てふ=といふ
3 あし引きの 山鳥の尾の しだり尾の ながながし夜を ひとりかも寝む
あしびきの やまどりのをの しだりをの ながながしよを ひとりかもねむ
4 田子の浦に うち出でて見れば 白妙の 富士の高嶺に 雪はふりつつ
たごのうらに うちいでてみれば しろたへの ふじのたかねに ゆきはふりつつ
5 奥山に 紅葉ふみわけ 鳴く鹿の 声きく時ぞ 秋はかなしき
おくやまに もみぢふみわけ なくしかの こゑきくときぞ あきはかなしき
6 かささぎの わたせる橋に 置く霜の 白きを見れば 夜ぞ更けにける
かささぎの わたせるはしに おくしもの しろきをみれば よぞふけにける
7 天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に 出でし月かも
あまのはら ふりさけみれば かすがなる みかさのやまに いでしつきかも
8 わが庵は 都の辰巳 しかぞ住む 世をうぢ山と 人はいふなり
わがいほは みやこのたつみ しかぞすむ よをうぢやまと ひとはいふなり
うぢやま=宇治山※
9 花の色は 移りにけりな いたづらに 我が身世にふる ながめせし間に
はなのいろは うつりにけりな いたづらに わがみよにふる ながめせしまに
10 これやこの 行くも帰るも 別れては 知るも知らぬも 逢坂の関
これやこの ゆくもかへるも わかれては しるもしらぬも あふさかのせき
11 わたの原 八十島かけて 漕ぎ出でぬと 人には告げよ 海女の釣舟
わたのはら やそしまかけて こぎいでぬと ひとにはつげよ あまのつりぶね
12 天つ風 雲の通ひ路 吹きとぢよ をとめの姿 しばしとどめむ
あまつかぜ くものかよひぢ ふきとぢよ をとめのすがた しばしとどめむ
ふきとぢよ=吹き閉ぢよ
13 筑波嶺の 峰より落つる みなの川 恋ぞつもりて 淵となりぬる
つくばねの みねよりおつる みなのがは こひぞつもりて ふちとなりぬる
14 陸奥の しのぶもぢずり 誰ゆゑに 乱れそめにし 我ならなくに
みちのくの しのぶもぢずり たれゆゑに みだれそめにし われならなくに
もぢずり=捩摺り
15 君がため 春の野に出でて 若菜つむ 我が衣手に 雪は降りつつ
きみがため はるののにいでて わかなつむ わがころもでに ゆきはふりつつ
16 立ち別れ いなばの山の 峰に生ふる まつとし聞かば 今帰り来む
たちわかれ いなばのやまの みねにおふる まつとしきかば いまかへりこむ
17 ちはやぶる 神代も聞かず 龍田川 からくれなゐに 水くくるとは
ちはやぶる かみよもきかず たつたがは からくれなゐに みづくくるとは
からくれなゐ=唐紅
18 住の江の 岸に寄る波 よるさへや 夢の通ひ路 人目よくらむ
すみのえの きしによるなみ よるさへや ゆめのかよひぢ ひとめよくらむ
19 難波潟 短き蘆の ふしの間も 逢はでこのよを 過ぐしてよとや
なにはがた みじかきあしの ふしのまも あはでこのよを すぐしてよとや
20 わびぬれば 今はた同じ 難波なる みをつくしても 逢はむとぞ思ふ
わびぬれば いまはたおなじ なにはなる みをつくしても あはむとぞおもふ
21 今来むと いひしばかりに 長月の 有明の月を 待ち出でつるかな
いまこむと いひしばかりに ながつきの ありあけのつきを まちいでつるかな
いひし=言ひし
22 吹くからに 秋の草木の しをるれば むべ山風を あらしといふらむ
ふくからに あきのくさきの しをるれば むべやまかぜを あらしといふらむ
しをるれば=萎るれば
23 月見れば 千々に物こそ 悲しけれ わが身ひとつの 秋にはあらねど
つきみれば ちぢにものこそ かなしけれ わがみひとつの あきにはあらねど
24 このたびは 幣も取りあへず 手向山 紅葉の錦 神のまにまに
このたびは ぬさもとりあへず たむけやま もみぢのにしき かみのまにまに
25 名にし負はば 逢坂山の さねかづら 人に知られで くるよしもがな
なにしおはば あふさかやまの さねかづら ひとにしられで くるよしもがな
さねかづら=真葛
26 小倉山 峰のもみぢ葉 心あらば 今ひとたびの みゆき待たなむ
をぐらやま みねのもみぢば こころあらば いまひとたびの みゆきまたなむ
27 みかの原 わきて流るる いづみ川 いつ見きとてか 恋しかるらむ
みかのはら わきてながるる いづみがは いつみきとてか こひしかるらむ
いづみ=泉
28 山里は 冬ぞ寂しさ まさりける 人目も草も かれぬと思へば
やまざとは ふゆぞさびしさ まさりける ひとめもくさも かれぬとおもへば
29 心あてに 折らばや折らむ 初霜の 置きまどはせる 白菊の花
こころあてに をらばやをらむ はつしもの おきまどはせる しらぎくのはな
30 有明の つれなく見えし 別れより 暁ばかり 憂きものはなし
ありあけの つれなくみえし わかれより あかつきばかり うきものはなし
見ゆ
31 朝ぼらけ 有明の月と 見るまでに 吉野の里に 降れる白雪
あさぼらけ ありあけのつきと みるまでに よしののさとに ふれるしらゆき
32 山川に 風のかけたる しがらみは 流れもあへぬ 紅葉なりけり
やまがはに かぜのかけたる しがらみは ながれもあへぬ もみぢなりけり
33 久方の 光のどけき 春の日に しづ心なく 花の散るらむ
ひさかたの ひかりのどけき はるのひに しづこころなく はなのちるらむ
しづこころ=静心
34 誰をかも 知る人にせむ 高砂の 松も昔の 友ならなくに
たれをかも しるひとにせむ たかさごの まつもむかしの ともならなくに
35 人はいさ 心も知らず 古里は 花ぞ昔の 香ににほひける
ひとはいさ こころもしらず ふるさとは はなぞむかしの かににほひける
36 夏の夜は まだ宵ながら 明けぬるを 雲のいづくに 月宿るらむ
なつのよは まだよひながら あけぬるを くものいづくに つきやどるらむ
37 白露に 風の吹きしく 秋の野は つらぬきとめぬ 玉ぞ散りける
しらつゆに かぜのふきしく あきののは つらぬきとめぬ たまぞちりける
38 忘らるる 身をば思はず 誓ひてし 人の命の 惜しくもあるかな
わすらるる みをばおもはず ちかひてし ひとのいのちの をしくもあるかな
39 浅茅生の 小野の篠原 忍ぶれど あまりてなどか 人の恋しき
あさぢふの をののしのはら しのぶれど あまりてなどか
ひとのこひしき
40 忍ぶれど 色に出でにけり 我が恋は 物や思ふと 人の問ふまで
しのぶれど いろにいでにけり わがこひは ものやおもふと ひとのとふまで
41 恋すてふ 我が名はまだき 立ちにけり 人知れずこそ 思ひそめしか
こひすてふ わがなはまだき たちにけり
ひとしれずこそ おもひそめしか
てふ=といふ
42 契りきな かたみに袖を しぼりつつ 末の松山 波越さじとは
ちぎりきな かたみにそでを しぼりつつ すゑのまつやま なみこさじとは
43 逢ひ見ての 後の心に くらぶれば 昔は物を 思はざりけり
あひみての のちのこころに くらぶれば むかしはものを おもはざりけり
44 逢ふことの 絶えてしなくは なかなかに 人をも身をも 恨みざらまし
あふことの たえてしなくは なかなかに ひとをもみをも うらみざらまし
絶ゆ
45 あはれとも 言ふべき人は 思ほえで 身のいたづらに なりぬべきかな
あはれとも いふべきひとは おもほえで みのいたづらに なりぬべきかな
おもほゆ
46 由良の門を 渡る舟人 梶を絶え 行方も知らぬ 恋の道かな
ゆらのとを わたるふなびと かぢをたえ ゆくへもしらぬ こひのみちかな
絶ゆ
47 八重葎 しげれる宿の さびしきに 人こそ見えね 秋は来にけり
やへむぐら しげれるやどの さびしきに ひとこそみえね あきはきにけり
見ゆ
48 風をいたみ 岩打つ波の おのれのみ くだけて物を 思ふころかな
かぜをいたみ いはうつなみの おのれのみ くだけてものを おもふころかな
49 御垣守 衛士のたく火の 夜は燃え 昼は消えつつ 物をこそ思へ
みかきもり ゑじのたくひの よるはもえ ひるはきえつつ ものをこそおもへ
燃ゆ 消ゆ
50 君がため 惜しからざりし 命さへ 長くもがなと 思ひけるかな
きみがため をしからざりし いのちさへ ながくもがなと おもひけるかな
51 かくとだに えやはいぶきの さしも草 さしも知らじな 燃ゆる思ひを
かくとだに えやはいぶきの さしもぐさ さしもしらじな もゆるおもひを
52 明けぬれば 暮るるものとは 知りながら なほ恨めしき 朝ぼらけかな
あけぬれば くるるものとは しりながら なほうらめしき あさぼらけかな
53 嘆きつつ ひとり寝る夜の 明くる間は いかに久しき ものとかは知る
なげきつつ ひとりぬるよの あくるまは いかにひさしき ものとかはしる
54 忘れじの 行末までは かたければ 今日を限りの 命ともがな
わすれじの ゆくすゑまでは かたければ けふをかぎりの いのちともがな
55 滝の音は 絶えて久しく なりぬれど 名こそ流れて なほ聞こえけれ
たきのおとは たえてひさしく なりぬれど なこそながれて なほきこえけれ
絶ゆ 聞こゆ
56 あらざらむ この世のほかの 思ひ出に いまひとたびの 逢ふこともがな
あらざらむ このよのほかの おもひでに いまひとたびの あふこともがな
57 めぐり逢ひて 見しやそれとも わかぬ間に 雲隠れにし 夜半の月かな
めぐりあひて みしやそれとも わかぬまに くもがくれにし よはのつきかな
58 有馬山 猪名の笹原 風吹けば いでそよ人を 忘れやはする
ありまやま ゐなのささはら かぜふけば いでそよひとを わすれやはする
59 やすらはで 寝なましものを 小夜更けて かたぶくまでの 月を見しかな
やすらはで ねなましものを さよふけて かたぶくまでの つきをみしかな
60 大江山 いく野の道の 遠ければ まだふみもみず 天の橋立
おほえやま いくののみちの とほければ まだふみもみず あまのはしだて
61 いにしへの 奈良の都の 八重桜 けふ九重に にほひぬるかな
いにしへの ならのみやこの やへざくら けふここのへに にほひぬるかな
62 夜をこめて 鳥の空音は はかるとも よに逢坂の 関はゆるさじ
よをこめて とりのそらねは はかるとも よにあふさかの せきはゆるさじ
63 今はただ 思ひ絶えなむ とばかりを 人づてならで いふよしもがな
いまはただ おもひたえなむ とばかりを ひとづてならで いふよしもがな
絶ゆ
64 朝ぼらけ 宇治の川霧 たえだえに あらはれわたる 瀬々の網代木
あさぼらけ うぢのかはぎり たえだえに あらはれわたる せぜのあじろぎ
絶ゆ
65 恨みわび ほさぬ袖だに あるものを 恋に朽ちなむ 名こそ惜しけれ
うらみわび ほさぬそでだに あるものを こひにくちなむ なこそをしけれ
66 もろともに あはれと思へ 山桜 花よりほかに 知る人もなし
もろともに あはれとおもへ やまざくら はなよりほかに
しるひともなし
67 春の夜の 夢ばかりなる 手枕に かひなく立たむ 名こそ惜しけれ
はるのよの ゆめばかりなる たまくらに かひなくたたむ なこそをしけれ
かひ=甲斐
68 心にも あらでうき世に ながらへば 恋しかるべき 夜半の月かな
こころにも あらでうきよに ながらへば こひしかるべき よはのつきかな
69 嵐吹く 三室の山の もみぢ葉は 龍田の川の 錦なりけり
あらしふく みむろのやまの もみぢばは たつたのかはの にしきなりけり
70 さびしさに 宿をたち出でて ながむれば いづくも同じ 秋の夕暮
さびしさに やどをたちいでて ながむれば いづくもおなじ あきのゆふぐれ
71 夕されば 門田の稲葉 おとづれて 蘆のまろやに 秋風ぞ吹く
ゆふされば かどたのいなば おとづれて あしのまろやに あきかぜぞふく
72 音に聞く 高師の浜の あだ波は かけじや袖の ぬれもこそすれ
おとにきく たかしのはまの あだなみは かけじやそでの ぬれもこそすれ
73 高砂の 尾上の桜 咲きにけり 外山の霞 立たずもあらなむ
たかさごの をのへのさくら さきにけり とやまのかすみ たたずもあらなむ
74 憂かりける 人を初瀬の 山おろしよ はげしかれとは 祈らぬものを
うかりける ひとをはつせの やまおろしよ はげしかれとは いのらぬものを
75 契りおきし させもが露を 命にて あはれ今年の 秋もいぬめり
ちぎりおきし させもがつゆを いのちにて あはれことしの あきもいぬめり
76 わたの原 漕ぎ出でて見れば ひさかたの 雲居にまがふ 沖つ白波
わたのはら こぎいでてみれば ひさかたの くもゐにまがふ おきつしらなみ
77 瀬を早み 岩にせかるる 滝川の われても末に 逢はむとぞ思ふ
せをはやみ いはにせかるる たきがはの われてもすゑに あはむとぞおもふ
78 淡路島 かよふ千鳥の 鳴く声に 幾夜寝覚めぬ 須磨の関守
あはぢしま かよふちどりの なくこゑに いくよねざめぬ すまのせきもり
79 秋風に たなびく雲の 絶え間より もれ出づる月の 影のさやけさ
あきかぜに たなびくくもの たえまより もれいづるつきの かげのさやけさ
絶ゆ
80 長からむ 心も知らず 黒髪の 乱れて今朝は 物をこそ思へ
ながからむ こころもしらず くろかみの みだれてけさは ものをこそおもへ
81 ほととぎす 鳴きつる方を ながむれば ただ有明の 月ぞ残れる
ほととぎす なきつるかたを ながむれば ただありあけの つきぞのこれる
82 思ひわび さても命は あるものを 憂きに堪へぬは 涙なりけり
おもひわび さてもいのちは あるものを うきにたへぬは なみだなりけり
83 世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る 山の奥にも 鹿ぞ鳴くなる
よのなかよ みちこそなけれ おもひいる やまのおくにも しかぞなくなる
84 長らへば またこのごろや しのばれむ 憂しと見し世ぞ 今は恋しき
ながらへば またこのごろや しのばれむ うしとみしよぞ いまはこひしき
85 よもすがら 物思ふころは 明けやらぬ 閨のひまさへ つれなかりけり
よもすがら ものおもふころは あけやらぬ ねやのひまさへ つれなかりけり
86 嘆けとて 月やは物を 思はする かこち顔なる わが涙かな
なげけとて つきやはものを おもはする かこちがほなる わがなみだかな
87 村雨の 露もまだひぬ 槇の葉に 霧たちのぼる 秋の夕暮
むらさめの つゆもまだひぬ まきのはに きりたちのぼる あきのゆふぐれ
88 難波江の 蘆のかりねの ひとよゆゑ みをつくしてや 恋ひわたるべき
なにはえの あしのかりねの ひとよゆゑ みをつくしてや こひわたるべき
ゆゑ=故
89 玉の緒よ 絶えなば絶えね ながらへば 忍ぶることの 弱りもぞする
たまのをよ たえなばたえね ながらへば しのぶることの よわりもぞする
絶ゆ
90 見せばやな 雄島のあまの 袖だにも 濡れにぞ濡れし 色はかはらず
みせばやな をじまのあまの そでだにも ぬれにぞぬれし いろはかはらず
91 きりぎりす 鳴くや霜夜の さむしろに 衣片敷き ひとりかも寝む
きりぎりす なくやしもよの さむしろに ころもかたしき ひとりかもねむ
92 わが袖は 潮干に見えぬ 沖の石の 人こそ知らね 乾く間もなし
わがそでは しほひにみえぬ おきのいしの ひとこそしらね かわくまもなし
見ゆ
93 世の中は 常にもがもな 渚漕ぐ あまの小舟の 綱手かなしも
よのなかは つねにもがもな なぎさこぐ あまのこぶねの つなでかなしも
94 み吉野の 山の秋風 小夜ふけて ふるさと寒く 衣うつなり
みよしのの やまのあきかぜ さよふけて ふるさとさむく ころもうつなり
95 おほけなく うき世の民に おほふかな わがたつ杣に 墨染の袖
おほけなく うきよのたみに おほふかな わがたつそまに すみぞめのそで
おほふ=覆ふ
96 花さそふ 嵐の庭の 雪ならで ふりゆくものは わが身なりけり
はなさそふ あらしのにはの ゆきならで ふりゆくものは
わがみなりけり
97 来ぬ人を まつほの浦の 夕なぎに 焼くや藻塩の 身もこがれつつ
こぬひとを まつほのうらの ゆふなぎに やくやもしほの みもこがれつつ
まつほ=松帆
98 風そよぐ ならの小川の 夕暮は みそぎぞ夏の しるしなりける
かぜそよぐ ならのをがはの ゆふぐれは みそぎぞなつの しるしなりける
99 人もをし 人もうらめし あぢきなく 世を思ふゆゑに 物思ふ身は
ひともをし ひともうらめし あぢきなく よをおもふゆゑに ものおもふみは
をし=惜し
100 ももしきや 古き軒端の しのぶにも なほあまりある 昔なりけり
ももしきや ふるきのきばの しのぶにも なほあまりある むかしなりけり
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